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卍の城物語

弘前・津軽地方の美味しいお店と素晴らしい温泉を紹介するブログです

日本キリスト教団弘前教会

2008-03-29 03:07:55 | 観光地
弘前の教会巡りをする!

自分が確認出来たところでは、弘前には教会が四箇所ある(他にもあるかも)。
日本キリスト教団「弘前教会」と、同教団「西教会」、「カトリック弘前教会」、「弘前昇天教会」の四つ。
このほとんどが歴史的価値のある建造物であり、弘前教会と昇天教会は県重要文化財に指定されている。

この四つの教会を二日間掛けて廻った。
その中で西教会のみ、はっきり言って建造物としてショボイ・・・。ちょっと洒落た一般住宅といった様子で、隣の一般の家とほぼ同化としていた。教会なので、室内は綺麗であると思う(西教会のHPで確認した程度)。
なので、西教会のみ中に入ってなく、建造物として価値も低いので、こちらは今回除外します。

まずはこちらの、日本キリスト教団弘前教会へ行く。
場所は元寺町のサンクスやらマグネットがある十字路あたり。

外観は双頭木造ゴシック様式。以前は純白だった壁の色がいつのまにらクリーム色になっていた。

1875年創立、東北初のプロテスタント教会である。
東奥義塾の塾長だった本多庸一が初代牧師となる。火災にも遭い、現在は三度目の改築(1907年)。
設計は桜庭駒五郎。施工は堀江佐吉の息子の斎藤伊三郎。
外装はかなりの様式美を誇る。

見学は日中なら大体いつでも出来る。牧師不在なので勝手に見学してくれと書いてあったので、勝手に入る。玄関から左手に行くと聖堂内へ。

聖堂内は天井がアーチ型の純白の壁。青森県材のヒバを贅沢に使用し、ヒバの茶色と壁の白のコントラストがシンプルであり美しい。
背面部は襖もあり、二階には畳も敷いてあり、和洋折衷の設計も素晴らしい。

一階にはリードオルガン、二階に歴史感じる電子オルガンが置いてあり、賛美歌の冊子もあって、日々活躍しているであろうと推測される。

壇上もシンプルで、荘厳さは薄い。よくはわからないが、プロテスタントなのだからなのでしょうか。

そんなわけで結構早めに出る。こちらの教会は内装よりは、外装の方が美しいと思います。

私はキリスト教徒でもなんでもないが、キリスト教の芸術と建築の発展の貢献には感謝さえ覚える。
宗教の中で飛び抜けて、真っ当な教えや入信の寛大さには、世界を制した理由が納得できる。
日本人の多くは潜在的な神道・仏教徒であるが、その潜在的信仰が功を奏して、日本人の国民性が確固として完成した。生悪説が絶対であるから宗教が生まれたわけだが、日本でキリスト教が普及したのは、やはり戦争があったためであろう。平和に宗教は必要なく、歴史上、常に戦争状態だった人類の悲しい性を打ち消す為に、宗教は生まれた。
人類の最大の発明は宗教だと誰かが言ったが、全くその通りだと思う。

どうでもいい戯れ言を書いたが、異教徒もフラっと入れる教会のカジュアル性は頭が下がる。ミサやら礼拝が行われている時に、ただ単純どんな感じなのか観てみたい。

最後に。キリスト教は傍から見ると最高の芸術文化である。

住所・弘前市元寺町48
電話・0172-32-3971
見学時間・10:00~16:00 
休館日・水曜・日曜日

再会公園~津軽の旅(6)

2008-03-07 03:41:32 | 観光地
津軽の旅、遂に最終回。小泊へ行く。

339号線をひたすらひたすら北へ北へ。左手には日本海。右手には禿山。

私は冬の津軽の海をいろいろ見たが、これほどダイナミックな海は観た事無い。
天気が良かったせいかも知れぬが、冬の海独特の寂しさや絶望さが感じられなく、荒々しく、轟々たる存在は男の海といった様子であった。
その寒風に常に晒された山は、禿げるしかなく、その禿山も堂々たる存在であった。

この北限の僻地に、太宰はわざわざ育ての親を探しに来たのには、相当の覚悟をもって挑んだに違いない。何せ電車も走っていないのである。
ポツンと存在するだが、ここはここで歴史のある場所である。国防上、これ以上記述するのはよそう。

