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ワールドミュージック町十三番地

上海、香港、マカオと流れ、明日はチェニスかモロッコか。港々の歌謡曲をたずねる旅でございます。

遠い砦の歌

2010-05-09 01:32:08 | 北アメリカ

 イギリスの歌手、ドノバンが”メルヘンの使者”と化す以前、ディランとかに憧れて普通のフォークシンガーをやっていた60年代、これはアメリカ製のコンテンポラリィ・フォークなんでしょうね、「アラモ」って曲をレパートリーに入れていた。
 これがなかなか勇壮にしてちょっぴり感傷の混じる良い感じのメロディでね、初心者がギターを弾きながら歌うにはちょうど良かったから、私はコードを取り、好んでこの歌を歌っていたものです。

 アラモの話は、子供の頃にジョン・ウエインなどが出た映画で知ってはいた。アメリカの領土であるテキサスを横取りしようと迫ってくる悪辣なメキシコ軍を迎え撃つために要衝アラモ砦に立てこもり、抵抗を試み全滅させられた、ディヴィ・クロケットをはじめとするアメリカ建国史のヒーローたちの悲劇の物語として。
 そして”リメンバー・アラモ”の合言葉と共にアメリカ勢は怒りの反撃に移り、ついにテキサスはアメリカの手に戻った。貴重な犠牲を無駄にすることなく、正義は守られたのだ、なんて具合に話は締めくくられ、こちらは何となくそれでいいものと納得していたんだが。

 現実の歴史は以下のようです。
 問題の、現在のアメリカ合衆国テキサス州は、1821年にメキシコがスペインから独立する際、メキシコを構成するテハス州の一部だった。メキシコ政府はこの地方の開発のためにアメリカからの移民を受け入れ、テハス週にアメリカ合衆国からの入植者が増えて行った。それと同時にこれはお定まり、メキシコの社会とアメリカ人入植者との間に問題が起こるようになる。仲でもアメリカからの入植者が気に入らなかったのはメキシコが奴隷制を認めないことだったようで。頻発する騒動に手を焼いたメキシコ政府は、アメリカ人入植者のテハス州へのそれ以上の入植を禁じた。けどもう遅かったようです。

 アメリカ人入植者たちは1835年、メキシコからの分離独立を求めて反乱を起こし、翌年、テキサス共和国として勝手に独立を宣言する。その”暴動”を平定するために出動したメキシコ政府軍と、砦に立てこもったアメリカからの入植者たちの反乱勢力との交戦の次第がつまり、”アラモの戦い”だったって訳で。なんだ、どっちに正義があったのやら、ですな。
 そして1845年、この内戦に勝ったアメリカ入植者勢力は再度テキサス共和国の独立を宣言する。その後、テキサス共和国はアメリカ合衆国に編入されたためにアメリカとメキシコの間で米墨戦争が起こり、それの敗戦によってメキシコはもとの領土の半分を失うことになるのでした。

 それ以後も、「リメンバー・パールハーバー」といい「リメンバー・9/11」といい、アメリカ人は世界中で同じような事をやり続けて来た訳ですが。
 とりあえず、アメリカが「リメンバー」と言い出すと死人の山が出来てその結果、世界がアメリカに都合の良い方向に捻じ曲がる、という法則があるようです。
 そしてその源流となるのがこの「アラモ」の出来事であると思えば、この「リメンバー・アラモ」なんて曲は大嫌いになったって良さそうなもの。だけど。

 あの歌は今も我が胸で、青春の日々の甘酸っぱい記憶と共に澄んだ感傷を湛えて、「好ましいもの」として鳴り続けているのでした。まあ、始末の悪いと言うか罪深いものです、音楽と言うのも。ドノバンは今、この歌をどう思っているんでしょうかねえ?



