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ワールドミュージック町十三番地

上海、香港、マカオと流れ、明日はチェニスかモロッコか。港々の歌謡曲をたずねる旅でございます。

タイのアイドル演歌歌手、クリームちゃん

2010-04-23 00:30:25 | アジア

 ”NANG SAO KHON MAI”by CREAM PIMWALAI

 なんかさっぱり冬が開けなくて、弱ったものです。暖かくなるかと思えば翌日には急に冷え込んで、ビショビショ冷たい雨が降ってみたり。なんでしょうね、このところの気候は。うんざりします。
 こんな気分の時は爽やかな歌声が聴きたいですね。そんなわけで。
 タイの演歌とも称される民俗歌謡ルークトゥンの新しい歌い手、クリーム・ピムワライ(と読むのかな?)ちゃんであります。これは昨年出た、彼女のデビュー盤のようです。
 ジャケ写真を見ても若い、というのを通り越して幼い印象のクリームちゃんですが、このアルバムのレコーディング時、まだ15歳だったと言う話を聴いたこともあります。アイドル・ポップの世界ではよくあることかも知れないけど、このような民俗歌謡の世界ではかなり珍しいんではないでしょうか。

 いや、それにしても切ないと言うか”萌え~”と言う奴でありますなあ。夏の高原を覆う朝霧のように清純な歌声を素直に響かせて、ジャケ写真そのままの田園の素朴な少女の世界を描いてくれます。淡い青春の感傷など、そっと吹き抜けて行きます。
 これは彼女の若さを考慮に入れたんでしょうね、あまりコテコテな民俗調ではなく、曲調もアレンジもいうなればフォーク調の趣を強くしたものにしている。この辺も爽やかさを演出してくれて、良いですな。
 それに、じっくり聴いてみると、確かに幼い声ながらも要所要所にピリッと効いたコブシを響かせるなど、なかなか実力派の手ごたえもあります。故郷の田舎の喉自慢大会とかを荒らしまわり、それがレコード会社の目にとまり、なんてのがクリームちゃんのデビュー秘話なのかも知れません。

 多くの場合、こういう良さってほんのひと時で、ふと気が付けば彼女もケバい化粧でオトナの「唄を歌っているのかも。まあ、それが猥雑なる現実ってものですから。
 でもレコード会社の関係者諸氏におかれましては、”清楚な民俗派”というクリームちゃんの独特の持ち味をなるべく大事にして、この路線で売って言っていただけますように・・・と、遠い日本からあてのない祈りでも捧げておきましょうか。

 あーそれにしてもクサクサしますね、この天気には。せめて雨がやんでくれればなあ。



うさん臭き日々

2010-04-22 02:53:01 | 時事
 上海万博の盗作問題。中国の大スターたちが集って歌い上げたキャンペーンソングが、どうやら岡本真夜の作った唄の盗作だった、と言うことで。これは呆れ、かつ笑えたニュースだった。
 先日来、各ニュース番組が問題のキャンペーンソングと岡本の原曲(?)を並べて流しまくり、そのメロディの似具合を面白おかしく紹介していたのだが。実際、よくもここまでというくらい同じメロディで、これは言い逃れのしようもあるまい。

 盗用の事実の指摘が中国サイドのインターネットで大々的に行なわれていたというのも画期的なことで、まあ、中国政府が裏でどこまで噛んでいたのか(どうも、かの国に関しては、そのような想像力が働いてしまうのだが)知らないが、すべて中国のネット使用者の自由意志による発言とすれば、なかなか痛快な話といえよう。「盗作をした奴は中国の恥だから、市内引き回しの上死刑にしてしまえ」って意見があったのには、「ネットをやる奴、どこでも同じような事をいいやがる」と苦笑してしまったが。

 昨日になって中国側が岡本サイドに彼女の曲をキャンペーンソングに”使用”したいむね、申し出て、岡本サイドは形としては「栄誉ある催しに曲を使ってもらえるのは光栄です」なんて調子の良いコメントを発表した、なんて報道がなされた。
 盗作問題はどうやらその方向で、つまりメロディの盗用が行なわれたのではなく、中国側が岡本の曲を”使用”したのだ、という形の決着が図られるようである。

