番外編 キールとフィーロの無駄に長くした一日
「今日は兄ちゃんとお散歩ー」
っと、俺はその日、日課にしている散歩に出かけようとしていたら兄ちゃんが付いてくる事になった。
いつもはルナちゃん辺りが付いてくるんだけどさ。今日はいねーな。
たまに兄ちゃんが俺の散歩についてくるんだぜ?
ただ、俺に首輪つけて紐を持って変な所に行かないようにとか言って散歩したりするんだけどよ。
絶対何か違うよな! って怒るんだけどラフタリアちゃんや村のみんなはキールくんならねーって誰も味方してくれねえんだ。
ただ、今日は普通に兄ちゃんついてくるだけだぜ。
「兄ちゃん! いい天気だな!」
「ああ、そうだな、キール」
で、近所の草原に散歩に行くと兄ちゃんがボールを投げてくれたから取って来る遊びをしたぜ!
今日は兄ちゃん機嫌が良いのかな? 俺と遊んでくれるなんてさ。
「今日の昼ごはんなんだー?」
「そうだなぁ……ケーキでも焼くのも良いな」
「ケーキ! ヨッシャアア! 兄ちゃんのケーキ!」
色々とあって甘いものが超うまく感じるようになっちまって兄ちゃんの絶品ケーキを食べれると思うとわくわくと涎が止まらねえ!
「……そろそろ村に帰るか」
「おう! 兄ちゃん! 絶対にケーキ作ってくれよな」
「ああ」
って村に帰ろうとしてると……道の脇でフィロリアル達が力なくなんかくたっと前のめりに倒れたりしてたんだ。
「うー……」
「もとやすひどーい」
「キタキター」
「きっくんがー……」
なんだ? なんか槍の兄ちゃんへの不満っぽい事言ってるけどどうしたんだろ?
「どうし――」
「早く帰らないとな。フィロリアル共は元康と過激な遊びでもしてたんだろ」
「そうかー?」
なんかフィロリアル達が恨み節を呟いてるように見えるんだけどな……。
槍の兄ちゃんが珍しい。
とは思ったけど障害物競争とかで攻撃ありのルールで遊んでいる場合があるからよくわかんね。
前にもあったし、本当に問題あったら兄ちゃんにフィロリアル達は抗議に行くもんな。
だから俺もそんな疑問に思わず兄ちゃんと一緒に村へと戻ったぜ。
「あー、ちょっとチクッとしたね」
「でもしょうがない事だよね」
って言いながら腕を摩っている村の友達とすれ違う。
「なんだなんだー? 何かケガでもしたのかー?」
ケガでもしたら回復魔法が使える人や兄ちゃんに相談すれば痛いのなんてすぐに治るぜ。
って思って声を掛けに行くぞ。
「あ、キールくんだ。それはね……あ――」
「キールくん、前に説明あったじゃない、今日は――」
なんか友達が俺の疑問に応えようとして俺の後ろ辺りに視線を向けた所でなんかポカーンと口を開いてから引きつった笑みに何故かなったんだぜ?
「な、なんでもない。ちょっと痒かっただけー」
なんだ? 何かあったのかな?
と思って後ろ、兄ちゃんの方に振り返ると兄ちゃんがいるだけで特に何かおかしなところは無い。
「そうそう。キールくんはお散歩してたの?」
「うん! 兄ちゃん、今日はケーキ作ってくれるって言ってたぞ」
「そう、やったね」
「じゃ、じゃあ私たち仕事があるから後でねー」
「おう! またなー!」
なんか変な空気はあったけど特に何かあった訳じゃねえみたいだ。
今日のお昼のデザートはケーキー! わくわくが止まらねえ!
って思いながら村での散歩を続ける。
途中で兄ちゃんがそれとなく前に出たからそのまま俺はついて行くぜ。
何か予定も不思議と無いし、兄ちゃんと散歩だしなー。
そう思ったんだけど……村の、ラトさんの研究所の方へ兄ちゃん行くみたいだ。
ラトさんかウィンディアちゃんの様子でも見に行くのかな?
村のみんなの様子を兄ちゃん視察してるのが仕事だったりするし。
ただ……なんか村のみんなが揃って腕とか摩ってたり握ってたりしてるけどなんなんだ?
なーんか……変じゃね?
