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テレビの時間

テレビについてのあれこれ

東アジア選手権を終えて

2005-08-08 | やっぱりテレビのこと
 「東アジア選手権」が終わった。パッとしない大会だったが、韓国相手に勝利したのは唯一の救いだ。しかし8月1日の記事にも書いたとおり、この大会は日本代表の総力を挙げて戦う場所ではない。負けるより勝つ方が良いが、ムキになっているのはワールドカップの出場を逃し、なんでもいいから公式大会で名誉を得たいと思っている中国と北朝鮮だけで、主催国の韓国はベストメンバーではないし、日韓戦でも賑やかなのはゴール裏だけで他は空席が目立っていた。一番盛り上がる韓国戦でさえこの有様だから、それ以外の試合がいかに閑散としていたかは言うまでもない。

 あまり知られていないが、「東アジア選手権」のスポンサー8社のうち、開催国である韓国の企業は1社だけで、残りはすべて日本企業だ。そもそも「東アジア選手権」は放映権料などの収入分配によって弱小国の救済を図るのが大会の主旨であり、どうしても経済大国である日本の金を分配することになる。スポンサーが日本企業ばかりなのを見ると、むしろそれを目的に立ち上げているフシすらあって、実際にテレ朝を始め日本企業が支出した莫大な協賛金は、韓国だけでなく中国や北朝鮮にとってもありがたかっただろう。こうなると間接的な経済援助に思えるが、テレ朝が煽るので多くの視聴者が重要な大会だと勘違いした。

 そんな「東アジア選手権」で男子の日本代表がやらなければならなかったのは、ワールドカップに向けてのテストだった。ラインに固執しすぎるDFや、中央突破ができずサイドからの切り込みも弱いMF。自分でシュートしようとしないFWに、サイドからのセンタリングとセットプレーしかない攻撃パターンなど、現在の日本代表には多くの問題がある。そういった問題を解決するため、これまでのレギュラーに新しいタイプの選手を組み合わせたテストを積極的に行うべきだった。

 ジーコ監督は中国戦と韓国戦で全選手を入れ替えた。レギュラー組の気持ちを引き締め、新しい可能性を探るのが目的だったとすれば、田中達也や今野泰幸といった何人かの選手が代表として使える可能性があるという程度の収穫だ。それよりも無闇に選手を増やすだけで、肝心の「どのようなチームにしたいのか」が、ワールドカップまで一年を切ったこの段階でもさっぱりわからない。どうもジーコは良い選手さえ集めれば勝てると思っているようだが、明確なビジョンに沿った人選ならいざ知らず「とにかくノッってる選手を集めました」で勝てるほどワールドカップは甘い大会ではないだろう。

 次に女子代表。がんばっていた。それはわかる。でも力がなかった。今大会で一勝どころか一点も取れなかった原因は、技術やフィジカルなどすべてが力不足だったからだ。とにかくあまりにも多いパスミスやタッチミスなど、基本的な技術の未熟さを解消してほしい。そしてなによりもフィジカルの強化だ。これは女子サッカーに限ったことではないが、いつまでも「日本はフィジカルが弱い」という言い訳は通用しないだろう。欧米や南米相手ではそれも許されたが、中国や韓国、北朝鮮といったアジア勢にコロコロと転がされるのではトレーニング不足だと言われてもしかたない。

 サッカーは単純なスポーツだ。相手より速く走り、相手より正確にボールを蹴って、相手より一点でも多く得点をとった方が勝つ。戦術やシステムが発達してもこの基本はかわらない。世界の主流はシステマティックなサッカーだが、選手自体はパスにしてもドリブルにしても非常にシンプルなプレーをするし、それは強いフィジカルに支えられている。いくら小手先が器用でも、フィジカルが伴わないチームは世界で勝てないのが現実だ。

 プロでもないくせに偉そうなことを書いたが、宿敵である韓国に勝ったからといって喜ぶのは時期尚早だと思う。私たちは今回の大会で何を目標にして、何を得たのだろうか。そう考えると必ずしも実りのある大会とはいえなかった。8月1日の記事の繰り返しになるが、「東アジア選手権」は日本にとって「絶対に負けられない戦い」ではない。「負けられない戦い」は1年後のドイツなのだ。

パクリ

2005-08-07 | やっぱりテレビのこと
 金子昇って、TOKIOの国分太一とかぶってるよなあ。こんなこと言ったらファンに怒られそうだけど。でも「ゴチになります」(ぐるナイ)で国分太一の代わりに金子昇が座っていても気づかないかもしれない。「第二位は3万8000円で・・・金子昇さん!」って言われて「あ、金子だったのか」って感じ。いや、絶対に怒られるなこれ。でもなんかかぶってるぞ国分太一と金子昇って。

 タレントの場合は「かぶってる」で済むんだけど、これが番組となると「パクリ」だと言われるからややこしい。そもそもテレビに限らず完全なオリジナリティなんてもはや存在しないし、すべてのオリジナリティは模倣から始まるわけだからオリジナルだパクリだといっても要は程度の差なのだが、中には「これはさすがにいかんだろう」って思わせるようなパクリもあって、それがまた偶然ではなく確信犯というから困ったものだ。

 パクリは程度の問題だし、それが行き過ぎると批判されるが、微妙なのはネタの使い回しである。これはもの凄く難しい問題で、例えば先週放送された「VIKING」(フジテレビ)などはどこからどう見ても「SASUKE」(TBS)なのだが、TBSの人気番組だった「筋肉番付」の諸事情による終了に伴い、プロデューサーも含め同じ制作スタッフがフジテレビで復活させたという経緯がある。これを「パクリ」と言うのは間違いだし、面白い番組が局の都合で終了することは多いから、こういった復活は視聴者にとってもありがたいことではある。

 でも、それは事情を知っている人間(この番組の経緯に関してはマスコミなどで発表済み)だから言えることであって、何も知らずチャンネルを合わせた人にとっては「VIKING」は「SASUKE」のパクリにしか見えないだろう。ここが「もの凄く難しい問題」という部分で、もちろん「VIKING」の場合はスタッフも同じだというはっきりした背景があるのだが、背景や事情によってパクリかどうかと判断するのはとても危険で、つまり「パクリ」と思っても何か事情があるかもしれないなんてことを言いだしたらキリがないってことなのだ。

 そもそも番組の背景や事情などは一般の視聴者に関係のない話である。いくらそれをマスコミで発表しようが、その発表を知らなければ内容を誤解するというのはいかんだろう。もし「VIKING」が「筋肉番付DX」といったタイトルなら、事情を知らなくてもパクリだと思わないだろうが、タイトルが違って中身が類似しているのではやはり「パクリ」と思われても仕方ない。

 もちろん私は「VIKING」がパクリだと言っているわけじゃないし、番組の内容や姿勢に多少の疑問はあってもがんばっているなと思う。でも、やはりネタの使い回しは慎重であってほしい。なぜならテレビは視聴者という「一見さん」を相手にしている以上、「パクリ」と思われる危険がいつもつきまとっているからだ。番組制作の裏話や事情はあくまでも制作者側の都合でしかない。視聴者は出来上がった番組のみで判断するし、それが良くも悪くもテレビだと思う。

