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ワールドミュージック町十三番地

上海、香港、マカオと流れ、明日はチェニスかモロッコか。港々の歌謡曲をたずねる旅でございます。

天然プログレはメコンを越えて

2009-10-30 01:44:51 | アジア

 ”A Phyu Yaung Thanzin Nae Cherry Pyaw Tae Nya”by Poe Ei San

 ともかく不思議な構造の音楽であるミャンマーのポップスである。聴き始めは「何だこれは?」と途方に暮れるばかりでどこからその世界に入って行ったら良いのか見当も付かなかったものだが、長い事付き合ってくると、分らないながらも、これは傑作であるとかあんまりそうでもないぞとか、これは好みだなあとか、それなりの評価のものさしが自分の内に出来てくるから可笑しい。

 相変らず何がなんだかさっぱり分からないくせに、何を偉そうに「今回のは傑作だなあ」とか「これは俺の好みの出来上がりだ」とか言っていられるのか。
 そんなわけで。摩訶不思議なるミャンマー・ポップスの中でもひときわ私には楽しく感じられるポーイーセン嬢のアルバムがまた手に入った。ともかく彼女の出すアルバムに外れはなし。今まで聴いてきた何枚かはすべて面白かった。これって凄いことだよ。

 今回もアタマから幻惑。ますシロホン風の金属音がエキゾティックなフレーズを奏で、そいつに被る男たちの「エッ!ホッ!」とジャングル風(?)の掛け声。もうこの時点でどこの国の音楽か、まったく分からなくなっている。
 そんなイントロに導かれて軽やかにポーイーセンが歌い出すのは、日本の戦前歌謡とデビュー当時の松田聖子のヒット曲を無理やり継ぎ合わせたみたいな奔放なメロディのポップな曲。いつの間にかバックの音はパーカッションと手拍子とひしゃげた音を出すキーボードだけになっている。間奏は、突然現われたディストーションのかかったエレキギターで。

 どこからこんな音楽を思いついたんだと頭を抱えているうちに始まる2曲目は、実に安っぽいキーボード合奏とタンバリンのリズムだけの伴奏によるあっけらかんとした演歌であり、しかもここではポーイーセンは顔を出さずゲストの男性歌手がフルコーラス歌いきってしまう。
 なんて調子でこの奇怪ポップス盤を紹介して行ったら疲れて仕方がないんでここまでにするが、なんなんだよ、これは?

 ミャンマー伝統の不可思議音楽の土壌にしっかり足をつけながらも、その一方で積極的に欧米の(おそらく日本のものも)音楽も貪欲に自分の世界に取り込む彼女であるからして、その迷宮はますます深くなる。一曲のうちで世界一周してしまうような万華鏡状態の曲を歌いこなすかと思えば、次にはフォークギター抱えて中学校の昼休みに作りました、みたいなシンプル過ぎるフォーク調の曲を本気になってセンチに歌い上げてみせる。天然プログレの女王の証しここにありといえよう。

 と、完璧に困惑させられながらも、ポーイーセン嬢が繰り広げる音の迷路に誘い込まれて迷子になる快感に今回も酔い痴れる私である。それは彼女の迷宮があくまでも明るい生命力に満ちた、ポップな光の迷宮であるからなんだろうなあ。もうポーイーセンには降参。どこまでも付いて行きます。

 下の試聴はこのアルバム収録の曲じゃないんだけど、そしてこれは彼女の音楽の一面でしかないんだけれど、まあ、ポーイーセンの歌の雰囲気だけでも感じてください。




水辺の癒し、ターイ・オラタイ「

2009-10-29 05:38:10 | アジア

 ” Kor jai kun nao”by Tai Orrathai

 タイの大衆歌、ルークトゥンの女王、ターイ・オラタイ女史の初期のアルバムであります。
 ルークトゥン、まあ、タイの演歌とか言う人もいるけど、都会的な音作りで来る人もいるし、かなり幅広く大衆のうちに染み込んだ音楽といえましょう。
 以前、ころんさんと、この人の歌を巡って論争でもないんだけど、その特殊性に関して、あーではないかこーではないかと話し合ったことがあって、そしたら滞在中の方から、「現地では皆、普通にしみじみ聴いてますよ」なんて教えていただいて、「ハラホロヒレハレ~、終了!」となってしまった。ま、私らの考えすぎかなあ、なんてね。