なんだろ……すげー嫌な予感がしてきた。
そう、兄ちゃんが誰かを騙す時の妙な空気ってのが近いようなそんな気がする。
早めに逃げた方が良いような、そんな気配。
「どうした、キール?」
「え? いや……なんか、変な気がしてきてさ。兄ちゃん、何か企んでねえか? なんか空気変わってね?」
ラフタリアちゃんならこの空気を察するの早くて兄ちゃんを注意するんだけどよ。
何故かいねえんだ。結構な頻度で兄ちゃんの隣に居るのに。
そういえばなんで今日はラフタリアちゃん、兄ちゃんと一緒に居ねえんだ?
疑惑が湧いてきたらどんどんおかしな状況に合点がいくような気がしてきた。
今すぐ逃げなきゃ!
と、思ったのもつかの間、兄ちゃんが俺の首根っこを掴んで来やがった!
俺の足が浮いてる!
「兄ちゃん! 何すんだ!」
「ええい、大人しくしろ!」
この流れ覚えがあんぞ!
真っ赤になったイミアちゃんが半裸で逃げてきた時に兄ちゃんが俺を小脇に掴んで家に持ち帰った時のあれだ!
ベッドに連れ込まれて兄ちゃんとエッチな事をされるって話を噂で聞いた奴!
実際はただの添い寝でアトラちゃんが来たら吠えて追い返せってのだったけど。
……ちょっとドキドキしちまったあれみたいに抱え込まれたまま兄ちゃんがラトさんの研究所に俺を連れ込んだんだよ!
「兄ちゃん! 俺に何する気だ! ラ、ラフタリアちゃーん! 助けてー! 順番的にラフタリアちゃんが先だろー! いや、ラフタリアちゃんが先じゃないと殺される! ラフタリアちゃーん!」
「誤解を招くような事を言うな! 静かにしろ!」
ガチャっとラトさんの研究所の中に入ると村の子やフィロリアル、魔物たちが揃って何かされたような感じで体の何処かに手を当ててやんの。
「ラフ」
「ラッフー」
「ターリー」
「リーアー」
「くううう……アトラ、兄ちゃん我慢したぞ」
「このくらいで騒いでどうするのですか。私だって前はよくしてましたわ。とはいえよく頑張りましたわね」
フォウル兄ちゃんが半透明のアトラちゃんになんか宥められてるぞ。
何をされんだ? まさか人体実験でもしてんじゃねえよな!?
俺、更なる改造されちまうの?
鎌の勇者ってのになっちまったからそういうのは受け付けないとか聞いたぞ。
なんて思ってるとラトさんの診察室に兄ちゃんは俺を連れてきた。
そこにはラトさんが居たぜ。
ウィンディアちゃんはいないみたいだ。
「調子はどうだ?」
「ああ、大公……大体村の子達はみんな処置したわ。後はガエリオンとキールとフィーロちゃんだけよ。まあ、ガエリオンはあの子がやってくれるでしょう」
「オスの方はウィンディアの留守中に事前に受けたもんな。親の人格が」
「ええ、あっちの方は素直に応じるでしょ」
「兄ちゃん! なんなんだよ! 村のみんなに何をしてんだよ! ワンワン! ヴー!」
なんか兄ちゃんたちが変な事を村のみんなにしてるみたいだぞ。
ラフタリアちゃんが黙ってないぞ!
ラトさんが注射器を取り出してなんか薬の準備をしてる。
それで何をする気だ!? 俺に注射するのか!?
新薬の実験か? 俺で料理の実験してたみたいに。
超うまい飯だったけど今回は注射だから嫌だ!
「ああ、何をしてるのかって、一斉予防接種だ」
「一斉予防接種!?」
なんか数日前に聞いた気がする。なんかよくわかんねえけどやるとか村のみんな言ってた!
「やっぱりすっかり忘れていたな、キール。予想通り間抜けでよかったな。下手にどんなのか知ってたりしたら事前に逃げると思っていた所だ」
「苦い薬飲むあれか?」
「あれは予防薬だ。まあ似たようなもんだな。あれは即効性はあるけど持続性が薄い処方でな」
「じゃあこれまでの道中に居たフィロリアル達は!?」
「ああ……あれは元康によって処方された奴等だ。フィロリアル共に注射をしようとすると間違いなく抵抗して逃げるだろうとの判断から、元康にはフィロリアルジステンパーやフィロリアルフィラリアとか色々な病になった映像水晶を大長編で見せてやったんだ」
サッと何故か兄ちゃんが映像水晶で魂が抜けたみたいな顔をしている槍の兄ちゃんの映像を見せた。
クーやまりん、みどり、フィロリアル達に槍を大きな注射器に変えて刺す映像を次々と見せてきやがるの。
その映像水晶、持ち歩いてんのか? どういう用途でそれ使うんだよ兄ちゃん!