途中、たけや食堂や、雄乃屋(たけのや)温泉という、「たけ」関連の店が目に付くのだが、関連性はあってもなくてもどうでもよいし、楽しいからよいではないか。

太宰とたけは、超感動的再会を果たした場所に、記念として銅像が建立されていたことは知っていた。
だが、詳しい場所もわからなければ、目印となる建物やらもあるのかどうか。あやふやな情報で小泊まで来た。太宰がわざわざ小泊まで来て、沫や再会ならずといった状況と同じく、この銅像を発見出来ないという不穏さは確かにあった。
私は自分でいうのも何だが、運のない男であるので、ここまで来て発見出来ないことはありえる事であった。
だが、旅の恥はかき捨て。交番でもコンビニでもなんでもいいから聞きまくろうという覚悟はあった。

大体、太宰が好きな阿呆は、私と同じ旅行プランでも計画して、最後にこの銅像をゴールに決定して、写真に収めようとする輩は他にも幾人もいたに違いないので、町民は、この北の僻地にまた太宰オタクの変な奴が来たと穏やかに思っている事であろうか。

この狭い町をグルグル回っていると、「太宰再会の地」みたいな看板を発見!神のたすけ!その看板を元に探し回る。看板を辿ると、遂に物語りも終焉を迎えようとしていた。

「再会公園」という、何とも美しいネーミングの公園には、記念館と、そして太宰とたけのツーショットの銅像に会えた。

銅像は「津軽」のクライマックスで、たけに再会し、無言のまま、運動会を眺める二人の姿になっている。
たけはまだ40代だというのに、お婆ちゃんみたいに老けているのには、上野公園の西郷隆盛像が本人と似ても似使わぬ姿に西郷婦人が涙したという逸話が思い出される。
ほんの数十年前なのではあるが、40代後半といえば。それなりであろうかと思うが、何よりこの銅像は美しい。
この日は真冬だというのに、晴れ晴れとしていて、空気も澄んでいる。銅像の遥か向こうには、日本海が眺望できる。なんとも、平和である。
近くには中学校があり、恐らくこの中学校で、運動会が行われていたのであろう。中学生が校庭で、私のことを変な奴だと見ていたが、この場所では日常茶飯事なのであろう。

ちなみに、ここには記念館があるが、見事に休館していた。ここは運無し男の本領発揮。
しかし銅像を見れたことで満足。私は何か達成感を覚え、こんな場所から離れなければならないという想いに駆られ、この思い出の場所を後にしなければならなかった。

というわけで津軽の旅は終了します。
楽しかったので、おそらくまたこの地を最終目的として旅するに違いない。

「津軽」は心のふるさとを実感させてくれる重要な本である。太宰治がどんなに野蛮な作家であろうが、これは所詮、風土記という旅行記感覚で気楽に読む事が、津軽人に必須なのである。

最後に、最も感動的な一文を掲載してこのシリーズを終了する。では、失敬。

私はたけの、そのように強くて不遠慮な愛情のあらわし方に接して、ああ、私は、たけに似ているのだと思った。きょうだい中で、私ひとり、粗野で、がらっぱちのところがあるのは、この悲しい育ての親の影響だったという事に気附いた。私は、この時はじめて、私の育ての親の本質をはっきりと知らされた。私は断じて、上品な育ちの男ではない。どうりで、金持ちの子供らしくないところがあった。見よ、私の忘れ得ぬ人は、青森に於けるT君であり、五所川原に於ける中畑さんであり、金木に於けるアヤであり、そうして小泊に於けるたけである。アヤは現在も私の家に仕えているが、他の人たちも、そのむかし一度は、私の家にいた事がある人だ。わたしは、これらの人と友である。

終わり。

芦野公園~津軽の旅(5)

2008-03-06 22:15:13 | 観光地
津軽の旅も佳境である。
数日懸けて津軽半島を周り、この太宰治の津軽があったからこそ、私はこんな何もない田舎に愛着を覚えるのであろう。
全国各地どこにでも歴史があり、観光地と呼ばれる素晴らしい自然や建物があるものであるが、私は郷土愛と言う普遍的なものから、津軽周辺を愛している。

とりあえず、またもや「斜陽館」に行く。
「マデニー」で「押切もえが振り返る太宰治」みたいなヘンテコなDVDを販売している。
押切もえがどれだけ太宰が好きかは知らんし、多分あまり詳しくないと思われるが、押切もえではなく、エビちゃんだったらDVDを購入したに違いない。

ここはいつ行っても観光客がウジャウジャいる。
文系の若い大学生の集団から、太宰治という名前しか知らないであろうオッサンオバチャンが、歴史ある建築物としての斜陽館を巡るツアー客の集団まで様々。