 そんな彼女の盤を、なんだか諸々に疲れた気分のこの数日、ふと聴きたくなって取り出した次第。
 彼女の歌は、やはりド演歌的にドロドロになることは決してなく、ある種クールに突き放して、というか抒情詩というより叙事詩っぽい現実との間合いの取り方で、巷間の喜怒哀楽を水彩画のように描き出して行く感じはある。

 そんな彼女の芸風ゆえ、ルークトゥンのメロディラインがある種のクールダウンをし、なんだか南欧っぽく響く瞬間さえある。
 伴奏陣も、麺にドロドロに絡みつく豚骨スープってな濃厚さよりは、器の底が透けて見える東京ラーメン的の汁を心がけているようだ。
 ルークトゥンの世界では、というかタイの大衆歌世界では毎度お馴染みの、サンタナあたりの影響を想起させるリズムセクションのありようも、粘りつくように拍動を生み出して煽り立てるというよりは、時の経過を淡々とその場に置いて行く感じ。

 炎熱の南国において日陰の休息所にそっと置かれた一皿の水菓子的な優しさや癒し、彼女の歌ってそんなものなのかなあなんて、またも勘違いかもしれないが思ってみたのであります。

 あ、下の試聴、必ずしもこのアルバムに所収のものかどうか分りません。彼女の名とアルバムタイトルを打ち込んだら出てきたもの、というだけです。何しろジャケには難物のタイ語表記しかないし、どもならんのですわ。まあ、彼女の芸風がどういうものか、まだの方はご覧ください、ということで。



中世ハンガリーの沃野から

2009-10-28 01:59:27 | ヨーロッパ


 ”Sacred voice/egi hang”by lovasz Iren

 秋といえばハンガリーだねえ。秋はハンガリー音楽に限る。
 これはハンガリーの民謡歌手であるlovasz Irenが製作した実験声楽(?)のシリーズ、”Healing voices”の第一集である。2006年作。

 まずは重々しいホーミーがゴリゴリと呻き挙げられ、そいつを伴唱に、Irenのいかにもハンガリーらしいミステリアスなコブシ廻しの歌が響く。遠い昔、ヨーロッパに侵入し征服したモンゴル民族の男臭い奇怪な声楽と、ヨーロッパのただ中に一滴アジアの血を孕んだハンガリー民族の独特の癖のある伝統歌唱が寄り添って進んで行くのを聴くのは、遥かな歴史のロマンになど想いを馳せずにはいられず、なかなかに胸騒ぐオープニングだ。

 とはいえアルバムの基本は、Irenの無伴奏、もしくは民族弦楽器の爪弾きや笛の合奏など、非常にシンプルな音をバックに唄われる歌そのものが主人公の、実に素朴なものである。
 取り上げられている歌は、遠く中世からハンガリーの地に伝えられているらしい民謡や賛美歌など、これも実に素朴なものばかり。

 歌詞カードに添えられている歌詞の英語による抄訳など読むと、太陽や月の行き来、渡る風、星の囁き、香る風、などなどに囲まれて、神への祈りと共に中欧の沃野に生きていた中世ハンガリーの人々の日々の移ろいをダイレクトに伝えてくるような、人々の体温が伝わってくるような歌ばかりのようだ。
 賛美歌では、グレゴリア聖歌調の男性コーラス隊とIrenのコブシ歌唱の絡み合いが面白い味を出す。

 機械処理により深くエコーをかけられたIrenの声や楽器たちの音は、タイムトンネルを通って遠い過去からやってきて、かってハンガリーの人々が享受した新鮮な陽の光、その輝きや温もりまでもを今日に伝えてくる。しして現代に生きるこちらは、そうして送られてきた生命の息吹によって、やっと生き返って歩き出すことが出来る。そんな幻想が生まれる。