ジンギスカンとスープカレー

2005-08-06 | たぶんテレビ以外のこと
 北海道の名物であるジンギスカンやスープカレーが全国で人気だ。地方の名産が全国的なブームになるのは、かつてのモツ鍋や讃岐うどんなどもあって珍しいことではないし、「午後は○○思いっきりテレビ」などの健康番組?で取り上げられたココアやゴーヤ、寒天などの食品がブームになるのもよくあることだ。今回のジンギスカンなども「ヘルシー」ということで人気があるらしい。

 でもジンギスカンやスープカレーのブームは、いままでとちょっと違うような気がする。というのも、いままでのブームは「テレビから火がついた」とか「○○という雑誌で紹介された」といったように、ブームの火元がある程度はっきりしていたのだが、ジンギスカンやスープカレーはそこがイマイチはっきりしない。これは最近の沖縄ブームにも同じ臭いを感じるのだが、テレビや芸能界といった「業界」の人間から人気が広がっているような気がするのだ。

 最近よく目にするが、これまでだったら東京だけで活動していたタレントや俳優が、地方のローカルテレビで活躍していることがある。たとえば関西でも、ちょっと前までは関西在住のタレントばかりで制作されていたテレビ番組に、東京のタレントがレギュラーとして登場していたりする。一時期、俳優などがやたらとテレビショッピングに登場していた時期があったが、それが落ち着いたなと思っていたら、いまではローカル局に全国区のタレントや俳優が出演しているという状況だ。

 また、業界人が沖縄に別荘を構えるという話もよく耳にする。島田紳助のように石垣島に店をオープンしたり、宮本亜門のように自宅を移した人もいる。それ以外にも、休日のたびに沖縄へ出かけるという人は多いし、沖縄に住む業界人に誘われて出かける人も多い。もともと沖縄は本土の人間が移り住むことの多い場所だが、業界での沖縄ブームは加熱する一方だ。

 何が言いたいのかというと、業界の人間が地方に出かける機会が増え、出かけた先で気に入った食べ物や名産を東京に持ち帰っているのではないか、ってこと。つまり仲間内で流行っているものが一般社会に流出しているんじゃないかと思うのだ。これはかなりいい加減な推測だけど、徐々に浸透したとか誰かが火を付けたってことじゃなくて、メディアの中にいる業界人からこぼれてきたブームなんじゃないだろうか。

 というのも、スープカレーのブームって間違いなく大泉洋が一役買っていると思う。大泉洋というのは北海道在住のタレントで、北海道テレビが制作した深夜番組「水曜どうでしょう」に出演し人気者になった人だ。この「水曜どうでしょう」という番組は全国で再放送され、日本中に数多くのファンがいて番組のDVDは数万枚も売り上げるという怪物番組である。

 で、「水曜どうでしょう」に出演する大泉洋が「100%スープカレー」というDVDを発売したり、「本日のスープカレー」という本を出版していて、とにかくスープカレーをイチオシする。そして「水曜どうでしょう」という番組は、業界にファンがやたらと多い。最近はずいぶん冷めてきたみたいだがそれでも多い。そんな彼らがある時期から急に「スープカレー食べた?」と聞いてくるようになった。それも大泉洋がスープカレーをPRするようになった時期だ。おいおいおい、まさかって感じ。

 いや、もちろんこれらは単なる妄想なんだけど、業界の人間が個人的にローカルと接点を持つ機会が増えているのは確かだ。それが仕事に反映され「ローカルテレビ特集」や「ローカルの魅力」といった記事や番組に繋がっているように思う。ジンギスカンやスープカレーのブームは、そういった流れから生まれているんじゃないかなんて、ふと考えてしまうのである。

 ちなみによく言われる」「ローカルの時代」って言葉は嫌いだ。ローカルにしかないものはあるが、だからといってローカルだからいいってわけじゃない。当たり前だけどね。

 ・・・なんだか支離滅裂な文章だなあ。

永岡洋治衆議院議員の自殺

2005-08-03 | 世の中のこと
 永岡洋治衆議院議員の自殺をめぐって、自民党内で中傷合戦が繰り広げられている。特に見苦しいのは亀井静香議員を代表とする郵政民営化法案の反対派たちで、亀井派幹部の平沼赳夫議員は「郵政法案で党執行部からプレッシャーを受け、自らの政治信条を強引にねじまげられたことで、相当悩んでいたと思う。執行部のやり方の犠牲者ではないか」と記者団に語っている。

 永岡議員は衆議院議員であり、衆議院ではすでに法案が採決されている。いまさら党執行部からプレッシャーを受けるとは考えにくいから、これは郵政民営化法案に反対する議員たちや、後援団体からの非難がプレッシャーになったと思うほうが自然だろう。いや、そもそも遺書が残っていないのだから自殺の動機をあれこれ推測しても意味がない。それよりも、今回の事件で改めて考えなければならないことがある。それは国会議員と有権者の関係だ。

 みなさんはおかしいとは思わないだろうか。国会議員は日本国憲法43条により「全国民を代表する選挙された議員」であると定義されている。つまり一部の地域や団体の代表ではなく、国民全体の代表であるということだ。しかし今回のように法案に賛成しろと党に命令され、派閥からは否決しろと指示され、賛成票を投じたら同僚議員や後援団体から非難を浴びるというのは、憲法の定める国会議員の姿とあまりにもかけ離れている。政治が奇麗事ではないのはもちろんだが、だからといってこういった状況を認めてしまうのは問題だと思う。

 そもそも憲法に明記されている「全国民を代表する」というのは本当に正しいのだろうか。よくいわれるように、国会議員とは私たち国民の代表者なのだろか。私はそうは思わない。民主主義は国民が政治に参加することで成り立っているが、私たちは日々の仕事や生活に手一杯で、政治にかかわっている時間も労力もない。また現代の政治は非常に複雑なため、一般の国民が参加し判断できるようなレベルではなくなっている。そこで私たち国民は政治を専門に行うという役目を議員に与えている。つまり国民は本来自分たちが行うべき「政治」という仕事を国会議員に代行させているのであり、国会議員に限らずすべての議員は国民の「代理人」にすぎないのである。

 議員を国民の「代表」ではなく「代理人」と考えると、代理人でありながら国民よりも優遇されていたり、特定の支持団体の意向に沿った活動など認められるわけがない。ましてや国民が議員を「先生」と呼んで敬ったり頭を下げる必要もない。永岡議員の自殺にどのような理由があったのかはわからないし、死者に鞭を打つような真似はしたくないが、少なくとも代理人が自殺によって職を辞するなどというのは、絶対に許されない行為といえるだろう。

 党を作ろうが派閥を作ろうがそれは自由だ。そして党が意見をまとめたり、派閥単位で政治活動を行うことがあってもいい。しかし彼らには自分が国民の「代表」ではなく「代理人」にすぎないという自覚があるだろうか。「先生」と呼ばれてふんぞり返っている議員たちを見るたびに、そして国民を無視して自殺する議員を見るたびに、そんなことを思い少しだけ憂鬱になってしまうのだ。