金欠ながら、斜陽館に入るか迷ったが、20人位の集団が入館していったので、バカらしくなって後にした。

そういえば「津軽」の中で「芦野公園駅」について触れる場面があるので、寄った。
「芦野公園」という巨大な公園は、桜の名所でもあり、芦ノ湖という沼もあり、桜よりは、松が生い茂っており、美しい風景を形成している。

とりあえず散歩する。斜陽館からは徒歩で10分も掛からないであろう近所なので、若き太宰もここで遊んでいた事であろう。
「芦ノ湖」は冬なので、見事に凍結している。

小さい規模ながら、動物園もあり、冬なのか、経営の問題かは不明だが、半分ほどの檻には動物不在。少ない動物を歩きながら見ていると、鹿と目が合った。物凄い悲しい目をしていたのである。これくらいの規模なら閉園したほうが動物の為にも良かろうかと思った。

公園には太宰の記念碑があるとのことで探すが、除雪もしておらず、ヤブを漕いでその記念碑まで辿り歩いた。
この記念碑には、有名な文章が書かれておるが、積雪の為に文字が隠れていたので、雪を掻いでおいた。夏場は景色も美しいだろうが、津軽の冬は何もかも寂しくさせる。ヤブを漕いで後にする。

芦野公園駅は無人であり、隣接するカフェで切符を販売している。
おそらくこのカフェは太宰ファンから愛されているように思われるが、ダラダラコーヒーを飲んでる場合ではなく、先を急がなければならない。

最後に、芦野公園での出来事を書いた文章より。

金木の町長が東京からの帰りに上野で芦野公園の切符を求め、そんな駅はないと憤然として、津軽鉄道の芦野公園を知らんかと言い、駅員に三十分も調べさせ、とうとう芦野公園の切符をせしめたという昔の逸事を思い出し、窓から首を出してその小さい駅を見ると、いましも久留米絣の着物に同じ布地のモンペをはいた若い娘さんが、大きい風呂敷包みを二つ両手にさげて切符を口に咥えたまま改札口に走ってきて、眼を軽くつぶって改札の美少年の駅員に顔をそっと差し出し、美少年も心得て、その真白い歯列の間にはさまれてある赤い切符に、まるで熟練の歯科医が前歯を抜くような手つきで、器用にぱちんと鋏を入れた。少女も美少年も、ちっとも笑わぬ。当り前の事のように平然としている。少女が汽車に乗ったとたんに、ごとんと発車だ。まるで、機関手がその娘さんの乗るのを待っていたように思われた。こんなのどかな駅は、全国にも類例が無いに違いない。金木町長は、こんどまた上野駅で、もっと大きな声で、芦野公園と叫んでもいいと思った。

続く。

千畳敷~「津軽」の旅(4)

2008-02-17 02:30:34 | 観光地
津軽の旅は、海の旅である。

津軽は半島であるから、海に囲まれている。とはいえ、海に遊びに行くとなると、弘前人たちは鯵ヶ沢や深浦に行くであろう。
海水浴には西海岸が適している。それは観光として、海水浴場などの整備がきちんと行われているのもあるだろうが、特に深浦は、砂場と岩場のバランスがほどよいと思う。
深浦の驫木という地方周辺に、私自身が愛する海岸がある。そこは結構な穴場で、砂場まで車で行けるし、岩場もあって、素潜りや密漁にも適している。
私はそこを「俺の海」と称しているが、真夏でも平日はほぼ人がいないことから、広い海岸を独占出来て気持ちいいったらありゃしない。あまり人にも教えたくないのでここらへんで。

深浦といえば、そんな思い出しかない。最近は年をとって、別に海に遊びに行っても楽しめないので、あまり行ってないが、海辺をドライブするだけでも楽しい。晴れた日の日没は美しい。

本編では、太宰は木造を後にし、深浦では、円覚寺に行き、宿屋で酒を飲み、料亭で酒を飲み、そして鯵ヶ沢へ行く。
太宰は深浦や鯵ヶ沢を津軽らしくないように感じている。文化的で開けているような印象を受けていたが、今の時代だと逆に感じられるのであろうか。

私は深浦といえば、千畳敷だなと思って向かう。冬の日本海はおぞましい事この上ない。
松本清張の小説には「冬の日本海は地獄」たる文章が書かれてあるが、まさにその通りである。
入水自殺を図ろうとしても、溺死する前に凍死しそうな冷たい海である。

