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ワールドミュージック町十三番地

上海、香港、マカオと流れ、明日はチェニスかモロッコか。港々の歌謡曲をたずねる旅でございます。

クライ・ミー・ア・リバー

2011-02-23 03:50:47 | ジャズ喫茶マリーナ

 ”Julie is My Name”by Julie London

 根がいい加減に出来ているのだろう、英語による曲名などアバウトな雰囲気訳で納得していて、後にきちんとした訳文を読んで自分がいかにデタラメな意味把握をしていたのかを知り、呆れてしまうことなど良くある私である。
 今回のセクシーなジャズ歌手、ジュリー・ロンドンのデビュー曲”Cry Me A River”のタイトルなども間違った訳を平気で信じ込んでいた一例なのであって。私はこのタイトルの意味を”Willow Weep For Me”みたいなもの、つまり「川よ、私のために泣いておくれ」というような意味なのであろうとかなり長い間信じ込んでいたのであった。

 私がどのような文法上の勘違いをしていたのかは、そちらで勝手に想像してお笑いいただきたいのだが、曲名の本当の意味は、「私のために、川のように泣くがいい」と別れた恋人に毒ずく歌なのだった。
 ”あなたの事を心から慕っていた私。その私を蔑ろに扱って来たあなたは、別かれた今、もう戻らぬ私を想って日々、泣きくれているという。ざまあ見ろ。河の流れのように果てしなく涙を流して泣くが良い”
 というような素敵な復讐罵倒ソング(?)であったのだ、実は。

 シングルカットされ大ヒットすることとなるこの曲を冒頭に置いたデビュー・アルバム、”Julie is My Name”が出たのは1955年のことだった。ジャズっぽいギターとベースだけをバックに、悠揚迫らざる気だるい調子で歌い流して行くジュリーの歌は新人らしからぬ落ち着きとも、実はぶきっちょでこんな風にしか歌えなかったのかも、とも思えたりする。
 そのように構成上音の隙間の多い、にもかかわらずギターのバーニー・ケッセルたちの巧妙なプレイがかもし出す瞑想的雰囲気漂うサウンドは、深い深い夜のイメージを伝えてくる。

 ジュリーのどの歌にも、シンと静まり返った夜のしじまに向かい、研ぎ澄ました意識の走査線を伸ばして行く一人の女の孤独な視線がある。どこか遠く遠くで夜の闇の中、静かに水量を増しながら流れて行く川がある。川のように泣くがいい。あまりにも長い間、そこにそうしてふさぎ込んでいたせいで、自分の望んでいたものが本当にそれであったかどうかも良く分からなくなってしまった彼女がいる。
 たとえばこのアルバムにはよく知られた曲、”恋の気分で”が収められている。この曲は誰が演じてもその意識が、空に浮ぶお月様のところまでポンと飛んでいってしまうような雰囲気をかもし出す曲であるが、ジュリーの歌はものの見事にどこへ飛んで行かない。彼女ひとりの部屋の中にただ淀み、彼女の溜息と一緒に消えて行ってしまう。深い夜への頌歌である。



氷結鍵盤伝説

2011-02-22 00:03:57 | エレクトロニカ、テクノなど
 ”Apparat Organ Quartet”

 クソ寒いですねえ、まだまだ。風がね、今日は。なんか真冬に帰ったみたいなえらい冷たい風が吹き抜けていた。不思議なもんだね、街を歩きながら、そんな風をふと首筋に感じたら、まだ一ヶ月と経っていない去年のクリスマスのことが妙に懐かしく思い出されたりした。
 ついこの間のことだってのに。人間の心は退行願望に多い尽くされているそうだけど、もう隙あらばノスタルジィに崩れ落ちようって寸法か。これも老化現象っスかね。
 そんな訳で、きっともっと寒い国、アイスランドのテクノ系バンドの話でも。

 さて、アイスランドのクラフトワーク、とか言われているようであります、Apparat Organ Quartet。確かにクラフトワークが売りにしていた”古めかしい未来派”っぽいイメージのピコピコした音作りの影響がそこここに透けて見える感じはある。
 けどこのバンドはあちらほどストイックではなく、ヘビメタっぽいヘヴィなリフを奏でたり、プログレっぽい壮大なイメージを奏でたりし始める。まあ、やりたい放題と言うか、クラフトワークより、もっと子供の心を持っている感じ。邪気というのか。始末に終えないいたずらっ子的な奔放さを感じる。

