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ワールドミュージック町十三番地

上海、香港、マカオと流れ、明日はチェニスかモロッコか。港々の歌謡曲をたずねる旅でございます。

感動ゾンビの生け贄は

2010-01-15 04:27:01 | 時事
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 ●間寛平が前立腺がんを公表、「アースマラソン」は治療しながら継続。
 マラソンとヨットで世界一周する「アースマラソン」に挑戦中の間寛平が、前立腺がんを患っていることを公式サイトで発表した。現在、間寛平はトルコのイスタンブールに滞在しているが、治療をしながら「アースマラソン」は継続していくという。
 (ナリナリドットコム - 01月14日 01:14)

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 そんな状態で、走らないほうがいいに決まってる。
 テレビ局や相乗りしたスポンサーの都合があるから、病気が見つかっても走り続けなければならない。要するにカンペイは金のために走らされるのだ。

 その現実から目をそらし、テレビ局の垂れ流す感動話にやすやすと乗せられて「頑張れ」とかキレイ事を言ってる感動ゾンビのお前ら。「人は命を削ってでもやりたいことがあります」って・・・お前が決めるなよ、他人の人生観を。

 もしカンペイにこれから何かあったら、尻馬に乗って騒ぎ立て、カンペイが”降りる”道を閉ざしたお前らも共犯だぞ。人殺しだぞ、お前ら。

オデッサの夢の時間

2010-01-14 00:44:00 | ヨーロッパ
 ”Magic”by Fleur

 ロシアの南はウクライナの、黒海に面した古都オデッサより登場したスラブ風叙情バンド(?)の第2作目のアルバムだ。ジャケの優しく幻想的な水彩画、そのタッチがそのままバンドの個性を表している。ジャケの裏には「このウクライナからのポップアルバムのスラブ風メランコリーは、あなたを魅了するだろう」との文字がある。

 チェロやバイオリンまでも含む、9人編成の大所帯バンドだが、そのうちベース、ドラム、パーカッションの3人以外は名前を見る限りではすべて女性のようだ。そのうち、それぞれリード・ボーカルをとるピアノとギターの二人が、アルバム収録曲を6曲ずつ作っていて、バンドの中心人物かと思われる。
 交互にソロで、あるいはデュエットを聴かせる二人の歌声はどちらも、ドギマギしてしまうほどか細く、ナイーブなものだ。それが、物静かな憂いに満ちたメロディを囁くように歌って行く。

 メロディはどれも、子供部屋に置き忘れられた絵本のページから、ふと流れ出てきたような、懐かしさと幻想味と儚さに溢れている。これを”スラブ風メランコリー”と呼ぶのか適当かどうかは分らない。その旋律のうちに東欧らしいエキゾティックな魅惑は確かに感知は出来るのだが。

 バンドのサウンドも同じように繊細極まるもので、終止表に出て来てサウンドの雰囲気をリードするフルートを始め、夏の終わりを告げる秋風の最初のひと吹きみたいな淡い感傷だけで出来上がっているかのように感じられる。
 聞き終える頃には、よく出来た影絵芝居の一幕を見たような気分にさせてくれる、切なくも心安らぐ一枚だ。




ラトビアの冬の夜

2010-01-12 03:06:53 | ヨーロッパ

 ”Biruta Ozolina &Patina”

 北欧のいわゆる”バルト三国”の一つ、ラトビアのフォーク歌手である、Biruta Ozolina が現地のジャズ・ミュージシャンとの共演で作り出した、不思議な手触りの一枚。
 ラトビアの古い民謡をジャズのサウンドに乗せて蘇らせようという試みのようだが、これが独特の効果を生み出しているのだ。ちなみにジャケに書かれたこのアルバムの音楽ジャンル分けは”エスノジャズ”である。