 Irenがなぜ、こんなにも素朴な大衆歌集を実験作っぽいタイトルで世に問うたのか?普通にハンガリー民謡集で良いではないか?いや、その理由は添えられた小冊子に彼女自身の言葉で書いてあるようなのだが、音を聴いているうちにどうでも良くなってしまった。読む気はない。私はこのアルバムを聴いていると遠い昔に生きた人々の命のエコーを受けて、魂をリフレッシュ出来るような気がする。それで十分だ。

 などとこのアルバムを聴きながら書いていたのだが、今、歌い出しが”五木の子守唄”そっくりの歌が出てきて「うわ」などと思ってしまったのだった。ハンガリーの民謡の中には日本の民謡と同じ音階を使うものがある、とは以前より指摘されている事実。

 Irenの歌声は東方の血の証しの微妙なコブシを織りなしつつ、悠然と中欧の沃野を渡って行く。嫋々と吹き鳴らされる笛の音が、たっぷりマイナスイオンを含んだ森の空気の冷え冷えとした手触りを伝える。Irenの歌声を追うコーラス隊の歌声は、深くかけられたエコーの中で、森の木々のざわめきと区別が付かなくなる。そしてこの火と水の惑星に夜明けがやって来る。



チュヒョンにちょっと惚れてみた

2009-10-25 02:23:20 | アジア

 ”L'Ordeur Original”by Oak Joo Hyun

 ご想像の通り、そもそもはジャケ買いです、このアルバム。
 彼女は韓国のセクシー・アイドルグループ、”Fin.K.L”のメンバーだった人で、ナイスバディが売りだったグループの音楽を卓越した歌唱力で支えた、という存在だったようです。
 もちろん、私はそんなところに注目したのではなく、ネット上に彼女らのライブ映像を見つけ、純粋にスケベ心を持って見ていたのですが、この”実質・リードボーカル”の彼女が昔好きだった女に面影が似ているのに気がつき、あとさき考えず注文してしまった次第で。

 そんなわけだからCDを手に入れ、ジャケ写真を眺めて切なくなったりしているうちは良かったのだが、CDを廻して、まず聴こえてきたサウンドに「ヤバい!」と頭を抱えたのでした。それが、いわゆる今どきのアメリカ黒人音楽っぽい、つまりは今日の日本ではどちらへ行きましても一山いくらで売られているあの、「R&B大好きっス~」な我が国で今ウケしている女性歌手たちの音楽と同じサウンドだったから。
 まあ、初めから分っている事でしたがね、彼女の所属していたグループ、Fin.K.Lが、そのようなサウンド志向だったのだから、彼女のソロ作も同じようなものであろうとは。

 そう、以前も書いたことがあります。我が国の洋楽系女性歌手たちって、なんでどいつもこいつも似たような歌を似たような発声法で似たようなバックトラックに乗せて唄うんだ?売れてる音には便乗してみるのが流行りもの稼業の常道とは言え、もう少し何とかならないのかと。R&Bでござい、って?先に売れた歌のフル・コピーみたいな事を喜々としてやってるって、どういうR&B魂なんだよ。
 しかもそれは小手先でこねくり回して黒人に似せたつもりでいて、その実はただ臭いだけのわざとらしい”R&Bごっこ”の歌唱でしかない。ヒイヒイヒイヒイと金切り声上げれば”感動”してくれますか、お人よしの観客は?そして歌手はそんな客席に向けて「ね、分るよね?」なんて同世代への甘えともたれかかりを露骨に振り撒く。ああ、グロテスクだ。

 と常日頃から頭に来ていた事情もあり、そうか、韓国も事情は同じか、あれを聴かされるのかと覚悟を決めたのだけれど・・・聴こえてきた歌声は全然そうでもなかったのでした。
 いやあ、なかなかいいんだ、Oak Joo Hyunの歌って。というか我々は日常、いかにベタベタの感情垂れ流しの泣きべそ声ばかり聴かされているのかと改めて思い知らされたのだ。