 どういうもんかね、これはしかし?中国は盗用の事実を実質、認めて事態の収拾を図ったとニュース解説では言うのだが、中国政府は正式には”自国の国民によって盗作がなされた”という事実を認めていないのだ。メロディの盗用をされた側には、公式の謝罪はなされないまま。結局、何も変わっちゃいないといわざるを得ないだろう、それでは。
 それにしても、問題の曲は2004年に公募され、キャンペーンソングに決まっていたもの、とのこと。誰か気が付かなかったのか、6年もの時間があって?と、こいつも不思議だ。

 昨夜、覗いていたツイッターでアストル・ピアソラが話題に乗せられていて、”ミュージック・マガジン周辺のワールド系ライターは、ピアソラ嫌ってる人が多い”なんて話の運びになっていた。”嫌っている人”の具体名として”中村とうよう氏、田中勝則氏、深沢美樹氏、原田尊志氏”なんて名が挙げられていたのだった。
 そこで私は、ピアソラ嫌いの一人として、かの巨匠氏の音楽を支持しない自分なりの理由を”つぶやいて”みたのだった。

 ”ピアソラは、猥雑な庶民の楽しみだったタンゴを、堅苦しい”お芸術”にしてしまったから、ではないですかね?とりあえずタンゴ好きの私がピアソラを聴かない理由は、それです。 ”

 まあ、その夜はそれで寝てしまったのだが。今、その後の書き込み具合を覗いて見ると、どうやらそのあたりはピアソラ好きの溜まり場だったらしくて、反論の意味なのかも知れない、ピアソラ賞賛の書き込みが続々となされていたのだった。

 いわく、ピアソラの音楽がいかに芸術的に優れているか。どれほど優れた人々がピアソラ支持を打ち出していたか。伝説の前衛ジャズ・ミュージシャンが、高名なるニュース・キャスターが、マニア好みのジャズ評論家が、こんなふうにピアソラを賛美していた、などなど。
 いや。だからさ。そういう権威主義がつまり・・・とか言ってもそりゃ、通じる世界ではない。現に、通じてないんだから。



”南”を覆うアフリカのぬくもり

2010-04-20 02:08:34 | 南アメリカ


 ”VESTIDA DE VIDA”by Susana Baca

 南米はペルーの黒人大衆音楽の歴史を体現する歌手、なんて紹介でいいんでしょうか、スサーナ・バカさん、我がブログでは2度目の登場となります。
 今回は中南米各地に伝承されている黒人音楽のいろいろを歌い上げた作品。もともとバカさんご自身がラテンアメリカ各地のアフロ系の人々が住む地域を訪ね、歌の生きている現場を、そこが孕む社会問題などと共に見つめて歩いた人であるんで、このような企画も大風呂敷には感じません。変に理想主義的だったり頭でっかちでもない。あくまでも”愛で包んでいる”ってノリの唄が流れるばかりです。

 ジャケ写真だけでしか知らないんだけど、バカさんて小柄な人じゃないかなあ?なんか、昔通った場末の飲み屋の老ママに面影が似てるんだよね。
 いつも元気で陽気に客に接してくれるけど、考え違いで人に迷惑をかける客には言うべき事をビシッと言う。そんなときのママはとっても怖くて、小柄なママなのに大男たちがシュンとしてしまったりする。
 ダンナには早く死に別れたけれど、終戦直後のバラックの時代からこの小さな飲み屋を一人で切り回し、年季の入った酔っ払いに愛されてきた、なんて・・・

 いや、バカさんがそういう人かどうか知りませんよ、ただ彼女の歌が偉そうな芸術家のそれじゃなくて、気風の良い酒場の老主人の好きで歌っている唄、そんなあったかさを感じさせて、それがいいよなあ、と言うだけの話です。世の中のしんどいことすべてを見通していてくれて、まあいいじゃない今夜は飲もうよと笑って肩を叩いてくれる。
 冒頭のキューバに伝わるアフロ系の唄が凄くいい。パーカッション群と女性たちのコーラスだけをバックにバカさんはアフリカの言葉で素朴過ぎるメロディを歌い上げる。コーラスの輪の内に、カリブ海にずっと昔、奴隷として連れてこられたアフリカ人たちが慰めに歌った古い古い村の唄の幻想が蘇ります。