韓国TVで丸出し生中継

2005-08-02 | たぶんテレビ以外のこと
 「笑い」について語ることほど寒い行為はないが、それをわかってあえてこの話題を。

前代未聞の“チン事”韓国TVで丸出し生中継 (サンケイスポーツ) - goo ニュース

 記事によると『インディーズバンド「RUX」が演奏中、一緒に舞台に上がっていた仲間のバンド「カウチ」のメンバー2人が、突然ズボンを下ろし、1人は全裸で舞台を走り回り、もう1人もズボンをほぼ全部おろしてダンスを踊った。カメラがなかなか切り替わらなかったため、約5秒間にわたって全国に放送されてしまった』らしい。本人たちによると『生放送とは知らなかった。面白くしようと思っただけで、こんなに問題になるとは思わなかった』『ただ自分が楽しくなってやってしまった』そうだ。なんだかなあって感じだが、同時に「韓国でも同じか」と思ってしまった。誤解されると困るが、私は「生放送中に脱ぐという笑いがなぜわからないのか」と言っているのではなく、「面白くしよう」と思って生放送中に脱ぐセンスに呆れているのである。

 日本では「お笑いブーム」と言われ多くの芸人がテレビに登場しているにもかかわらず、世間の「笑い」に対する理解は驚くほど低い。もっと簡単に言ってしまえば、これだけ「笑い」が氾濫しているのに世間では「笑い」をよくわかっていない人が多い。これは年齢とか性別に関係なく、お笑い好きを自称する若い人でさえ「笑い」をわかっていないことがある。冒頭の「同じ」というのは、そういった「笑い」に対する理解不足が韓国も同じなのだなってことだ。

 「笑い」をわかっていない人が多いというのは、たとえば先月放送された「27時間テレビ」(CX)で行われた系列局による応援中継によく現れている。カツラをかぶったり髭や眼鏡をつけ、賑やかに笛や太鼓を鳴らして「がんばれー!」とやっているアレだ。27時間テレビというお祭りだから賑やかにやろうっていうのは当然だけど、その結果がカツラや付け髭ってなんだいったい。各局の代表者も同じで、代表者選考の段階ではダイビングの格好をしてたり、新体操の格好をしている人もいた。自分の特技をアピールするためとはいえ、面白い格好をすれば面白いと思ってもらえるというセンスは明らかに「痛い」。これはテレビだけではなく、花見や忘年会、コンパなど盛り上がる席でも「面白い格好をすれば面白いと思ってもらえる」と勘違いしている人をよく見かける。

 じゃあ「面白い」ってなんだ、と言われると答えに困るが、かつて「パペポTV」(よみうりテレビ)という番組で、上岡龍太郎が「笑い」についてある主張をした。正確に覚えているわけではないが、上岡は「笑わせるためなら何をやってもいい。たとえば客席でお客さんの身体をくすぐってもいい」と発言し、その後にこう続ける。「でもそんなことやっても客は笑わないですよ。笑いというのは芸人と客の信頼関係がないと成立しないですから」と。つまりお客さんに「この人は面白いことをやってくれる」という「期待」を持たせ、その「期待」に応えることで生まれる信頼関係が「笑い」の基礎で、この基礎がないまま笑わせようとしても無理だ、というのが上岡の主張だ。もちろんこの主張に疑問はあるが、「笑い」に対する一つの考えとして韓国で起こった騒動に当てはまると思う。

 ステージを「面白くしようと思った」からといって脱ぐというのは、明らかに感覚がズレている。なぜなら観客や視聴者は脱ぐことを「期待」していないからだ。もし「カウチ」が普段から”脱ぎキャラ”だったら、おそらくみんな脱ぐことを「期待」してただろうし、その「期待」に応えて脱げば盛り上がっただろう。しかしそういった「期待」がないまま脱いでも面白いわけがない。もしかするとハプニングの面白さを狙ったのかもしれないが、ハプニングは本人を含め誰も予測していないか、もしくは数年前の「27時間テレビ」で起こった笑福亭鶴瓶の「開チン事件」のように、「何かハプニングが起きるんじゃないか」と視聴者が「期待」するような状況じゃないと面白くないだろう。

 これだけではなく、流行っているギャグを言って笑わせようとか、変わったことをやれば個性的に見えるだろうといったように、「笑い」をよくわかっていない人は多い。そしてそれは受け手との関係を無視した結果である。受け手に媚びるのは良くないが、だからといって受け手を無視して「俺は面白いでしょ?」とアピールされても困るってことだ。いずれにせよ、一番痛いのは独りよがりな「お笑い」論を書いている私だが、そんな私が呆れるような「笑い」じゃいかんだろうと思う。

東アジア選手権

2005-08-01 | やっぱりテレビのこと
 いや、だから「東アジア選手権」ってなんだいったい。東アジアの王者を決めるらしいが、東アジアで一位になると「王者」なのか。どんな王者だそれは。ひよこ番長みたいなものか。

 先日の北朝鮮戦について、スポーツ新聞などを中心に「惨敗」「情けない」とあれこれ言われているが、これってそんなに怒ることなのだろうか。だって東アジア選手権というのは、東アジアサッカーのレベルアップや、放映権料などの収入分配によって弱小国の救済を図ることなどを目的としている大会で、いわば東アジア4カ国の親善試合。そりゃ優勝するほうがいいけどだからって日本代表の総力を挙げて戦うような大会じゃない。たとえるならリーグに関係なくガンバとセレッソ、ビッセル、パープルサンガが「関西王者」を決めているようなもの。そう考えるとはたして大会自体が妥当か、と疑問視されてもいいくらいだ。

 今回の試合で闘争心の低さや凡ミスの多さ、失点に繋がった判断ミスなど多くの問題が露呈した。しかしそれらの原因はほとんどが技術不足ではなく、緩慢なプレーに象徴されるモチべーションの不足だったのは明らかだろう。そして「東アジア選手権」という親善大会で、選手に「モチベーションを高めろ」というのは無茶だと思う。ましてや国内ではシーズン真っ只中だし、選手の疲労もピークにきていて怪我をしやすい状況だ。もちろん選手たちが手を抜いていたとは言わないが、後先を考えなくていい北朝鮮と違い、リーグはもちろんワールドカップのレギュラー争いも熾烈な日本選手が、こんな試合で怪我をしたくないと消極的になるのは当たり前かもしれない。

 ワールドカップ出場の決まった日本にとって大切なのは「王者」という地位ではなく、日本代表が抱える問題点を解消するための人材や戦術をテストすることだろう。ジーコ監督もそのつもりで、当初から海外組の召集をせず若手を集めた。勝つことは大切だが、それよりもこの大会はワールドカップに向けた準備の一つだってことだ。そして低くなりがちな選手のモチベーションも考えて、監督を含む首脳部がこれまでの日本代表にはない様々な実験を行ってチームに元気を与えるべきだが、「東アジアの王者」という地位をあきらめることができず、結果として本来の日本代表に及ばない選手構成で、なおかつ戦術はこれまでどおりという試合になってしまった。

 でもこれってジーコ監督だけの責任じゃないかもしれない。なぜなら東アジア選手権を中継するテレビ朝日が、この親善試合を特別な大会であるかのように煽っているからだ。昨日の中継でも「地域のNo.1を決める大会は世界のどの国も重要視している」とアナウンサーが語っていたが、それはアジアカップやヨーロッパカップといった、ワールドカップ予選の区分に近いレベルで行われる大会のことで、東アジア選手権みたいな小さな、それも親善試合に力を入れる国なんてない。けれどそれじゃあ盛り上がらないし視聴率も獲れないので煽っているだけだ。この状況に協会もジーコ監督も配慮してるんじゃないかと思うのは勘ぐりすぎだろうか。