『もっくん! それをこっちに向けないで!』
『いやぁーーーー! 浸食されるーーーー!』
『もとやすさんに何をしたんだ!』
ひでぇな。あの三色のフィロリアル。
槍の兄ちゃん、表情が死んでんぞ。
ん? 映像の中の兄ちゃんが何か言ってる。
『くくくっ……無駄だ。今のコイツは予防接種の鬼……いや、予防接種の勇者となっている。心を鬼にしてな』
廃人みたいな槍の兄ちゃんの顔がアップになった。
いらねぇだろ、その表現。
というか兄ちゃん、なんでちょっと楽しそうなんだよ。
『この鬼!』
『盾の悪魔!』
『盾の魔王!』
『その罵声、久々に聞いたな……やれ、元康』
『……』
クーたちが恐怖で震えて嫌がっている中ブスっと突き刺す槍の兄ちゃんの映像が続いた。
『ぎゃー!』
『やー! たーすーけーてー!』
『ぎゃう!?』
刺されたクーたちがくたっとして抗議してる。
槍の兄ちゃんが吐血しながら次々とフィロリアル達に襲い掛かってる姿だ!
「ちなみにこの映像を見せたわ」
槍の兄ちゃんに見せた映像水晶ってのも俺にラトさんは見せてきた。
高熱でよろよろと弱っていくフィロリアルや衰弱してボロボロのフィロリアル、その解剖図と原因についての映像だった。
俺はよくわかんねぇけど病気とかの研究資料って奴だろうコレ?
槍の兄ちゃんにこんなの見せたら殺されんじゃねぇの?
更に亜人や獣人なんかも似たような病を患った人の映像が映されている。
こっちは見覚えがある。
「……そういやルナちゃんは!?」
何故か今日はルナちゃんが居ない、ベタベタされなくて助かったーと思ってたけどこの流れだと……。
「ああ、既に朝早くルナは処理済みだ。下手にキールを守られると面倒だからな。元康に一日ぐっすりと寝かせるように指示しておいた」
だから今日はルナちゃんいねえのか。
俺が理不尽に兄ちゃんに捕まったら抗議するはずだもんな。
「わかったか? 助けは来ないぞ」
「わかったけどよ、なんで俺はこんな状況になってんだよ」
タダの結局注射うけろって事じゃねえか!
別に普通に言えば良いだろ。
「そりゃあお前、注射を嫌がって何が何でも逃げそうだろ」
つまり俺が後回しにされた理由は抵抗されると思ってたって事じゃねえか。
「馬鹿にするんじゃねえよ、兄ちゃん!」
兄ちゃんの中の俺はどんだけ注射嫌いなんだよ!
子ども扱いすんじゃねえよ!
「でもお前、前科あるそうじゃないか。ラフタリアやお前の友達が口を揃えて言ってたぞ」
「う……」
言い返せない。波が来る前の平和だった頃に注射ってのをするって時に全力で逃げた事があった。
あの時は大人たちに捕まってそれでも抵抗しなかったのかと聞かれると……否定できない。
でもあの頃の俺じゃねえし!
もう俺だって大人のつもりだ!
兄ちゃんたちだって俺たちの事を考えてやってるんだしな。
「いくら犬だと言ってもお前は勇者だし、下手に抵抗されると災害になりかねない。大人しく注射を受けろ」
わかったな?
と兄ちゃんが命じるとラトさんが注射器を持って俺の所へ一歩、また一歩とやって来る。
「終わったらケーキ、くれんだよな?」
「ああ、約束したしな」
大丈夫、うん……天井の模様を数えて居たらすぐ終わる。
勇者の力で病気とか全然大丈夫じゃね? って思うけどこんなのへっちゃら。
波を起こした女神って奴を倒すよりもはるかに簡単な事だぜ。
大事な所にブスっと刺される訳じゃねえし!