 申し遅れましたがこのバンド、キーボードが4人にドラムが一人、という妙な編成。キーボード組は昔GSが使っていたみたいなセコいコンボオルガンからロシア製のヴィンテージもののシンセまで、さまざまな獲物を並べ立て、空間を鍵盤音で埋め尽くします。
 ドラムが打ち込みじゃなくてナマの人間による手打ちってのも、このバンドのプログレ臭を強化しているようで。バンドの中央に全然マシーンっぽく叩こうとせず強力な肉体性を発揮しているドラマーがいるんで、いかにピコピコ音を発しようとヴォコーダーを通して声を発しようと、テクノにはなりきれない感じはある。

 でも第一に感ずるのは、やはりこのバンドの場合、邪気ですな。極寒の雪原でも元気よく跳ね回っているクソガキたちの手に負えない遊び心、そんなものが音の内側に脈打っているのが、実は彼らの最大の魅力じゃないでしょうか。



トロット戦線7年目

2011-02-19 02:23:14 | アジア
 ”BORN AGAIN”by HAN HYE JIN

 韓国のトロット演歌歌手、ハン・ヘジンの昨年出たアルバムであります。
 ジャケにやや大きめに”7”の文字が。「この数字には今回、思い入れがあるのよ、お客さん」と言わんばかりだが。実際、このアルバムが彼女にとっては7枚目・・・というのは彼女がそこそこキャリアのある人、というのが分かるだけの話だが、”7年ぶりのリリース”でもあるという事実はただ事ではない。

 ゼニになりそうな才能の持ち主にはガンガン仕事をさせて儲けるだけ儲け、あとは使い捨て、なんて論理で動いてるんじゃないかなと想像するかの地のトロット・シーンで7年間も動きがなかったなんて、そりゃ実質、引退同然だったんじゃないのか。何があったのか知らんが。
 実際、彼女はこの7年間、ろくにアルバムも出せない不遇な状態が続いていて、おもいあまって自分でアルバム製作の費用を捻出しようとしたりなどの苦労もしたようだ。何でそんなことになったのか、検索してもまるで情報が引っかかってこないが。

 (同姓同名の女優がいて、そちらの情報の山にも見込まれたみたいで、何も見つからない。ちょっと話はずれるが、韓国ではこの同姓同名問題がやたら多い気がする。芸能界に同じ名前の歌手が三人、俳優が二人、とか平気で存在しているのだが、後からデビューした奴が違う芸名にしたりとか、何らかの工夫があってもいいんじゃないのか。この辺も国民性というか、そうは行かない何かがあるんだろうか)

 ともかく彼女も、やっとのことで再デビュー、という気分だったのだろう、タイトルも”ボーン・アゲイン”と再生を謳い、ジャケ写真だって根性が入っているぞ、ちょっとエッチだ(裏ジャケも中ジャケもこんなんだぞ!)そして内容はといえば、当然、7年間の冷や飯食らいの怨念を晴らさんが如く、もう頭来たかんね、の情念の世界が期待されるんだが。

 冒頭、アップテンポのファンク・アレンジされたド演歌で幕を開けるが、韓国の演歌歌手に多い野太い声帯を生かした、タフなだみ声を叩きつけるヘジン女史の迫力はたしかに”恨7年”の恨み晴らさずにおくものか、といった思いが込められている感じで、こいつは痛快である。
 が、2曲目は、今回の再デビューを応援してくれた男性歌手と想像するんだが、彼としっとりと歌い上げる美しいラブ・バラードだったりする。う~ん・・・
 まあ、それは違うんだよなあ、とかいう私のほうが変な期待をしすぎなのかも知れない。

 とはいえ、かなり棘のあるハスキー・ボイスの持ち主であるハン・ヘジン、辛口に凄みを利かせて歌うナンバーの方が断然魅力的なんだなあ、やっぱり。綺麗なバラードとか懐メロっぽいおとなし目の恋歌などしおらしく歌っても、なんか物足りなく思える。ちなみに、ハード演歌はアルバムの半分強を占めます。韓国の人たちも、この辺が好きだと思うんだが。そればっかりでも困るんだろうか。