そして千畳敷に到着。偶然にも、太宰治の津軽の文章が記されている石碑があった。それに、隆起200年記念の石碑もあった。
この千畳敷の歴史はたった200年なのかと少し間が抜けた。どうやら1792年の大地震でこの様な形状に隆起したようである。岩場が畳みを敷いたように広々としていることから千畳敷と名付けられたが、千畳敷と名付けられた海岸は全国各地にあり、実は大して珍しくもないらしい。

ここらへんは夏場は海水浴のメッカである。家族連れもカップルもチャライ馬鹿たちもたくさん集まる。
この付近ではウニやアワビが密漁出来るらしいが、監視も厳しくなっているようであり、何より猟師たちの生活のために控えるべきである。
私は俺の海があるので、ここらへんではあまり遊びに来た記憶も無いし、思い出もないので、深浦を後にして鯵ヶ沢へ向かった。

最後に、深浦の料亭での太宰の悲しき旅愁の思い出より。

しかるに、その座敷に、ぶっとり太った若い女があらわれて、妙にきざな洒落など飛ばし、私は、いやで仕様が無かったので、男子すべからく率直たるべしと思い、
「君、お願いだから下へ行ってくれないか」と言った。私は読者に忠告する。男子は料理屋へ行って率直な言い方をしてはいけない。私は、ひどいめに逢った。その若い女中が、ふくれて立ち上がると、おばさんも一緒に立ち上り、二人ともいなくなってしまった。ひとりが部屋から追い出されたのに、もうひとりが黙って座っているなどは、朋輩の仁義から行っても義理が悪くて出来ないものらしい。私はその広い部屋でひとりでお酒を飲み、深浦港の燈台の灯を眺め、さらに大いに旅愁を深めたばかりで宿へ帰った。

続く。

木造駅~「津軽」の旅(3)

2008-02-16 02:24:23 | 観光地
「津軽」の旅は長い。夏場なら一日で津軽半島を一周出来ようものだが、なんせ津軽の冬は厳しい。冬道の運転も楽ではない。
なので今回は「津軽」の最終編「西海岸」を中心に旅しようと思った。

本編では、太宰は、外が浜を旅し、実家の金木を中心に津軽平野を旅し、そして西海岸を旅した。
西海岸編ではまず木造へ向かう。木造には、太宰の父の実家を訪れた。そして酒を飲むのだが、深浦に行く為に、早々と辞去するのであるが。

というわけで、私は木造へ向かった。順番が逆だが、深浦、鯵ヶ沢に次いで最後に木造へ着いた。津軽の冬はすぐ夜が訪れる。辺りはもう夜の帳が下りていたため、木造観光は出来なかった。

木造の観光地などほぼないであろう。
唯一、亀ヶ岡遺跡たる石器時代の遺跡がある。ここは遮光器土偶やら、壷やら、歴史的にも貴重な物が数多く発掘されたというが、詳しくは知らない。
展示館みたいな所もあったが、早くに閉館していたので見れなかった。
なので駅へ行ったら駅の見た目が面白かったので激写した。駅はシャコちゃんなる土偶のオブジェがデカデカと迎えてくれる。
とはいっても田舎の駅なので、中は寂しいものであった。

後は駅前周辺を通ったが、本に記してあるように、未だにアーケード街であった。
昔は土手町もそうだったな。
後は、警察署があった。本には木造(もくぞう)の警察署かと、あるあるネタばりに太宰は独りでウケてたが、今では「つがる警察署」となっていた。残念である。

他に行く所もないので、温泉へ入って後にした。木造りへ来る事もそんなになかろうかと思うが、サラバ木造。

最後に恒例の、木造の街を想った一文を。

ここから見た津軽富士も、金木から見た姿と少しも違わず、華奢で頗る美人である。このように山容が美しく見えるところからは、お米と美人が産出するという伝説があるとか。この地方は、お米はたしかに豊富らしいが、もう一方の、美人の件は、どうであろう。これも、金木地方と同様にちょっと心細いのではあるまいか。その件に関してだけは、あの伝説は、むしろ逆じゃないかとさえ私には疑われた。岩木山の美しく見える土地には、いや、もう言うまい。

続く。

竜飛岬~「津軽の」旅(2)

