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ワールドミュージック町十三番地

上海、香港、マカオと流れ、明日はチェニスかモロッコか。港々の歌謡曲をたずねる旅でございます。

通りの向こうの歴史たち

2009-09-20 04:05:48 | ヨーロッパ

 ”Fairest Floo'er”by Karine Polwart

 スコットランドのフォーク界と民謡界の双方で、若くして次第に大きな存在となりつつあるという歌手、Karine Polwartの2007年作。フォーク界と民謡界というのも変な言い方だが、つまり自分で書き下ろした新しい曲を中心に歌うシンガー・ソングライターの世界と、古くより土地に息ずく伝承歌を正しく唄う作業をもっぱらとするトラッド歌手の世界との双方で活躍する歌手である、彼女は。という意味。
 ちなみにこのアルバムは伝承歌中心の、彼女のトラッドの側の顔を拝める作品である。
 などと分かったような事を言っているが、実は彼女の唄を聴くのはこれがはじめて。「そのうち聴いてみようと思っていたのだが、やっとアルバムが手に入ったので」というのが実情。まあ、世界中の音楽を相手にしてるんだからいろいろ行き届かないところも出てきますわい、旦那さま。

 などといいつつ聴いてみた盤は、ピアノだけをバックだったり自身のギターの弾き語りだったりの地味な作り。灰色一色の部屋にいる彼女の呟く独り言に耳を傾けるような気分になる。
 もっとも印象に残るのは、ここで彼女は古いスコットランド民謡を、まるで昨日、出来たばかりの歌のように唄っている事。多くのトラッド歌手は伝承歌を唄う際、自らの存在を大きな時の流れのその中に託し、過去との対話を行なおうとする部分がある。伝承歌の中に刻まれている過去に生きた人々の息遣いまでも感じ取り、今、ここにいる自らの歌声として唄ってしまおうと。

 たとえば子供相手に昔話をする時。人はまず、「昔々あるところに」と前置きをし、聞き手の子供たちの意識を異質の時空へ連れ出す事をする。
 が、彼女の歌には、とりあえずここでは、その様子がないのだ。時の流れを前提とした神秘の創造は行なわれず、彼女は何百年も前に起きた男と女の悲劇や孤独に送られた人生を、まるで昨日、隣人の身の上に起きたような気安さで唄い出す。”昨日、横丁でヘンリー王を見たんだけどさ・・・”

 大いなる時の流れという神秘のベールを剥ぎ取られ、かって17世紀を生きた人々は徒手空拳で21世紀のエジンバラ市街の雑踏を歩き始める。
 こんな伝承歌表現というものがあるとは思ってもみなかったので、なんとも不思議な気分になってしまったのだ。何の前提もなしに浦島太郎やかぐや姫の話を今日に放り出して、成立するものなのかどうか。
 それでも、曲の登場人物に隣のアパートの住人みたいな視線を向けて唄われる彼女の伝承歌は、いつの間にやら独特の生々しさを獲得し、聴く者の胸に迫ってくるのだった。これはどういうことなのか、彼女の他のアルバムなども聴いたりし、いろいろ考えてみたいところだ、これは。



スピリット・オブ・ジャパン

2009-09-19 15:57:19 | 時事

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○酒井被告、謝罪の言葉をメモ読み何度も練習
 (日テレNEWS24 - 09月18日 12:43)
 17日に保釈された女優・酒井法子被告(覚せい剤取締法違反罪で起訴)は、都内の病院に入院している。酒井被告は保釈直前、メモを読み返して謝罪の言葉を何度も練習していたという。

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 確信を持って言うのだけれど、酒井法子はそのうちマラソンをやると思う。我が国を構成する最多勢力であるバカ層は圧倒的にマラソンをやってる奴と泣いている奴が好きで、どんな悪い事をしようと、このどちらかをやっている奴を支持する。
 ようするに日本の大衆を味方につけるには泣くか走るかすればいいのであって、きわめてシンプルな構造だ。そして、酒井法子はもう泣いてしまったから、次にやるべき事はマラソンなのである。

 実は、自分への公的イメージを無条件に「良い人」とするには他に、「近々結婚する奴」となるか「最近死んだ奴」になる、という方法もある。試しになってみたらいい。「あの人は良い人だ」あるいは「良い人だった」と皆が口々に言ってくれる。
 しかし、このカードは今回の場合、使われる可能性はなさそうに思われる。