国境の南には

2010-05-07 21:38:41 | 南アメリカ

 ”Cornelio Reyna”

 ライ・クーダーが編んだキューバ音楽祭発見のプロジェクト、”ブエナ・ヴィスタ・ソシアルクラブ”の映画版において、ひときわ心に残ったのが、ライがキューバの老歌手の一人を指して「彼こそキューバのナット・キング・コールだ」と言ったシーンだ。もちろん、”賞賛”の意味合いを込めて。
 そうだよなあ。ちょっとお洒落で甘く切ない”しがない歌謡曲”の歌い手こそが本当の大衆音楽のヒーローじゃないのか。60年代辺りから流行りの、正義の代弁者然として世の不正を追及する奴なんてのは裏になにやら紐付きの事情でもあるか、そうでなければ単なる目立ちたがりでしかない。大衆のヒーローなんかであるものか。そもそも戦争を始める奴と反戦歌を歌う奴とは人間性の深い部分で同じタグイの連中じゃないかと私は疑っているのだが。

 という訳で、とりいだしましたるコルネリオ・レイナである。こういうのをメキシコ音楽の中の”ムシカ・ノルティーニャ”というのだろうか。
 昔懐かしい”西部劇映画”でお尋ね者が馬を駆り、賞金稼ぎに追われてテキサスの砂漠を南に下り、ようやく追及の手の及ばない国境線の向こう、メキシコの地にたどり着いた際に街に流れている音楽、そいつがこんな感じだ。サボテンやらソンブレロやら陽に焼けた土壁の家々、なんて風景の中に早口のスペイン語が交わされている。

 リズミックなポルカなどより、甘いスローな恋歌が多い。アコーディオンやラテンアメリカ風ハープの響きも印象的だ。頼りないといっていいほどの優男ぶりでコルネリオは恋人に愛を乞うバラードを切々と歌い上げる。この甘さ、情けなさが美しいのだ。
 ナンパな歌手が、その切ない歌声によってまき散らす甘美な誘惑の痺れるような魅力と、その先に口を開けている魔境の深さを想え。歌手たちは、そんな魔境からやって来てオンナコドモの魂を虜にしては連れ去って行く、悪魔の使者なのだ。

 国境の南、眩い日差しに干し揚げられた風土には、けだるく甘いバラードが似合う。連れ去られた者たちの消息は遥として知れない。




ハァ~あの日カリブで眺めた月も~♪

2010-05-05 02:13:52 | 南アメリカ

 ”Bahamian Ballads ・The Songs Of Andre Toussaint”

 ジャズ・ギタリストが使うような分厚いフル・アコースティックのギターを抱えてゲハハと豪快に笑っているジャケ写真が良い。
 アンドレ・トゥーサンはカリブ海のハイチに生まれ、バハマで育った人である。生年は分らず。歌手を志し、地元のホテル所属のクラブにいわゆる”ハコ”で入りギター片手に歌ううち、1950年から60年にかけて起こった、バハマにおけるナイトクラブのブーム(観光ブームの副産物のようなものか?)に乗って人気者となる。81年死去。と、そっけない経歴しか手元にはないが、その芸風はなかなかに嬉しくなる人なのだった。

 ギター弾き語りのミュージシャン、と呼ぶよりエンターティナーと呼ぶほうが納得できるような気がする。とりあえずジャンル分けで言えばカリプソ歌手なのだろうが、そいつがメインの歌手たちのように濃厚なピコンを効かせたどぎつい歌い方はしない。元々の美声を生かした自然な歌いくち。しかも、手元にあるアルバムを見る限り、レパートリーにはカリプソ以外の音楽のほうが明らかに多いのである。
 セシボン。パーフィディア。ククルクク・パロマ。チャオチャオ・バンビーナ。なんの脈絡もなし。要するに当時流行ったラテン系のヒット曲はすべて手を出している、と考えていいくらいのノリである。ハイチ生まれでフランス語はお手のもの、というのも大きいのだろう。その他、イタリア語の歌詞が、スペイン語の歌詞が、ホイホイと飛び出す。

 しかもそいつを実に楽しげに歌っているのである、カラオケ屋でマイクを放さない困ったオヤジの如くに。またその歌声が、CDの解説文にナット・キング・コールを引き合いに出しているが、いわゆるクルーナーボイスの伝統に連なると言いたいソフトな美声なのである。そいつで朗々と歌い上げる、ヒット曲の数々。
 そのギターの腕前がまた、相当に聴かせるのである。大別すればチェット・アトキンスのようなカントリーっぽいタッチのフィンガー・ピッキングで、タカタカとベース音を打ち出しつつ、カリカリとメロディを弾きコードをかき鳴らす。ホテルのクラブの実践で鍛えた”一人オーケストラ”のテクニックなんだろうけど、涼しい顔でこれを弾きこなしてしまうあたりも相当な芸人ぶりだ。

