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ワールドミュージック町十三番地

上海、香港、マカオと流れ、明日はチェニスかモロッコか。港々の歌謡曲をたずねる旅でございます。

雨降る永東橋

2010-02-11 22:05:12 | アジア
 ”雨ふる永東橋 by 周美”

 今日は一日雨だったよなあ。うっとうしいなあ。なんかやるべき事があったんだけど、雨で出るのが億劫だとか言っているうちに忘れてしまった。まあ、忘れるくらいだからたいした用事じゃないんだろう。
 以前、「橋をテーマにした歌が気になる」なんて文章を書いたけど、雨をテーマにした歌はいちいち挙げている暇もないくらいに多い。大体が雨によってセンチメンタルというかウエットになっている心情を歌っているものがほとんどなのだけれど、でもなんで雨に降られると人はウエットな心情になるのかね?考えてみると、これがよく分らない。
 生物の習性から言えば、雨に降られるとエサの捕食が難しくなるから、出歩いても仕方がない。動き回っても腹が減るだけだから寝ちゃおう。というわけで、生物は雨に降られると眠くなるように出来ているらしい。眠くなるのとセンチメンタルとは、なんかちょっと違うような気もするな。どうなってるんだろうな。

 というわけで韓国演歌の傑作、”雨降る永東橋(ヨンドンキョ)”であります。かの国の演歌の女王と呼ばれる周美(チュ・ヒョンミ)のデビュー曲にして大ヒット曲。
 チュ・ヒョンミは中国人と韓国人のハーフとして1961年、韓国の光州市に生まれました。子供の頃からのど自慢荒らしとして鳴らし、その後、大学の薬学部を卒業した後の1985年に歌手デビューしている。
 血筋や系図に関してはいろいろうるさいらしい韓国社会で、華僑社会出身としては初の人気歌手となり、しかも薬学部出身という無駄にインテリだったりする経歴もありで、なんか不思議な人ですな。
 この歌、NHKの韓国語講座の初期の頃に”今月の歌”かなんかで紹介されていたそうで、それは見たかったなあと残念に思えども、その時点で私は韓国演歌などに興味はなかったのだから、これは仕方がない。

 ”雨降る永東橋”は、もうイントロからして優雅な3拍子の、典型的な韓国演歌のメロディを持っています。韓国語は分らないから言葉の意味そのものは分からないんだけど、でも何を歌っているのから同じ東アジア人として、何となく見当が付く感じだ。まあ、リフレインの部分で”ミリョン、ミリョン、ミリョン”と繰り返すけれど、これはきっと”未練”なんだろうなとか、見当つける材料はあるんだけど。
 いやでもそればかりじゃなく、このメロディ、この歌い方ならば、東アジアの民族は必ず、「雨降る永東橋を夜更けに一人彷徨うこの私。もうもどらないあの人の面影を諦めきれないこの心は、未練、未練、未練なのね~♪」との歌のテーマを、言葉が分からなくとも読み取ってしまうであろうと私は信ずるのですがね。そしてほんとに原詩の日本語訳を読むとそんな詩内容なんだから。実際にこの歌を聴いてあなたは、「当たり前じゃないか」といわれるかもしれませんけどね、いや、モーリタニア人とかルクセンブルク国民とかがこの歌を聴いてどう思うか。

 日頃、刹那的な歌唱法とディスコ・アレンジをされたサウンドが刺激的な最近のトロット演歌のCDを好んで聴き、「演歌は韓国民にとってはロックンロールなのではなかろうか」などと訳の分からない事を言っている私ですが、ヒョンミ女史の艶やかな歌唱に、「こっちが演歌の本道なのかもなあ」などと反省したりする私なのでした。
 そういえば、同時期デビューの彼女のライバルである沈守峰という人は、暗く沈んだイメージで聴く者の心に食い入ったそうですが、それに対しヒョンミ女史は、あくまでも明るい調子の演歌で人々に愛されているんだそうです。
 ちなみに永東橋なる橋、歌を聴くと小さな橋みたいだけれど、地図など見ると、大型ホテルや国道なんかに通ずる、結構な大橋みたいですね。もっとも、歌の発表された当時は、そのあたりはまだ「新興」の地であり、その後の発展が目覚しかった、なんて話も聞きました。