2008-02-10 03:59:54 | 観光地
シリーズ太宰の愛した「津軽」の旅。第二回目。名所・竜飛岬に行く。

本編では、太宰は、蟹田を後にし、今別のMさんの家に行き、酒を飲み、本覚寺に行き、三厩の旅館にて酒を飲み、義経寺に行き、竜飛の旅館にて酒を飲んだ。

外が浜を周った道中でも、笑える場面が山ほどある。本覚寺での出来事、鯛の五切れの話は爆笑必死か。

私自身、過去に一度竜飛に来たことがある。これも小学5、6年の時であろう。それは強風凄まじき荒海であったろうと記憶している。
それよりも記憶に確かなのは、土産屋での事。
土産屋で、私はキーホルダー(なんて可愛げのある時代であろうか)を買っていこうとしていたが、店番が呼んでも全く出てこようとしない。父親にこれ買ってくれと言ったが、店の者がいないので、父親はそのキーホルダーを黙って持ち帰るという蛮行に及んだ!子供の前でなんと、はしたない行為であろうかと思う。父親に似ず、友達に誘われても決して盗み行為をしてこなかった事を誇りに思う。

それはさておき、私は蟹田を後にして、国道280号線を通り、今別へ。
今別の道の駅に行ったら、閉まってた。多分冬季閉鎖してんのかいな。ここの道の駅は、来るべき、新幹線青森~北海道線の駅になっている。まだ青森にまで来てないというのに、新幹線の駅はもう完成していた。で、今別に用はないので、竜飛へ向かう。

竜飛はご存知の通りで、説明も不要だと思うので、面倒臭いので書きませんが、観光名所です。
道へ道へ進むと、行き止まり。そこが竜飛岬です。

海岸沿いをずっと進む。国道とは思えぬ狭き道路。そしていつのまにか鶏小屋に頭を突っ込む。もう道はない。そこには太宰治の竜飛について記している一文が書いている石碑があった。ここが「この世の果て」であるのだなあと思ってしまった。

この道をちょっと戻り、山沿いの339号線に向かうと、絶景の竜飛が拝める。そこには多くの観光スポットがあります。
展望台はもちろん、道の駅(ここも冬季封鎖!)、青函トンネル記念館、灯台、風力発電風車群、石川さゆり「津軽海峡冬景色」歌碑(ボタンを押すと、歌の2番が大音量で流れます)、全国唯一の階段の歩道の国道(雪が積ってて歩けない!)などなど。近くにはホテルもあるので便利。
ホテルの真下に青函トンネルが走ってるそうです。

ここら一帯をグルグル回って観光巡り。この日は天気が良かったのだが、風がほぼ無風状態という、竜飛の醍醐味が全く感じられないという、ある意味不運な体験をした。風車はほぼ回転しておらず・・・。貴重といえばそうかもしれない。だが真冬なので、物凄く寒かったのである。

展望台からは、天気がよければ云々といっても、もちろん北の大地など見えやせぬ。
だが絶景極まりぬことに異存なし。なんとも澄んだ冬の海か。自殺願望者がここに辿り付き、景色を眺めると、ここがこの世の果てなのかと落胆し、絶望も和らぐであろうかと思う。意外と穏やかであった。

旧日本軍の砲台跡地には、「大東亜戦争云々」と書き記してあり、ここが本州の最北重要防衛拠点となっているのを否が応にも気付かせられる。全ての国のために戦った兵士と、戦争犠牲者に感謝と哀悼。間違っても大東亜の文字だけは消さないでおくれ。大東亜聖戦と書き換えてもいいくらいであるが。これ以上は国防上詳しく掛けないのであしからず。

そんなこんなでこの旅の最終目的地である小泊へ向かうべく、339号線を進むと、行き止まり。檻が閉まっている・・・。鶏小屋ではない。
北国名物冬季封鎖!竜泊ラインは冬季封鎖してます。
地図をよく見なかった私の落ち度ではあるが、予定が大幅に狂い、ただひたすら来た道を戻るしかないのである。他の道は皆無!そんなこんなで夜は更け、もう家に帰るしか手段がなくなったので、津軽の旅は数日かけて行う事にする。

最後に、五切れの鯛の名場面より、太宰の嘆かわしくも口惜しき名セリフ

「つまらねえ事してくれた」お皿に愚かしく積まれてある五切れのやきざかな(それはもう鯛では無い、単なるやきざかなだ)を眺めて、私は泣きたくなった。

「そうかね。それじゃ、君がひとりで全部食べたらいい。食えよ。僕は食わん。こんなもの、馬鹿々々しくって食えるか。だいたい、君が悪いんだ。ことさらに三等分の必要は無い、なんて、そんな蟹田町会の予算総会で使うような気取った言葉で注釈を加えるから、あの間抜けな女中が、まごついてしまったんだ。君が悪いんだ。僕は、君を、うらむよ」