 どんな試合だろうが勝つほうがいいし、誰だって負ける試合は嫌だ。でも東アジア選手権のような大会で一喜一憂するよりも、ワールドカップに向けてどのような実験を行うかに注目したほうがいいと思う。昨日の試合で批判すべきはそういった実験がなかったこと、つまりワールドカップへの準備が進んでいないってことで、これは誰が失敗したとかどこが悪かったなどという以前の問題だ。

 勝った北朝鮮は喜んでたけれど、それを見て悔しがるっていうのはワールドカップの決勝トーナメントを目指している国の態度じゃない。目先の勝利もいいが、ワールドカップまであと10ヶ月しかないのに、こんな大会で勝った負けたと騒いでる場合じゃないだろう。日本にとって東アジア選手権は「絶対に負けられない戦い」ではない。本当に「負けられない戦い」は1年後のドイツなのだ。

小泉総理のこと

2005-07-31 | 世の中のこと
 日曜日の午前中は政治の時間だ。誰が決めたのか知らないけれど、少なくともテレビはそうなっている。朝から政治家の脂ぎった顔が登場するなんてどうかと思うが、そういった不快感よりも政治が大切だってことだろう。それとも日曜の朝は寝坊する人が多いから、みんなが見ていない時間に出演させちゃおうってことか。

 そんな政治家がいまトレンドにしているのが「郵政民営化法案」だ。なんでも参議院で否決されたら衆議院が解散して総選挙になるらしい。そんでもって民主党が公明党と組んで政権を獲るそうだ。国民の多くは「反自民党政権」じゃなくて、「良い自民党政権」を望んでいることにあまり気づいていないようだが、まあそれはそれとして、法案が否決された場合に小泉総理がどんな手段に出るかが与野党含めて注目されている。

 小泉総理の言動や行動を「不可解」という人は多いし、「いままでの政治家とは違う」と思っている有権者も多い。でも小泉総理って典型的な自民党の政治家で、政治にまったく興味がない人だと思う。たとえば郵政の民営化にこだわるのは特殊法人への資金流入を抑えて族議員を弱体化させるためで、靖国神社参拝は遺族会や保守系宗教団体の支持を取り付けるためと考えると、一見不可解な小泉総理の言動や行動が「なるほど」と思えてくる。彼の言動や行動はすべて「いかにして自民党内で権力を握るか」の一点に集約されていて、「自民党をぶっ壊す」とは橋本派中心の「自民党」のことじゃないだろうか。

 そういえば小泉総理は就任後、一貫して最大派閥の橋本派弱体に全精力を注いできた。ハンセン病患者への謝罪や北朝鮮の訪問といった国民へのわかりやすい人気取りを行いながら、一方では橋本派の重鎮だった野中議員を引退に追い込み、若手No.1だった鈴木宗雄議員を離党させた。小泉総理のやっていることは古い自民党の手法そのままなんだけど、世間では古い自民党の体質を変えたとしてヒーロー扱いされたのが不思議だ。

 そんな小泉総理なので、郵政民営化法案が仮に否決されたとしても「じゃあ解散します」とは言わないと思う。もし解散するなら、これまで抜かなかった「8月15日の靖国神社公式参拝」という伝家の宝刀を抜くかもしれない。そして中国や韓国の反日運動に対する日本国民の嫌悪感を背景に総選挙へ持ち込む。こんな状況では民主党や自民党の反小泉勢力もびびってしまい、結局は小泉総理の一人勝ちってところだろうか。そして安倍晋三議員を幹事長に戻し、次期総理は安部新総理で自分は院政ってオチ。

 なんだかものすごく安っぽいドラマのストーリーみたいだけど、もしかすると案外これが当たっているかもしれない。とにかくあと2週間ほどですべてがわかる。それまでは朝っぱらから政治家の顔がテレビに映ってても我慢しようと思う。

罪深きジャーナリズム

2005-07-29 | やっぱりテレビのこと
 数日前のことだけど、テレビをつけると木村太郎が台風中継をやっていた。場所は覚えていないが、港の岸壁で荒れ狂う波をバックに立っていた。「スタッフには迷惑をかけていますが」と言いながら。まあ確かに迷惑だ。でも自分でわかっているなら、なぜ木村太郎はこんな中継を観光したのか。あ、間違えた。「観光」じゃなくて「敢行」だ。どっちでもいいけど。なんか観光っぽいし。

 かつて「ニュースステーション」の司会者だった久米宏は、スタジオに座ったまま現場に行かないと批判されていた。そういう姿勢は報道番組のメインキャスターとしてふさわしくない、というわけだ。テレビには妙なジャーナリスト信仰があり、報道番組に携わる者はすべてジャーナリストでなければならず、そしてジャーナリストはすべからく現場に向かうべし、という「現場至上主義」があるようで、普段はスタジオにいても大きな事件や事故が起きると現場に行って「自分はジャーナリストだ」とアピールする人が多い。

 もちろん現場取材は大切だが、それによって見えるものもあれば、見えなくなるものもある。それは大きな事件になるほど顕著で、例えばイラクで被害者の姿や瓦礫と化した町並みを見て戦争の悲惨さを体験したために、さまざまな要素が複雑に絡み合っている「戦争」を感情だけで判断してしまったりする。本来、一人の人間が体験できる「事実」は限られているのだが、ともするとその限られた「事実」を「真実」だと勘違いしがちだ。

 そもそもジャーナリストにとって現場取材は基本ではあるがすべてではない。しかし「現場に行った」という事実はかなりの力があって、「私はこの目で見てきました」という一言を付ければ何を言っても許されてしまうのが現状だ。特に最近は「現場に行った」という肩書きを使って自分の発言を正当化することが目的の”自称”ジャーナリストもいて、こうなるともはや取材ではなくアリバイ作りと呼ぶべきかもしれない。

 最初に「なぜ木村太郎はこんな中継を」と書いたが、実は中継のときに「現場で台風のすごさを身をもって体験してお伝えしたい」と動機を語っていた。ジャーナリストを自負する木村太郎としては、現場に出向くことは当たり前の行為なのかもしれないし、もしかすると自分がいまだ現役であることをアピールしたかったのかもしれない。それは理解できる。

 しかし私が「なぜ」と思ったのはそんなことではなく、どうしてジャーナリストが「現場」として台風中継を選ぶのかってことだ。だって台風中継なんて研修を終えた新入社員がやらされる仕事だろう。「現場をこの目で見ました」と前置きしても石原良純くらいしか感心してくれないし、それにすぐいなくなっちゃうぞ台風なんて。ネタとして使えるのは2日程度でアリバイ作りにもならない。それなのに台風中継を選んだ木村太郎。彼を見ると、ジャーナリストの現場至上主義ってつくづく罪深いなあと思う。もしかすると何かの罰ゲームだったのかもしれないけど。