 それにしても雨はひどくなるばかりだなあ。あなたの地方もそうですか?明日、朝に出かけねばならない用事があるんだけどなあ。それまでにやんでくれるといいんだけれど。




新村ブルースがまた流れれば

2010-02-09 21:47:10 | アジア
 ”君のいない通り”by 新村ブルース

 こいつは良い湯加減のブルース温泉だなとか、やっぱり青春はブルースだよなあとか、とぼけた感想を口にしてみるが、なにやら甘酸っぱいものを感じないでもないのだ。
 新村(シンチョン)とは韓国の大きな学生街であり、この新村ブルースは、70年代の後半あたりからではないかと想像するのだが、音楽好きの学生たちが集まって結成されたバンド、というよりはサークル、あるいはもっと広げて共同体とでも呼ぶべき集団だったようだ。
 この集団から、ハン・ヨンエ、キム・ヒョンシュクといった韓国のブルース~ロック界をリードしたミュージシャンが何人も世に出ている。

 今回のこのアルバムは彼ら、新村ブルースのデビューアルバムである。1988年作。街角に佇むメンバーと通りかかったリヤカーを押す老人、という取り合わせのモノクロ写真が、当時の韓国のブルース気分の湯加減を伝えてくれる。
 収められているのは、照れくさくなるくらいストレートな、絵に描いたようなブルースばかりだ。それもレイジーなスローブルースの連発。さすがブルース共同体らしく複数の男女の歌手が廻りもちでリードボーカルを勤め、サウンド面でもスライドギターが前面に出たり、ハモンドオルガンが長いソロを取ったりするのだが、曲調は最後の曲まで変わることはない。が、これが当時の彼らには最高にかっこ良かったのだろうから放っておいてやってくれ。

 各楽器陣はかなりしっかりしたテクニックを誇り、ボーカル陣もそれなりの貫禄さえ漂わせ、このデビュー作の録音時点ですでにバンドはかなりのライブの場数を踏んでいたであろうことをうかがわせる。加えて漂う暗く湿っぽい70年代気分、その世代にはたまりませんな。

 その一方、演奏の根幹には、”黒っぽさ”への希求は意外にもあまり感じられない。彼らの4thアルバムのジャケ写真には片隅にジョニー・ウィンターのレコードが写っていたりするのだが、実のところ、新村ブルースの内包していたブルースの深度は彼のような”白人ブルースバンド”のレベルのブルース理解と考えていいのではないか。
 遡ってマディ・ウォータースやら、さらにはロバート・ジョンソンがどうのといった泥沼まで、彼らは踏み込んでいない。そして彼らは”より深い黒っぽさ”との格闘の代わりに”韓国人なりのブルースのありよう”を手に入れようとしていた気配がある。このデビューアルバム、つまり第1章までの粗筋においては、ということであるが。

 この一月、新村ブルース初期の中心メンバーの一人であったキム・ヒョンシュク、過度の飲酒が原因で、40代の若さで世を去った彼の思い出を忍ぶ20周忌コンサートが開かれたと聞く。
 ここは、かっての主要メンバーが久方ぶりに集まって行なわれたというコンサートを収めたライブ盤のリリース待ちというところなのだが。
 それにしても20年の歳月。いやあ、やっぱりブルースは青春だねえ。と言ったところでこの慨嘆、私のような青春時代にロック界がブルースブームだったという事情を持つ者以外には通用しないのだろうけど。うん、そりゃそうだな。