続く。

乳穂ヶ滝

2008-02-06 14:32:32 | 観光地
西目屋村田代にある滝です。「におがたき」と読みます。

ここらへんに滝があるのは知ってましたが、行った事はありませんでした。
西目屋といったら、白神山地であり、「暗門の滝」が真っ先に思い浮かべるかと思います。

滝といっても千差万別あり、この滝は普段はチロチロと流れる、滝というダイナミックなイメージからかき離れた清貧な流れの滝だそうです。
しかし、この滝の見所はなんといっても真冬!厳冬の寒さからこの滝が、滝口から滝壷まで結氷するというのです。
そのニュースが地元から全国区の番組まで取り上げられており、且つ、二月上旬のみ、夜間のライトアップ展示を行うというので、日が暮れてから西目屋へ向かった。

生憎の吹雪です。弘前方面からは岩木川沿いのバイパスを延々と真っ直ぐ進めばいいので、夏場なら100キロくらい飛ばせる見通しの良い道路なのですが、真冬はとても無理です。
凍結と吹雪、しかも夜だから暗くてよく見えない・・・。低速走行で向かったのであった。

場所は目屋ダムあたりという何となくの知識で向かったが、よくわからず。途中に看板とかでも立っていそうなものだけど、全然ありません。
雪も強くなってきて、正直もう帰りたくなってきたところで、道路沿いに向かって左側に怪しい光を発見。なんとか到着したようです。

向かいにちょっとしたスペースがあり、そこに駐車。普段は駐車場はもっと広いらしいが、工事中のために2台のスペースしかなく、先客らしき車と隣に駐車で満車。とはいってもこれ以上誰も来る気配の無い悪天候でしたが。

ライトアップされている場所へ向かう。といっても道路沿いですぐ着きます。
鳥居があり、滝の前には神社があります。滝自体が神であるのでしょう。
ほんの少し歩くと、現れました。乳穂ヶ滝の氷柱です。

高さは33mと記してあります。滝壷はほぼ雪と氷の塊で見えなくなっており、それが滝口まで威風堂々たる御柱となってそびえ立っております。
雪と寒さ(この日の最低気温マイナス8度)でライトアップされた滝は何ともいえない荘厳さと幽玄さが感じられます。
自然の創造したる美しさと偉大さに、人間如きは萎縮し、謙虚にならざるを得ません。

足元は不安ながら、滝の裏側、そして大体20m上部の洞穴状になっている部分にまで歩いて登れます。
上から見る滝もまた壮大であります。裏から手が届くまで近くで見るのもまた良し。
上部には不動尊や山神など五つの御神体が奉られていました。

この滝の結氷は古代から知られており、地元の豊作の占いがその年の氷の結氷によって決められていたといいます。
そして津軽藩主も代々使者を遣わしてこの結氷を見て、津軽の豊凶を占っていたそうです。

この滝の氷を持ち帰り、病人に与えると病気が治ったとする言い伝えもあり、その風習は未だに続いているそうです。

昨今の暖冬で、この滝が結氷するのは3年振りだそうです。毎年のように乳穂ヶ滝祭りが行われていたそうですが、今年は中止が決定しているそうです。

この結氷はもちろん、温かくなる春まで見られるでしょうが、ライトアップは2月の中旬までしかやらないそうです。昼に見たことはないですが、おそらく夜の方が神秘的で見応えありそうです。

厳冬の津軽の数少ない楽しみになりました。これはぜひ見ておくべき津軽の風物詩です。

白神山地~暗門の滝

2007-08-18 00:33:03 | 観光地
日本初の世界自然遺産の白神山地は、よくよく考えたら物凄い近場であった。
去年から行こうとは思っていたが、なかなか時間がとれずにいた。今年こそと思い、今日出かけました。

車でひたすら西目屋村に向かい、県道28号を「アクアグリーンビレッジANMON」の標識目当てに進めばいいので、すんなり着くかと思ったら、ANMONの手前に峠があって、その道路がまた狭い。
しかも、観光用大型バスがバンバン通るもんだから、常に徐行運転で、カーブでバスが来たら譲らなくてはならない。
細々したカーブの連続が終わると、ブナ原生林が見えてきます。
そして遊歩道のスタート地点のANMONに到着。弘前からは3,40分程度で着きます。

流石の世界遺産。こんな田舎に観光客がワンサカいます。
ほとんど手付かずのブナの原生林が青森から秋田にかけて13万ヘクタールも広がっている。
この大自然目当てで、ただの田舎にこんなに人が来るもんなのかね。世界遺産のブランドはやはり強大である。