 各種文化の交錯するカリブ世界に生まれ、ハイチからバハマへと渡り歩いて生きて来た。その生き様も確かにトゥーサンのユニークな個性を形成する大きな要因だった、それはそうなんだろうけど・・・
 何だか私、彼のCDを繰り返し聴いているうちに、彼が故・三波春夫先生に見えてきちゃったのね。どんなものであろうと、それが大衆の支持を受けているものなら大きな心で受け入れ、時下薬籠中のものとしてしまい、朗々と賛歌を奏でてしまう。
 こういう”音頭系”の福々しい音楽観のミュージシャンもいるんだなあ、とここは素直に脱帽しておきたい。「複雑に積み重なるカリブの文化に翻弄された感性」、なんて理解するには明る過ぎる個性だものね。



サーフボードとユッケジャン

2010-05-04 00:22:50 | アジア

 ”BEST-1&2”by 김현식(キム・ヒョンシク)

 先月の中頃に、夭折した韓国のバラードシンガー、キム・ヒョンシクの話を書いた。
 今日、隆盛を誇る韓国R&Bの先駈けとなる作品を世に送り出しながら、その性格の弱さからまずドラッグ、その次は酒に耽溺した。そしてついには、30歳を越えたばかりの若い命を大量の飲酒による肝臓障害で散らしてしまったシンガー・ソングライター。亡くなって、もう20年になるわけだが。
 そんな彼の死の直後にリリースされた、まるで自分の死期を悟っていたかのような鬼気迫る絶唱を聴かせる「俺の愛、俺のそばに」は忘れられない作品となっていたのだが、今回、そんなキム・ヒョンシクの2枚組のベストアルバムが手に入った。これで、これまで伝説ばかりが耳に入ってきていた彼のミュージシャンとしての全体像を見渡せるわけだ。

 ジャケ写真には、もう秋風が立ってしまって訪れる人もいない海岸があり、そこにポツンと一人立つ人影。空にドでかくキム・ヒョンシクの武骨な顔がトリミングされているが、これはちょっとくどい演出と言えるだろう。人気のない海岸と逝ってしまったヒョンシクを偲ぶかのように立ち尽くす人影、これで十分。などといちいち文句をつけるのもくどさではいい勝負だろうが。

 さっそく聴いてみる。やっぱり凄いのはそのガラガラに割れた声だ。黒人ぽいとかいうんではなく、この木枯しに吹きさらしにされて甘い涙は乾き切ってしまった、みたいな実もフタもない響きは、やはり韓国人ならではの剛直な感情の表出というべきだろう。
 その一方、ヒョンシクの書くメロディと作り出すサウンドは、黒人音楽の影響を大いに受けたミディアム・テンポやスローバラードの都会調ポップス、という形を取りながら、失われた恋の思い出を甘く切なく歌い上げる。季節で言えば夏の終わり、秋のはじめ。埋めようのない心の隙間を、うそ寒い風が吹き抜ける頃。
 もし彼が早死にしなかったら、ひょっとしてサザンの桑田の韓国版たりえたのではないかとも思えてくる。

 考えてみれば、ヒョンシクのガラガラ声というのも良いツールと言えるのかも知れない。どんなに感傷でベタベタの歌を作ろうと、その水分をすべて搾り取ってしまったようなシワガレ声で歌われれば、熱唱の割には胃にもたれるしつこさはなくなるし、サザンの桑田のような脂っこさにも無縁だ。その代りにあらかじめ失われているものもあるんだろうけど。たとえば、集中力を欠くとすべて怒号に終わる可能性、とか。
 
 (日本なら湘南サウンドと呼び名があるんだが、韓国ではその種のものをなんと呼ぶ仕組みだろう?寒風吹きすさぶ日本海のそのまた向こうの土地に住む人々は?)