 Biruta の歌う、どこか日本の子供の遊び唄なども連想させる素朴で懐かしい旋律をもとに、バックにひかえるジャズマンたちは想像力を全開にして、今日のラトビアの当たり前の日常と、そこにふと忍び込む古代の幻想を描いている。
 ピアノがジャズィな和音をまき散らし、雪降り積む北国の都市の灯りを表現してみせると、ベースが、その街を行く人々の抱えた孤独を低く呟く。そして聴こえてくる、素朴極まりない歌唱による忘れ去られていた民謡の調べ。

 遥か昔のラトビアからやって来た古い古い言い伝えが、街の辻々に響き渡る。もう失われてしまった古語による物語と警句が、粉雪舞う街を行く人々の心に静かに染み渡って行く。
 シャープなシンセのソロが表通りを走り去る車のライトの輝きを奏で、サックスの歌うレイジーなフレーズが街の暮らしの倦怠を滲ませる。
 暮れ行く北の街の夕刻のある瞬間、古代都市の幻想が街を覆い、そして消え去って行った事を人々は知らずに終わるが、その日から街の人々を訪れる夜毎の夢は、これまでとは違った色合いを見せるようになる・・・




ライドオン、ウズベク・ガール!

2010-01-11 02:26:28 | アジア

 ”ALVIDO”by DINEYRA

 昨今、何かと気になる中央アジアはウズベキスタンのポップス。
 もっとも現地ではもはや普通にオーディオCDで音楽を聴く、なんてシステムは終わってしまっているようで、MP-3などでしか入手不可能な音源なども多いようで、当方のような昔気質の「ともかく”オーディオ盤”が欲しい」派は苦戦を免れないのかもしれません。
 まあそれだってかの地のソフトが手に入るルートを見つけられたら、の話であるのは毎度、ワールドミュージック・ファンの悩みの種でありますな。まあ、そんな事をこぼしていたって仕方がないんですが。

 で、このディネィラ嬢、韓国のアイドルグループ、”少女時代”との間の「どっちが曲をパクッた?疑惑事件」とか、そんな揉め事で知られる事となってしまったみたいですが、その辺の話題はあんまり興味ないんでスルーしておきます。
 いや、そんな話題は忘れて聴いてみると、なかなか良いんですよ。これまで聴いたウズベク・ポップスの中ではもっとも西欧流のポップスに近い出来上がりのように思われます。クールでお洒落な都会派ポップスと言ってしまっていいでしょう。なんといっても聴き進むうちに何曲か英語の歌詞のものが出てきたのには驚いた。「世界に雄飛するウズベク・ポップス」って構想でもあるんでしょうか。

 全体のサウンド構造は、やはり元ソビエト連邦構成国ということなんでしょうかね、モノクロっぽい空間に打ち込みのリズムと冷たいシンセの鳴り渡る、ロシアのポップスによくあるような研ぎ澄まされたエレクトリック・ポップスが基調となっている。
 けど彼女の歌う曲調は明らかに中央アジアらしい哀感を漂わせたもので、時にシンセの音の間を縫ってウズベクの民俗楽器がかき鳴らされたりします。
 この辺の、「やや古いタイプの近未来イメージと中央アジアの民俗調」の入り乱れるさまが、なかなかスキモノの血を騒がせる妖しさを持っています。加えて、なかなかの美人であるディネィラ嬢の愛らしい歌唱が、ますます聴く者の血を騒がせることとなる。

 いやあ、この人ももっと聞いてみたいものですなあ。というか、考えて見ればウズベクのポップスってかなりの命中率でこちらの琴線に触れて来ています。適度に哀感、適度にエキゾティック。本格的にかの地のポップスが紹介されるようになれば、結構ファンは付くんではあるまいか?
 それにしても、どこへ行けばウズベク盤なんて売ってるんだろうなあ。