 そんな人肌の”アフリカの血で繋ぐ見えない輪”がグルリと南アメリカ大陸をとりまく、そんなアルバムです、これ。
 取り上げられている唄は、非常に素朴な民謡もあればガーシュインの有名な”サマータイム”や、ブラジルからはミルトン・ナシメントの作品が、という具合で脈絡なし、といいたいくらい自由な選曲で楽しませてくれる。
 子供の遊び唄みたいで楽しい唄だなあ、と歌詞カードを見るとクリスマスを祝う唄だったり、ああそれから終わり近くに収められたワルツ、”Horas de amor”の美しいこと。
 ともかくどの曲も、聴いていると心がニコニコしてくるのであります。

 聴く者の心がアフリカの血の暖かさ、優しさにトロンと溶けちゃう、そんな作品になっている。本当はでかいテーマを掲げたアルバムであるはずなのに、そんな偉そうなものは何も感じさせないバカさんは、やっぱり素敵な人だなあと感銘させられた次第。



懐かしのイスタンブール

2010-04-18 01:20:52 | アジア
 ”MEKTUBUMU BULDUN MU”by GOKSEL

 上に掲げた写真で大方の想像はつかれるかと思いますが、なんか色っぽいねーちゃんがジャケに写っているから、ついフラフラと買い求めてしまった一枚であります。まあ、私の場合、よくあります、そういうことは。
 今回の女性は”Goksel”なる、もう何枚かのアルバムを世に問うている、まあ中堅どころと言っていいんでしょうか、トルコのポップス歌手だそうです。
 あ、彼女の名、ほんとは二文字目の”O”にはドイツ語で言うところのウムラウトが付きますが、こういうのって、昔、文字化けの原因になったりしたでしょ?だからただの”O”にしておきました。最近はもう、そんな心配はしなくていいのかな?

 それはともかく。収められている歌、もうイントロが流れ出した時に、「あ、これは普通のポップスじゃないな。おそらく何かの企画盤だ」と見当が付きました。バックの音が、ストリングスなんかも含む結構大編成なのに、なんかくすんだ、モノクロームな味わいを全面に押し出していたから。そして彼女が歌いだした歌は。なぜかはじめて聴くのに不思議に懐かしい響きを持っていて、そのままこちらの懐の中に飛び込んでくるようで、なんだかドギマギしてしまったのです。

 トルコの歌なんてものは、基本、エキゾティックなものであって、”懐かしい”なんて感情を喚起させることはない、いつもだったら。でも、ここに収められている音楽は何だか昭和30年代の日本の歌謡曲みたいな、もの悲しくて生暖かい優しさが溢れている。
 メロディラインはアラブの音階と言うより、昔の日本の歌謡曲でよく聴かれたような短調のもの悲しい響きのものがほとんどなのですな。だから私、あんまりアジアの西の果ての国の歌とも思えない、昔馴染みの歌謡曲の寝床でまどろむ安らぎなど感じさせられてしまったんです。
 GOKSEL嬢の歌声も、よくあるトルコの歌手らしいテンション高くグラマラスなものではなく、東アジア的つつましさとでも言うんですかね、そんな引きの魅力を湛えている、なかなかに切ない魅力を秘めている。これは何だ?

 調べてみますと、このアルバムでGOKSEL嬢は1970年代のトルコの流行り歌の再生を行なってみたようなんですね。トルコの人々にとって”70年代の唄”というものが、どのような思い入れの対象となっているのか、そこまでは分りませんでしたが。
 それでも私は、ははあ、これは面白いと思ったのです。そういえば東南アジアの昔のポップスなど聴いていると、「あれ、日本と同じじゃないか」なんて妙に懐かしい気分にさせられる瞬間があるのであって。
 楽しくなって来るんですね。今はそれぞれの独自性を濃厚に主張しあうようになっているアジア各国の大衆唄が、かってはもう少し曖昧で荒削りな”歌謡曲の論理”と言う名の大海で似たような姿でプカプカ浮んでいた、などと想像すると。まあ、私の勝手な空想に過ぎないんですが。

 ああ、懐かしのイスタンブール。行ったことはないんだけどね。行ったことないんだけど、いつか”帰って”みたい街。なんて気分になってくるのです、このアルバムを聴いていると。




