買春禁止は問題の解決にはならない
買春禁止をめぐる議論がまたあちこちで顔を出しているけれど、このモデルが「売買春を減らすための正しい手段」かといえば、実際の現場ではまったく逆の結果が報告されている。禁止してもセックスワークそのものが消えるわけじゃないし、むしろ地下に押し込められた人たちが、より危険な条件で働かざるを得なくなる──当事者団体も研究者も、長年その問題点を繰り返し示してきた。にもかかわらず、「見えなくなる=減ったことにしたい」という政治的な都合だけが先走って、現実に生きている人の安全や尊厳が後回しにされてしまう。今回は、そうした構造的な問題と、実際に欧州で起きている声を改めて整理してみたいと思う。
EU/ヨーロッパでの当事者・人権団体からの声と証言
フランス:STRASS(セックスワーカーの組合)
フランスには「Syndicat du travail sexuel(STRASS)」というセックスワーカーによる労働組合があり、北欧モデル(買う側を罰する法律)が導入されて以降、セックスワーカーの権利や安全を守る団体として声を上げています。 ウィキペディア
STRASSは、刑罰化が職業としての承認(recognition)を妨げており、地下に追いやられたり、不安定な状況で働かざるを得ない人が多い、という懸念を持っていると報じられています。
欧州評議会人権コミッショナー
合法・非犯罪化を訴えるネットワーク(ESWAなど)
**European Sex Workers’ Rights Alliance(ESWA)**は、法律改革の分野で「刑罰化(clients や第三者への罰則化)がセックスワーカーに悪影響を及ぼす」との見解を示しています。 eswalliance.org
具体的な問題として、刑事罰によってスティグマ(偏見)が強まり、暴力リスクが増す、安全に助けを求めることが難しくなる、といった点が挙げられている。
医療・保健面からの当事者支援団体
「Doctors of the World(世界のドクターズ・オブ・ザ・ワールド)」は、フランスなどで活動しており、刑事罰化はセックスワーカーを隠れた場所で働かせ、顧客を減らし、結果としてセックスワーカーの交渉力を低下させると警告しています。具体的には、顧客が取り締まりを怖れて減る → セックスワーカーが選べる相手が減って、リスクの高い顧客を拒みづらくなる、という証言があります。 pace.coe.int
また、政策が非犯罪化よりもむしろセーフティネット(医療・保健へのアクセスなど)を阻害している、という報告も。
アイルランド:買春違法化後の証言(アムネスティ)
アイルランドでは、2017年に買う側を罰する法ができましたが、アムネスティが実施した聞き取り調査で、セックスワーカーたちは「警察に通報できない」「共同で働くと売春宿とみなされるから、仲間と安全な空間を作れない」「警察が脅威になる」という声をあげています。 アムネスティ日本 AMNESTY
ある当事者は、「一人で夜に客を取るのは非常に危険」「逃げ道がないエリアに入りがち」と述べており、孤立化とリスク上昇を指摘している。 アムネスティ日本 AMNESTY
また、警察との信頼関係が壊れており、通報しないことで暴力を受けても助けを求めにくくなっている。 アムネスティ日本 AMNESTY
アムネスティはこうした経験から、当事者が「全面非犯罪化(decriminalization)」を望んでいることを報告しています。 アムネスティ日本 AMNESTY
IPPF(国際家族計画連盟)ヨーロッパ支部
IPPFのヨーロッパ/中アジア部門のうち、フランスの Le Planning Familial(家族計画団体)は、北欧モデル導入後に「セックスワーカーへの暴力がほぼ倍増した」と報告しています。 IPPF Europe & Central Asia
Le Planning Familial は「非犯罪化が唯一の人権を尊重したアプローチ」とし、安全性や健康、生命を守るためには刑罰化よりもデクライミナリゼーション(非犯罪化)が必要だと主張。
欧州法制度の報告
欧州議会共通政策機関(Council of Europe, PACE)の報告書には、刑事罰がセックスワーカーの隠れた働き方を強め、健康・安全へのアクセスを阻害するという証言が複数出ています。 pace.coe.int
また、2023年の体系的レビュー(報告書)によれば、刑事化や規制はいずれも「医療アクセスの悪化、HIV・性感染症リスク、暴力、社会的差別の強化」というネガティブな結果と相関があったと指摘されている。 pace.coe.int
意味・考察
これらの証言や報告からは、「買春を禁止する政策(いわゆる北欧モデル)」が必ずしもセックスワーカーの保護につながっていないという強い懸念が、当事者および支援団体から現実に出ていることが分かります。
特に問題となるのは、「安全な働く空間が奪われる」「通報できずに暴力が見えにくくなる」「交渉の力を失う」といった、刑事罰化による「隠れ化」と「孤立化」。
こうした指摘を踏まえて、アムネスティなどの国際人権団体は、包括的な非犯罪化(売る側・買う側・第三者すべてに対して、刑事罰を撤廃する)を支持しており、それを「人権を守る上で最も実証されているアプローチ」と位置づけています。 アムネスティ日本 AMNESTY+2アムネスティ日本 AMNESTY+2
また、政策議論において当事者(セックスワーカー自身)を排除せず、彼らの声を反映させることが重要、という点も強調されてきています。国連専門家らも同様に、政策形成に当事者を関わらせるべきだという勧告を出しています。 アムネスティ日本 AMNESTY
非犯罪化こそが性産業従事者の人権を守る方法
こうしたデータが示しているのは、「取り締まりを強めれば問題が解決する」という素朴な期待が、実際にはまったく現実に対応していないということだ。買う側を罰しても、売る側を周辺規制で縛っても、セックスワークそのものが消えるわけではない。消えるのは“見える場所”だけで、当事者はより暗い場所へと追い詰められ、暴力・搾取・孤立のリスクはむしろ増す。
その理不尽を正面から受け止めてきた当事者団体や医療/福祉の現場、そしてアムネスティをはじめとした人権団体が非犯罪化を求めるのは、「セックスワーカーの安全と権利を守るには、刑罰ではなく権利保障を基盤にした政策こそ必要だ」という確かな実証に基づいているからだ。非犯罪化とは、セックスワークを“推奨”することではない。それは、誰かの職業選択や生活を危険へと追いやらないための最低限の条件を整えることだ。安全に働ける環境、暴力や搾取から逃れられるルート、医療・法律・支援サービスへのアクセス──そうした「生き延びるための入口」を開いておくことが、どんな社会にも欠かせない。
人の尊厳を守るという、人権のいちばん根っこの部分に立ち返るなら、刑罰化ではなく非犯罪化こそが、現実に即した唯一の選択肢だと思う。



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