 などと。古い歴史を秘めた古道に背に荷を負った駱駝が行き交い、砂漠の砂嵐吹き抜ける、そんな世界に流れるディネィラ嬢の最新ヒット曲など夢想してみるのでした。



こりん星の面影を台湾に探る

2010-01-09 03:40:03 | アジア

 ”MY CHINESE LOVER”by 左安々

 台湾のポップスについて調べていたら、左安々なんて懐かしい名前に出会い、おおおお、元気でやっていたのかあ、などと同窓会気分になってしまったのだった。
 左安々といえば、私がアジアのポップスを聴き始めた頃に台湾でアイドル歌手としてデビューした、確かシンガポールの華人社会出身の少女だった。当時、私は彼女のデビュー曲、”MY CHINESE LOVER”のビデオ・クリップを見て、一発で彼女のファンになってしまったのだった。

 その、擬古調中国歌謡とでもいうのか、わざと古めかしく作られたメロディがいかにも似合いのなんともうららかな歌声がなごめたし、そのルックスも、どこかポヤンと回転数の遅れる感じがのどかでよろしかった。
 つまり彼女、今にして思えば台湾版の小倉優子とでも言いたくなるような個性だったのだが、この話は10数年前に遡るのであって、左安々のほうがゆうこりんより先輩なのである。
 当時、さっそく左安々のアルバムなど集めてみたものだ。声が半分、ただの息となって漏れ出てしまうような発声法(意味が分るだろうか?)も、いかにも正統派アイドルらしい頼りなさで、ジャケ写真で野原の雑草の下でカエルと並んで雨宿り、なんてこりん星的メルヘン意匠も楽しめた。

 が、そのうちこちらの感性がもう少しディープな民俗派ポップスを欲するようになって来た。左安々への興味はひとまずこっちへ置いといて台湾演歌でも聴こうか、などとしているうちに彼女のことはすっかり忘れてしまい、気が付けば彼女の噂もさっぱり聞かなくなっていたのだった。
 アルバムのリリースもなくなっていたし、現地生活の長い音楽リサーチャー氏に尋ねてみても、「左安々?どうしてるんでしょうね?」という始末。まあ、彼女のことは忘れてしまうしかなかったのである。

 で、10数年の歳月を挟んで見つけた左安々の消息を、中国語の記事から読める漢字を拾いつつ解読してみると、どうやら彼女はアイドル歌手としてはさほどのものでもないキャリアを経て裏方の仕事と言うか、アイドルの歌う曲を作曲する側に廻っていたようだ。有名どころでは台湾のアイドルグループである S.H.E の楽曲のいくつかは左安々の仕事であったようだ。
 いろいろ検索してみると、すっかり貫禄を増した左安々が”作曲家の先生”然としてゲストで登場して来るテレビ番組の映像などあり、そうそうそうなんだよ、この女とは昔、いろいろあってね、うん、元気そうだ。幸せでいてくれたらいいんだけどねえ、などと知った風な事を言って感慨にふけってみたりするのであった。くだらねーなー。

 うん、まあそれだけの話なんだけどね、それにしてもいい曲だった、いいビデオ・クリップだったねえ、”MY CHINESE LOVER”は。

 ”MY CHINESE LOVER”の試聴はYou-tubeにはなく、またやっと見つけたこれも音楽だけで映像は失われており、関係ないアニメなど付けられている。映像を使えない事情でもあるのか、残念なことである。
 ↓
 ●試聴・”MY CHINESE LOVER”

隠された欺瞞の記録

2010-01-08 05:04:49 | 書評、映画等の批評
●あの時、バスは止まっていた・高知「白バイ衝突死」の闇
 (山下 洋平著 ソフトバンククリエイティブ)