韓国バラードの悲痛なる傑作

2010-04-17 00:05:51 | アジア

 ”내사랑 내곁에 (俺の愛、俺のそばに)”by 김현식(キム・ヒョンシク)

 東アジアのポップスに興味を持ち始めた十数年前、韓国方面に関してはポンチャクなるディスコ演歌のジャンルがあり、その痛快極まる世界をとりあえず追ってみようと方針は決まっていたのだが、それ以外にもかの国には気になる歌手はいたのだった。
 一度聴いたら忘れられない絶唱を残したまま、若くしてこの世を去って「韓国の尾崎豊」なんて異名を日本の音楽雑誌から奉られていた、このキム・ヒョンシクなる男も、その一人だった。

 十数年前に彼の絶唱、「俺の愛、俺のそばに」をはじめて聴いたのは、あれはアジアポップスを扱った深夜のテレビでだったかな、ちょっとした衝撃を受けたものだった。
 確かに、韓国人以外は歌を歌う際にあまり用いない岩石のような重たいしゃがれ声で、鉛色に曇った空を見上げて、美しいメロディに想いを託して身悶えるように歌い上げるその歌は強烈で、何を歌っているのかは分らぬものの、ともかくただ事ではない、という印象は受けた。
 この歌を発表するのと前後してこの世を去ってしまったという逸話とともに、当時、若くして世を去った記憶がまだ鮮明だった尾崎豊に喩えられるのもむべなるかな、と言う気はした。

 キム・ヒョンシクは1958年ソウルに生まれ、聞き分けの良い優等生として過ごした幼年時代から、音楽好きの従兄弟たちの影響などによりロック好きの劣等生へと転げ落ちる形で、少年期を過ごし、その後はお定まりの仲間たちとの音楽浸りの青春を送る。
 1980年に入り、彼はレコード会社にスカウトされ、プロのミュージシャンへのスタートを切る。弾き語りのフォーク歌手やコーラスグループの一員として活躍するうち、韓国のアンダーグラウンド音楽シーンで、それなりの評価を受けるようになって行った。

 1984年に発表した2枚目のアルバムが若者たちの間でヒットし、その後も「メッセンジャーズ」「春夏秋冬」と言ったグループのシンガーを務めつつ、1986年に発表した3枚目のアルバムが30万枚以上の大ヒットとなり、スター歌手への階段を上りかけたかに見えた。
 が、1987年、仲間の歌手たちと共に麻薬常用の疑いで拘束され、これが彼の最初のつまずきとなる。翌年、反省の意を示すために髪を剃っての復活ライブは若者たちに熱烈に迎えられ、その年出した4枚目のアルバムも好評だったのだが・・・

 1989年、キム・ヒョンシクは伝統あるブルース・ユニット”新村ブルース”に合流し、その音楽をジャズやブルース色濃いものにして行く。ソロ活動と新村ブルースのメンバーとしての全国ツアー。充実しているかに見えた彼の音楽生活だったが、実はヒョンシクの体は、かって麻薬が埋めていた心の空洞に彼自身が際限なく放り込んだ酒によって徐々に、そして確実に蝕まれていたのだった。「奴の体は酒で動いている」周囲の者からは、そのような陰口も聞かれたという。

 最初の麻薬騒動といい、飲み始めれば際限がなくなってしまった酒といい、依存癖の強いというか心の崩れ易いタイプなのだろう。1990年11月1日、彼は自宅で以前より患っていた肝硬変のために死去する。

 ここで話題にしている彼のバラード、「俺の愛、俺のそばに」は、キム・ヒョンシクの死の翌年、1991年にリリースされた彼の6枚目のアルバムの冒頭を飾る一曲であった。
 今、彼のその他のレパートリーも聴くことの可能になった時点で言えば、キム・ヒョンシクを”韓国の尾崎豊”と呼ぶのはかなり的外れに思える。彼の音楽性はむしろ、”韓国の徳永英明”とも言うべきもののようだ。彼の、韓国風に噛み砕かれたブラック・ミュージックのエッセンスは、80年代の韓国の音楽好きな若者たちに、さぞセンチメンタルな幻想を供給していたことだろう。