タレントのススメ

2005-07-28 | やっぱりテレビのこと
 テレビには歌手や俳優といった芸能人はもちろん、評論家や大学教授などさまざまな人間が登場するが、もっとも人材が不足しているのはタレントだと思う。「人材」というのは「才能や人気がある」という意味ではなく、単純に数のことで、特に20代の男性タレントが圧倒的に不足している。

 こんなことを言うとちょっと意外かもしれない。だってバラエティ番組にはたくさんのタレントが出演しているし、むしろ余っているようにすら見えるからだ。でも「タレント」を「テレビのバラエティ番組を中心に活躍する芸能人」とするなら、グラビアアイドルが続々と流入し人材豊富(あくまでも人数)な女性タレントとは対照的に、20代の若手男性タレントはそのほとんどがお笑い芸人であり、純粋な意味で「タレント」と言える人間の数は驚くほど少ない。もちろん若手芸人がタレント活動をするのは自由だが、テレビとしてこういう状況はマズイなあって感じだ。

 あくまでも想像だが、テレビ、特にバラエティ番組の出演者には年齢や職業の出演枠がある。例えばトークバラエティの場合、単純に人気のある人を集めるということはせず、俳優やスポーツ選手、アイドルや文化人といったように、多くの視聴者を引きつけるため出演者の顔ぶれを分散させる。そしてそれぞれの数もある程度決まっていて、俳優ばかりとかアイドルだらけということはほとんどない。「踊る!さんま御殿」や「ダウンタウンDX」を思い浮かべてもらえばわかるだろうか。

 そう考えるとお笑い芸人がタレントをやっているのは非常に困る。それは現在の人気若手芸人というのはほとんどがコンビで、一組出演すれば二つの席を占領するからだ。おまけにコンビはボケとツッコミに分かれていて、司会者がいじりやすいボケに比べてツッコミは活躍する機会が少ない。というか司会者という「ツッコミ」が存在する番組で、それ以外のツッコミは邪魔だ。そのため極端に言ってしまえば、若手男性タレントの席を四席用意しても、実際には二組のお笑いコンビしか存在せず、仕事をしたのは一人だけなんて状況が生まれてしまう。いや、ちょっと遠慮して「極端」なんて付けたけど、実はこういうのってよく見る光景じゃないだろうか。

 一人で活動している、いわゆるピン芸人を呼べばいいようなものだが、彼らは特定の持ちネタで活動している場合が多く、あまりトークが得意じゃない。なので、一人でトークをして場を盛り上げるタレントをテレビは求めているのだが、勝俣州和や出川哲朗、伊集院光など30代のタレントばかりというのが現状である。若い20代のタレントとして伸びているのはウエンツ瑛士くらいしかおらず、依然としてテレビ界はタレントの慢性的な人材不足なのだ。

 でもタレントってどうすればなれるのだろう。芸人のように学校があるわけじゃないし、芸能事務所に入っても、タレントってわかりやすい一芸に秀でているわけではないから売り込みはしてくれそうにない。だいたい売込みなんかできるのか。「うちの新しいタレントです」って言われてもなんだかよくわからないぞ。そう考えるとタレントって不思議な存在だ。だから不足しているのかもしれない。

ハローキティ

2005-07-27 | やっぱりテレビのこと
 「はろうきてぃ」はないだろうが「はろうきてぃ」は。いや、別にあってもいいのか。いいかも。いやいやいやいや、やっぱり「はろうきてぃ」はないと思うぞ。

 なんのこっちゃって感じだが、名古屋場所千秋楽で行われた朝青龍と栃東の取り組み前に、たくさんの懸賞が紹介された。懸賞幕を持って土俵を一周するあれだ。で、その中に「ハローキティ、相撲コラボ展開中」って何度も館内にアナウンスされながら、「はろうきてぃ」って文字の入った懸賞幕が9本も登場したのだ。個人的には永谷園の時に「梅茶漬けの永谷園。鮭茶漬けの永谷園」って懸賞の数だけアナウンスが違ったのも興味深かったが、それよりも「はろうきてぃ」だ。ついに大相撲もやられたか。

 ハローキティは以前から大相撲にアプローチをかけていた。今年の初場所からは、国技館限定でハローキティの大相撲グッズが発売されている。でも懸賞に関しては「女性は土俵に上がってはいけない」と相撲協会から断られていたそうだ。そもそもキティが女性かどうかってことが問題じゃないし、もはや洒落た断り方なのかとんちんかんなのかすらわからないが、まあいい。それがいつの間にか今場所から「猫だからいいじゃん」ってことでOKになったらしい。

 ファンの人たちには申し訳ないが、ハローキティは他のキャラクター商品とは明らかに違う。なんというか、「商売しまっせ」って感じが露骨だ。1050万円のキティ像とか、577万5000円のペンダントという高額グッズもさることながら、種類も総数も定かでない全国各地のご当地キティや、シールを貼ってるだけにしか見えない電子レンジなどの家電グッズにいたるまで、夢を与えるキャラクターがここまであからさまに商売を押し出していいのかって思う。それともこういう「商売人(猫)キャラ」なのかハローキティは。そこがかわいいのか。よくわからないがとにかくすごい。

 そしてとうとう大相撲もハローキティの猛攻に陥落した。「女性だからダメ」っていうのが「猫だからOK」に変わるところなんて、どうやらキティは政治力もありそうだ。売込みとか料亭でやってるのかもしれない。このままだと何年か後には新紙幣が「ハローキティ」になっててもおかしくない。すでにハローキティのクレジットカードだってあるから金融も得意だ。ハローキティだからって「いくらでも貸してあげるよ」「返すのはいつでもいいよ」なんて言ってくれない。実質年利28.8%でしっかり取り立てられる。ハローキティっていろんな意味で怖いぞ。

 ちなみに千秋楽では47本の懸賞がかかったが、その中には噂の「ちゃんこダイニング・若」もしっかりあった。なんか抜け目ないというか商魂逞しいところが、若もハローキティも似ている。

ある夜の出来事

2005-07-26 | やっぱりテレビのこと
 それは突然だった。いやもう、いきなりって感じ。

 カタカタカタカタカタ・・・・・

 何の音だ、と思いながらキーボードを打ってたけど、どうにも音が気になって仕方ない。耳を澄ますと足下から聞こえる。カタカタカタカタ・・・。足下ってPCしか置いてない・・・って、ま、まさか。

 うわあ、PCから音が出てる。

 普通はPCからカタカタなんて音は聞こえない。最近は「静音」ってのが流行ってるけど、電源やケースのファンがうるさいとかそんな話で、「気になるカタカタ音をシャットアウト」なんて商品は見たことないし聞いたこともない。じゃあなんだこの音は。そりゃハードディスクがヤバイってこと。

 マジっすか。



 やっぱり音がしてる。それもかなり大きな音。まずいじゃんヤバイじゃん最悪じゃん。とりあえず落ち着け俺。そうだタバコでも吸おう。プカプカプカプカ・・・。よ、よし。ちょっと落ち着いたぞ。とりあえずPCには3台のハードディスクを入れている。C、D、Eドライブってわけだ。文章を打っているだけだからDドライブとEドライブにはアクセスしてないはず。ということはCドライブ、つまりシステムドライブだ。まじっすか。