わたんじの歌

2010-02-08 03:03:30 | 沖縄の音楽

 日曜の朝刊を開いたら、先ごろ亡くなった森繁久弥の回顧CDの広告など載っていた。そいつを見ながら「う~む、CD6枚組で13000円かあ・・・」などとツイッターしつつ頭を掻く。どうしたもんかねえ。
 いや、特に森繁のファンだとか思い入れがあるとかいう訳じゃないんだが、この大部の全集の隅っこにいくつか気になる曲があり、なんとなく引っかかるのだ。気になる2~3曲のために大枚13000払う訳にも行かないし。他の音楽なら、それを買った奴に聞かせてもらうという手もあるのだが、こういうものを買う奴がそう簡単に身近かにはいないだろう。

 今回の全集で言えば3枚目の、”哀しき軍歌”に入っている「ポーランド懐古」なんてのは気になる。ロシアとドイツ。なにかとナンギな両国に挟まれて苦難の歴史を歩んできたポーランドの運命に関わる歌なんだろうか。このタイトルだけで、もう歴史へのロマンとなにやら切ない思いで胸がシンとして来はしないか。
 ネットで調べてみると、”他国に領土を蹂躙されたポーランド国に同情の想いをこめて作られた”なんて解説がされていて、ほら見ろやっぱり。それ以上の詳しい解説も、もちろん歌詞の現物も見つからないので、後は想像するしかないのだが、聴いてみたい、と言う想いはつのるよなあ。

 同じく軍歌編には”バタック族の歌(戦士を送る母の歌)”などと、ますます気になる曲もある。バタックといえばスマトラ島北部に住む独自の文化を誇る民族で、イスラム国のインドネシアにおいてキリスト教を信仰する者も多かったり、何かと気になる人々である。
 これは、それらの人々をテーマにして我が国で作られた曲なのか、それともバタック族の間で歌われていた歌に日本語の歌詞でも付けたものだろうか。バタック族は音楽面でも独自の才能を持ち、興味深い内容の民族ポップスを持っていたりするので、これは気になる。
 この曲に関しても満足できるような解説には出会えず、そして両曲ともYou-tubeでも見つけることは出来なかった。

 この種の昔の歌い手の大全集の広告を見るたびに、こんな思いをしているのだが、有効な対処法はないものだろうか。時の流れの中でその面影薄れ行く、かって人々に愛された歌々と、それらが秘めていた様々なドラマ。なんとか捉えてみたいが、何しろ1曲や2曲のために13000円は痛いよなあ。
 などと、貴重な資料を得るためにはゼニなど惜しまない真面目な研究者からはセコい奴と呆れられそうなぼやきを繰り返しつつ、それでも当たってみるうち、4枚目の”老いた船乗りの歌”編に収められている「わたんじの歌」に当たりが出た。

 この歌は大正12年に、沖縄、というか八重山の宮良長包氏の作曲、大浜信光氏の作詞によって作られた「泊り舟」なるローカルの歌謡曲であるようだ。
 森繁は「泊り舟」を聴いて気に入って、舞台などで歌っていたようだが、何しろうろ覚えのメロディを例の森繁節で勝手に改変し、かつ一番しか知らない歌詞も、その後の部分を勝手に創作し書き加えてしまった。結果、本来の歌とはかなりかけ離れた出来上がりとなり、原曲を知る八重山の人々は、森繁のこの録音を聴いてかなり複雑な想いをしたようだ。

 で、この曲はめでたいことにYou-tubeに見つけることが出来た。確かに沖縄本島の歌とは微妙に手触りの違う歌で、これが八重山の味の一つなのだろう。

 「渡地(わたんじ)は風だよ 今日も泊り舟 風見の旗がホイ ちぎれるぞ」

 吹き抜ける風に海の暮らしの厳しさや寂寥感が滲むような切なさの伝わってくる歌で、森繁が惚れたのも分るような気がする。
 それにしても森繁が偶然この歌を聴いた、その成り行きというのはどのようなものだったのだろう?”ひょんなところで島唄と遭遇”というと、あの田端義男と奄美新民謡との出逢いなど連想せずにはおれないのだが。