 (金正日なんかも、コイズミが北朝鮮に行った日、「拉致は私が命じた。私の責任だ」と正直に認めてその場で「申し訳ない」と泣き崩れ、そのあと”贖罪の白頭山~平壌間マラソン”でもやれば、今頃拉致事件など日本人は完全に許していたんではないだろうか?だって金正日は、一所懸命走ったんだもの。一所懸命にやってる人の悪口を誰が言えますか。文句があるならあなたも走ってごらんなさい)


荒野のハーモニカ

2009-09-18 05:14:18 | 北アメリカ

 ”Country Gospel Classics”by Charlie McCoy

 医者に「適度の運動を」と命じられて仕方なく日課としているウォーキングなのだが、さすがに夏の真昼間にはする気にはなれず、もっぱら日が暮れてから行なっていた。とはいえ、何かとルーズな私ゆえ、夕食をとり、テレビを見、などしているうちに歩く時間は真夜中になってしまったりする。
 一体、夜中の1時とかにノタノタ歩き回るのが健康につながるのかよく分らないのだが、まあ、まったく歩かないよりはマシだろうと、背中にあちこちの店から響くカラオケの音など感じながら首タオルなど巻いてせっせと街の裏山を目指す。夜勤のタクシーの運転手やポン引きの婆さんとは、とうに顔馴染みとなっている。

 裏山を横切る道に出、街のネオンサインを眼下に見ながらひたすら歩く。そのあたりは結構良い按配の道の勾配などあり、一汗かくにはもってこいなのだった。
 そのような私の街の外れのあたりは、もうずっと前から、ほとんどが高額な金を払って入居する老人ホームのチェーン店(とは言わないのか)が立ち並ぶ地帯となってしまっている。
 そうなり始めた頃は、「観光地としてそれなりに名をはせたこの街も、ヤキがまわったかなあ」などとくさったものだったが、さらにその後、バブルが来たり去りした後、老舗のホテルが続々と取り壊され高層リゾートマンションに立て替えられてっ行たのに比べれば、遥かに有意義といえた。

 なにしろ老人ホームには老人たちが居住するという存在意義があるが、林立、という雰囲気になってきたリゾートマンションに何の意味がある?投資の対象になり、入居者がいるわけでもなく、ただ立っているだけだったりするのではないか。
 とか思っていたら先日、大手のマンション会社が倒産しやがんの。ホラ見ろ、言わんこっちゃない。立てかけのまま工事ストップしちゃって雨ざらしになっている物件、どうするつもりだ。

 それはそれとして。
 高級老人ホームも、山の高台に行くほどその格も上がり、凝った作りになって行くようだ。山の頂上にある物件などは実に豪壮な作りであり、昔は狸しか出ないといわれた山頂にそのような建物は、あるだけでシュールな印象を与える。ちょっとお近付きも叶わぬような金持ちの老人たちが住んでいるのだろうと想像すればますます。
 その日も私は深夜の山道をせっせと歩いていた。山上の老人ホーム群は灯りも消え、どのような建物の分布となっていたのかも見分け難い。

 そして私は気が付いたのだ。山頂の、その豪壮な老人ホームの建物に3箇所ほど、灯りがついている部屋があるのを。もう、時刻は2時近くだったはずだが。
 その、窓からこぼれている灯りを、必要以上に生々しいものと受け取ってしまったのは、私自身が抱えている心の問題の故なのかも知れない。おそらくそうなのだろうが。

 その時の私には、「まだ眠れずにいる老人たちもいるのだ。人生のあれこれをひとまず乗り越え、悠々自適を絵に描いたような山上のマンションにいてなお、孤独な懊悩に眠れぬ夜を過ごしている老人があそこにいる」と、なんだか悲痛なものと感じられてしまったのだ。生きて行く、というのはいつまで経っても手に負えないものなのだな、と。

 チャーリー・マッコイといえば。話の流れがいかにも無茶だが、まあ人生とはこんなものだよ、お許し願いたい。

 で、チャーリー・マッコイと言えば、黒人音楽の世界にも同姓同名のミュージシャンがいてややこしいが、ここでは白人のカントリー・ミュージック界名うてのハーモニカ吹きである。 70年代のアタマ、カントリー系のシンガー・ソングライターのアルバムなんかには、やたらとこのおっさんがハーモニカで参加していたものだった。実際、アメリカ西部の砂埃風情など染み付いた、なかなか聴かせるハモニカ職人だったのだ、このマッコイ氏は。
 また、カントリーの世界の腕利きが集まってロックの乗りで遊び倒したバンド、Area Code 615での活躍も忘れがたい。まあ、どれももう30年以上も前の話だが。