 なんて次第で、まるでボクシング観戦しているみたいに「行け!もっと行け!」とか妙な方向に焦れつつ、アルバムを鑑賞する私でありました。



ルラーちゃんのドリームワールド

2011-02-18 01:14:44 | アジア

 ”Twist”by Lula

 タイの新進ポップス歌手(もうこれが3枚目のアルバムらしいから、新人とも言えまい)の、ルーラちゃんの昨年出た最新作であります。いや、タイだからこれで”ルラー”と読むのかな。
 ウクレレ片手に飄々と独自のポップス世界を展開してみせるコでありまして、これはなかなかユニークで良いんではないか。
 ともかく音本体を聴く前に圧倒されてしまうのがこの変形ジャケの仕様。ハードカバーの童話本っぽい”表紙”を開けると、”飛び出す絵本”の要領でルラーちゃんのお部屋が立体的に目の前に広がるのでして。

 ウクレレを持っているからといってハワイアン調と言うわけではなく、冒頭、聴こえてくるのはボサノバであります。夕暮れの浜辺のちょっぴり切ないけだるさの中で、失ったばかりの恋の思い出が歌われて行きます。いや。タイ語は分からないんで、そんな歌詞かどうか知りませんが、なんかそんな雰囲気なんでね。
 その他、カントリー・ロックっぽく迫る曲など取り混ぜつつ、ルラーちゃんのピンク色のモヤに包まれた切なく物憂いウクレレ・ボサノバは続きます。サウンドもあくまでもアコースティックなカラーを全面に押し出した洗練されたもので、まるでルラーちゃんがディズニーランドの一角にでも住んでいるかのような、ひとときの夢の時間を演出します。

 この辺の、現実から一歩離れた感じがタイのお洒落階級のトレンドなんだろうか。甘くのほほんとしたルラーちゃんの歌声は、ピンクのネオン輝く夢の国に流れて行くのでありました。
 しかし、手書きのタイ文字が踊り、その上に同じく手書きのギター・コードまで付された歌詞カードには恐れ入りました。嬉しいだろうなあ、ファンはこういうの。




銃剣と歌声

2011-02-17 03:18:45 | アジア

 ”南仁樹”

 何となくつけたテレビで、韓国のある歌手とその人生のある時期に関するのドキュメンタリーをやっていた。

 戦前から戦後にかけて活躍した韓国の歌謡曲歌手がいる。南仁樹。1938年に空前の大ヒット、「哀愁のセレナーデ」を放ち、その歌謡界における地位を不動のものとした。 韓国において近代的ビジネスとしての歌謡曲歌手をはじめて成立させた人と、まあ経済の面から言えばそのような存在であるらしい。もちろん、韓国の民衆が彼の歌を愛したから、そのような事が可能になったのだが。”歌謡皇帝”の異名を取っていたとか。
 彼自身は1960年代に亡くなっているのだが、彼の歌と思い出を懐かしむ人々が毎年、南仁樹を偲ぶコンサートを行なってきたようだ。

 ドキュメンタリーは、その集いが妨害を受けるところで始まっている。当然ながら韓国全土から集まってきていたお年寄りたちは納得できず、会場になっている野外特設ステージを囲み、口々に不満を述べている。
 妨害は、現地の民族団体が行なっていた。「南仁樹は第二次大戦当時、若者たちに、日本の軍隊に志願入隊せよと呼びかける歌を歌っていた。そのような反愛国的行為をなしたものを記念する集会を行なうとは何事か」というのが、彼らの言い分のようだった。

 これは、南仁樹ファンのお年寄りが「あの当時、”親日的”な行動をしなかった人はいませんでした。そうしたくはなかったが、しかたなかったのです」と番組のインタビューに答えて述べている通り、無茶な言いがかりでしかない。
 当時の朝鮮半島の住人が、支配者である日本の軍隊から「戦争の遂行に協力せよ」と強要されれば、逆らうすべもなかったろう。銃剣を背に突きつけられたら歌うより仕方あるまい。戦争協力の歌と分かってはいても。
 このような”親日狩り”は当時、韓国のあちこちで行なわれていたが、それはその頃の韓国大統領、ノムヒョンの意向に沿う形で行なわれていたようである。あの御仁、都合が悪くなると日本叩きを演出して、韓国国民の目をそちらに逸らしていたからなあ。
 それにしても、この世を去って30年以上も経ってから、いきなり被告席に引きずり出されるとは、ナンギな話ではある・・・