ロシアン・アイドル最前線

2010-02-07 00:47:22 | ヨーロッパ

 ”Трудный возраст”by МакSим

 てなわけで。クソ寒いですね。こんなに寒い日々には、もうヤケですからわざとますます寒そうな北国の音楽を聴こうじゃありませんか。
 寒そうな、なおかつあんまりイメージ的に楽しそうな国でない方が良い。ロシアのポップスなんかたまりませんな。・・・まあ、どうかと思う余蘊文章を書いております、それは分かっております。
 というわけで、ロシアンアイドル最前線、マキシムちゃんという女の子が2006年、16歳の時に出したデビューアルバム”難しい年頃”など。

 どこかのサイトに書いてありました、”ロシアで最も人気があるのは、このような別に特出したところもない普通の子で、それに続くのがアルスーみたいなキレイなネーチャン”とか。
 ひどいこというもんだなあと思うんだが、マキシムちゃんデビュー当時の映像など見ますと、下手くそなダンスを踊りながら必死に清楚な乙女のか細い声をひねり出してステージを努める彼女と、それを励ますように見つめ、声を合わせてマキシムちゃんのヒット曲を歌ってあげている観客、なんて図が展開されている。

 そんな具合に、ちょっと手を貸してあげねばならないような頼りなさがむしろ受けている、なんて存在なのかも知れないのですなあ。そういうパターンて、確かにある。なにしろこのアルバムには”ロリータ”なんてタイトルの曲が入っておりましてですね、その種の受け方をしている可能性、大いにありましょう。
 つーか、日ごろロシア文字は知らないとか言ってるくせにそんな文字の読みだけは知ってる私もなんなんだろうと思いますがね、それはおいといて。

 このアルバム自体も、スカスカの空間に冷たい打ち込みの音が響く、毎度お馴染みロシア特産のダンスポップのあの響きに乗って、陰りのあるスラブ風のメロディが、そんな少女のいたいけな愛らしさを高原の野の花のような輝きとして演出するのであります。
 下に貼ったステージ風景の映像をご覧になっても、その辺のニュアンスは感じ取れることでしょう。
 思い切りダンスしまくっても不自然ではない衣装に身を固めながら、ほとんど突っ立ったきりのステージ・パフォーマンスを見せるマキシムちゃんと、周りを固める”ロシア風暗黒舞踏”みたいな、何の役に立っているのか分らない男性ダンサーたち。なにやら面妖な風景ですが、観客たちはいとおしげにマキシムちゃんを見守っています。

 そして、そんな少女の時はほんのつかの間。先日見かけたのですが、昨年出たマキシムちゃんの4枚目のアルバムのジャケ写真では、何年も経ったわけでもないのにすっかり成熟した女性になったマキシムちゃんがオトナの眼差しでこちらを睨んでおります。
 で、私は「この辺が潮時かなあ」とか思って、「今度のアルバムは買うのやめとこう、どんな歌を聴かせているか知らないが」と、もう歌手にしてみたらやっとられんわ、みたいな事を呟きつつ南に去るのでありました。理不尽な話ですが、これも大衆音楽の真実。どうだかな。



スローラジオな夜

2010-02-05 02:41:54 | 奄美の音楽
 毎度ミーハー反応を示して申し訳ないが奄美の歌手、城南海ちゃんが昨年秋からラジオのニッポン放送で”城南海のスローラジオ”なる番組をやっている。彼女が気ままなおしゃべりをし、三線を弾きながら島唄を歌う、リスナーからの葉書を読んで質問に答えたりする、まあそんなよくある番組なのだが。