ああ、でも結構こえー!
って震えていると……。
ガッシャーン! っと大きな物音と共に部屋の窓をぶち破って影が入ってボフっと言う音と共に来る。
そして俺を掴んでいる兄ちゃんに影が攻撃して、サッと俺の視線が目まぐるしく変わった。
「すなっちくろーてん!」
「え? あ?」
ど、どうなってんだ?
と周囲を見渡すとフィーロちゃんが何故か俺の首根っこを掴んでいた。
兄ちゃんに掴まれていたのにどうなってんだ?
後で聞いたところだとツメのスキルで俺をかすめ取ったらしい。
「なに?」
兄ちゃんが俺に視線を向け、俺を持っていた手を見てる。
「ぶー! ごしゅじんさまひどーい!」
ひょいっとバックステップをしたフィーロちゃんが人姿になって俺を掴んで兄ちゃんに向かって構えた。
「チッ! メルティとラフタリアはしくじったか……勘の良い鳥だな」
「逃げるよ、キールくん!」
「え? いや、ちょっと――わ、わああああああああああ!?」
フィーロちゃんは俺を掴んだまま割って侵入した窓から勢いよく、加速して出て行った。
恐ろしい速度で景色が変わっていく。
勇者として色々と強化したけれどフィーロちゃんも同じなので速さに目が回るぞ。
「ありゃー……逃げられちゃったわね」
「逃がすな! 村の者ども! 逃亡者にしっかりと制裁を加えろ! 捕まえた者には褒美が待ってるぞ!」
って兄ちゃんの声が響き渡り、ラトさんの研究所から警報が響き渡った。
こうして……謎の追いかけっこが開始される事になる。
いや、俺も訳が分からねえよ。
「フィーロとキールくんだけ予防接種受けてないらしーよ」
「えー! ずるーい!」
「みんなやってるのにー!」
「でも捕まえたらご褒美貰えるんだってー!」
「おー! じゃあみんなで捕まえよー!」
「おー!」
と言う声が聞こえる。
たぶんフィロリアル達だ。
「フィロリアル様! まだ予防接種をしたばかりで急な運動はダメですぞー!」
槍の兄ちゃんはやる気のフィロリアル達に注意する声まで聞こえた。
けど……フィーロちゃんが隠蔽スキルと潜伏をしているお陰か見つからずに声や物音がどんどん遠ざかって行った。
「行ったみたい。危なかったねキールくん」
様子を見ていたフィーロちゃんが俺の方に顔を向けて一安心って態度で来た。
なんでこんな事になってんだ?
「いや、別に俺は……」
予防接種だろ? 我慢すれば良いじゃん。
すげー怖いけどやったら兄ちゃんケーキ作ってくれるって約束したし。
天井の模様を数えてるだけで終わるはずだったじゃん。
「ごしゅじんさまったら酷いんだよ? メルちゃんとラフタリアお姉ちゃんと一緒になってフィーロを騙してブスってね。しようとしてるんだから」
「必要な事なんじゃねえの?」
「ぶー! フィーロ注射きらーい。槍の人みたいにブスってするんだよーどこにブスってされるかわかんないからやー!」
わー……フィーロちゃん、注射嫌いなのか。
村一番なんじゃ?
いや待てよこれ……俺、巻き込まれてね?
後の事を考えると絶対ケーキの方がマシだぞ、これ。
なんて思っているとすごく香ばしい良い匂いが漂ってくる。
「フィーロー、キールー、大人しく出てこい。じゃないとほら、しっかりと注射をした奴しか食べれないスペシャル料理が出てるぞー」
って兄ちゃんの声が聞こえてきた。
きっと食堂で俺たちをおびき寄せるために良い匂いの料理を急いで作ったんだ。
ああ、涎が出てくる。
兄ちゃんの美味い料理……。
「ほら、言え」
「フィーロちゃんとキールくん、このご飯食べられないんだってーー!」
「え~~、かわいそうーー!」
「こんなに美味しいのにーー!」
フィロリアルたちが兄ちゃんに大きな声で言わされてる。
卑怯だぞ、兄ちゃん!
