”Assalomu Alaykum”by Shahzoda
「サラーム・アレイコム。皆さん今日は、カセム・アリです」というネタを持ち出して分る人がどれだけいるんだろうか、ここに。
昔、”11PM”に出ていた人でね。アラビア人の恰好をして来て、アラビア語一口講座とかアラブ人の考え方とは、なんて話をする。本当は大学でアラビア語を教えてる先生で、途中で学生に「テレビでエロ話するな」なんて抗議を受けて、頭に来て大学のほうを辞めちゃった。まあ、この人のことはいいや。
このところ気を惹かれている中央アジアはウズベキスタンであります。場所はイランの北、かってソビエト連邦の一部だった国ですな。場所柄、イスラム色の濃い音楽なんだけど、どこかよりアジア寄りの匂いがするところが魅力でしょうか。
今回の”サラーム・アレイコム”はかの国の人気歌手、Shahzoda嬢の2007年度の作品であります。彼女は女優も兼ねている人だそうで、ジャケの写真を見てもなかなかに妖しげな”アラビアの妖女”を演じております。
サウンドは、これはロシアのダンス・ポップからの影響なんでしょうかね、ドスドスと無粋な機械仕掛けのぶっといリズムが打ち込まれるエレクトリック・ポップ仕立てが基本のようです。その上に、トルコのサズなんかの系列の複弦楽器が大蛇がのたくるみたいな横揺れのリズムで官能的なフレーズをまき散らす。あるいは、シンセの類がイスラミックなフレーズをミョョョョ~ンと奏でる。
Shahzoda嬢の歌声はどちらかといえば囁き系でありまして、朗々とアラブのコブシを歌い上げるという感じではない。愛らしくも鈴を転がすような、といったら言い過ぎか。いや、私にはそう聴こえるんですが。
引きの芸というのか、内へ内へと引っ込んで行くような、”秘すれば花”的な押さえた美学を感じさせます。たまに声を張る瞬間などあっても、それ風に声を歪めてみるだけで、音量としては何も上がっていない感じだったりする。
ふと思い出したのが、中国の映画で見た、昔の皇帝の後宮に立つ雪洞の灯りです。後宮に囲われている何人もの女性たちは、今夜こそ皇帝の寵愛を受けられますようにと祈りを込めて自分の部屋の入り口に雪洞を立てる。その妖しいような物悲しいような仄かな灯りの、夜の静けさの中での灯りようをなんだか連想してしまったのですな、Shahzoda嬢の慎ましやかな歌声を聴いているうち。
その慎ましやか具合がまた、アジア的といっていいんでしょうか。いやあ、結構惚れましたねえ、この歌声には。
このアジア的慎ましやかさとアラブ的妖しさの微妙なブレンド具合、そいつが中央アジア高原を遥か吹き渡る風に揺れている。その辺にウズベキスタン・ポップスの醍醐味があるんではないか、とか分かったような分らないような事を言いつつ・・・
「サラーム・アレイコム。皆さん今日は、カセム・アリです」というネタを持ち出して分る人がどれだけいるんだろうか、ここに。
昔、”11PM”に出ていた人でね。アラビア人の恰好をして来て、アラビア語一口講座とかアラブ人の考え方とは、なんて話をする。本当は大学でアラビア語を教えてる先生で、途中で学生に「テレビでエロ話するな」なんて抗議を受けて、頭に来て大学のほうを辞めちゃった。まあ、この人のことはいいや。
このところ気を惹かれている中央アジアはウズベキスタンであります。場所はイランの北、かってソビエト連邦の一部だった国ですな。場所柄、イスラム色の濃い音楽なんだけど、どこかよりアジア寄りの匂いがするところが魅力でしょうか。
今回の”サラーム・アレイコム”はかの国の人気歌手、Shahzoda嬢の2007年度の作品であります。彼女は女優も兼ねている人だそうで、ジャケの写真を見てもなかなかに妖しげな”アラビアの妖女”を演じております。
サウンドは、これはロシアのダンス・ポップからの影響なんでしょうかね、ドスドスと無粋な機械仕掛けのぶっといリズムが打ち込まれるエレクトリック・ポップ仕立てが基本のようです。その上に、トルコのサズなんかの系列の複弦楽器が大蛇がのたくるみたいな横揺れのリズムで官能的なフレーズをまき散らす。あるいは、シンセの類がイスラミックなフレーズをミョョョョ~ンと奏でる。
Shahzoda嬢の歌声はどちらかといえば囁き系でありまして、朗々とアラブのコブシを歌い上げるという感じではない。愛らしくも鈴を転がすような、といったら言い過ぎか。いや、私にはそう聴こえるんですが。
引きの芸というのか、内へ内へと引っ込んで行くような、”秘すれば花”的な押さえた美学を感じさせます。たまに声を張る瞬間などあっても、それ風に声を歪めてみるだけで、音量としては何も上がっていない感じだったりする。
ふと思い出したのが、中国の映画で見た、昔の皇帝の後宮に立つ雪洞の灯りです。後宮に囲われている何人もの女性たちは、今夜こそ皇帝の寵愛を受けられますようにと祈りを込めて自分の部屋の入り口に雪洞を立てる。その妖しいような物悲しいような仄かな灯りの、夜の静けさの中での灯りようをなんだか連想してしまったのですな、Shahzoda嬢の慎ましやかな歌声を聴いているうち。
その慎ましやか具合がまた、アジア的といっていいんでしょうか。いやあ、結構惚れましたねえ、この歌声には。
このアジア的慎ましやかさとアラブ的妖しさの微妙なブレンド具合、そいつが中央アジア高原を遥か吹き渡る風に揺れている。その辺にウズベキスタン・ポップスの醍醐味があるんではないか、とか分かったような分らないような事を言いつつ・・・