 そんな彼の、これはカントリー・ゴスペルばかりを演奏した盤。おそらく平均的アメリカ人にとっては子供の頃から聴き、歌って身に染み込んでしまっているのであろう普遍的な宗教歌をマッコイは丁寧に、素直な感傷を込めて歌い上げる。素朴なハーモニカの音の向こうに、広大なアメリカ大陸の自然の中で細々と日々の生活を灯して来た名もなき人々の足跡が続いている。

 このアルバムの試聴は見つからなかったので、同系統の曲の演奏などを。
  ↓



アントワープの歌本から

2009-09-16 01:42:14 | ヨーロッパ

 ”'T Minne”by Three-Ality

 こいつはなかなか力の入った作品だ。なおかつ、ヨーロッパ大衆文化史に関わる珍しい資料ともいえるだろう。
 オランダの女声コーラス・トリオの2009年作。オランダが世界に雄飛していた時代の大衆歌を唄っているのだという。

 収められている歌の数々のそのモトネタは、1544年に出版されたという”アントワープの唄本”なる、当時の流行り歌集。
 ジャケの解説からそのまま言葉を引けば、”トルコからの水夫、アフリカからの奴隷、中国の商人たち”などなどで賑わい、持ち込まれた異郷の珍奇な物品や文化で、まさに坩堝として煮え立っていたオランダの港町のざわめきが込められた唄本のようだ。まさにその通りのエキゾティックなメロディが湧き出してくる瞬間に、たまらない血の騒ぎを覚える。

 三人のコーラスは、パワフルな地声系の響きがよく当時の庶民のエネルギッシュな表情を伝えているし、また曲によっては繊細な感情表現もこなす器用さをみせる。
 バックのサウンドがジャズ調というのか、今日風に抽象化され洗練されているので、古い大衆唄の臭味がやや伝わりにくいのが残念といえば残念なのだが、音楽そのものが今日的な生命力を獲得するためには、こうするよりなかったのかも知れない。

 それでも、ジプシー風にエキゾティックなフレーズでスイングするアコーディオンや古楽器特有の不安定な雑音をまき散らすハーディ・ガーディの活躍が、あるいはそこここに忍び入るアラブの楽器、ウードの奏でる妖しげなフレーズが、十分にスキモノの心を乱してくれる。
 歌詞カードに、歌われている出来事の背景となる当時のオランダの風俗などが擬古調と言うのか中世風のイラストで描いてあるが、祈りを捧げる修道女の足元に携帯電話が置いてあったり風車の根元の粉引き小屋の入り口にゴム製の避妊具が落ちていたりするんで、これはあんまり参考にしないほうがいいな(オランダ人って、結構ブラックユーモア好きである)

 ともあれ。昔々のオランダの地に燃え盛っていた地球規模のロマンの残照に酔い、ひととき、うっとうしい現世を忘れてみたりするのであった。



ガキの声、荒野に響き

2009-09-15 05:08:52 | 時事


 あれはア○ラックとかいいましたっけ、保険のコマーシャルがテレビで盛んに流れてますな。女優の宮崎あおいがアヒルと共演するパターンがしばらく前から続いてますが。
 それに最近、猫が加わりまして、アヒルと一緒に妙な仕草で踊ったりするようになっている。以前、ここに書いた事があったかなあ、無駄に凝りはじめ、登場キャラが際限なく増えて行くという、TVCMの腐敗パターンの典型例です。まあ、余計なお世話でしょうけど。

 で、ですね、私の出入りしているCMを考える掲示板なんかでは、その”踊る猫”が非常に評判が悪いのです。死体を無理やり動かしているみたいで、不気味で見るに耐えないというのが皆の感想なんですが、まあ、そりゃそうですな。
 あれはCGでも使って猫の画像を踊らせているんだろうけど、なにやらギクシャクした動きで人間がするように立ち上がり手を振って踊る様子は、死後硬直を起こした猫の死体を機械仕掛けで無理やり動かしているような、非常にグロテスクな出来上がりになっている。

