”Julie is My Name”by Julie London
根がいい加減に出来ているのだろう、英語による曲名などアバウトな雰囲気訳で納得していて、後にきちんとした訳文を読んで自分がいかにデタラメな意味把握をしていたのかを知り、呆れてしまうことなど良くある私である。
今回のセクシーなジャズ歌手、ジュリー・ロンドンのデビュー曲”Cry Me A River”のタイトルなども間違った訳を平気で信じ込んでいた一例なのであって。私はこのタイトルの意味を”Willow Weep For Me”みたいなもの、つまり「川よ、私のために泣いておくれ」というような意味なのであろうとかなり長い間信じ込んでいたのであった。
私がどのような文法上の勘違いをしていたのかは、そちらで勝手に想像してお笑いいただきたいのだが、曲名の本当の意味は、「私のために、川のように泣くがいい」と別れた恋人に毒ずく歌なのだった。
”あなたの事を心から慕っていた私。その私を蔑ろに扱って来たあなたは、別かれた今、もう戻らぬ私を想って日々、泣きくれているという。ざまあ見ろ。河の流れのように果てしなく涙を流して泣くが良い”
というような素敵な復讐罵倒ソング(?)であったのだ、実は。
シングルカットされ大ヒットすることとなるこの曲を冒頭に置いたデビュー・アルバム、”Julie is My Name”が出たのは1955年のことだった。ジャズっぽいギターとベースだけをバックに、悠揚迫らざる気だるい調子で歌い流して行くジュリーの歌は新人らしからぬ落ち着きとも、実はぶきっちょでこんな風にしか歌えなかったのかも、とも思えたりする。
そのように構成上音の隙間の多い、にもかかわらずギターのバーニー・ケッセルたちの巧妙なプレイがかもし出す瞑想的雰囲気漂うサウンドは、深い深い夜のイメージを伝えてくる。
ジュリーのどの歌にも、シンと静まり返った夜のしじまに向かい、研ぎ澄ました意識の走査線を伸ばして行く一人の女の孤独な視線がある。どこか遠く遠くで夜の闇の中、静かに水量を増しながら流れて行く川がある。川のように泣くがいい。あまりにも長い間、そこにそうしてふさぎ込んでいたせいで、自分の望んでいたものが本当にそれであったかどうかも良く分からなくなってしまった彼女がいる。
たとえばこのアルバムにはよく知られた曲、”恋の気分で”が収められている。この曲は誰が演じてもその意識が、空に浮ぶお月様のところまでポンと飛んでいってしまうような雰囲気をかもし出す曲であるが、ジュリーの歌はものの見事にどこへ飛んで行かない。彼女ひとりの部屋の中にただ淀み、彼女の溜息と一緒に消えて行ってしまう。深い夜への頌歌である。