 むしろ「俺の愛、俺のそばに」におけるゲンコツみたいな感情表現は例外的なものなのであって、自らの死を予知したヒョンシクの末期の一節であるかとも思える。というのも、彼の短い人生の顛末すべてを見終えた者が都合よく作り上げた物語でもあろうけれども。
 そして今年の一月、キム・ヒョンシクの20周忌記念コンサートが昔の仲間たちうち揃って挙行されたと言う。それならばとこちらも、超小規模ながら追悼などここで行なってみた次第。それにしても、何度聴いてもたまらん曲だね、これは。



Volver 幻視

2010-04-15 21:42:32 | 南アメリカ
 タンゴの名曲、帰郷(Volver)といえば、近年ではスペイン映画「帰郷」の中で印象的な使われ方をしていて、記憶に残っている方もおられるでしょう。まあ、私はこの映画、見てないんで、何の記憶もないんだけどね。なんだ、それは。
 と言うわけで。もう4月の半ばと言うのに真冬みたいな薄ら寒い雨が降り続ける日の夕暮れ、窓を伝う雨だれの向こうに霞む灰色の街の風景を見ていたら、タンゴの名曲、「帰郷」を聴くたびに思うことなど書いてみる気になったのだった。
 あ、あの曲に関する何らかの資料を必要としている人は、ここではなく他のサイトをご覧ください。これから記すのは私の見ている幻想でしかないのだから。

 「帰郷」は、タンゴ形成期の大歌手、カルロス・ガルデルの書き残した名曲の一つ。彼が1935年、飛行機事故で惜しくも44年の生涯を終える、その直前に撮っていた映画の挿入歌としても使われていた曲である。
 帰郷と言う、まさにそのものを歌った歌なのだが、懐かしい旧友との交歓や故郷の美しい山々、なんてものを歌った、のどかな代物ではない。張り詰めたメロディと暗示的な歌詞を持つ、いかにもタンゴらしいと言うか、恐ろしく痛ましい物語がどこかに大きな影を落としている、そんな気がしてならなくなる、重苦しい影を背負った歌である。
 私がかってにこの歌の背後に見てしまっているのは、たとえば一時の感情の爆発で何人もの人を殺してしまった、なんて罪人の後日談。

 彼は長い刑期を終え、年老いて刑務所を出所したところだ。迎える人もいぬままに一人、古ぼけたローカル線の汽車に乗って故郷を目指す。昔と代わらぬ小さな田舎の駅に降り立ってみたものの、行き過ぎるのは見知らぬ人ばかり。塀の中で人生を費やした彼を、時間はとうに追い越していた。
 彼はよろめく足で彼が育った家を目指す。彼の愚行によって大いに迷惑をこうむったはずの家族は彼を、どのように迎えるのだろうか。合わせる顔もない彼だが、帰る場所が他にあるわけでもなかった。
 彼の生家は、当の昔に放擲された廃屋となっていた。崩れた土壁から差す光が、荒れ果てた家から住民たちが立ち去っていってから流れた年月が決して短くはない事を明らかにしてた。身内の犯した醜い犯罪のおかげで、住む家さえ追われた父母や兄弟たち。
 彼らの生きた過酷な運命を思って、彼は廃屋の戸口に立ち尽くしたまますすり泣いた。
 なんて話なのだが。

 いや私の幻想ばかりではなく本当の歌詞だって、つかの間の人生、忍び寄る老い、宿命的に呼び戻される厳粛なる運命の場と、相当なものを歌っているのであって。
 じきにやって来る村祭りの予感に胸を躍らせながら洗いざらしのジーパン一つ、懐かしい故郷へ鼻歌交じりで帰って行く五木ひろしの歌とはとんでもない隔たりがある。
 故郷へ帰る、それだけの事だって、ここまで重たくなってしまう。なんてタンゴとは業の深い音楽なんだろうなあとか、いつまで待ってもやってこない春を待ちながら思っているわけです。
 
 下に貼ったのは最初に述べたスペイン映画で使われたフラメンコ・アレンジの”帰郷”です。ガルデルの戦前録音のオリジナルでは、ちょっと地味過ぎるかなあと思いまして。それにしてもこの映画、見ておきたいなあ。