 冤罪の記録である、と言ってしまっていいだろう。それも現在進行形の。なにしろ罪を着せられたバスの運転手はこの文章を書いている時点で、まさにその冤罪により有罪の判決を受け”服役”中なのである。
 すべての科学調査や目撃者の証言は、”スピードを出し過ぎてコントロールを失った白バイが停車中のスクールバスに激突し、運転者の警官が死亡した”というのが事故の顛末であろう事を示しいる。
 が、警察は続々と捏造としか言いようのない穴だらけの”証拠”を提出して白バイ側の運行の正当性を主張し、裁判官もまたバス運転手側の主張をいっさい破棄、警察側の主張をそのまま受け入れ、”スクールバスが不注意から白バイを跳ね飛ばした”という方向の判決をくだす。まさに真昼の暗黒。
 裁判官の、「第三者の目撃証言だからといって正しいとは限らない」なる文言には唖然とするしかない。それならいったい、どんな証拠なら採用するというのだ。
 警察側は、裁判所は、そしてバス運転手を無実の罪に陥れて殉職者年金を受けているのであろう白バイ警官の家族は、この欺瞞が永遠に保持されると信じているのだろうか。いつか真実が白日の下に明かされた時、歴史はあなた方をなんと呼ぶのだろうか。それを考えた事があるのか。
 
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<春野の交通死亡事故:控訴審、即日結審--高裁で初公判 /毎日新聞>

 平成18年3月、高知県吾川郡春野町の国道で県警の白バイと生徒22人を乗せたスクールバスが衝突し、白バイ隊員=当時(26)=が死亡した事故で、業務上過失致死罪に問われている同郡内の元バス運転手の男性(53)の控訴審初公判が10月4日、高松高裁で行われ、男性はあらためて無罪主張し結審した。
しかし10月30日の高松高裁の判決で柴田秀樹裁判長は、証拠を捏造した疑いは全く無いとし、控訴を棄却した。
 バスの運転手と乗っていた生徒らの証言では、バスはゆっくりと停車し、反対車線の車の流れの切れ間を待っていたところに猛スピードの白バイが衝突したとあるが検察側はバスが右方向を十分に注意せずに横断、そこへ安全速度で走ってきた白バイが衝突し、その後3m引きずり急ブレーキで停止したと主張した。
 しかし検察の挙げた証拠には、バスのタイヤ痕と見られる証拠写真がきわめて不自然であり、また事故直後の写真のバイクの破片の位置が衝突地点に無いなど、不審な点が多く、証拠は警察により捏造されたのではと問題となっている。

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ロック最後の50枚

2010-01-06 03:23:45 | 60~70年代音楽

 ”愛と勇気のロック50 ベテラン・ロッカーの「新作」名盤を聴け! ”
 (中山康樹 著 小学館文庫)

 それにしても、どういうセンスのタイトルだ。もの凄く恥ずかしかったぞ、買うのが。かって”ジャズ名盤を聴け”なる書で、書店店頭で立ち読み中の私を発作的哄笑に叩き込んだ実績のある中山康樹の著書でなかったら当方、手に取る事もなかったろう。
 本書は、1950年代、60年代、70年代と言う、”ロックの黄金時代”に活躍したミュージシャンたちが世に出した”最近の新譜”ばかりが取り上げられている。奴等は”晩年”をどう生きているか?

 私のように”あの時代のロック”をリアルタイムで体験しながらもロックへの支持を途中でやめてしまった者にはこの本、興味深くもなかなかむず痒い気分のものである。
 本業がジャズ評論家である著者は、ジャズのファンが気に入ったミュージシャンをその生涯にわたって追い続けるのに対し、ロック・ファンはそうしないのをもったいないと感じてこのような本を書くことになったようだが。

 聴く事をやめてしまったものとして言わせてもらえばロックが”終わった”から聴くのをやめたのであって、もったいないといわれても困る。火の落ちた風呂桶に入り続けても、寒くなって風邪でもひくのがオチではないか。
 と、著者と読み手であるこちらの意識も微妙に食い違いつつ、それでもかって青春の血を滾らせて追いかけていたミュージシャンたちが今日、発表したアルバムへのきちんとした評をまとめて読めるのは興味深い。楽しんで読んだ、と言っていいだろう。それらアルバムを実際に聴く日はおそらく、来ないのだろうが。