 よくあんな気色の悪いものを、好印象を与えねばならないコマーシャルの世界で使う気になったねえ、製作者の側に入ってしまうと、その辺が見えなくなってしまうのだろうかと我々は話し合っていたのですが、まるでその会話が聞こえたかのように、最近になって、その”硬直猫の踊り”のバックに少年の声で、こんな唄が流れるようになったのです。

 ”猫とアヒルが力をあわせてみんなの幸せを~♪”

 なんですかね、この唄は?みんなの幸せを招くんだそうですよ、猫とアヒルが。
 歌っているのは特に歌の訓練を受けた子供でもないようで、音程のポンと飛ぶところなど苦しそうなんですが、歌わせた大人たちが、”聞き手はそこを「可愛い」と感ずるであろう”と計算した、というのが丸見えの演出となっております。

 もしかしてこれ、”あの画像じゃやっぱりヤバいよ、なんて気になり始めたCM製作者たちが、あの唄でフォローを入れたんじゃないかと想像するんだが、どうでしょう?「文句言わないでくださいよ。罪もない子供も、ああやって歌っているじゃありませんか」なんてね。
 何を勝手な事を言ってるんだ、ドジなCM作ったのはあなた方だし、その子は歌えといわれて歌っているだけだじゃないか?

 まあ、こんな見え透いた話のすり替えでもコロッと乗せられて納得しちゃうお人よしも相当数いて、だからこそこんなCM展開が出現して来るんだろうけど。
 どうだっていいような事を書いているとお思いでしょうか。なんかねえ、私は情けなくて。
 そういえば、あれはどこのメーカーだったか、車のCMのバックに、これも子供の頼りない発声でずっと、「え~こかぁあぁ えこかぁかあ~♪」なんて調子っぱずれな唄が流れているものがあったなあ。

 え~こかぁあぁ え~こかぁあぁ えこかぁかあ~・・・って。エコカーを買えってんですよ、この宇宙船地球号のために。ああ、どこまで馬鹿にされたら我々の立ち上がる日は来るんでしょうねえ。

太陽に歌った日

2009-09-13 02:35:00 | ヨーロッパ
 ”Gianni Morandi”

 ちょっとめんどくさい文章が続いてるんで、今夜は何も考えなくても書ける人でも(笑)
 ジャンニ・モランディ。1944年、イタリアはボローニャ生まれのカンツォーネ歌手であります。もうとっくに還暦を過ぎたが、今でも現役(の2枚目スター)で頑張っているはず。

 彼は60年代のデビュー当時は、その頃流行りの”ツイスト”のイタリア風展開、言うところの”イタリアン・ツイスト”で評判を取ったみたいですね。その一つが日本でも結構ヒットして、街角でも普通に聞こえていた記憶があります。
 これが、ずっと後になってムーンライダースもカバーしたから若い世代も知っているかもしれない、”サンライト・ツイスト(太陽の下の18才)”って曲であります。
 オリジナルのアメリカのツイストとはずいぶん趣の違う、ちょっと陰のある、悪く言えば貧乏臭いマイナー・キーの歌謡曲っぽいメロディで粘っこくスイングする独特のノリがありました。

 でも、モランディの本当の持ち味は、下に試聴を貼っておきましたが、その後の大ヒット曲である、”Inginocchio da te(あなたにひざまづいて)”みたいな曲でしょう。
 いかにも昔ながらのカンツォーネらしい切ない恋歌を、朗々たる歌唱法で太陽にとどけとばかり歌い上げる、そのあまりにイタリア的な歌唱にモランディの魅力はあると言えるんではないでしょうか。

 我が国に布施明というベテラン歌手がおりますが、彼は若い頃、のど自慢大会みたいな場所で、このモランディの物真似をしていたら「君、唄が上手いじゃないか。歌手になる気はないか?」とかスカウトされて、そのまま芸能界に入ってしまった、なんて逸話があるようですよ。 そう知った上で聞くと、確かにモランディが情感を込めて思い切り声を張ったりする箇所ではそこはかとなく布施明っぽさが漂い、なんだか笑えてきたりします。つーか、布施明のほうがモランディに似ているんだけれどね。

 うん、特に屈折もなく、話もこれで終わりみたいなものなんだけど、この人のなんてことないストレートなカンツォーネが私は好きでしてね。
 世の中がまだそれほどややこしくなかった1960年代、イタリアの下町の古い通りに差す昼下がりの陽光と人々の気のおけないおしゃべり・・・それらを背景に、モランディが演じていた古典的な青春スターの笑顔に宿る輝かしい明日のイメージ。そいつが今となっては、なんだかとてもいとおしく思えたりするのであります。来た未来。来なかった未来・・・