 この番組を見た後、南仁樹に興味を持ち、その人柄を調べたりCDを手に入れてみたりした。往年のヒット曲を聴くと、日本の懐メロと似たところ異質なところ、いろいろ出て来て興味深い。戦前から戦中にかけて。植民地支配という現実の中で、どのような音楽上の通いあいがあったのだろう。

 歌手の個性としては、”韓国における演歌興隆期の歌い手”という位置付けとはやや感触が違う。むしろ、同じ時期の日本の歌謡曲の歌い手たちによく似た、音楽学校で教えるベルカントっぽい”正しい発声法”を遵守した品の良い歌い手であり、歪めた発声や濃厚なコブシ回しなどには、とりあえず縁がない。
 スッと背筋を伸ばして口を大きく開け、朗々と正しい旋律を歌い上げる。折り目正しい紳士という印象である。(と書いた途端、検索した文章の中に”結構、金や女に貪欲な人だった”なんて記述を見つけ、笑えて来たのだが。

 ここで、年明けに読んだ輪島祐介氏の「作られた”日本の心”神話」などという本を思い出していた。韓国にも「演歌は民族の心であり、ずっと昔からこの土地に息ずき、民衆に愛されて来た音楽である」なんて歴史の捏造は行なわれているのだろうか。韓国演歌の歌い手たちが、あのハガネのコブシをゴリゴリと廻しながらトロットを歌うようになったのは、いつ頃、どんなきっかけからなのだろう?
 などと考え出したら日本と韓国とがネガポジネガポジと入れ子になってチカチカし始め、何がなにやら分からなくなってきたのだが。



2011年・極寒、ツイッターで呟いたこと

2011-02-16 06:30:07 | つぶやき
2011年02月15日(火)

大抵の日本人の”人種差別しない理由”って、「まだする機会に出会わないから」でしょ、ほんとは? RT

@----- 僕が人種差別をしないのは日本人に生まれたのはなんかの偶然としか思ってないから

2011年02月14日(月)

さっき「ニュースステーション」で、あまりにもきれい事の特集報道がなされたんで、逆にエジプトのムバラク追い出し運動自体が、なんか凄くうさんくさいものに思えてきちゃったんだよな。

2011年02月12日(土)

読み違えて、「郵便局が正岡子規を削減するって何だよ?」と首をひねってしまったのだった→”日本郵便、非正規社員2千人削減へ(読売新聞 - 02月12日)”

2011年02月09日(水)

この頃、よくスポットCMを見る清水翔太とかいう歌手。お前も美少年ぶるには太り過ぎだろうがよ。

東京電力のTVCMとかに出ている、クルクルパーマをかけた濱田とかいうガキタレ、まるで美少年みたいな扱いを受けているが、よく見れば、たいした顔をしているわけでもない。雰囲気商売なんだなあ。

芸能ニュースを見ていて気がついたのだが、歳を食ってからの俳優・水谷豊の顔は民主党の仙谷由人に似てきていないか?今はそれほどではなくても、今後、どんどん似て行くと予言しておく。

2011年02月03日(木)

NTT東日本のコマーシャル(新垣裕衣と中村蒼出演)に、かなり大きな電話の呼び出し音が挿入されています。あの音が、心臓を患っている私の母には相当な衝撃のようで、「胸が苦しくなる」と申しております。万人が見る可能性のあるCM、体にハンディを持つ者への配慮は出来ませんか、NTTさん?

2011年01月30日(日)

書店を徘徊していたら、Jazz Japanなる音楽誌が置いてあり、表紙に「なぜいま、チャーリー・パーカーか」なんて文字が躍っていたんで笑ってしまった。なぜ今もなにも、お前らずっと前からチャーリー・パーカーだろう。でなけりゃマイルスだ。後はコルトレーンやビル・エバンスの持ち回り。

昨夜、中学生が書いた”青年の主張”かと思える文章がリツイートされてこちらに届いていた。なんだこいつはと自己紹介文を読みに行くと、文章のヌシは中年男なのであった。情けなや。で、それを6人もの人間がリツイートしている。そうまでしてありがたがるほどの文章か、あれが? 謎である。

2011年01月28日(金)

神も何も。ラップやってる奴なんて全員、ただの馬鹿じゃないか→(神だと思うラッパー!? ランキング1位になったのは誰?・RBB TODAY - 01月28日 13:17)

2011年01月26日(水)