 この番組、なにしろ放送時間帯が毎水曜日の夜9時半から20分というものなので、夕食を終えてテレビを見ながら寝転んだりしようものなら、うたた寝しているうちに終わってしまうという狂おしいプログラムであり、実は3回のうち2回くらいの頻度で聞き逃している次第で、なかなかもどかしい。
 それでも「まあいいや、来週があるサー」とあんまり悔しがる気にもならないのは番組の独特のペースのおかげであって。
 これは奄美のリズムなのか、それとも城南海という女の子が独自に持っているノリなのか分らないが(後者の確立が高いような気がする)ともかく悠揚迫らざるというのか番組全体を城南海ちゃんの、の~~~~~んびりした口調のもたらすゆる~い空気が流れていて、「きっちり聞き逃さずにチェックせねば」みたいな律儀な気持ちは起きては来ない。

 なんとかこの番組、放送時間をもっと深夜に持って行っていくれないものか、そして放送時間も長くしてくれないかと思う。できれば、今のノリのまま、同局で”オールナイト・ニッポン”を担当して欲しい。2時間に渡って、あののた~~~っとした語りが、この気ぜわしい日本の夜の中に広がって行くのを想像しただけでも楽しくて仕方がないのだが。
 まあ、途中でほとんどの聴取者が眠ってしまう可能性もあるのだが。

 で、この番組の冒頭で、南海ちゃんは三線の弾き語りで奄美の音楽を歌う。CDに収録されているオリジナル曲以外の、あまり聴く機会のない曲が聴けるので、これはなかなかおいしいひとときなのである。
 ことに、奄美の民謡のCDなどにも入っていないような奄美の俗謡を、これは意識的にやっているのだろうか、よく紹介してくれるので、ますますおいしい。その時の南海ちゃんの歌声は、こう言っては何だが、CDで聴けるそれよりラフな魅力に溢れていて、かなり良い感じなのだ。
 発声法は、より民謡色が強くなり、その響きが振りまく泥臭い”島の女”の色気のイメージに、ちょいヤバい気分になったりもするのである。あの感じを生かしたオリジナルを作ったらいいんだがなあ。
 というか、あれら俗謡を集めたアルバムを作ったらいいと思う。正統派の奄美の民謡を集めたものではなく、あの番組で歌っているようなものばかりを。

 なかでも、なんとも微妙な野趣に溢れて心地良いのが、奄美原産ではなく沖縄方面の島唄に奄美なりの歌詞が付けられた、奄美=沖縄系というか琉球弧路線というのか、その辺の曲である。さっきからグシャグシャな表現をしているが、正式な呼び名は多分ないので、しょうがないじゃないか。
 先日の放送でも”ヤエマ”と南海ちゃんは呼んでいたか、八重山諸島の民謡に奄美の歌詞が付けられた労働歌が歌われ、あれは聴いていて相当に血の騒ぐものがあったので、ぜひとも、あの三線の弾き語りのままでディスクに収めて欲しいと願っているのだが。

 以上、思いつくままダラダラ書いてきたが、城南海ちゃんの”スローラジオ”を聴きましょう皆さん、と呼びかけておきます。




メンゲルベルグが降る日

2010-02-03 00:24:40 | ジャズ喫茶マリーナ
 ”Who's Bridge”by Misha Mengelberg

 諸事情ありまして、なんか世界の俺に対する扱い、妙に悪くね?と斜めに世の中を見る気分になっている冬の夜である。そんな時に心のギザギザをいくらかでも平静に近付けるために取り出したりする一枚がこれ。
 某音楽雑誌には「落ち込んでいるときには向いていないかも」なんて書かれていたが、何を言っておるのかね。落ち込んでいるときにこれを聴かずしてどうする。
 あのエリック・ドルフィ最後のレコーディングに参加したことで、というかそればかりで話題になってしまう、ヨーロッパ前衛ジャズ界の大物ピアニストのリリースした、異形のスイング・ピアノのアルバムである。