いや、俺、マジでとばっちりじゃね? あっちにある奴、食べたいんだけど……。
「ブー!」
「なぁフィーロちゃん、何処でも良いからさっさとブスってして兄ちゃんの美味しい飯食えば良いじゃねえか?」
変な所に刺さねえだろ。尻の穴とか刺してるようには見えねえし、痛いのは一瞬だけだ。
痛くて泣いたって美味い飯食えるんだからすぐに引っ込むだろ。
そもそも兄ちゃん、回復魔法が得意だしな。
「ダメだよキールくん! 今出て行ったら捕まっちゃう! そしたら槍の人に刺されるよ!」
別に槍の兄ちゃんに刺されてもよくね?
いや、槍の兄ちゃんの場合、刺したまま爆殺してきそうだから俺は困るけど。
犬豚を爆殺してやったのですぞ! とか言ってさ……いや、槍の兄ちゃん俺がカッコイイ獣人姿なら名前で呼んでくれるけど。
いや……お義父さんの手を煩わせ、あまつさえフィーロたんと駆け落ちなど万死に値しますぞ! とか言って殺してきそう。
そういう意味では怖え! 今の俺の状況ってフィーロちゃんと一緒に逃亡してる訳だしな。
なんか同性同士だから駆け落ちとは思われねえだろとか俺の脳内兄ちゃんは突っ込んで来るけど槍の兄ちゃんだぞ? ありえなくはないだろ?
そう答えると脳内兄ちゃんも考え込んでしまった。
あり得るんだよな……槍の兄ちゃん。
「とにかくどこまでも逃げるよキールくん! ごしゅじんさまたちがフィーロ達に注射をしないと諦めるまで!」
ボフっとフィロリアル姿になったフィーロちゃんがルナちゃんが俺を捕まえるみたいに胸の羽毛に沈ませてきた!
「うわ! 離せフィーロちゃん! ルナちゃんみたいに俺を捕まえるんじゃねえよ! だせー!」
「ごー! フィーロとキールくんは諦めない! 絶対に逃げ切るよー!」
と、こうして俺とフィーロちゃんの長い予防接種から逃げる一日が始まった……。
つーかフィーロちゃんの逃亡に巻き込まれた散々な出来事じゃねえか!
一方その頃……。
「出てきませんね」
「匂いに釣られて出てくるかと思ったのに」
「食いしん坊ズが姑息な抵抗をする……」
「ラフー」
村の食堂で私たちはキールくんとフィーロが出てくるのを待ち伏せしていました。
もちろんナオフミ様が非常に香ばしい匂いのする料理を作って素直に投降するなら食わせると仰いながらです。
それでもフィーロたちは出てくる様子はありませんね……。
フィーロは逃げるかもしれないと私とメルティちゃんが任されたのですが案の定逃げたと言いますか。
妙な勘を働かせてそのまま走って行ってしまったんです。
キールくんをナオフミ様側で処置するとどこで知ったのか駆けつけて連れ去るなんて……。
で、ナオフミ様は料理を作った後、なぜか椅子に腰かけてラフちゃんを膝に乗せて撫でています。
そこに更に何故か槍の勇者が近くで片膝を立てて座り頭を垂れる謎の光景になっています。
いや……王様とかに謁見する際にそういった礼をする国がありますけどどういった状況なんでしょうか。
「まったく、嘆かわしい事態だ。メルティ、お前もフィーロを取り逃すとはな」
「注意はしていたのよ。そもそもフィーロちゃんがこんなに注射を嫌がる子なんて思いもしなかったわ」
「それはラトが原因かもしれんな。来た当初、それでフィーロを抑え込んでいたし」
「そこは否定しないけど……魔物は結構病院嫌いなものよ」
「確かに、まあ好きになる理由もないしな。キールも動作が病院に向かっている事に気づいた犬そのものだったしな」
チッとナオフミ様は舌打ちを再度しました。
「何だかんだ言って奴らは勇者だ。妙な所で抵抗されたらシャレにならない災害になる。ただでさえゼルトブルで甚大な被害があったんだ。これ以上のイメージダウンは避けねばならん」
「その事件の原因はナオフミでしょ」
「うるさい、悪いのはガエリオンとチョコレートだ。あまり予防接種した連中に無理な運動をさせる訳にはいかんからな……もう少し五月雨に処置をすれば投入できる戦力が多く出来たんだが」
「一斉に予防接種したから、無理はさせられませんね」
ラトさんの話では予防接種をした後、無理な運動はダメだそうです。
息切れから何までどんな不具合が出るかわからないとの事で……。