金星の雨、ワルシャワの雨

2010-05-02 03:38:30 | ヨーロッパ

 ”Pod Rzesami”by Dorota Miskiewicz

 何だかはっきりしない終わり方をしたこの冬の間、シトシトと季節違い、かつ粘着質に降り続いた雨のせいで、妙な感覚が体の中に住み着いてしまっている。降ってもいないのに「今、雨が降っている。それも、ずっと降り続いている」という感触が体の奥のほうでうずいているのだ。
 深夜、居間でテレビを見ていても、「いやな雨が降り続くなあ」などと、ふと呟いてしまったりする。窓を開けてみるまでもない、雨など降ってはいないのだが。

 中学の頃に読んだ外国のSF小説のいくつかの中では、金星と言う星は常にひどい雨が降っている星、ということになっていた。あれはどういう理屈にもとずくものか、いつ頃の科学の常識に拠って書かれたものなのだろう。今日、きちんと観測の行なわれた結果、かの惑星は熱風吹きすさぶ凄まじい気候で、雨どころではないと分かっているのだが。

 私が今、意識の裏で感じている降雨も、この金星の雨のタグイかと思っておこうか。
 それら、どこまで科学的根拠があるのか分らない小説群を好んで読んでいた中学生の私のもう一つの趣味が、海外から送信されてくるラジオの日本語放送を聴くことで、それから派生した、共産圏諸国というか東欧諸国への憧れがあった。もとより政治的な知識などない、遠く風変わりな異郷へ寄せる感傷的な幻想でしかなかったのだが。

 その頃の憧れの国の一つである東欧はポーランドからの、女性ポップス歌手のアルバムである。
 ドロタ・ミスキヴィッチとでも読むのか(全然自信なし)、なかなか美しい、お洒落な今日風の女の子であり、ジャケを検めると自身で作詞や作曲もやっているようだ。そう思ってみると、ジャケ写真の姿もなにやら賢そうな雰囲気を漂わせている。
 収められている音楽にしても、そのありようはいかにも繊細な都会調のポップ・アルバムである。それも軽薄にカラフルなのではない、渋くつや消しされたようなモノクロっぽい美しさを持つポップ表現である。

 かってダサいと定評のあった(そして、それゆえに愛好する人もいた)、あの”東欧ロック”の面影は、もう残滓さえ感じられない。高度に整備された大都会の片隅でふと洩らした溜息、みたいな時代の貌がある。
 エレクトロニックっぽい軽やかなロックのサウンドに乗ってドロタ嬢は、愛らしい声で囁き系の歌い方をするが、実は結構実力があるのではないか。そう思えるのは、収められているのがどれも相当に繊細な表現が要求される曲であり、にもかかわらず彼女はそれらを軽々と歌いこなしているからで。

 このような洗練されたポップス盤を前にして、いまさらスラブ民族の心に住む哀愁やら、司馬遼太郎先生がその国の名を呼ぶそれだけでも痛々しさを覚えた、などというポーランド現代史への思い入れなど、持ち出すことも見当違いにさえ思える。
 が、独特の引きずるような重さのあるポーランド語の響きと、ポップな曲調の裏に流れる沈み込むような哀愁に、やはりカチンの森に降っていた雨の記憶など想いを馳せてしまう旧世代の私がいるのだ。まあそんな時は、「違う、それは金星の雨なのだ」とでも自分に言い聞かせておくのが良いのだろう。



電気仕掛けの宝石箱

2010-05-01 03:29:22 | ヨーロッパ

 ”Peace” by Libera

 以前よりこの場で、深夜のNHKが繰り返し放映している、言ってみれば深夜と早朝の青だに横たわる時間を穴埋めするための埋め草番組である「映像散歩」なる番組の素晴らしさは繰り返し語って来た。
 日本各地の、あるいは世界の名所の取材映像がゆったりと流され、静かに行き過ぎる深夜と言う秘められた心優しい時間の中に流れ着いた孤独な魂に、幻想の地球への旅のための架空の車窓の光景を提供する。
 残酷な朝が来るのにはまだ数刻の猶予があり、その猶予がときには永遠とも信じられるような時間の、その番組は素晴らしい友である。

 さきほどから多少、文章表現に首を傾げたくなる部分があるやも知れないが、お許し願いたい、そんな深夜に軽く落ち込むやや異常な精神状態を、こうして表現しているつもりである。

 そんな時間、番組のバックに流れるのは、少年時代の忘れかけた記憶の向こうで鳴っているかのような思索的な、まあ、昔風のものならムード・ミュージック、今風ならアンビエント・ミュージックとなるのか、そんなものであるのだが。
 その中でもひときわ心に残る存在であるのが、この英国は南ロンドン出身の少年合唱団、リベラだった。英国の、7歳から14歳の少年たちからなるという彼らの、旧来の少年合唱団とはまるで違う音処理を施された硬質なコーラスの世界は、この世のものとも思えぬ異次元の美を咲き誇らせる。まさに、現実と非現実の皮膜の間で揺れているような超深夜にはふさわしい、非現実的な音の美学の世界だ。