 冒頭、メンゲルベルグは、いかにも前衛派のピアニストらしいフリーフォームで音塊をグシャグシャに叩きつけて来るから、その方向に戦闘態勢を固めるのだが、すぐにベースとドラムスが至極まともな(?)フォービートを刻みながら入ってきて、一見、普通のジャズであるかのような演奏が始まる。が、それはあくまで見せかけであって、気が付くととんでもないところに連れて行かれてしまうのだ。ほの暗い風刺と諧謔となにやら分らん遠い美学の世界に。

 このアルバムでメンゲルベルグは終始、一見普通のスゥインギーなジャズかと見まがう演奏を聞かせる。それは演奏が成立すると同時に演奏者自身によって揶揄され、崩れ去るような代物であるのだが。繰り出されるのが妙に物分りの良い、親しみ易いメロディである分、込められた皮肉は濃厚と言うべきか。
 ブルージーなフレーズなども頻発する。が、それはブルースではない。ポピュラーソングやクラシックなどの、おそらくは演奏者の日常からやってきたのであろう音楽の断片も、それらはみなパロディ、あるいはふと気が向いたから行なってみた単なる引用なのであって、深い意味があるわけではない。

 ピアニストは人間の湿った感情のことごとくを軽く蹴り飛ばして進撃を続け、空中に何ごとか美しげな曲線を描いてみせる。それは芸術なのかもしれないし、ただの茶番かもしれない。どうでもいいことなのだ、それは。
 こいつを聴いていると私は、親しい、皮肉屋の友人と気ままな世間話をしているような気分になれる。彼はこの世のどんな権威にも価値を認めないし、お涙頂戴の感傷にも付き合う気はない。そこにはただ乾ききった哄笑が響くだけだ。
 うん、それでいいんだよ、たとえ世界が破滅したって、こちらの魂が生き残れねば仕方がないと私は勝手に納得し、また退屈な日常へ帰って行くのである。

 このアルバムの試聴は残念ながらYou-tubeでは見つからなかったので、同じメンゲルベルグが、やや近い演奏を聞かせている”NO IDEA”というアルバムにおける演奏を貼っておく。アバウトな処置だが、まあ、ないんだから仕方がない。




バンコック・シティライツ

2010-02-01 03:27:39 | アジア

 ”Yah Mong Karm Kwarm Sei Jai”by Earn The Star

 寒中、南国の歌を聴くにはそれなりの思いがある・・・とか大上段に振りかぶってみても、一年中赤道直下の歌ばかり聴いている人が普通にいるわけで、まるで意味はないわけですが。冬の間はなるべくシベリア送り気分を味わおうとロシアのポップスとかばかり聴いている北志向の私にとっては、それなりに例外的な行為の内に入る次第で。
 というわけで、タイの歌謡曲であるルークトゥンの歌手、アーン・ザ・スター嬢の2ndアルバムであります。”スターのアーン”とは大きく出たものですが、美女の誉れ高き彼女ですから、私は普通に納得しております。

 タイの演歌と呼ばれるルークトゥンですが、その中でも都会派の道を行く彼女であります。演歌でありますからコブシをコロコロ廻しつつ歌いつずって行くのですが、アーン嬢の場合、そのありようはその美貌にふさわしく、と言うことなんだかどうだか知りませんが洗練されておりまして、演歌の臭味はあまり感ずることはない。
 なおかつ抑え目の曲調が多いこのアルバムではアーンは、より内省的な歌い方を行なっており、演歌というよりはやや民俗調の都会派歌謡曲という味わいがあります。
 バックのサウンドも全体の音数を抑え、キーボードやギターの音を前に出したクールな都会派の音作り。

 全体に、枯葉舞う秋口の都会の歩道なんかに似合いの哀愁など感じさせる出来上がりなんですね。この、抑制されたメランコリーが南国の、どちらかといえば土俗系のポップスには珍しく思え、なんか気になる一枚となっているのです、私には。
 タイの音楽をメインに聴いている人には、ルークトゥンを明るく歌っている前作、デビュー作のほうが納得できる出来上がりなのかも知れません。でも私としては、この路線をこの先も行ってくれれば、その美貌も相まって、”お気に入りのルークトゥン歌手”とでっかいハンコを押してしまえるんだがなあ、なんて勝手な事を言ってるんですが。

 そして、このアルバムを聴きつつ、ふと感じたりするのですねえ、すっかりアジアをリードする近代国家になってしまった今日のタイ国(まあ、様々なご意見もございましょうが)が、大都市バンコックの雑踏の真ん中で立ち止まり、「あれれ、なぜ自分はこんなところに来てしまっているのだろう?」と戸惑いの表情を浮かべている、なんて幻想を。




凍りつくキンシャサ?