 読んで行って感じたのは、彼らの人生は普通に続いている、ということだ。祭りの季節は終わっても、彼らはまたギターに弦を張り、スタジオに明かりをともす。それがつまり、ミュージシャンというものだから。ジャニスやジミのように都合よく夭折し得た者は少数派なのだ、言うまでもなく。
 そして私は、出る気持ちもない同窓会の案内状に目を通すような気分でこの書を読み終える。著者と評論家の坪内祐三の巻末対談には「ロックの最後を見届ける50枚」とのタイトルが付されてあった。

プラハの街角で

2010-01-04 03:24:50 | ヨーロッパ

 ”Lidove Pisnicky”by Lenka Filipova

 何かと気になるチェコのフォーク。これはその分野のかなりの傑物と申しましょうか。レンカ・フィリポワ女史の1998年作品であります。
 東欧に咲く一輪の薔薇とか、オーバーに誉めそやしたい気分なのだけれど、そんなことされてもびくともしないと思うよ、彼女。

 全編、ほぼ生ギター弾き語りだけの世界なのだけれど、退屈する性質のものではない。CDの冒頭、飛び出してくるギターのテクニックに「え、これ、彼女が本当に自分で弾いているの?」と仰け反り、そのまま持って行かれてしまう。我々の知っている範囲で例えれば、長谷川きよしなんかの弾き語りを思い出してくれればいい。

 めちゃくちゃ上手いのだが、それはフォークシンガーのギターの上手さではなくて、完全にクラシック・ギターのテクニックなのだ。使っているのもガット弦のギターである。
 その柔らかな、そしてシンフォニックという表現をあえて使いたい弦の響きに乗せて彼女は、しっとりと落ち着いた歌声を響かせる。歌われるメロディもまたクラシック色濃いものばかりで、まあ映像でしか見たことはないのだが、古い歴史を秘めた優雅な造りの建物が立ち並ぶプラハの街角が目に浮ぶような実に繊細で高雅な音楽世界である。

 これは彼女個人のクラシック音楽の教養がどうの、というのではないような気がする。むしろチェコという国の人々が普通に基礎教養として持っている文化の一側面といっていいのではないか。彼女は普通にフォークロアを演じているのだが、我々はその美しいメロディと達者なギターの爪弾きを、「へえ、クラシックの影響、濃いなあ」と捉えてしまう。
 ともかく彼女の歌もギターも揺るぎないものがあり、聴く者の心はすっかり古いプラハの街角と、そこに生きる人々の日々の陰影の中に誘われて行く。

 収められた一曲一曲の演奏時間は一様に短い。全42分の演奏時間に23曲が収められているのだから、推して知るべし。時にあっけなく感ずる場合もあり。すべてがオードブルのような軽さで、テーブルから取り下げられて行く。でも、それでいいんじゃないかな。これだけ高度に構築された音楽世界だからむしろ、余韻を残して去って行くくらいが粋というものだろう。

 あ、アルバムタイトルは、教えてもらったところでは「愛を台無しにする1000の方法」という意味だそうです。端正な唄と演奏からは、そのような生々しい世界はまるで想像できないんで、ちょっとドキッとさせられる。
 また、アルバムのジャケを開くと、中には全曲の楽譜とコード譜が載っていて、これにも驚いた。代わりに資料等は何も書かれていず。まあ、書いてあったところでチェコ語は一言も分らない当方であり、同じことなんだけどね。



スエーデンへ愛をこめて

2010-01-03 04:54:07 | ジャズ喫茶マリーナ

 "To Sweden with Love" by Art Farmer Quarter Featuring Jim Hall

 寒い夜である。北へ向う想いは気持ちの奥のほうでわだかまっている。
 多くのワールド・ミュージックのファンというのはおそらく南の音楽に魅せられている人が多いかと思う。それはまあ、私も同じことなのだが、その一方で北へ向う奇妙な憧れというものがある。こいつの正体は我が事ながらいまだに分かっていないのだが。

 これはジャズのアート・ファーマーが1964年にリリースした、スエーデン民謡ばかりを取り上げた異色のアルバムだ。
 北欧への演奏旅行で聴いたスエーデンの民謡に魅了されたファーマーが、自身のバンドにギターのジム・ホールを迎えて、北欧民謡に取材したテーマに元ずいたジャズを演奏した。