 あ、ちなみにOSはウィンドウズね。

 とにかくCドライブが生きているうちに、データを引っ越さなきゃいけないと、あわてて残りのドライブにデータ移動。プログラムは再インストール可能だからどうでもいい。あれこれ欲張ったら危険が増すばかり。二兎を追う者は一兎を獲ずって言うし、大きな葛籠を選んだら中がゴミだったっていう話も聞いたことがある。おお、なかなか冷静だぞ俺。

 そんなこんなでデータを移して、さっそくハードディスクを入れ替えるため内部を覗く。しかしここでちょっと疑問が湧いた。本当にCドライブから音が出ているのか、と。そういえば確かめていない、じゃあ確かめようってことで、PC内部のあちこちに耳を近づけてみた・・・って、ものすごくハッキリ電源ボックスから音がしてるんですけどこれはなぜ。とりあえず電源を切った。音もしなくなった。顔を近づけて電源ボックスを覗き込む。



 なんか足りなくねぇ?(by トータルテンボス)

 電源ボックスを取り外してみたよ。



 えーっと、何が原因かよくわからないが、電源ファンがダーツの的みたいなカバーに当たってカタカタ鳴ってた、と。その音をハードディスクからだと勘違いして大騒ぎしていた、と。つまりこういうことか。ああそうかそうかそういうことか。なるほどなるほどうんうん。

 暴れていいかな。

FNS 25時間テレビ 6

2005-07-25 | やっぱりテレビのこと
 「FNS ALLSTARS あっつい25時間テレビ」の感想。第6回は、エンディングの感想と全体の総評。

■「エンディング」

・山中アナがゴール。彼が異動されようがアナウンス部に残ろうがどっちでもいい。大人気のアナウンサーってわけじゃないし、面白がっているのはフジテレビだけではないのか。おまけに時間内で悠々とゴールして、「愛している人は」という質問に答えたら異動撤回というハードルの低さはどういうことか。確かにあの年齢で走るのは大変だったろうが、これでは感動などできないし、パロディとしても成立していない。単なる社内行事だ。

・恒例の新人アナウンサーによる提供コールに、山中アナの温情として青木さやかが参加。もしさんまや紳助、ダウンタウンが司会だったら、フジテレビはこんな失礼なことは絶対にしないだろうから、青木さやかもとことんナメられたものだ。まあ自業自得か。テレビを見ていた多くの芸人は、新人アナ扱いされ嬉々として提供を読み上げる青木をどう思うだろう。これまで青木のはしゃぎっぷりを半ば呆れつつ批判してきたが、一番危惧していた結末を迎えた。

・笑福亭鶴瓶の演説。ライブドア騒動を踏まえ、みんな面白いものを作ろうと一所懸命がんばっているんだと主張をするけど、意味がよくわからない。テレビ局の人間はテレビを作るプロだ。イチローや松井が「毎日素振りをしているので応援してください」とは言わないように、プロが結果のために一所懸命がんばるのは当然のことじゃないのか。「がんばっている」ことをアピールして何を評価してもらい、何を許してもらおうと思っているのかしらないが、少なくともそれはプロのやることじゃないだろう。おまけに自分たちのやりたい企画をやると言って始めた25時間テレビのラストが、社員ではない鶴瓶の言葉っていうのはずるい。

・一連の逃走劇を「コントだ」と語る笑福亭鶴瓶。そしてこういうやり方を認めたフジテレビは凄いとも。いやいや、コントとかマジとかそんなことじゃなく、「面白い」というレベルに達しないまま中途半端に進行したのは明らかに失敗ではないのか。少なくともいままでだったら何が起こるかわからない不安定感の中で成立していた鶴瓶のロケと、今回のような予定調和のなかで進む逃亡劇は同じではない。紳助が「これはどうなったら成功やねん」と疑問を呈し、さんまが「何がしたいねん」と苛立ったのはそういう意味だと思う。

■スペシャルドラマ「THE WAVE」

・テロリストの首謀者が笑福亭鶴瓶だったというオチ。まあ鶴瓶が逃走し番組に混乱を与える現実と、テロリストによってテレビ局が混乱するというドラマのストーリーがリンクしていたので早い段階に予想できたが、ドラマ内でさんまが他局に助けを求めた場面と、鶴瓶によるTBSへの乱入が重なっていたように、もう少しはっきりドラマと現実の関係を表に出した方がよかったと思う。切れ切れの放送だから、よくわからなかった人も多いんじゃないだろうか。


【総評らしきもの】

 7月18日にも書いたけど、テレビはくだらなくて子供だましで下品だからこそ面白い。でもそれはいい加減にやるってことじゃなくて、いろんな制約はあるだろうけど、面白くするために全力を尽くさなきゃだめだと思う。

 フジテレビは「今年はあらためて”楽しくなければテレビじゃない”、そして”テレビはハートで作るもの”という決意をもって「25時間テレビ」をお届けします。FNS系列全テレビ局員がテレビを楽しくするために全力を尽くします」と今回の意気込みを語っている。でも実際には、「鶴瓶の逃亡」という自称「コント」に、社内運動会のような中年アナウンサーのマラソン、顔も名前も知らない系列局の代表が競い合うトリビアなど、視聴者に伝わらない「面白い」企画だらけだった。唯一視聴者の視点に立ったのが、プロの技術を披露した「さんま・中居の今夜も眠れない」と、芸人たちが身を削った「真夜中の大かま騒ぎSP」だけっていうのはどういうことだろう。

 なんだかなあ、「面白い」っていうのは自分たちだけのことじゃなくて、テレビを見ている視聴者にとっても「面白い」ものでなくちゃいけないと思う。こんなこと私が言うのも恥ずかしい自明のことなんだけど、はたしてフジテレビはそれを考えていたのだろうか。ライブドア騒動のおかげで、フジテレビは「テレビって何だ」ってことを考えたのだろうし、その結果として「自分たちのやりたいことをやろう」っていう方向はわかるけど、そこに視聴者がいないんだったら、そんなものはテレビじゃない。

 つまらないとか面白いとか、そういうことよりも、フジテレビの「面白いテレビ」って自分たちだけのことなんだなと驚き、だから菊間アナの騒動が起こったりするのかと納得した27時間だった。

※補足

 ライブドアの堀江社長がフジテレビに登場したって話題になったけど、そのライブドアがこんなニュースを掲載しているほうが気になる。フジテレビでは秋頃に何本かの番組が経費削減を理由に終了するようだけど、その布石として掲載しているような感じ。テレビって面白いね。

・フジ菊間アナら有名女子アナは超高額給料!
・合コン女王、千野パンの今は?
・テレビ局はどこまでジャニーズに媚びるのか?