☆13日15時40分、追記

 ネット上の知り合いの E+Op.さんから下のようなご指摘をいただきました。曲のタイトルを巡って、なにやら錯綜した現実があるようです。60年代は結構アバウトだったんだなあ。

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「太陽の下の18歳」は元々はジミー・フォンタナのTwist No.9だったと思います。

http://www.youtube.com/watch?v=ti3ZYS5EmOQ

この曲はあんまりしっくりきませんね。

一方 木の実ナナさんがGianni Morandi / Go Kart Twistを「太陽の下の18才」として カバー。

http://www.youtube.com/watch?v=wlngdrtiKpc

そして本家のGianni Morandi / Go Kart Twistの邦題は「サンライト・ツイスト」。

http://www.youtube.com/watch?v=96gCsvDv8Os

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ロールオーバー・リマスター商法

2009-09-12 02:13:56 | 音楽論など

 さっき”タモリクラブ”でビートルズのリマスター盤と旧盤の聴き比べなんてのをやってたけど。まあ、この件に出会うたびに同じこと言ってる私なんだけど、そして毎度、同調してくれる人もいないまま、話は孤独に終わる事になってるんだけど、いや、私は負けない。
 ねえ、リマスター盤って、ほんとにそんなにありがたいものなの?レコード会社の「同じ音源を何度も買わせよう」って陰謀に乗せられているだけって気がしませんか?

 だってさあ、私にはちっとも”良い音”に聴こえないんだよ。レコード会社が続々と差し出す、その霊験あらたかという触れ込みの”聖リマスター盤”のどれもこれもが。あれ、本当に聴いていて”快い”と思えているんだろうか、皆には?マインドコントロールかかっているだけじゃないの?
 今回のもそうだぜ。さっきのようにタモリたちがスタジオでかけている盤の音をテレビ越しに聴く、という間接的(?)な形で聴いてさえ、私はリマスター盤の音が不愉快に感じた。なんというか、やかましいんだよね、いちいち音が。余計な音が聴こえ過ぎる。落ち着かない。それゆえ、音全体が下品になっている。昔の盤のほうがやっぱり味があって良いよ。

 つまり、聞き手の側を「今まで聴けなかったこんな音まで聴こえる!」と驚かせ、「素晴らしいものだ、たとえ高価でも手に入れなきゃ!」と信じ込ませるために最新の技術を総動員した。そしてサウンドの底で聴こえるか聴こえないか位のレベルで存在感を発揮していた音までもを無理やり拾い上げ、表舞台に放り込んだ。
 そりゃ、やかましいって。黒子にまでセリフを与えて舞台中央に引っ張り上げたんだから。
 レコードの溝には、聴こえなくてはならない音と、あからさまに聴こえてはいけない音が刻み込まれている。その秩序を無視した音世界が良いはずはない、当たり前だよね。

 なに?ポールがリマスター盤を「ボクらが作っていた音そのものだね」と評価しているって?そりゃ、あいつは昔から金のためなら何でも言う奴だったよ。それが何か?


 ○ビートルズ3万円超でも売れまくり! 熱狂リマスターBOX
                (夕刊フジ - 09月11日 17:04)

 ファン待望のザ・ビートルズのリマスター盤が、世界で同時発売された。その評判はどうか。

 時差の関係で日本では世界に先駆けて発売された。東京・銀座の山野楽器本店は1982年の創業以来、初めて深夜に店を開けた。

 9日午前零時、銀座和光の時計台の鐘が鳴るとともに「ア・ハード・デイズ・ナイト」のメロディーを響かせて発売をスタート。最初の購入者となった会社員はステレオ盤の「ザ・ビートルズ・ボックス(16枚組CD+DVD)」と、モノラル盤の「ザ・ビートルズ MONO BOX(13枚組CD)」の両方を買い込み、「順番に聴きたい」と満足げだった。ファン150人が列をなした。

 東京・渋谷と新宿のタワーレコードでも午前0時に販売を開始した。

 渋谷店には200人以上が並び、歌手のムッシュかまやつ(70)らがゲストとして駆け付けた。ムッシュはビートルズが1966年に日本武道館で来日公演を行った際に、ザ・スパイダースとして前座出演を打診されたが断ったエピソードを披露。前座はザ・ドリフターズが務めたという。「ボクは客席で観たんだけど、前座で出た人たちは楽屋に隔離されていて、ボクらの方が楽しかった」と明かした。

 3万円以上もするボックスセットだが、国内のタワーレコード全店で、9日のデイリーチャートの1、2位を独占する売れ行き。

 気になる音質も、店頭のファンの声や、マニアのサイトなどでは、おおむね評判がいいようだ。

くたばれ、”東京ルール”!