 北欧特有の凛と澄んで、ほのかな哀感を漂わせたメロディと言うのは、よほどファーマーの資質と合っていたのだろう。録音メンバーたち同志の静的な音のやり取りのうちに北国育ちの哀感は、ひんやりと録音スタジオを満たしていったのではないか。
 そうするうちにもファーマーの端正なフリューゲルホルンの音はいつか、まるで北欧で古くから使われている固有の民族楽器みたいな響きを帯びて行くのだった。

 聴いているうちに夜の底が白くなる。明日、トンネルを抜ければ北国だろう。何をいっとるかさっぱり分らないが。ファーマーも帰りたくなったのではないか。いたこともなかった北の地の、木々の間に降り積む静寂の中に。北へ向う想いがわだかまっている。

 You-tubeには、このアルバムの音は見つけられなかった。残念。安価盤でも見つけたら聴いてやって欲しい。

ハイウエイ、夜明け前

2010-01-02 05:41:32 | その他の日本の音楽

 新年の初聴き、というものがあるのであって。昨年は正月の明け方、眠ろうとしてべッドに転がり込んだその枕元でラジオがいきなり奄美の民謡を流し始めた。「何ごとだ?」と思わずラジオのボリュームを上げた。
 それがいまやすっかり入れ込んでいる”奄美ニューシマウタ界の旗手”である(?)城南海ちゃんとの出逢いであった訳で、その年初めて偶然に聴いてしまう曲というのが、その年を占う一曲である、とか考えてみるのも、まあ暇つぶしの座興には良いかもしれない。

 自分で選んで聴いた曲ではない、生活をしていてふと聴こえて来てしまった曲である。
 今年は一月一日、目が覚めたらこれも枕元のラジオが勝手に流し始めた曲である。竹内まりあの「人生の扉」だった。彼女が50歳を超えた感慨を歌にしたもの。有名なヒット曲だから説明も要らないだろう。しかしこいつはやばいなあ、私には。

 竹内まりあはのデビューのきっかけというのは、当時のナウい女子大生が時代のスターを探していたレコード会社の関係者に認められてノリでデビューして、それが同世代の共感を呼び、なんて形ではなかったか。そう記憶しているのだが。
 まったく同じ時期にデビューしかけてはし損ない、なんてブザマを演じ続けていた、ダサいシンガー・ソングライター稼業を始めたばかりの当方は、こんな言い方をしたら叱られるのは分っているが、その頃本当にそう感じていたのだから仕方がない、書いてしまえば「女は楽だよなあ」とか僻み根性100パーセントでボヤいた記憶があるのだった。

 その後の人生なんて比べる意味もないから省略するが、そんな彼女にこう歌われては、何か身の置き所がない気分である。

 ”君のデニムの青が 褪せてゆくほど 味わいも増すように
  長い旅路の果てに 輝く何かが 誰にでもあるさ”

 特に輝くなにものも見つけられず、我が安物のデニムは褪せただけで味わいなど増してはいない。私が中学生の頃、はじめて作ったバンドのメンバーのうち、もう二人がこの世を去ってしまった。手に入れたつもりの収穫は皆、瞬く間に色褪せ、失われて行き。
 そして私はこの夜明けに一人で、これから立つにはいくらなんでも遅過ぎる、もう一つのスタートラインのことなど思ってみるのだった。バカな。いまさらギター一本抱えて雨の中を一晩中うろつきまわる気力も体力も残ってはいないよ。

 私が、何年か前までやっていた商店を閉める時、妹は言ったのだった。「向いていない仕事を継いで、今日まで頑張ってきたんだから、これからは好きなように生きればいいじゃない」と。だが、私が上に述べたような話をすると、「いつまで経っても現実的なことは何も考えられないんだから」と、引きつり気味の苦笑を浮かべたのだった。

 #上図は、永島慎二著『フーテン』(まんだらけ出版)より