 Oak Joo Hyunの歌は、日本のR&B歌姫諸嬢と同じような事をやっているようでいて、感情の垂れ流しには絶対にならないクールな情感のコントロールが効いている。表現がオトナなのだ。知性、というものが感じられる。あるいは”男前”なんて、凛とした女性に対する褒め言葉があるよねえ。
 Oak Joo Hyunのそれが韓国の標準とすれば、おそらく韓国においては”R&B”は日本と似て非なる進化の過程を辿ったのだ。そして彼らは大人の鑑賞に堪えるR&B表現を韓国人なりのやり方で自分のものにしているようだ。差をつけられたな、ベタベタ声のオネーチャンっちを甘やかしているうちに。

 私は、まあ関係ない話ではあるがサッカー・ファンなのであって、それゆえ本来は嫌韓家である。という論理もいかがなものかと思うが。でもまあともかく、そういう人間にこういう文章書かせるなよな、お願いだから。などとぼやきつつ。
 どうもこの件になるとムキになってしまうな。いや、ほんとに大嫌いなんだよ、あの日本腐女子のベタベタの歌が。



ハブ空港の夜は更けて

2009-10-24 02:07:10 | その他の日本の音楽

 ”羽田発7時50分”by フランク永井

 羽田のハブ空港化、なんて話題がニュースになるのを見て私は、「俺がフランク永井だったら、今、このタイミングで、”羽田発7時50分”を再リリースするんだがなあ」とか思ったりしたものだ。
 なんかねえ、モリケンが怒ってみたり笑ってみたり理解不能の一人芝居をしたりしているのを見るにつけても、すっとぼけて、昭和30年代の”国際空港・羽田”に関わる歌を歌って見せるのも一興じゃないか、などと。

 あ、そういえばフランク永井が亡くなってからちょうど一年くらいになるんじゃなかったかな?もしそうならこれも不思議なご縁だ。

 ”羽田発7時50分”はフランク永井が1958年に放ったヒット曲である。当時としては最先端のお洒落な場所、羽田を舞台に、夜闇に消えて行く機影に託して喪われんとしている恋を唄った歌。彼の”売り”だった30年代風都会派歌謡曲のど真ん中、みたいな曲だ。
 都会派歌謡とは、時代風俗の先端を捉えた歌詞を、ジャズと伝統的歌謡曲との不思議な折衷の内に出来上がったサウンドに乗せて唄う、という定義でいいだろうか。突っ込まれないうちに行っておくが、実はメロディラインにはジャズよりもタンゴの影響のほうが多いようだ。アレンジにも結構ラテン調が顔を出す。まあ当時、世界的なラテンブームだったからね。

 この歌の発表の年、歌に絡めて、当時はよくあった”歌謡映画”が作られている。”羽田発7時50分”と、そのままのタイトル。
 もちろん見てはいないが、ストーリーなど読んでみると、歌の内容とはまるで関係なさそうなカーレーサーの世界など舞台にしたある種刹那的な世界が描かれた映画だ。監督がレーサーの映画を撮ってみたかったところに、この映画のオファーが来ちゃったんだろうなあ。としか思えないのだが。いいのかこれで。

 このあたりの歌は当時、一世を風靡したものだったが、今日、改めて聴きなおしてみると、ほんとにそれなりにジャジーであり、よくこんなものが”歌謡曲”としてあの頃の一般大衆に受けたものだな、などと思いかけるのだが、そんな私は多分、何処かで勘違いをしている。
 いやでもほんとにお洒落なものだと思うんだよ、この一連の都会派歌謡ってものは。もし今、私が音楽の現場にいたなら、この辺の歌をガッチガチにジャズィなアレンジを施して、一流のジャズマン揃えて吹き込み直してみたいと思う。イメージ的には初期のトム・ウェイツみたいに。カッコいいと思うがなあ。まあ、出来もしない話はいいとして。

 この歌が出来上がった背景を調べてみると、発表の年、1958年に、戦後アメリカに接収されたままだった羽田空港が我が国に全面返還されている。つまりここから1964年の東京オリンピック目指しての国を挙げての驀進に、国際空港羽田も本格的に合流して行くわけだ。
 そんな”国家事業”に絡めて作られた歌なのだろうが、その割には暗い別れの唄であるのが面白い。まあ、三波春夫先生でもあるまいし、フランク永井が”羽田開港音頭”とか歌うわけにも行くまいが。
 それともこいつは、羽田に関わる遠い未来の何かを予見している歌なのかもな。ねえ、どう思う?