私の街の早咲きの桜は、もうほころびはじめています。市の真ん中を流れる川に沿って咲いている桜の花には夜はライトアップがなされ、寒風の中、春の便りを運んでくれています。お調子者の観光客は「あれ、桜だったりしてな。わはは」とか冗談のつもりで言って行きますが、いや、桜だから。本当に。

2011年01月22日(土)

この時点で、まだサッカーの勝敗を知らない自分って、結構渋いなあと思う。

2011年01月17日(月)

でも・・・70年代にワカモノだった我々は当時、30年代をウラヤマシと思ったことはなかった。 RT

@----- 70年代ウラヤマシ…と思わなくもないが、2050年には2010年ウラヤマシって思われるんだろうな

2011年01月15日(土)

さっきからやたらテレビスポットCMが流れてるけど、クサナギくんの新ドラマって韓流ドラマのまるっきりパクリなんだね。CMまでフルコピーで、ついには”本物”に出ていた韓国の女優を引っ張り出してコメントを言わせている。恥を知っていたら出来ない稼業だなあ。

ECCのコマーシャルやってるけど、たけしの英語って、なにを喋っても「メリークリスマス・ミスターローレンス」としか聴こえないな。

ブルー・スピリット・ブルース

2011-02-15 02:02:13 | 60~70年代音楽
 ”Blue Spirit Brues”by 浅川マキ

 この間も書いたけど、事情が事情だけに「待ちに待った!」とか書くわけにも行かない複雑な成り行き。
 自作のCD化を強硬に拒んでいた歌手本人の死去によって、やっと再び世に出ることの可能になった、浅川マキ70年代作品の一つ。今回が初CD化である。
 などと言っているけど、このアルバムは当方も聴いたことはなかった。オリジナルは1972年度発売ということで、その頃には私も、それほど気の入ったマキ・ファンでもなくなっていたということか。

 飛び出してきた音の、ある種の湯上り感覚に、こちらの方の力も抜ける思いがした。湯上り感覚ったって、冒頭の曲は”自分が死んだ夢を見て、夢の中で地獄の鬼にフォークで差されて・・・」なんて歌詞内容のドロドロのブルースなんだから、こんな不適当な表現もないものだが。
 それでも。なんかマキの背負っていたいろいろなものが洗い流されていて、そのスッキリ感がまず印象に残る。

 淡々とリズムを刻むギターとブルージィに合いの手のフレーズを入れるギター、これだけをお供のブルース小唄集だ。細かく見れば、それにトランペットが入ったりピアノが入ったりはあるけれど、基本はシンプル、モノクロな音像で事は淡々と進んで行く。マキの歌声も明るい。いや、明るくはないか、暗くはあるが湿度がずいぶんと排除された歌声である。
 そこにはデビュー当時色濃く影を落としていた寺山修司もいなければ、60年代末の重苦しいアングラ魂も淀んでいない。フフン~♪と好きなブルースをハミングしてみるマキがいるだけだ。

 ある日ふと立ち止り、歌手稼業をここまで続けて来た自分を振り返ってみた。そして、いつのまにか背負わされていたさまざまなものを、いったん地面に下ろしてみた。そんな盤じゃないのか、これ?
 そうだよ、重過ぎる曲、”奇妙な果実”だって、「あのビリー・ホリディの」なんて考えすぎずに歌ってしまえばいいんだ。という次第でここに収められたそれは、”洋楽好きなマキ”の横顔をがうかがえる嬉しい作品となった。

 それから。ライブや別の盤で聴いてよく意味の分からなかった"大砂塵”なんて曲がスッと心に入ってきた。何でそんなことになったのかまるで分からぬままに見知らぬ街の夕暮れを見上げる永遠の迷子。それにしても、”ハスリン・ダン”みたいな歌、もっと歌ってくれたら良かったのにな。
 とはいえ荷を下ろし一息ついたのもつかの間。人間は生きて行くうちに、またいつかいろいろ余計なものを背負い込んでしまうわけなんだけれども。




鍵盤バイオリンの怪異

2011-02-13 02:55:29 | ヨーロッパ

 ”ASA JINDER (nyckelharpist) ”

