今頃になって何を?ってなタイミングでこの話題をするわけだが、女優の宮崎あおいがなにやらのコマーシャルでブルーハーツの歌を歌っておりましょう、だいぶ前から。あの「ヒマラヤほどの~♪」って奴ですね。
あの歌をはじめて聴いた時は私も、何だそれは?と頭痛がしたりしたのだが、何度も聴くうち、あれでいいのではないかと思うようになった。あんな感じで、喩えて言うなら子供の遊び歌のノリで歌われるのがあの歌にとってあるべき姿なのではないかと。
とか言っているうち、さっきテレビで、私はあのシリーズの第2弾というんでしょうか、”あおい in Rock”の新作を聴いたんですな。今度もブルーハーツの曲だったかどうか知らないが。と言うか、そもそも私はブルーハーツの曲なんかに詳しくはないんだが、でもまあ一応、そこら辺の曲ですよ。そんなタイプの曲を彼女は、変わらぬ”あおい調”で歌っていた。
こうなるともう、あの種の、つまり”日本のロック”ばかりを取り上げ、彼女があの調子で歌いまくったアルバムが欲しくなってきた。そんなの出してくれないかと言う願望さえ沸いてきたんだが、どうでしょう、関係者の皆様?出したら結構、売れるんじゃないかと思うんだが。
いや、これは皮肉で言っているんじゃなくて、ほんとにそんなアルバムが欲しくなってきているのです。
まあ私はね、日本のロックの歴史のある時期において、ロックを幼稚園のお遊戯ソングの如きもの、と定義することによって日本の社会に市民権を得させ生暖かい繁栄を獲得する、という作業が行なわれたと考えているのです。
で、その運動の創始者がRCサクセションの故・キヨシローであり、完成させたのがブルーハーツというバンドである、と。もちろん私は、それを面白くは思っていない。
こんなこと言うと、どちらも信者の多いミュージシャンだからヒンシュク買うんだろうなあ。まあ、かまやしないんだけどね、いまさら。
だから私には、宮崎あおいの唄に関しても、「それ見たことか」くらいにしか思っちゃいない、むしろ楽しんでしまおうって気持ちがある。それがオトナになる機会もなく滅びていった、”日本のロック”の幻影へ向けた苦い苦いハナムケだ。幼稚園のお遊戯ソング扱いとは。ブザマな”繁栄”を手に入れたもんだぜ、なあ”ロック”よ。
と私が心の中で呼びかける相手は、昔々、”ヤング720”だったか”ビートポップス”だったか忘れたが、ともかくその辺の番組に出演してスロー・ブルースにアレンジされた”バック・イン・ザ・USSR”を演奏する”パワーハウス”の姿だったりするのだった。なぜそうなるのか我ながらよく分からないが。
お遊戯歌、なんつったらユーヤさんにも叱られるかなあ、シェケナ・ベイベ。まったく、たったこれだけの文章でそんなにあちこちから嫌われてりゃ世話がないわい。
そして思い出すのは、我が高校のナンギな先輩である鈴木いずみが残した言葉、「みんなは1969年が始まりの年だと信じていたけど、本当はすべてが終わった年だった」だったのだ。グッバイ・ヤースガース・ファーム。