FNS 25時間テレビ 5

2005-07-24 | やっぱりテレビのこと
 「FNS ALLSTARS あっつい25時間テレビ」の感想。第5回は、12:25頃~19:30頃まで放送された「FNSあっついテレビ局決定戦 第三回~トリビアの温泉」「真夏の爆笑ヒットパレード」「明石城スペシャル」「FNSあっついテレビ局決定戦 準々決勝・決勝」について。

■「FNSあっついテレビ局決定戦 第三回~トリビアの温泉」

関根勤今田耕司が参加。細かいところを面白がるのが得意な関根と、二度目の参加になる今田耕司が揃ったのは心強い。福島テレビの代表女性が登場したとたん、美人だという理由でくりぃむしちゅーの有田と今田がボタンを押して得点を入れ始める。ここにきて、やっと各局の代表者にもっとキャラ付けをしなきゃいけないと思い始めたようだ。大分放送の代表者が登場したときは、今田や有田はもちろんのこと関根や柴田理恵までが得点を入れて「その髪型はおかしい」とコメント。このように代表者が登場するとしばらくいじってキャラを作るのは正解だと思う。ウナギ屋のオカマ息子は秀逸。やはりこういう人が出てくると盛り上がる。

■「真夏の爆笑ヒットパレード」

・元旦に放送されている「爆笑ヒットパレード」の夏バージョン。司会として内村光良が参加。こういうネタ番組で内村は最も司会に適している。彼は笑いの守備範囲がとても広い。どんなネタだろうが、必ず面白い部分を見つけて爆笑できるのが内村の才能であり、それは「内村プロデュース」(テレ朝)でもいかんなく発揮されている。ただ、内村の青木さやかに対する「どうしてお前はアナウンサーのマネをやってるんだ」という冷めた目がとても印象的だった。そして青木のギャグである「どこ見てんのよ!」を、青木に対して行うという厳しさ。最終的に青木は東京ダイナマイトの松田大輔とネタを行うが、女子アナごっこではしゃぐ青木を見る内村のいらだちは気のせいか。

・内容についてはネタ番組のため感想はなし。気になったのはネタには季節があるだろうということ。アンタッチャブルの合格発表ネタは真夏にやるものではないと思う。

■「明石城スペシャル」

・導入部の城内セットと、大喜利である「マシュマロヘッドパーティ」に分けて感想を。まず導入部だが、ここはヒロシが主役だった。スペシャルドラマ「THE WAVE」の撮影で、ヒロシの演技に困ったという話題をさんまが披露。それにヒロシが答えていくというパターンが続く。一発屋と思われがちなヒロシだが、テツ&トモや波田陽区などと違い、ヒロシは一発屋ではないと思う。なさけないというキャラを生かしながら、さんまの話に受け答えするヒロシは明らかにトークが上手いし、R-1グランプリでいつもの「ヒロシです」ではなく、以前単独ライブで披露した「どうすれば、どうすればモテますか」という新ネタをぶつけるなど、彼の見かけと本質はかなり違う。

・逃走中の鶴瓶とさんまのやりとりで、やっと鶴瓶の顔に笑顔が戻る。苛立ちながら「早く帰ってこい」と言うさんまと、それをとぼけてかわす鶴瓶。さんまによって、その目的ははっきりしないが鶴瓶の存在が非常に際だってきた。

・大喜利の「マシュマロヘッドパーティ」は、「お台場明石城」でも人気の企画だ。しかし、これは明らかに「虎ノ門」(テレ朝)の「しりとり竜王戦」だろう。「老後の夢」というお題に合ったイメージとして、「ショッピングセンターをうろつく」は「虎ノ門」そのままだ。パクっているなどというつもりはないが、いずれにせよ、言葉のセンスとイメージを競い合うという内容は目新しくなかった。

■「FNSあっついテレビ局決定戦 準々決勝・決勝」

・なぜか準決勝はドッチボール。決勝は社長同士の腕相撲。なぜ。一昨年までこういう経過とゴールがまったく結びつかない、ハッキリ言えばネット局を参加させるための口実でしかない企画が「FNS27時間」(今年は25時間)の問題点ではなかったか。この問題を「ビリはバカだと位置づけて争わせる」という方法で解消したのが昨年の「FNS27時間」だったはずだ。山中アナのマラソンといい、こういうバラエティを舐めたゆるさが復活したのは残念。


 のこりあとわずか。次回はエンディングと総評。

FNS 25時間テレビ 4

2005-07-24 | やっぱりテレビのこと
 「FNS ALLSTARS あっつい25時間テレビ」の感想。第4回は、6:14頃~12:25頃まで放送された「めざましテレビSP」「FNNスーパー子供ニュース」「FNSあっついテレビ局決定戦 第二回~トリビアの温泉」「笑っていいとも!増刊号生SP」について。

■「めざましテレビSP」

爆笑問題をゲストに迎えた企画だが、何が「SP」なのかといえば爆笑問題がコメントをして、「CNN」ならぬ「ONN」という太田光中心の、これまた爆笑問題を起用する番組でありがちなコーナーの2点。まあ早耳ムスメの生浴衣とかもあって、それはそれで個人的には嬉しかったが、やはり爆笑頼みという感じは否めない。しかし爆笑問題って妙な位置で安定しているなあ。高速道路を50km/hでは走らないけど200km/hオーバーもしない、90km/hで巡行しているような安定感といえばわかるだろうか。これはこれで凄いことだしテレビ局にとっては使いやすいんだろうけど、「面白いか」と聞かれて「面白い」と自信を持って言えない何かがいまの爆笑問題にはある。

■「FNNスーパー子供ニュース」

・予想外の可能性を見せたのがこのコーナー。いつものFNNスーパーニュースに青木さやかロンドンブーツ1号2号石原良純が加わり、スタジオにいる子供たちの疑問に答える。まずロンブー淳による仕切りの巧さが目立った。素人相手に長くバラエティをやってきた経験からか、他の出演者はもちろん子供の懐にまでスッと入ってしまい、どこをどうすれば面白く見えるかという嗅覚が非常に鋭い。特にこれまでうざかった青木さやかが、淳の存在によって本来の面白さを取り戻していた。「ロンドンハーツ」の「格付けしあう女たち」でも顕著だが、女性タレントたちの淳に対する信頼感は凄いものがあると思う。

・子供たちの中に木村太郎の孫娘が混じっていて、木村太郎のおじいちゃんぶりが妙にほほえましい。木村太郎はその実力と実績が視聴者によく伝わらないという欠点があると思うが、もう少し柔らかい番組のほうが向いているかもしれない。今回の「子供ニュース」は練り上げれば日曜日の午前中でレギュラー番組にしてもおかしくない内容だし、木村太郎というキャスティングは合うと思う。これはロンブーの亮も同じで、あのぼーっとしたキャラが子供相手のインタビューにマッチしていた。おそらくこのコーナーは報道部が”とりあえず”出した企画だと思うが、思いがけない収穫が生まれるかもね。

■「FNSあっついテレビ局決定戦 第二回~トリビアの温泉」

・昨夜の第一回はみんなが満点を出して、ご褒美に出てくるサンバ軍団を眺めるという、企画の主旨と違う盛り上がりで乗り切ったが、今回はトリビアそのものを楽しもうという方針に変わったようだ。また、紳助今田耕司が抜けメンバーの入れ替えが行われ、くりぃむしちゅービビる大木若槻千夏などががんばっている。良い感じで賑やかになった。とはいえ、パッとしないキャラが登場してどうでもいいトリビアを出すという状態は相変わらずで、反応も「へぇ」じゃなく「ふぅん」という感じ。テレビ熊本からの中継で、昨年話題となった松井さんが、なぜか大盛りのご飯を持って登場した。いや、さすがだこの人は。こんな人を今年も求めるほうが無理というものか。