2009-09-11 14:07:36 | 時事

 東京都のCMで。

 「救急医療では重症な方が優先されます」とかアナウンスされて、そこまではそりゃそうだろうなあと思うんだけど、その後に「東京ルール!」とか、明るい笑顔で空を見上げて言い放たれると、なんか不愉快になるんだよな。

 ”俺ら都会人はこういうルールを理解できるけど、田舎者はその辺が分かっていなくて嫌だね~”とか言いたそうだよな。そうか、東京都民だけが洗練された文明人で、その他の地方はルール無用の遅れたジャングルか?

 製作者連中は、あのCMに含まれる嫌味な差別意識に全然自覚ないんだろうなあ。

 お前ら、地方人をバカにするとオーサカのハシモトをけしかけるぞ!まったく、もう。


 (冒頭の図は、”亜細亜の曙=著者:山中峯太郎 発行:大日本雄弁會講談社・昭和7年=”の挿絵より)

モンテビデオの熱情

2009-09-09 15:25:12 | 南アメリカ

 ”TANGO & MURGA” by LOS MAREADOS

 こんな血の騒ぎかたを感じさせるのは、やっぱりラテン音楽だけだろうなあ、などと思ってみたりするのだった。”男気”とか”褌&鉢巻”とか”裸祭り”なんて言葉も浮かんでくる。

 これはジャンルとしてはムルガなる音楽で、南米はウルグアイのカーニバル音楽だそうな。 確かに祝祭の色は濃い音楽で、中心になるのは叩きつけるように打ち込まれるスネアドラムと情熱的に掻き鳴らされるガットギター。はじけるリズムに乗ってパワフルな男性コーラスが響き渡る。一人一人がとてもよく通る声を持っていて、伝統音楽としての底の深さなど想起させる。祭りの日のモンテビデオの街の通りの熱狂が伝わってくるような。

 そこまではいいのだけれど、歌われる楽曲がウルグアイとはラプラタ河を挟んで隣国であるアルゼンチンのタンゴ中心である、というのが興味深い。というか不思議である。アルゼンチンとウルグアイの関係はどうなっているのか。両国は文化の一部を共有しているということなのだろうか。

 そうだったとしても、このお祭り音楽と、どちらかと言えばラテン世界随一と思える暗さを孕んだタンゴの組み合わせが奇妙だ。もう少し盛り上がるネタを選んだがよかろうに。結果として、想像されるカーニバルの風景は真夏の熱狂というよりはそぞろ涼しい風も吹き抜ける秋口の夕暮れなどを舞台としているように聴こえてきてしまう。そこを駆け抜ける人影の振りまく秘められた熱情は、真夏の激情の代わりに研ぎ澄まされたナイフのような鋭さを孕んだ。

 哀感漂うメロディと激しく高揚するリズムの不思議な調和。こみ上げる情熱と、どこからか漂う生臭い血の臭い。音楽の振りまく暴力とエロティシズムのかなりヤバそうな混交。これはやっぱり、ラテン音楽のフィールドのど真ん中を突っ切る熱情の一奔流だ。

 などと書いているうち、この音楽が新聞配達の人々の売り声から派生したものである事など知る。当然、思い出すのは河内音頭の”新聞詠み”である。声高にニュースを読み上げながら辛辣な社会風刺なども加えつつ、新聞の辻売りなどしていたのだろうか。時には、それがきっかけとなり街角に騒動が・・・
 などと想像しかけるのだが、そこまで行くとこちらの面白主義の都合で話を作り過ぎだと反省しつつ・・・

 この盤の試聴は見つかりませんでした。
 ”ムルガ”そのものを探すと、下のようなものが出てきます。この盤で聴かれる音楽とは見かけは相当に違うものですが、基本の乗りは同じもののようです。
 これなど見るとムルガなる音楽、古きヨーロッパの道化の伝統にも連なるブラックなユーモア溢れる歌謡劇のようで、もっとその正体を確かめたくなってきます。
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忘れた唄、聴きそこねた唄