V街に降る雨を見つめながら

2010-04-14 04:18:49 | アジア

 ”Vitamin”by Jung Young Ju

 韓国R&B界、期待の新人と言うことで。
 学校で正式に声楽を習ったこともある人だそうで、確かに、最近多いその系統の女性R&B歌手が行なう、韓国人特有のぶっとい声帯を前面に押し出してのパワフルなドスコイ系歌唱法とは一味違う世界を持っている。
 より女性らしい、柔らかな情感を湛えた肌理の細かい歌唱を聴かせる。(とはいえ、決めるべき時には野太い声でシャウトも決めて見せはする)

 その歌唱法で、アップテンポのダンス曲からしみじみとしたスロー・バラードと歌い継いで行くのだが、そこに独特の、まだ覚めやらぬ早朝の街に静かに細かい雨が降っているみたいな、一枚の絵のような独特の哀感が漂い始めるのだ。

 この辺のしっとりとした感情表現は彼女ならではの境地と言ってよく、もっとじっくり付き合ってみたく思う。
 というのも、シングル盤というものがなく、代わりに演奏時間20分程度のミニアルバムの氾濫する韓国であり、この、Jung Young Juのどうやらデビュー盤も例外ではない。なんか食べかけのまま料理を下げられてしまうみたいで中途半端な気分なのだよなあ。今度はフルアルバムできっちり、その世界を堪能させて欲しい。

 あと、中ジャケを見る限りでは女優の早乙女愛の若い頃に似ている人みたいなんで、歌詞カードの写真は多めでよろしく。いや、重要なことだよ(笑)




ネイザン・ロードに天使の降る夜は

2010-04-11 03:57:57 | アジア
 ”SHINE”by Jade Kwan

 香港で活躍するシンガー・ソングライターであるジェイド・クヮンが、クリスチャンとしての信仰を歌った個人的賛美歌アルバムとでもいうべきもの。
 香港に生まれ、その後カナダに移住しカナダの大学を出ている。”国際華人新人オーディション大会”のカナダ地区で優勝し、上海で行なわれた本選では”期待される新人賞”とでも言うべきものを取り、香港で歌手として活動するようになる、というのがジェイド・クヮンの簡単な経歴である。

 ストリングスの響きやガット・ギターの爪弾きが表に出た、落ち着いた造りのサウンドに乗って、特に予備知識無しに聴いていても、ああこれはキリスト教絡みの歌なのだろうなと分る福々しいメロディが歌われて行く。クリスマスの時期にでも聴いたほうが雰囲気が出て良かったのかもしれない。
 やや細い感じのジェイド・クヮンの声が美しいメロディに乗せて切々と神への感謝を歌い上げる。歌詞カードには聖書の言葉が引用され、キリスト教の祭壇の写真が載せられ、「感謝主!」なんて彼女の信仰への想いが記されている。

 ここまで来ると、そりゃあありがたい気持ちになるよりしょうがありませんよ、てなものだが、あんまり辛気臭い気分にならないで済むのはファンキーな広東語の響きのせいか。それとも普通に遊び好きな香港の女の子としてジャケには写っている歌手本人の姿のせいか。
 いや実際、言葉の意味が分らないのが幸いと言うべきか、普通に聞き流していれば、きれいなメロディの詰まった、しっとりとした良い感じのラブソングのアルバムとこちらには聴こえるんだから、それで良かったりするのであります、ジェイド・クワンの真意に沿うことにはならないかと思うが。

 ああでも、すべて英語で歌われる最終曲は聴いていて歌詞の意味は取れ、しかもまったくの賛美歌のメロディなんだけど、にわかクリスチャンと化してそれなりに聖なる気持ちになっていたりするんだから、まったくいいかげんなものです、私も。
 そんな訳で、めちゃくちゃ時期外れではありますが、メリー・クリスマス。



ロック少女のバンコック

2010-04-09 21:20:49 | アジア
 ”Me”

 まあ、ご想像通りのジャケ買いCDです(笑)というか、いや、それ以前だ、買ってさえいない。ある事情で譲ってもらった物件であって。内容はよく分からないけど、たとえ外れでも若い女の子のものならあんまり失敗って気もしないものなあ、とか思いつつ。まあ、タイのロック姉ちゃんてのも、話のタネに聴いておいてもいいなとも。