私やラフちゃんは先に処置されたのである程度は問題ないのですが、如何せんみんなすぐには動けなくなっています。
「ぶー! フィーロとキールくんだけ注射から逃げるのずるーい!」
「ずるくない。あいつらも注射はする。ここは平等だ。お前等、覚えておけよ? 平等に優遇する事は出来ないが平等に冷遇する事は可能なんだぞ」
「えー……」
「そうなのー?」
「嫌な話をフィロリアルさん達にするのはやめなさいよ」
ナオフミ様が何やら妙なノリになってきている気がします。
絶対に槍の勇者が膝をついて頭を垂れているのが原因だと思います。
忠誠を誓う配下みたいな気がするんですよね。
何かの演目でそう言った人物が居たのを見ました。
「何はともあれ等しく予防接種をせねばな。病気になっても薬を飲めばいいじゃん等と言うふざけた言い訳を許すほど俺は甘くはないぞ」
いえ、結構甘い所はあると思いますけどね、ナオフミ様は。
一応キールくんが素直に応じたらとケーキの準備はしてましたし、キールくんが大事にしているクレープの木を理由におびき出したりしてません。
……話を聞いたところ、キールくんは大人しく注射を受けようとしていた所でフィーロに連れ去られてしまったらしいですからね。
「尚文様、キールくんならクレープの木を燃やすと言えば飛び出してくると思いますわ。それで容易く捕まえることが出来るでしょう」
アトラさん……敢えてここで言わずに居る事を素直に言わないでください。
ナオフミ様が気づかずに居る可能性もあったんですよ?
「それも一つの手だが、あくまで最終手段だ。キールだってその辺りは考えているだろうしな。弱みを突くのはもう少し待ってからでいいだろ」
「わかりましたわ」
「そもそもアトラ、お前も……いや、それは不要か。というよりこれまでの人生で山ほど受けたろうしな」
アトラさんはみんなに見えますが精霊化してますからね……予防接種の対象外です。
対象外でも刺された方もいますが、まあアトラさんも昔は大変でしたしね。
「尚文、なんか遊んでないか?」
「元康さんがアレですからね」
「ふえええ……」
勇者たちもナオフミ様のノリに関して見ているだけです。
「やー……フィーロちゃんやキールくんも粘るねー。ノリが僕の知る覗き騒動染みてきた気がするよ」
「注射ねー。そこまで嫌がるものかなー」
アークさんとホーさんも傍観を決めています。
あなた達ならすぐに事を収められそうなんですけどね。特にホーさんはフィーロに命令出来る立場なんですし。
ちなみにアークさんは注射するのを嫌そうというより何かを警戒するような目で、注射器をそのまま渡すことを前提に受けていましたが処置したラトさん曰く、生き物に注射した手ごたえが無かったそうで、ホーさんの場合は注射針が溶けてしまったそうです。
でもホーさんのお尻に絆創膏がついてます。
槍の勇者に刺されたそうです。
あんな状態でも脅威度は理解しているようですね。
ただ、効果は無かったそうでふざけてお尻に絆創膏をつけているみたいです。
目で見て余裕であえて受けてくれたとかなんとか。
この二人の場合は注射を受けた組で良いのでしょうか……。
ちなみに村の子達の中ではフィーロとキールくんが最後ですが、フィトリアさんもやった方が良いんじゃないかとの話が出ています。
「お注射が嫌だったのねフィーロちゃん。あー、お姉さん、ナオフミちゃんから輸血で抗体を貰いたかったわー」
サディナ姉さん……もう少し自粛してください。
なんか気持ち悪い事を言っているのはわかります。
「気色悪い事を言うのをやめろ。とにかく動ける連中でフィーロの捕縛を行う。キールは抵抗したら脅す方針で行くぞ! 我が秘密結社ヴァクシネーションの野望の為、例外は認めん!」
「いつの間に秘密結社が出来たんですか」
「尚文くんの場合、ノリじゃない?」
「ともかく行くぞ者ども! 狩りの時間だ!」
「ハッ! お義父さんの命ずるままにですぞ!」
「槍の勇者も合わせないでください!」
こうして……予防接種から逃げたフィーロとキールくん、更にはフィトリアさんに注射をする長い一日が始まったのでした。
April Fools' Day