2009-09-07 16:10:08 | 60~70年代音楽
 ”南行きハイウェイ”by 加川良

 ネット上の古い知り合いである小川真一さんが、mixiの日記にフォークシンガーの加川良が75~78年頃に出したアルバムが、このたびCD化された話を書いておられた。小川さんはそのライナーを担当されたとか。
 加川良といえば、ここで改めて説明するのも恥ずかしいくらいの広く知られた唄ではある”教訓1”で70年代アタマに颯爽とデビューしたシンガーソングライターであり、私も当時、加川のデビューアルバムは愛聴したものだった。

 だがその後、フォーク系の唄のファンを長く続ける事のなかった私は今回、小川さんが紹介しておられる盤は聴いた事がない。どころか、そのような盤が出ていたこと自体を知らずにいた。
 70年代中頃といえば・・・そうだな、私はヴァン・ダイク・パークスの”ディスカバー・アメリカ”でその魅力を知った古いカリプソの盤が欲しくてあちこちの輸入盤屋を捜し歩くといったワールドミュージック愛好家状態に、すでに突入していた。「フン、いまだにシンガー・ソングライターなんか聴いている奴がいるの?」とかうそぶきつつ。

 いい加減な奴である。ほんの1~2年前までは伝説のロック喫茶”であるブラックホークなんて店に通い、そこで覚えてきたシンガー・ソングライターものの稀少盤を目を血走らせて探し回っていたくせに。
 いやまあ、そういう時代だったのだからお許し願いたい。”栄光の70年代音楽”の伝説の崩壊はすでに始まっていて、音楽の価値も揺れ動いていたのだ。

 先に愛聴したなんて言ったが、加川良のデビューアルバムに”教訓1”以外の、どんな曲が入っていたのかまったく思い出せない。一緒に買った高田渡のキングからの1stなんか全曲覚えているのにね。時の流れというものは過酷なものである。
 ”教訓1”の印象的なリフレイン、「青くなってしり込みなさい逃げなさい隠れなさい」で提示された唄の主張を当時、フォーク評論の世界では「めめしさ」とか言っていた。「めめしさ」こそがこの状況を生き残るためのキイワードだ、とかなんとか言っていたのではなかったか?

 当時、吹けば飛ぶような青二才だった私は、その話が何を意味するのか、実はよく分らなかった。が、やって来たばかりの大都会で馬鹿にされるのも嫌だったので分った振りをしていた。
 いや、実は今でもよく分らない。銃撃の、爆撃の標的にされる、あるいはそのような行為を見ず知らずの異郷の人々相手に行なう事を強要される、そりゃ、青くもなるでしょ、逃げるでしょ隠れるでしょ。女々しい奴でなくともさ。
 まあね、もう30年以上も前の話。時代は今よりずっとずっと”男らしい”潮流の中にいた。”体制側”ばかりでなく、あの頃学生運動をやってた連中だって、今思い出せば旧制高校的男権主義ノリだったでしょ。そして、性と文化の革命を提唱し、男女同権を語る男は居間のちゃぶ台の前にふんぞり返り、そいつの同棲中の彼女は、黙々と台所で夕食の用意をしていたのだった。

 あの頃は逃げたり隠れたりするにも、もっともらしい理論的裏付けなど必要だったのかなあ、などと思ったりする私は、「そういうことじゃない。いまだに何も分かってないなあお前は」と”出来る人”に言われてしまうのかもしれない。
 ふん、言われたって平気だ。”分っている”あなたが時代の中で何ごとも成しえなかったこと、私ははっきり見て来たから。なあ、ご同輩。

 加川良は、そうか、私が興味を失ってからも、このような唄を歌いアルバムをリリースして来たのかとその現実を、なんか小学校の頃しか知らない友人の高校時代の写真を今、オトナになってからはじめて見るみたいな不思議な感覚で受け止めつつ、小川さんの文章を目で追って行く。どんな唄なのかな、これは。それを聴いたら、私はどんな気分になるんだろうな。
 加川良のこれらのアルバムを、これから私は聴く事があるかどうかは分らない。が、ともかくまた否応もなく明日はやって来て、そして我々は何とかそいつを生き延びて行く。
 拝啓。そちらの景気はどうですか。私は何とかやってます。ヨウソロ。