 この”Me”というのが名前なんでしょうか?こういう一文字の芸名って検索かけると妙な事にしかならないし、やめとけばいいと思うんだけど、どうなのかね?BoAなんか、画像検索かけると歌手の写真と大蛇の写真が入り乱れてヒットして来るんだから。とかいいつつ。
 内ジャケの写真なんか見ると、中川ショコタンが真面目くさってロックっぽい唄を歌ってるときの顔立ちに似てる気もする。コケティッシュというんですかね、ちょっと小悪魔的な、なんか気になるタイプの女の子ですな。

 サウンドはディストーションのかかったギターがガシガシリズムを刻む、とりあえず私にはまったく興味のハードロック志向のものなんですが、Meちゃんの低めに抑えたクールなボーカルがなかなかそれらしくロックしている感じで、赤道近くの国の歌と言うよりはどこか東欧の小国のロッカーみたいな陰影を感じさせる。
 その歌い方が好ましく思えて、もうとうの昔にロックとは臍の緒が切れた身としても注目してみたくなった次第。なんか、賑々しいアップテンポの曲なんかでは相川七瀬みたいにも聴こえますな。

 ところで。この文章に付け加える映像を探してYou-tubeを探し回ったのだが、彼女のものって、スローバラードものだけしか挙がっていないんですね。アルバムの大半を占めるハードなロックは、どこを探してもない。つまり、やりたい事と受けてる事が違っている。なんだか彼女の抱えている本音とタテマエを見てしまった気がしたものです。
 本人は”ロックを歌う”と思い入れるんだが、音楽で商売を成り立たせたかったらバラード関係でヒット曲を出さなきゃどうにもならない。これ、遥かロックの本場を離れたアジアの岸辺に生きる洋楽者の変わらぬ煩悶といえましょうか。

 You-tubeといえば一つ不思議なことがあって、どの動画を見ても、このアルバム所収の写真より、ちょっと年上に見えるんですが、なんなんでしょうかね?
 ジャケや歌詞カードにある写真で見る限り彼女は十代の少女に見えるんだが、動画では何歳か年上に見えるのです。まあ高校生と大学生くらいの違いなんですが、ジャケの小悪魔っぽい少女の姿が気に入っている私としては、なんかペテンにかけられたような気がしてね。 単にカメラマンの腕の問題?それとも南国の少女はアルバム発売してからプロモーション・ビデオを取る間のつかの間の時間にもオトナになってしまうのでしょうか、成長が早くて。 
 と、バカ言いつつ、これにて。




ディランの違法ダウンロードに関する発言

2010-04-08 03:52:44 | 北アメリカ


 ネット上で現在、ボブ・ディランが行なったとされる”違法ダウンロードに関するコメント”の内容が取りざたされています。
 ツイッターで見かけたディラン発言に関する”つぶやき”を下に3題、採取してみました。ディランの真意はどこにあるのか。
 当方としては、「どうせろくな音楽じゃないんだから、盗用されたってかまやしないじゃないか」がディランの真意である、と受け取るのが一番すっきりくるなあ。
 逆に、「録音ものには生の良さがない」とか「スタジオで録った音のほうが良い音だ」なんてご趣味の良い音楽愛好家、みたいな発言をした、なんてのは幻滅だぜ。「滅ぼされるべきは美術館のほう」じゃなかったのか?

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☆ ボブ・ディランが違法ダウンロードに悩む音楽界に「元々何の価値もないんだから問題ない」と言ったそうだ。一昨年サラゴサ万国博で対バンだった時数万人の前で「水とかエコロジーとか言やがってお前ら葉っぱ吸いたいだけやろう!」と言って大ブーイングを受けている彼を思い出した。最高にロックだ。

☆ ボブ・ディランが違法ダウンロードに悩む音楽界に「元々何の価値もないんだから問題ない」と言った件。音楽に価値がないという意味ではなく、録音物には生の音楽の良さは記録できないという意味で言ったようです。

☆ しかし、それは4年も前の記事の一部を、前後の脈絡無視して拡大したデマに近いものだった。ディランの発言の趣旨は、この20年間、CDという小さな容れ物で、ひどい音を売ってしまった、スタジオで録った音は10倍は良いというもの。

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