2010-01-31 16:45:05 | アフリカ

 Twitterに、「キンシャサは燃えているな」とか「最高だぜ」みたいな人々の感想をまといつかせたYouTubeのURLが上がって来た。なんだなんだと見てみると・・・
 要するにラップやらヒップホップやらの音楽が、あの”アフリカン・ポップスの総本山”とまで言われたキンシャサの町でも、もてはやされているというオハナシなのである。そんな音楽がキンシャサの、コンゴのミュージシャンたちによって演じられている画像がいくつも上がっていた。
 なんともガックリ脱力させられてしまったのだ。このところあのあたりの音楽にはこちらもゴブサタだったのだが、キンシャサのトレンドはこんなことになっていたんだろうか。一部だけの現象と信じたいのだが・・・

 今日の大衆音楽、世界のどちらに参りましてもアメリカの黒人の猿真似、ついにはキンシャサまでも!では、あまりに情けない。
 実際、その”ラップ”には、特筆すべきクリエイティブな魂など感じられなかったから、私には。かってカリブ海からアフリカに先祖がえりしたアフロ~キューバン系音楽が新しいアフリカン・ポップを産む事になった故事を想起させる、クリエイティヴな輝きがそこにあるとは到底感じられない。
 ただ、アメリカの黒人の真似をして喜んでいるおめでたい青年がいる、それ以外のものではなかった。我が国でも普通にお目にかかれる風景ですな。

 私のそんな感想と逆に、そこで紹介されていたキンシャサの音楽シーンを「熱い!」「来ている!」と賞賛する人たちには、彼らが「これこそがもっと正しい世界理解だ、最先端の音楽だ」と信ずるヒップホップ関係がアフリカ中央部にまで及んでいるのが「最高にエキサイティングな状況だ」と評価できる事件のようだった。
 ひょっとしてそのような人々にとっての”ワールドミュージック”というのは、というより”世界”そのものが、「アメリカを通してながめたもの」「アメリカを基準にして価値観を定めるもの」となっているのではないか、そんな危惧がモヤモヤと立ち昇ってくるのだ。

 私の価値観から言えば。ラップやヒップホップに影響を受けた音楽が世界中でもてはやされ、世界中の裏町がひとしなみにアメリカの都市まがいの風俗に覆われるのを”善し”とする感性と、「世界中がもう一つのアメリカであるべきだ」と考えてアジアやアフリカや中南米に爆弾を落とす感性とは、まさにコインの裏表、同じタマシイのしからしめるところのものなのでは?などと、なにやら寒々しい気分になってしまうのであった。



ジャズの夜汽車の北帰行

2010-01-30 02:00:24 | ジャズ喫茶マリーナ
 ”Svingin' with Svend”
 by David Grisman Quintet featuring Svend Asmussen

 ドーグ・ミュージックのデヴィッド・グリスマンが、デンマークのベテラン・ジャズ・ヴァイオリニスト、SVEND ASMUSSENを迎えて1986年に行なったセッションの記録。なぜだか知らないけどこの盤、今、入手困難盤らしい。弱ったね、私はグリスマンのアルバムではこれが一番好きなんだけど。