 ことに記憶に残っているのは、「映像散歩」の中でも特に名作との評価の高い、日本各地の都市の夜の美しい光のランドスケープを写し撮った「日本夜景めぐり」での、忘れられぬ使われ方。
 暮れ行く地表に都市の明かりが地平線まで、驚くほどのきらびやかさで広がっている。それを上空からカメラは舐め撮るように愛しむようにフィルムに焼き付けて行く。そこに被る、”リベラ”の少年たちの金属的とも言いたい冷たい煌きに満ちたボーイ・ソプラノ。夜の都市は、まさに巨大な宝石箱に姿を変える。
 その歌声は旧来の少年合唱団ものと違い、どちらかと言えば高音のコーラスを得意とするロックバンドのそれを録る際のテクニックを流用しているように感じられた。その響きは、バックに控えめに流れるエレクトリック・ポップのサウンド展開と相まって、少年合唱団より出でて、もはや少年合唱団ではない、非常に今日的な一個のポップサウンドを形成していると言えるだろう。

 少年たちのバックに控えるプロデューサー、なかなかのクセモノかと。合唱団の売り出し方もずいぶんとアイドルっぽいし、メンバーに黒人やアジア人種の少年も何人か加え、修道写真を撮る際には”中央ではないが目立つ場所”にポジションを取らせるなど、ある意味、狡猾な行動ではある。
 などとめちゃくちゃな事を言っている間にも時は流れ、太陽は昇り夜は敗れ果て、現実に適応できぬ夢想家のくだらねえ妄想など踏み潰して朝は姿を現し、この地上に君臨するのである。




完全無欠な秋の入り日

2010-04-28 03:56:15 | ヨーロッパ

 ”The Glamoury”by Emily Portman

 秋の日だろうか、やや弱い感じの日差しが斜めに差し込んでいる。海が間近かに見える茶色に枯れた草原を白いドレスの女の子が駆けて来る。この場合、女の子は笑顔であるのが定番と言うものだろうが、彼女は落ち着いた、むしろ暗いといってもいいくらいの表情である。
 大御所、シャーリー・コリンズの大推薦など受けつつ、英国トラッド界へ期待の新人として名乗りを挙げたエミリー・ポートマン。所属するバンドを離れて初のソロ・アルバムである。
 イギリスの民謡など気を入れて聴くのは久し振りのような気がする。同じ英国諸島圏なら、感傷味が強く馴染み易いスコットランドやアイルランドの音楽に手が伸びてしまうので。

 凛、とした張りのある硬質な歌声が、遠く時を隔てた先人たちが歌い継いできた物語歌を歌い上げて行く。おとぎ話や妖精譚をテーマとする曲が多いけれど、そこは堅牢をもってなる英国民謡です、簡単に馴れ合えるほどの甘ったるい展開はいたしません。渋いメロディ、渋い展開。けれどそこには噛めば噛むほど味の出る伝承音楽の奥深い楽しみがある。
 歌手自身の奏でるコンセルティーナをはじめ、ギター。ハープ、チェロといった楽器が必要最低限の伴奏が彼女の歌にピタリと寄りそう。ピシリと決まった硬派な歌と演奏に、何だか血の騒ぐ思いがする。

 私は勝手に、その歌や演奏のうちに感じられる、このジャケ写真のような茶色に枯れた草原を吹き渡ってくる風、秋の入日の差す風景から漂う匂いのようなものが、英国諸島圏の音楽の醍醐味と決めているのであります。なんかね、孤独と寂寥感にキュッと身も心も締め付けられるみたいな。まあ、私の勝手な思い入れでありますが。



ナイル河でハングル・ラップ!