■「笑っていいとも!増刊号生SP」

・25時間テレビでも「いいとも」はやはり「いいとも」以外の何者でもない。いつものようにゲームを行い、いつものように盛り上がる。いつもの増刊号と違うのは生放送であることだが、そもそも「いいとも」は生放送だから違和感はまるでなし。「いいとも」に25時間テレビ向けの特別な何かを期待するほうがおかしいのだろうが、毎年「いいとも」を組み込む必要があるのかという疑問も感じだ。

■番外「笑福亭鶴瓶追跡企画」

・いまだになぜ鶴瓶をロケに出しているのかよくわからない。加藤浩次の自宅に押し入ったりという活躍はあったが、目的不明なのは相変わらずだ。と思っていたら、「アッコにおまかせ」(TBS)の生放送に鶴瓶が乱入。昨年の「SmaSTATION」(テレ朝)ジャックの再来だ。昨年はSMAPつながりで動機をアピールしていたが、今年は鶴瓶が乱入する動機も理由もない。とにかく2局でやっちゃおうってことか。このあたりのふざけっぷりは、まさしくテレビの面白さ。これをやりたいために鶴瓶をロケに出したとは思えないが、とにかくテレビらしい楽しい時間だった。

【ここまでのまとめ】

・報道局とバラエティ班が混然とした時間帯。一昨年までの「FNS27時間」が「めざましテレビ」のスタッフが中心となって作っていたことから考えても、この状態が本来の「FNS27時間」(今年は25時間)かもしれない。中継にニュース、バラエティと良くも悪くもバラバラで、まるで元旦の放送を見ているようなデジャブに陥った。

FNS 25時間テレビ 3

2005-07-24 | やっぱりテレビのこと
■「真夜中の大かま騒ぎSP」

・昨年同様、主導権を握るさんまにオロオロする若手たちという構図は変わらない。「さんまが邪魔だ」と思う人もいるだろうけど、これだけの人数がいてさんま一人に好き放題やられる芸人たちのほうが問題だと思う。宮迫博之(雨上がり決死隊)が「俺たちの”ひょうきん族”を作りたい」という構想をもっていると暴露されたが、「ひょうきん族」は当時無敵といわれた「8時だよ全員集合」に真正面から挑んだ番組だ。はたしてさんま一人にびびってしまう若手たちが、「ひょうきん族」の志を持っているのだろうか。紳助が帰ったことに喜ぶ若手たちに向かって「あの檻(紳助のこと)に飛び込まないとダメなのよ」と冗談交じりに言った今田耕司の言葉は重い。

 さて、このコーナーは何かと見るべきところが多いので、コンビ別の感想をネタ順に。

・ナインティナイン
 矢部浩之の仕切り下手と、岡村隆史のびびりキャラは相変わらずだった。特に岡村の媚びるようなさんまへの絡み方は、いいかげん止めたほうがいい。彼は紳助やダウンタウンなどにも同じような絡み方をするが、本心からやっているのか芸としてやっているのか別にして、もう若手じゃないのだからそろそろどんな相手にも自然体でやるべきだ。自分で自分を縛る必要はない。

・竹山(カンニング)
 風俗ネタと浮気ネタが中心だったが、その内容はとりたててどうということはなかった。しかし竹山は本当に喋りが上手くなったなあと偉そうなことを思う。でも大声を出すキャラはそのままで会話の押し引きができるようになるには、かなりの苦労や試行錯誤があったはずだ。竹山がこれだけ上手くなると、相方が復帰したときにコンビが成立するのか少し気になった。

・山本圭壱(極楽とんぼ)&田村淳(ロンドンブーツ1号2号)
 昨年と同じく山本が淳の恋愛話を暴露し、怒った淳が山本の失恋話を暴露するパターン。相変わらず淳は芸能人関係に強い。山本はすっかり暴露キャラが定着したが、はたして自分でどこまで見極めて喋っているのだろう。どうもこの人は誰かが止めてくれることを想定して喋っている感じがするが、以前問題になった学園祭での露出事件じゃないけど、誰も止めてくれなければ引き返せなくなってしまうのでは諸刃の剣だ。本来は誰かがコントロールすべきだが、相方の加藤浩次も似たタイプ。このあたりが極楽とんぼの面白さであり、イマイチ売れない原因かもしれない。

・加藤浩次(極楽とんぼ)
 山本&淳のネタが今年もこの企画の柱かと思っていたら、まさか加藤浩次の風俗ネタを岡村隆史が撃ってくるとは驚いた。それもドイツの風俗というのはいくらなんでも強烈すぎる。自分からどんどん白状してしまい、同じ風俗店に佐野アナがいたことや、今田耕司のネタまで喋ってしまう加藤は、山本以上に見切り発車してしまうタイプ。それはそうと加藤の体験を説明する岡村の生き生きした喋りもよかった。媚びる岡村よりこちらのほうがずっといい。

・今田耕司
 ジンギスカンの店に、スペイン人の女性を連れて行ったことがバレた今田だが、そんな状況でも安定したリアクションとトークはさすがといったところ。このあたりはダウンタウンを始め、ビートたけしや島田紳助に鍛えられた成果だ。一歩間違うと無秩序になりかねない「真夜中の大かま騒ぎSP」で、今田の存在は必要不可欠だろう。地味だけど空間の制圧力は本当に高い。さんまと紳助のやりとりを指して「二匹のライオンが甘噛みしている」とは名言。

・中居正広
 格好つけすぎが災いして、コンパではまったくもてないことがばれた中居くんだが、基本的に彼はトークに対する反射神経と勘が抜群にいい。自分には関係ないというときは静かにしているが、前面に出るポイントと判断すると、あっという間に場の空気に馴染んでみせる。かつて紳助が藤井隆の瞬発力を「ローからいきなりトップギアに入れる」と絶賛したことがあったが、タイプは違うけど同じ意味で中居くんも評価されていいと思う。

雨上がり決死隊、FUJIWARA、品川庄司、次長課長、ペナルティ、アンタッチャブル、アンガールズ、劇団ひとりは厳しかった。それぞれ持ちネタの発表やタンバリンなどの小道具と、いくつか見せ場はあったもののどうにも弱い。人数が多すぎたという悪条件はあったが、もう少し工夫というか、場をひっくり返すやけくその度胸がほしかった。

 そういう意味で濱口優(よゐこ)は見事だ。「お台場明石城」で有名な、お笑い嫌い(というキャラ)の村上真理子(報道局、元AD)に対して、「お前でシコるど」「(鶴瓶に)カカレるぞ」といった発言で不快になった人もいるだろう。しかしついさっきまで、中居くんのことを「格好つけている」と笑いながら、自分たちが侮辱されると「お笑いは素晴らしいんだ」と格好つけてしまう芸人たちと比べ、相手を罵倒したり攻撃せず、自分のバカさを強調することで反撃した濱口は芸人として間違いなく正しい。こういう時にバカになれるのが濱口の強さだと思う。

 今年の「真夜中の大かま騒ぎSP」は、全体的に昨年の評判を意識しすぎた感はあったが、芸人たちのいろんな側面が見え、なによりも面白かった。しかし次回はさすがにきついかなと思う。そんな限界も見えた2時間だった。