 な~んかこの週末には、さらなる寒気がやって来るそうですね。もう、いい加減にしろよなあ。風邪を引く半歩手前くらいで踏みとどまっているワタクシですが、もう我慢ならん。こうなりゃヤケだ、酒飲んじゃおうかな、今夜。
 飲んでいい日じゃないんだけどね。それ以前に寒さと何の関係もないが。逆に明日の朝、ただでさえクソ寒いのに二日酔いで起きるんじゃ、ますます良いことないんだけど。
 という訳で、寒いからってアイスランドの話ばかりもしていられないんで、今回は北欧の伝統音楽をある面で象徴するような楽器、鍵盤バイオリンなど。

 この呼び方、現地ではキイ・フィオールとか呼ばれているのを直訳したみたいだけど、他にもnyckelharpaとか、いろいろ呼び方はあるみたい。まあ、上に張った絵や下の映像を見てもらうのが早いだろうけど、異様と言っていい外見の楽器です。基本はバイオリンの左手部分の操作を直接弦を押さえずにキイを使って行なう仕組みになっている。
 かってはヨーロッパ中で見られた楽器で、私もスペインの古い絵画に、この楽器と同様の構造を持つ楽器が描かれているのを見たことがあるけど。でも次第に使われることがなくなって、今では北欧民謡の世界の片隅で命脈を保っている状態のようだ。

 ともかくそのキイの数だって何本あるんだ?弦だって20本以上張られているんじゃなかろうか。楽器全体の構造もめちゃくちゃ複雑で、こんなものの操作を習得してめんどくさい思いをして演奏するより、普通のバイオリンを練習して弾いちゃったほうが効率的じゃないか?とか思ってしまいますな。コスト・パフォーマンスが悪すぎるって奴だ。違うか。
 まあしかし、普通のバイオリンでは、この楽器の深く暗い闇に沈みこむような独特のタッチは出せないんでしょうね。重厚にして翳りのある、とでも言うのか。ここでは北欧民謡の一典型が演奏されているわけですが、こんなメロディにはいかにも合う感じは確かにいたしますな。



遥かなるノース・カントリー・メイド(後編)

2011-02-12 02:59:07 | フリーフォーク女子部

 ”Come My Way”by Marianne Faithfull

 という訳で。昨日に続いて今度は、マリアンヌ・フェイスフルの”もう一枚のデビュー・アルバム”について。ちょっと送れて世に出たゆえ2ndアルバムと認識されている、フォーク色の強いほうの盤だ。
 昨日は、「レコード会社の方針が定まらなかったゆえにデビューアルバムが2種類も出てしまった。そう考えるほうが面白い」なんて書いたけど、このアルバムを聴いてみると、「どうしてもフォークっぽいアルバムにしたかったマリアンヌの真意をレコード会社が受け入れた」という解釈のほうが当たっていそうだ。

 ほとんどギター一本がバックみたいなシンプルな音つくり。ギター弾きのスタイルは、当時のアメリカのフォークロックの影響が色濃く、デビュー当時のバーズが偲ばれたりする。
 その中にマリアンヌのキリッと背筋を伸ばした感じの歌声が響く。前作のポップな装いに戸惑い、自信なさげだったボーカルとはかなり違う。そもそもが実力派といえるような歌唱力の持ち主ではないが、自分の信ずる音楽に筋を通したという思いが凛と通っている感じだ。

 声の出し方は当時の女性フォークシンガーのトレンドというか、高音をきれいに響かせるジョーン・バエズっぽい方向。歌われている曲目は、ポートランド・タウン、朝日の当たる家、スペイン語は愛の言葉、風は激しく、などなど。アメリカのフォークの影響が強かった当時のイギリスのフォーク・シーンをそのまま映し出している感じだ。
 ウッドベースが唸り、ジャズィーに生ギターがスイングする「朝日の当たる家」のアレンジは、どう考えてもそこで浅川マキが出て来そうな雰囲気が漂い、そう気がつくとおかしくてたまらない。
 ともかくもどの曲もみずみずしい情感に溢れ、窓際に置かれた一輪挿しの花みたいな瀟洒な出来上がりのフォーク・アルバムなのである。これはもっと早く聴いておけばよかったよなあ。

 そしてここで展開された世界のさらに高次な結実が次作、「ノース・カントリー・メイド」なのだから、これは聴きたい。が、これが手に入らないのだな、最初の話に戻るが。
 何年か前にボックスセットの中の一枚として再発売になったもの、どうやら「ノース・カントリー・メイド」のCD化の例はそれだけのようで、それもとうに廃盤。今はただただ無駄にオリジナルのアナログ盤が高値を呼ぶばかり。なんとかしろよ、レコード会社。