2010-04-27 03:19:39 | アジア

 ”2nd”by Lee Jung Hyun

 イ・ジョンヒョン嬢の登場でございます。韓国の女性アイドル歌手の中では異常に濃厚な個性を持ってる子、として私は評価してるんだけど、そんなこと言ったら叱られるかも知れない。
 なにしろ我が国では”韓流”の流れで映画女優としても人気のあるジョンヒョンちゃんであり、歌手として日本版のCDも出しているし紅白歌合戦にも出たそうな。映画の美しいイメージのまま、美少女歌手としてイ・ジョンヒョンを認識している人が大半かもしれない。
 それにしてもその当時、私は韓国方面にはあまり興味がなく、彼女の日本での活躍を完璧に05逃しているのが今となっては残念でならないのだが。、

 それはともかく。そんなジュンヒョンちゃんの、もう10年も前に出たアルバムを突然引っ張り出してきたのは、某MM誌のパフューム特集を読み返していて、おかしくなってしまったから。
 そもそもが、かってはエレクトリック・サウンドを”売り”とし、”韓国のテクノの女王”なる異名までとっていたジョンヒョンちゃんは、パフュームの3人組の、いわばテクノの先輩なのであり、ここは両者の比較があってもいいはずだ。

 とはいえ。その姿勢の違いは笑っちゃうほどなのである。パフュームの3人はパワフルな、というか生気のある歌い方をしてしまわないように、レコーディングの際には椅子に腰掛け、いかにもロボットかカラクリ人形らしい無表情な歌い方を求められた。
 ところがわがジョンヒョンちゃんは正反対、炸裂するテクノサウンドに乗り叫ぶ、吠える、感情のおもむくままと言うか、ともかくリミットいっぱいのシャウトを聞かせ、あるいは無理やり搾り出した低音の濁声による凄みの効いたラップを唸る。
 彼女の歌声の後ろで蠢く、こいつが”エジプト風”なのだろうか、おどおどしく土俗的に迫る男たちのコーラスなどは、日本の60年代末期のアングラ演劇やら暗黒舞踏を思わせたりする。どこがテクノだ。いや、この身もふたもなさが楽しいのですねえ、私には。

 あ、全体を貫く、ややゲテモノっぽいエキゾティックな演出は、今回のアルバムのテーマが”エジプト”だからだそうです。なんでここでエジプトが出てこなければならないのかはよく分からないが、そんな異化作用をカタパルトに、彼女の奇天烈な個性が炸裂するのなら、聴いてる側としては大いにありがたいのですねえ。
 この絢爛豪華な見せ物性、しかもそれを揺らぐことなく演じきってしまうジョンヒョンちゃんのパワフルなパフォーマー根性、私は支持したいです。

 とはいえ、これは10年前のアルバム、いつまでも無茶してられないかと思います、彼女も。せめて、入手困難となっている彼女の過去のアルバムがもう少し手に入れやすくなるようにレコード会社にお願いいたしまして、締めの言葉といたしたく思います。



犀と夜汽車の荒野から

2010-04-25 03:55:20 | フリーフォーク女子部
 ”Before and After”by Carrie Newcomer

 これもジャケ買いの一種なんだけど、別にアイドル歌手が写っているわけじゃない。そんな写真じゃないんだけど、一目見たら何だか心に残って、買ってしまわずにはいられなかったのであって。アメリカの、もうベテランの女性シンガー・ソングライターである Carrie Newcomerの出たばかりのアルバムらしい。
 ジャケ写真の中央ではもう十分オトナの女性が一人、電車の四人掛けの席に座り、何ごとかメモをとっている。あるいは誰かに手紙でも書いているのだろうか。車窓の外はもう暮れかけていて、夕焼けの空を鳥の群れが行く。あまり現実感のない光景で、これは彼女が見ている夢の中の出来事ではないか、なんて気もする。

 ジャケを開くと、人影もない朽ちかけたような田舎の駅に降り立った彼女の姿。そして曇り空の下、地平線目指して伸びる線路の脇に一匹のサイが佇んでいる。アメリカの平原にサイが放し飼いになっているはずはないのであって。
 CDを廻してみると、非常に落ち着いた印象の、いかにもインテリらしい女性の歌声が流れてくる。フォークっぽいカントリー・ミュージックの作りである。彼女の歌にはスチールギターやピアノやコーラスなどが静かに寄り添うのだが、ほとんどはあまりにさりげないので、彼女のギター弾き語りの印象ばかりが残る。