もちろん希少な動植物が多く生息している事からも世界遺産登録の理由になっています。
ニホンカモシカ、ニホンザル、イヌワシ、そしてイメージシンボルにもなっているクマゲラなど、なかなかお目にかかれない原始の自然にしか育たない動物ばかり。見れたらラッキーだそうだ。

ANMONをスタート地点として、散策コースは大抵3つから選べる。
ブナの原生林を堪能したい人向けのお手軽初心者コース。1時間ほどで回れる。
そして暗門の滝をゴールに目指す中級者コース。こちらは2時間ほどで回れる。
もう一つはANMONから車で津軽峠に向かい、そこから4時間かけて山を下っていく、超自然体験上級者コース。
私はスタンダードな暗門の滝コースでスタートです。

コンクリートで舗装した道、土丸出しの道、岩場、仮設の橋など散策コースは最初はゆったりとした平坦な道が、徐々に上り坂になっていきます。
川に沿って上流、即ち滝を目指してひたすら進む。脇には断崖絶壁の峡谷。そこにはほぼブナが生い茂っております。
ここまで上流だと魚は登って来れないみたいですね。澄んだ川は飲んでみると、とても柔らかな甘い水です。角が取れた軟水で、きれいな透明。ペットボトルに入れて持ち帰る。

当たり前ですけど、夏なので熱い。雲が多くて気温もここ最近では低い方なんだろうけど、熱過ぎる。
ガイドブックに長袖・長ズボン必須と書いてあったのを信用して行ったけど、ほとんどの人はTシャツです。もっと荒々しい道かと思ったらきちんと整備されたコースなので大丈夫でした。

食欲がなくて、野菜ジュースとゼリーだけのOLみたいな質素な食事しかしかしてきてないから、腹が減ってフラフラになりながら歩く。
一人しか通れない道は、譲り合いながら通る。挨拶を交わしたりするコミュニケーションもここでは大事なマナーです。

歩きまくってやっと滝が見えてくる。第三の滝です。
みなさんここで暫しの休憩。綺麗で雄大な自然の流れ。

しかし、まだまだ先はある。ここからは山登り並みの急な坂を登っていきます。
疲れを感じながら、またまた滝が見えてくる。第二の滝です。さっきより大きい。
宙に舞った水は一瞬で岩にぶつかって滝壷に消える。その連続。ただただその連続。

ちょっと見入っていたが、ゴールはもうすぐ。またまた歩き始める。
ここまで来たら登山と言っていいほどの危険なコース。ご老人、体力に自信がない人は無理かもしれない。
足場が悪いところもかなり多い。

そうして乗り越え、なんとか辿り付いたよ、第一の滝。
これが第一と名前通りの一番デカイ滝です。ちょっと離れたところでも水しぶきが大量に押し寄せてきます。大体一時間くらいで着きました。疲れましたが、報われました。
そして思ったこと、「おにぎり食べたい。」
ここでおにぎりとかお弁当食べたら気持ちいいだろうなと感じました。

和歌山の那智の滝は、滝の流れそのものが御神体だという。
この暗門の滝も、御神体とまではいかなくても、神の力が充分に感じられる威厳が伝わってきます。畏れある神の御業であります。

そんな滝が三つもあり、それを目指して進むコースは見ごたえ充分です。通りすがりのオッサンが「どれがブナだかわからん」と言ってたが、大体分かるだろうとは思うのもあるが、自然を見るというだけでは、日本全国のあらゆる田舎で堪能できるわけだし、ブナの原生林も滝も見えると言うのはどちらも楽しめて満足させられる観光地であると思います。

帰りは下り坂で、気温も下がってきたのもあり、かなりスムーズに帰れました。若者なら往復1時間40分くらいで行けると思います。

帰りに黒い珍しい鳥がいた。でも頭は赤くなかった。でも、いや、多分、いや、あれはクマゲラに違いない。と思いたい。

感心だと思ったのがゴミがほぼなかったことです。途中ペットボトルが川にあったけど、捨てたというより落ちたんだと思う。さすが世界遺産を観に来るくらいだから、マナーのいい人が多いんだな、と思いたい。

多くの観光客から標準語から関西弁、英語、中国語といろんな言葉が聞こえてきた。
世界遺産となって、ただの田舎が観光地となる時、そこに商業的なメリットが生まれる反面、挙って訪れる観光客で、逆に目玉の自然が失われるという最悪の展開を考えながら、この白神山地をみんなで守っておかなければなりません。
富士山がゴミの山であるために、世界遺産に登録されないという悪い例も参考にして、環境問題も含めて世界の誇りを大切にしたいです。それが何より人間のためになるのであるから。