打楽器集団の幻想飛行

2009-10-23 01:35:06 | 南アメリカ

 ”Percusion en Concierto”by Ensemble Percusion Sur

 そもそもアルゼンチン人にとってタンゴなる音楽は何であるのか?などと考えると非常に不思議な気分になってくるのだった。
 その魂は、なんともうら寂しい滅びの美学で満たされており、日本の古い歌謡曲の一部に通ずるような裏町人生御身の不幸話の連発であり、かと思うとその裏側には没落貴族の歪んだ誇りが高々と屹立していたりで、ややこしいこと限りない。なにしろ”明るい”ことの代名詞みたいなラテン大衆音楽世界で唯一、”暗い”ジャンルである。

 当方の持っているタンゴのCDにしたって、そのまま演歌のカラオケとして使用可能みたいな下世話な物件もあれば、ピアソラみたいな御芸術もあり、かと思えば打ち込みリズムとバンドネオンがハッシと絡み合うタンゴ・エレクトリカがあり、その一方、タンゴ発祥の頃の定番の名曲群にひたすらトライを続ける歌手たちがいる。サッカーのワールドカップを見ていれば、アルゼンチンの選手諸君は移動の途中のバスの中で自ら打ち鳴らす手拍子をバックに、パンクタンゴもどきを喚き散らして民族意識の高揚を図るという具合。

 というわけでこのアルバムも不思議物件、アルゼンチンの音楽大学に所属する打楽器楽団が正面からタンゴに挑んだアルバムである。他の国では、たとえば日本では考えられないでしょ、クラシックの人たちがマジで演歌に挑んで見せるとか。まあ、パロディならともかく。
 で、このアルバムは本気です。ガチでタンゴに挑んでいます。しかも、ピアソラみたいな実験向きの込み入った芸術楽曲中心ではなく、もうアタマから歌謡タンゴの真髄ともいうべき名曲、”想いの届く日”をやっている。いっさいアイロニーはなしで、この曲の美しいメロディーを誠実に歌い上げている。もう一度念をおしておくが、打楽器ばかりの楽団である。

 と言っても使用楽器は、ゴング、ベルなど、メタル・パーカッションがほとんどである。そしてメロディを奏でる作業の中心となるのはシロフォンが多い。結果、全体としてカチカチキラキラとした、ある種、どこぞの遊園地のエレクトリカル・パレードにも似合いの浮遊感あるファンタジックな音像が前面に出て来る。タンゴのメロディの美しさの”この世ならざり具合”が妙に際立って感じられもする。

 いわゆるクラシックのジャンルの曲も後半、出てくるのだが、なかでもパラグアイの作曲家が自国の先住民、”グアラニ”に捧げた曲は、メロディラインから吹き零れる想いがあんまり優しいので、ちょっと泣けそうになった。
 ジャケの解説を読むと、なにやらその趣旨はややこしいもののようでもあるのだが、英文を読むのが面倒になって途中で放り出し、寝転がって、窓の外の星空を見上げれば、演奏家の思惑なんてどうでもよくなる。
 その、夜空で星屑が弾けるありさまをそのまま音楽にしたような響きは、やっぱり子供の頃に見た遊園地かサーカスの想い出を追って、この世に湧き出したとしか考えられないのだ。2004年、ブエノスアイレス録音。


 試聴はYou-tubeでは見つけられませんでした。パーカッション・アンサンブル”base”スール、ならいくらでも見つかるんだが、それはまったく違うサウンドの別グループだしなあ。こんなのをこそ、貼りたいんだが・・・