 とにかく激さない、感情に流されない、静かに物事を見据えて歌う性格の女性らしく、彼女の書くメロディも、その歌唱法も、自らの内面に語りかけるような思索的なものとなっている。メロディラインはフォークっぽいシンプルなもので、歌い方もごくスムーズなものだが、周囲に広がって行くというよりは、彼女が心中に抱えた幻想にこちらが引き込まれて行くような感触がある。
 曲はどれもシンプルで親しみ易い構造をしており、リフレインの部分などは2~3度聴けば覚えてしまっていっしょに歌えそうな気がする。ただ、彼女の歌手としての個性が内省的であるゆえ、安易にコーラスの輪を広げる気分でもなく、こちらに出来るのはジャケにある電車の席の彼女の向かい側に腰掛けて、彼女のメモをしたためる様子をただ見守るだけである。

 そうするうちにCDは2回転目に入っており、収録曲の中でもひときわ印象的な”Gost Train”がまた始まっている。霧に覆われた草原を行く伝説の幽霊列車は、時を越え、何を伝えるために現われるのか。
 そいつは子供の頃、寝床の中でふと目覚めた深夜、遠く聴いた夜汽車の汽笛の凍りつくような孤独な調べの記憶に連なり、灰色の霧の中に消えて行く。
 意識の底への列車の旅は続く。



インド洋のエルサレム

2010-04-24 02:11:37 | アジア

 ”Bapa Yang Kekal”by Julita Manik

 相変らず、その正体がよく分らないままに聴き続けているロハニ音楽でありまして。とりあえずどんな音楽かといいますと。
 イスラム教国みたいに思われているインドネシアだけど、若干のキリスト教徒もあの国にはいて、ロハニはそれらの人たちが聴く世俗賛美歌(?)みたいなものなんですよ。
 まあ、かの地の人がインドネシア語で歌うゴスペル、とでも考えていただければ分り易いかと思います。実際、アメリカのゴスペル歌手のレパートリーをそのままインドネシア語に訳して歌っているケースもあります。また、歌手たちにはR&Bがかったインドネシア・ポップスからの転向組もいて、結構黒っぽい歌い方がジャンルの特徴となっていたりしますから。

 で・・・なんでそんな音楽のファンになってしまったのか?これがよく分らない。クリスチャンって訳でもないしねえ。
 ゴスペルは元々好きだったし、宗教がかった音楽は基本的に好きなんですよ、宗教そのものには何も興味はないくせにね。
 あと、インドネシア・ポップスの持っている、澄んだ美しい部分だけを抽出したような音楽がロハニであること、これは言えるかと思います。明るく盛り上がるだけが熱帯の音楽というイメージもあるかと思いますが、その底に、シンと静まり返った感傷の泉が息をひそめていたりするんですよ。そんな秘密の泉の秘めた静的美のエッセンスを垣間見せてくれるのがロハニであり、その辺に惹かれているといっていいのかなあ。

 この歌手、Julita Manikはネットで調べたらこのアルバムが3作目なのかな、どれもロハニのアルバムのようです。なにやら”ビューティフル”とか、御清潔なタイトルだったりするんで(笑)
 ジャケ写真の笑顔が、お笑い番組の”ヘキサゴン”に出ている歌手のmisonoに似ているような気がして笑えるんですけど、そう思いませんか?性格も似てるんじゃないか、なんて想像してるんですが。
 な~んか彼女の歌には、他のロハニの歌手たちのような宗教歌っぽい潔癖さと違う、どこかに大雑把なノリがあるように思える。その辺が気がおけなくて好ましいです、私のようにテキトーな者には。

 下に貼った映像は、なんか訳ありみたいな内容でちょっと気になりますが、今のところ、どういう主張の込められたものか、私は分からずにいます。分る方、ご教示いただければ幸いです。

 そうそう、インドネシアと言えばデティ・クルニアが亡くなったそうですねえ。まだ49歳と言うじゃありませんか、若いのに。可哀相にねえ。私なんかがインドネシア音楽を聴き始めた頃、カセットが入ってきたり来日したりでいろいろ思い出もある歌手なんですがねえ。
 で、実はこんなアルバムを取り出したのも、デティ追悼の意味も込めて、なんですが。

 それだったら正面からデティ・クルニアをテーマに取り上げればよさそうなものを。いや、そういわれればその通りなんですがね、デティはクリスチャンではなかったろうしね、やることのピントが外れてます。
 けど、なんかこのアルバムが聴きたくて仕方がなくなったんで。この場合、論理よりも感性を尊重したほうがいいような気がしましてね、見当外れと自覚しつつの、私なりの”送り”をさせてもらっているんですよ。そんなわけで。デティの冥福を祈りつつ・・・やっぱ、変だよな・・・