 ところで。「2種類出たマリアンヌのデビュー・アルバム」の、どちらが商業的に成功したかといえば、最初のポップアルバムがこちらの倍の枚数、売れたのだそうな。まあ、あちらにはヒット曲も含まれているし。
 いずれにせよ、これは勝った負けたの問題ではない。だってこのあと彼女は先に述べたセックスやドラッグにかかわる芸能スキャンダルに巻き込まれ、なにもかもがフイになってしまうのだから。マリアンヌがミュージシャンとしての自分を取り戻すのは、音楽シーンが次の展開を迎えた後のことである。
 そして、ハードなサウンドをバックに強力な声で人生にかかわる重い歌を歌う今のマリアンヌに、あまり私は興味をもてない。まあ、時の流れは過酷なもの、失われたものは2度と戻ってこないのだから、そんなことをブツクサ言ってみても詮無いことではあるのだが。



遥かなるノース・カントリー・メイド(前編)

2011-02-11 02:44:44 | フリーフォーク女子部
 ”1st”by Marianne Faithfull

 という訳で、あいかわらず肝心の3rdアルバム、”ノース・カントリー・メイド”が手に入らないマリアンヌ・フェイスフルなのだが。興味を引かれている彼女の”フォーク期”のその他のアルバムなどは、手に入りつつある。
 たとえば今回のこれは1965年4月、英国デッカから発売された彼女のデビュー・アルバムのようなもの(?)である。
 ようなものってのも変な言い方だが、当時、レコード会社は彼女を普通のポップスを歌わせるか、その時点で流行だったフォークっぽい方向で売り出すか決めかねていた形跡がある。で、めんどくさいから両方出しちゃえというんで、ほぼ同時と言っていいタイミングで2種のデビュー・アルバムが出ている。ポップスよりのものとフォークよりのものと。

 あるパーティでマリアンヌを見かけ、その清楚な容貌が気に入ってしまったストーンズのマネージャー、アンドリュー・ルーグ・オールダムの鶴の一声でショー・ビジネスの世界に引っ張り込まれたという彼女らしい、ドサクサ話であります。
 あ、これには「心ならずポップス歌手としてデビューさせられた彼女自身が、フォーク歌手への転身を望んだから」との説もあります。そちらの方が本当かもしれない。でも、こちらの話のほうが好きなんで、ドサクサ説を取ってしまいます。いずれにせよ彼女のデビューにあたって、趣きの異なる2種のアルバムがほぼ同時にレコーディングされた、というのは事実のようだ。

 で、有名な”アズ・ティアーズ・ゴー・バイ”を含むこちらはポップスよりのものということになる。実際、いかにも1960年代の英国ポップスっぽいというか、当時のヨーロッパのどちら方面に行きましても見かけることが可能だったような軽い流行歌を歌う、清純なる美少女マリアンヌ・フェイスフルの姿がここにある。当時マリアンヌ、19歳。
 古きヨーロッパの都会の石畳の道。雨上がりの日曜日。流行のファッションに身を包んで現われたマリアンヌの青春の輝きに被さるように、ロックのリズムに乗ってチェンバロの間奏が、チンチロリンとバロック音楽のフレーズで駆け抜けます。

 さて、フォークとポップス、彼女にはどちらが向いていたろう?とかいうほどの問題じゃない、まずデビュー当時の浅田美代子など思い出してしまった歌唱力の新人歌手マリアンヌの何を論ずれば良いというのだ?か細く震えながらフラフラとメロディにすがりつくように歌い継ぐ彼女の歌唱は。まあ、ロリコン趣味の人にはたまらんでしょがね、と申し上げるよりない。で、ちなみに。すいません、私、結構、その趣味があります。
 そんな事情を加味して話を聞いていただけるなら、これは60年代英国ポップスの傑作のひとつと言えるんではないか。可愛いしね。爽やかだしね。不安定な、ハラハラさせるような部分も、キュートな味わいとしての作用をしているし。良い出来上がりだと思う。

 こうして、ストーンズのミックやキースなどをお相手に配し、ドラッグとセックスと、その他さまざまな芸能ゴシップ満載のマリアンヌの青春が幕を開けるわけだが、あ、その前に、もう一枚のデビュー・アルバム、フォークよりのほうのものの話を(続く)