ギリシャ発情最前線

2009-10-21 00:03:56 | ヨーロッパ

 ”Ekti Esthisi ( Sixth Sense)”by Christina Koletsa

 ええもう、上のジャケ写真を見ていただいたら一目でお分かりいただけるように、ジャケ買いです。ジャケのエッチなネーチャンぶりにフラフラとなって、気が付いたら買っていました、このCDを。
 ギリシャの新人ポップス歌手なんだそうですが、ネットで現地ヨーロッパの情報を検索しても彼女は助平な視線しか受けてないですわ、世間からは。うん、それでいいと思う。目立っておけばいいのさ。音楽聞く奴は、どんな扱いであろうといずれちゃんと聴くし。

 ベリーダンスの音楽なんかに通ずるユラユラと妖しく横揺れでスイングするアナトリアっぽい乗りのビートに若干のロック感覚を加味した、みたいなリズムが見えない大蛇みたいに重くのたくる中、ハスキーというより、なんかスモーキーって表現も出来そうなクリスティナのヴォーカルは、新人らしからぬ図太さで響き渡ります。う~む、やっぱりエッチだ。

 そんな彼女の声に寄り添いつつ、いかにもギリシャらしい哀感を湛えたフレーズをひそやかに奏でるブズーキの響き。どこまで行っても「これはギリシャ音楽だ!」と音の芯の部分からの主張をやめないクソ頑固なギリシャの音楽魂に感服したり辟易したり。
 いや、スケベものではありながら、音楽自体はドンと地に足をつけたものであるあたり、これもやっぱりギリシャらしい因果の深さですな。

 とは言いつつ、スローバラードになると一瞬、アメリカ臭い影が横切るのが面白い。最終的にはすべてギリシャ色に染まってしまうんだけど。
 ああこれ、かなりの傑作アルバムだと思うよ!民俗派の音作りのくせしてスイスイ楽しんで聴けちゃうのが嬉しいし、すべてを聴き終えた後に残るのが、意外に苦味を湛えたギリシャ気分であるのも良い。

 まあ、圧倒的に立ち込めているのはピンクの霧なんだけどさ。というわけで次作にも期待。つーか彼女の日本盤を出したらどうかね。呼んだらどうかね、日本に。



トロット港と秋の風

2009-10-19 04:33:53 | アジア
 ”Trot Show”by Kim Yong-Im

 今回、若き韓国演歌の新星がドッとカマしますは、一枚はトロット演歌、二枚目はディスコ演歌という2枚組CD。もう、前も後ろも固められたぞ、逃げ場はない、というわけだ。
 とにかく彼女、大変攻撃的な声質の歌手で、ほとんど喧嘩腰で唄いかけてくる。なんというのか、”コブシを回す”という行為が”ドスの効いた声で凄む”と同義なのだ。こんな険のある韓国女に叱られたら、さぞ怖かろうなあと首をすくめつつ聴くうち、その辛口の歌声の気風の良さにマゾな快感が芽生えてくるという構造である。Yong-Im 姐さんっ!

 一枚目、トロット編はともかく古めかしい演歌メロディの連発である。バックを務めるのは、なんともセコい味わい(この場合、褒め言葉)のキーボードが、機械演奏による終わりなきブンチャカチャッチャ・リズムを伴いつつ、韓国演歌ではお馴染みの鼻をつまんだようなミャンミャンいう音色でオブリガートを入れまくる。
 ときおり、ギターやサックスの生音が入るのを除けば、ほぼ全編、このなんとも安っぽい(この場合、褒め言葉)キーボードの音と二人旅である。この侘しさが、なんともいえない味わいをかもし出していて私のようなマニアにはたまらないものがあるのだが、興味ない人は嫌になっちゃうだろうなあ。

 薄ら寒い韓国裏町からっ風気分が聴く者の心をえぐって吹き抜けて行く。聴いているうちに曇天の下に広がる鉛色の日本海に面した韓国の漁港の風景が浮かんだりする。しわがれ声の韓国語が響き、どこからかイカ焼きの匂いがする。