 いかにも北国のミュージシャンらしい、思索的な翳りのある旋律が胸に染みるSVEND ASMUSSENのオリジナル曲や、彼の編曲になるジャズ化された北欧民謡などがまずは聴きモノだ。北欧民謡の合間には親指ピアノのソロまで飛び出す。
 やや薄暗いマイナーキイの旋律の支配下でジャジーにスイングする演奏は、リズミックでありながらも、その芯に冷たく沈み込むものを孕んでいるように聴こえるのは、SVENDが背負って来た北国の哀感がムードマイカーとなっているせいだろうか。

 いや、そもそもそれがこの盤のテーマであるような気がする。人の魂が、遠く広がる北の大地の薄明に託すものは何か?という・・・ほうら、甲斐バンドも歌っているでしょう、「北へ向う夜汽車は俺の中の心のようにすすり泣いてた♪」と。
 その2曲に続いて収められている”スイングしなけりゃ意味ないね”や”マイナー・スイング”といった”ありがちなジャズナンバー”もまた、やや違った色合いを帯びてここには収められているように感じられる。本来の曲調を離れ、ある種、ロシア民謡などに通ずるような内省的な響きをもった、ウエットな佇まいで演じられているような。

 この、夜の底を通り抜けるようなセンチメンタルな旅の感触が快く懐かしくて、なんか心の疲れた気分の時、このアルバムと酒をお供に一夜を過ごしてしまうのだった。
 国境の長いトンネルを抜けると北欧だった。夜の底がズージャになった。このメンツでスタン・ゲッツの”懐かしのストックホルム”とかやって欲しかったけどなあ。

 このアルバムの試聴は残念ながらYou-tubeには見つからなかったので、雰囲気的に似ていないでもないグリスマンとジェリー・ガルシャとの”ロシアン・ララバイ”などを貼っておきます。




冬がしゃがんでいる

2010-01-28 04:50:18 | その他の日本の音楽

「雨は似合わない」by NSP

 「意外な曲を持ってきましたね」
 「別れた妻がこのグループのファンだったようです」
 「ははあ。思い出の歌というわけですか」
 「いや。そうでもないのです。彼女は私の前で、自分の好きな曲をあえて聴くという事をしたことはありませんでした。私が音楽マニアであることを、少し深刻に受け止め過ぎているようでしたね」
 「そ、そりゃあ奥さん、お可哀そうに」
 「この曲は先日、目が覚めたら枕元のつけっ放しにしていたラジオから流れていた、という形で偶然聴いたのです。子供の頃に見た悪夢の中で終止鳴り渡っていたようなメロディが妙に耳についてしまってね」
 「確かに、このうら寂しい短調のメロディは、懐かしさのようなものも感じます」
 「朝からこんな不景気なものは聴きたくなかったのだけど、思わず聴き入っていた。歌おうとする奴の音程をわざと狂わそう狂わそうと意図して作られたような不安定なメロディ展開を、いかにも頼りない男の子、と言った風情のボーカルがすがりつくようにして追って行く、ある種理不尽な構造が気になりました」
 「全体に薄ら寒い冬の感じはよく出ています」
 「少ない音を探り弾きして行くような電気ピアノがポツンポツンと裏で鳴っているのが、さらなる寂寥感を演出しているのだけれど、その間の空き過ぎの響きはほとんどシュールな絵画の風景を想起させるね」
 「子供の頃、迷子になったときの寄る辺なさとかねえ」
 「それにしても、この歌詞はなんなんだろう。冬に雨が似合わないって。冬の雨は冷たいから嫌だとか言うならまだ分るが。自然現象に似合うも似合わないもないだろうに。雨は季節に関係なく、降るときには降る。そもそも雨が冬に似合わないなら、夏には似合うというのか。春や秋はどうなのだっ」
 「いちいち怒らないでください」
 「怒ってはいないが。ともかくこの、歌いだした瞬間にもう人生の勝負に全面的に敗北しているような情けない感触が、最近、興味を持っている日本の陰気ビート歌謡の原風景に連なるものとして注目されるのですよ」
 「陰気ビートってなんですか」
 「いや、それはまた次回」
 「続きものなんかい」