岩木山

2007-01-05 21:54:23 | 観光地
日本一美人な山、それが「岩木山」。

見事な三つ山の通称「津軽富士」。
「巌鬼山」「鳥海山「岩木山」の三つの山からなり、標高1625mの休火山である。
アイヌ語の「イワーケ(岩所)」からきてるという説あり。

夏には「お山参詣」、秋は有名な「嶽きみ」の収穫、冬は「百沢スキー場」「鯵ヶ沢スキー場」でのスキーが楽しめる。
伝統ある「岩木山神社」「高照神社」も観光の名所である。

温泉も多く、「嶽温泉」「百沢温泉」「湯段温泉」「三本柳温泉」など数多い。

登山も可能で、比較的容易に登れるようだ。
スカイラインを車で登って、リフトで頂上まで登れる。

以前、NHKの番組で「好きな山ベスト50」というのを放送してたが、僕はてっきり岩木山はトップテン入りしてるのだと思ったが、30何位だったか忘れたけど、その辺だった。
見た目は富士山に負けるとしても、2位だろうと思ったが、山好きの人にアンケートして集計した結果なので大した事なかったらしい。
岩木山は登山向きではない山らしく、高山植物、滝、などの自然もあまりないので、低い結果になった。
僕としては、登山なんか遭難を起こす大迷惑な趣味だと思ってるので絶対やりたくないし、高山病になりたくないし、疲れるの嫌だし、山の中に入りたいと思わない。
ただ遠くから、自然の一部として、原風景としてあって欲しいのだ。それが山の最大の魅力でしょう。

弘前から見る岩木山が、三つ山が一番綺麗に見えるが、五所川原などの反対から見たら、折角の美人が不細工に変わってしまうがご愛嬌。

僕はりんご農家なので、いつも岩木山を眺めることの出来る畑で仕事しているが、毎日顔が変わっていて楽しい。
今日はやけに大きいなとか、今日はやけに彫りが深いなとか感じるものです。
アップルロードを通ると、一年中カメラを持った人が車を路肩に止めて撮影しています。
こんな綺麗な風景を残したいと思うのは当然だと同感しながら僕も記憶に留めるのです。
津軽の人は岩木山があるだけで幸せなのです。

青森県立美術館

2006-12-01 13:29:46 | 観光地
今日からブログはじめまして。しょうもない内容ばかりですけど、見て下さるだけでも感謝致します。

第一回目は「青森県立美術館」をご紹介。
2006年7月13日に満を持して開館。開館記念として、シャガ-ルの企画展「アレコとアメリカ亡命時代」を開催。

十何年前だったか、青森県がアレコ3点を数十億出して購入したときは、税金の無駄遣いと云われたものでしたが、今では県の宝になり、美術館の目玉になりました。
終了したシャガール企画展は、素晴らしかったです。

ユダヤ人のシャガールがナチスの迫害から逃れてのアメリカ時代の作品を中心に、世界の美術館コレクション、個人所蔵の196点展示。
一目でシャガールとわかる独特の原色使い。お馴染みのロバ、逆さの人、空飛ぶ人、バイオリン弾き。戦争の悲劇を表したキリスト画など余すことなく、シャガールの世界観を堪能できました。

そして、巨大画アレコ4点が全て揃っての展示が何よりの見所でした。
圧倒される迫力。四方のアレコに囲まれ、時が止まりました。
フィラデルフィア美術館所蔵の第三幕はなんと、1月8日まで常設展示で見れます。この奇跡がもう少しの間体験できます。

作品はさておき、美術館そのものについて。
三内丸山遺跡の隣に建てられ、美術館から遺跡まで歩いて行ける立地はそこそこ良いでしょう。
真っ白ななんとも無機質なデザインは未来的ともいえるでしょうが、デザインを重視し過ぎて利便性が無さ過ぎです。
館内で迷うこと必死。順路も各所表示してるし、パンフにも載ってるけど、分かりにくい事この上なし。
係員に聞かなきゃ退館すら出来ません。その辺は早急に改善して欲しいと思います。

現在、企画展「縄文と現代」開催中です。
絵画展示のみならず、演劇、コンサートなども行っており、青森の新名所として、これからのイベント・展示に期待出来そうです。

住所・青森市安田字近野185
電話・017-783-3000
開館時間・9:30~17:00(6月~9月は~18:00)
定休日・毎月第2第4月曜日(変更あり)