 さて、二枚目の”ディスコ編”に移りまして、雰囲気はガラリと変わり。というほどかわりゃしねーよ(笑)バックが”バンド”になりバックコーラスも付いてサウンドが厚くなり、アップテンポの曲が増えて何となく景気がよくなった感じだが、歌われる曲のメロディラインは変わらずド演歌であります。
 あああ。でもヨンイム姐さんの歌声は、こちらの盤のようにアップテンポの曲を歌い飛ばして行く方が良い個性を発揮できるようですな。先に”険がある”なんて書いた彼女の歌声、こちらでは気風の良さが前面に出て痛快な出来上がり、加えて色っぽさも漂いはじめ、という具合で、これは万年躁状態のポンチャクの世界に前面転向して欲しい気がしてきましたな。というか、ディスコ編後半はアップテンポ連発のノンストップ、ほとんどポンチャクと変わりませんが。

 とか言いつつも、すべてを聴き終えて後、なんか一枚目の険のあるうらぶれトロットをもう一度聴き返したくなっていたりで、ヤベー、気が付けばすっかりヨンイム姐さんのファンだわ。
 とか良い気分になり彼女の事をネットで調べてみたのだが、なんと韓国芸能界には、ほぼ同じスペルのKim Yong Im が三人いることを知った。
 一人は先日、若くして亡くなった韓国の人気女優で、もう一人、ずっと年上の人間国宝の民謡歌手がいて、そして、私が気に入ったばかりの演歌歌手。検索をかけると、この三人の情報がごちゃ混ぜになって出てくるのだ。

 なんだこりゃ。区別できるようにしておくって、誰も思いつかなかったのか。も~え~かげんにせ~よ。



甘やかな空虚

2009-10-18 04:01:27 | その他の日本の音楽
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 ○<加藤和彦さん自殺>軽井沢のホテルで首つる 部屋に遺書 
 (毎日新聞 - 10月17日 13:42)
 17日午前9時25分ごろ、長野県軽井沢町のホテルの客室で、歌手で音楽プロデューサー、加藤和彦さん(62)=東京都港区六本木1=が首をつって死亡しているのを県警軽井沢署員らが発見した。同署は、遺体に目立った外傷がなく、室内から遺書とみられる文書が見つかり、知人に自殺をほのめかす電話をかけていたことなどから自殺とみている。

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 毎度生活時間帯がめちゃくちゃで申し訳ないのだが、昼過ぎに起き出して何となくつけたテレビで訃報を聞いた。
 けれど、「加藤和彦って誰だっけ?」と、なかなかピンと来なかったのは、彼が自殺などする必要があるような現世の苦悩と縁がある人と思っていなかったせいだ。彼はそのような”下界”の雑事から離れた雲の上でのほほんと生きている人物とイメージしていた。もともとが京都のボンボンとして生まれ、自らの才能を生かして生きる道も簡単に見つけてしまった彼。

 実は加藤和彦、私にとって感傷的な追悼文を書くような方向の思い入れのあるミュージシャンではない。それが証拠に、彼のアルバムは”ベル・エキセントリーク”しか、しかもカセットでしか持っていないし。
 けれど、彼がフォーククルセダースでデビューするのをリアルタイムで見届け、その後も同じ時代を音楽ファンとして過ごした者として、それなりの思い出があるのも事実だ。
 でもそれは、どのアルバムが傑作で、と言うようなものでは、前述したように、ない。

 それはたとえば、テレビ番組”ヤング720”に出演の際、某ロックミュージカル関係のネタだったのだろうな、”ハレクリシュナ~♪”なんて歌を生ギター一本で唄いながら踊り狂いつつ出て来た、なんて一場面である。
 あるいは、私がはじめて見た彼のナマのステージで加藤和彦は上から下まで完全な”スーパーマン”の扮装をしていた、とか。

 そういえばバブルの頃、当時の妻であった安井かずみを伴って当時流行りのカフェバーに現われた彼は、その場にあまりにはまり過ぎて見えて、畏れ多いほどだったという。
 なんか分るような気がする。その様子が目に見えるような気がする。
 ようするに粋に遊びたい人だったのだろうと思う。音楽においても何においても。軽やかに人生を遊ぶ。それだけだったんだと思う。最愛の妻である安井かずみの死さえも彼は、”悲劇の夫”を演ずることで一幕の演劇としてやり過ごした。

