”Appalachian Bride”by Stuart Mason
アメリカ合衆国東部に連なる巨大な山塊、アパラチア。開拓時代、このイギリスと同じくらいの広さを持つ地域に住みついた人々は、時代の経過と共に他地域から孤立し、自給自足の生活と固い信仰と古くよりの伝承文化の中に生きる時期を長きに渡って過ごした。
この地帯で歌い継がれる民謡のありようは、アメリカ人の心の故郷とでも言うべきものなのだろうか。以前、この場で取り上げたがジョン・セバスティアンの歌う”フェイス・オブ・アパラチア”なんて唄には、遠い昔から姿を変えることなく祖先からの唄を懐に抱きしめて日々を送る山の暮らしへの憧憬が歌いこまれていた。
そんなジョンの憧れに何となく共鳴してしまう自分の心というのも不思議なもので、何しろ私はアメリカ人でもなんでもない。にもかかわらず、私のはアパラチアの音楽や人と暮らしが懐かしいものと感じられる。帰りたい、と感じる。いたことのない場所に。これはおそらく、幼い頃にウエスタン映画やカウボーイを主人公にしたアメリカ製のテレビドラマを愛好した経験などが、関係してくるのだろうとは思っているが。
今回のアルバムは、そのアパラチア地方の伝承音楽の正面からの再生を試みたものである。
普段はフォークグループのメンバーとして活動しているスチュアート・メイソンは、ここではまるで200年前からアパラチア山中に隠棲しているジイサンの如き、枯れきった歌を聴かせている。
父祖の地、スコットランドへの頌歌、民造酒作り賛歌、敬虔なる信仰の想い。何代にも渡る家族の歴史。スチュアートのしゃがれ声は、過ぎた時を巻き戻すタイムマインのようだ。遠い時代のくすんだモノクロームのフレーズを奏でるマンドリンやバイオリンの響きがそれら唄を縁取る。
数え切れない伝承を懐に抱いて眠るアパラチアの山々。山懐の古い粗末な家々や、荒い息を吐きながら山頂へ昇る蒸気機関車などの姿を想う。やっぱり私には関係ないのに帰ってみたい場所。その場に降り積もった記憶の集積が、そう思わせるんだろうか。