 だが。そうそう人生は人を遊ばせておいてはくれない。ヤボな現実は追いかけてくる。追い詰めてくる。
 さしもの彼も逃げ切れなくなる何かがあったんではないか。そして彼は無粋な現実と取っ組み合うなんて泥臭い修羅場を演じたくはなかったのだ。
 それが何であったのか、もちろん私は知らないが。他人に理解できることであるかどうかも分らない。

 擦りガラスの向こうに夾雑物として追いやり凍りつかせた”人生”に、遠ざけたがゆえに手を触れることの叶わなくなった”ナマの人生”に寄せる淡い悲しみと郷愁の結晶。それが彼の奏でた音楽だった。
 などと勝手な事を言ってしまった罰として、彼の音楽を改めて聴き直してみようかとも思う。



蒸気機関車の夜に寄せて

2009-10-17 06:12:00 | 60~70年代音楽

 どうも何もかもが上手く行かない一日。そんな日がこの頃、特に多い気がする。どうでもいい事。どうでもよくない事。どれも物事にすっきり解決が付かず、ただウヤムヤに時が過ぎるのをなすすべもなく見送るだけだったりする。
 なんとも行き所のない気分のまま呆然と、NHK深夜の埋め草番組を見つめて過ごす。本日は”昭和のSL映像館2「東日本・北海道編」”である。遠い昔に作られた映像詩の何度目かの再放送。

 番組制作時点ですでに失われる寸前であったろう蒸気機関車の運行風景を淡々と描写している。いつ頃作られた番組だろう。NHKのサイトを見てもさすが埋め草番組、何の資料も提示されていず、その詳細は何も分らない。ほんのときおり差し挟まれるナレーションの、その声質や内容の古めかしさから、かなり以前の製作ではないかと想像されるのみ。
 画面の隅に昭和30年代の年号が示されるが、映像のバックにシンセなどが使われているのを思えばさすがにその年代の製作ではなく、昔作られたドキュメンタリー番組を後になって再編集したものなのだろう。

 信じられないほど古めかしい作業服を身にまとった乗務員は石炭を釜にくべ、今日よりも深い夜の中を機関車は走り、今日よりも重く降り積もった雪の駅に至る。今日よりも厚苦しいコートを羽織った乗客たちは、今日よりも堅固な沈黙を抱えて座席に沈み込む。
 フィルムのバックで生ギターやピアノがゆったりと和音を奏で、それに乗ってシンセやストリングスが牧歌調と言うのか、ほんのり感傷的なフォークっぽいメロディを奏でて行く。アレンジのセンスの今日との微妙なズレから、映像が再編集されてからもすでにそれなりの時が経過しているのであろう事が分かる。

 昔、旅をしていた頃に見た風景を想起させられる場面もあり、それなりの旅情と懐旧をそそられもする。あの頃はギター一本抱え、よくもあてのない日々を過ごせたものだ。「夢を追って生きられるって凄いよなあ」と呆れ半分に言われたこともあったが、なに、現実から逃げていただけのことだった。
 大学は出たものの仕事も見つからず、やけになって旅に出てしまった。「就職せずに音楽で生きる道を探す」とか言っていたが大嘘だった。ただバイトで食いつなぎ、”将来、何をやって生きて行くのか”なんて命題からはただ目をそらしていただけのこと。

 時間は、そんな人間のちっぽけな都合は考慮せず、ただ過ぎて行く。追い越して行く。画面に映し出される蒸気機関車たちも、おそらくは今日、稼動しているものは一つもないのだろう。
 あの頃の知り合いとの付き合いも、いつかことごとく途切れ、気持ちを打ち明けそびれたままだった惚れていた女はとうに嫁に行ってその土地に根を生やし、そして気の早い友人はもう死んでしまっている。

 旅をしていた頃の、あの時代の匂いがどこかにするフォーク調の番組BGMが永遠に続けば良いと願うものの、しょせん小一時間の時間旅行である。ENDマークはいつか表示される。
 過酷な時との戦い。夜は必ず朝に負けることと定められており、いつか窓の外は明るくなり、目覚めた街の物音は聞こえ始めて、残酷な夜明けは確実にやって来る。