類似したもの、相似形は、どのジャンルにもあって、たとえば、鮫とイルカは魚と哺乳類で種族は違うのに形が似ていて、収斂と言う進化形態の、環境適正へ向けた偶然でもあり必然でもありました。
他方で、デザインの世界で五輪エンブレムの疑惑があったばかりです。
では、ウルトラマンはどうだったのか?
成田亨は彫刻出身で、バイトで各社特撮現場の石膏班へ出向いて持ち前の探求心から技術や知識を磨いて特撮の技法を身につけます。東映の劇場作品などで特撮そのものの監督をしている事が、本に詳しくあります。
キャラクターデザインは、65年の「ウルトラQ」が初めてとなり、機械や科学とは無縁であったため百科事典などを参考にデザインを起こしています。
これがこれのヒントになったと、スクラップに切り抜きを貼ったものを見せてもらった事がありました。コチがガラモン、イソギンチャクがブルトン、タツノオトシゴがバニラ、と言った感じです。
また、既存のキャラクターを参考にしたのはことごとく好いデザインにはなっていないと、ネタバラシを自らしています。ギルマンがラゴン、カウチャーの水星人がM2号、ロビーがユートム、メタルーナがバド星人と言った感じです。
ウルトラマンに関してはそれがありません。
渡辺明の烏天狗のようなベムラーのスケッチを見せられて発奮したのでしょう。
東宝を去った渡辺さんが日活でガッパとして復活させたのかはよく分かりませんが、もし、ガッパみたいな渡辺ベムラーがトドラやモングラー、タランチュラのような既成生物の巨大化と戦う番組だったら、「ウルトラマン」は単発で終わった気がします。
成田さんは、ベムラー、レッドマンのいくつかのデザインを残しています。どういう順なんですか?と聞いたら、何案か出してみただけで、順番は関係ないような事でした。
最初は、ブルーのラインの怪物のようなやつでしょう。突起と模様を描いてみて、それを呼び水として鷹の爪のような王冠にしたベムラーが出来て、それからどんどんヒーローぽくなっていきます。王冠タイプと対比してセンターをツバにしたものが生まれます。
王冠タイプはのちに企画「Uジン」「宇輪」へ発展します。
センターのツバタイプで方向性が決まったのはその方がシンプルだからかもしれません。「単純化」を目指して要素を切り捨てて行ったと語っています。
絵では限界があるので、武蔵美の後輩、佐々木明に粘土原型を依頼します。この時期はウルトラマンではなく、ベムラー、レッドマンと企画名が変わっていく頃です。
では、センターのツバ、卵型のツリ目は、成田さんのオリジナルだろうか、という事です。
先に書いたように、成田さんは機械や科学、言ってしまえば生物学にも無縁でした。メカデザインは、格好良くするため垂直線をなくしたそうです。空気抵抗などの専門の理屈ではないので、専門職へ就いたファンがウルトラホーク1号はちゃんと飛びますと言われた事に喜んでいました。
MJなどぜんぶ水平線と斜めの線で構成されています。
よく言われるのが、ドラケン(スウェーデンの実機)がホーク1号の元ネタという説。たぶん成田さんはドラケンを知らないです。
65年の東宝の企画「空飛ぶ戦艦」のスケッチを、円谷英二から頼まれて何点か描いています。その絵が小松崎茂の元へ行き、小松崎さんも自分なりのスケッチを描いて、コンペとなるのか、企画が頓挫したので中途で絵が何点か残っただけになりました。
成田さんの画集では、成田さんの決定稿が3つ掲載され、その企画から、ホーク1号、3号へ転用したと説明しています。
その他、実は未発表の成田さんのデザインがあります。1号にシルエットは似ていますが、もっと無骨でした。それとドラケンとではずいぶんな差がありました。
要するに、「空飛ぶ戦艦」から「ウルトラセブン」まで2年ぐらいかけてキャラクターデザインのコツが分かって、メカ物は斜めの線で構成していくと収斂のような合理的な形で実機に近づくのです。
逆に、小松崎さんは、最新の情報をアメリカの雑誌から仕入れて徹底して実機を研究していました。
成田さんは「ウルトラQ」以前はキャラクターデザインはした事がありません。ガラモンあたりで造型の巧さもあって納得いったそうです。
ネットでまた言われるのは、ウルトラマンがドイツ・バウハウスのデザイナー、オスカー・シュレンマーの舞台装飾のパクリだろうと。
だとしたら、シュレンマーは日本の古墳から出て来たトンガリ頭を知っていたのだろうか。マヤの古代装飾にも卵型のツリ目はあるぞ、となります。
知らなくても知っていても大事なところでパクらないでしょう。
髪の毛をデザイン的、造型的にどうにかするとして、たてがみになったり王冠になったりトンガリやツバになったりする。収斂というか、それは人間の感性ですよ。
当時となれば最新の科学はアメリカ発で、ロボットやロケットは日本は後塵を拝するしかありません。1つの証として、少年マガジンの図解で、成田さんはキングジョーのデザインを段階別に解説していて、まず最初にふつうのロボットを描いてみる、という段階で、ふつうでありません(笑)。
パクる、という卑劣な感性の人でありません。理詰めでデザインを描きます。
ウルトラマンのデザインの裏話は成田さんの本やレプリカ彫刻の解説書に詳しいですから、ここでは省きます。
ただベムラー、レッドマンとして頼まれたデザインの回答として、これらのスケッチが用意された事は重要です。
成田さんはバウハウスは知っていたでしょうが、シュレンマーの舞台装飾は知らないと思うんです。知っていたとしたら、美的感覚が違うので嫌悪したでしょう。近しい人へその話もしていたでしょう。
成田さんはジャコメッティが好きでした。その影響はあります。
成田さんの師匠がブルデルの高弟に当たり、ジャコメッティは成田さんの兄弟子です。あのロダンの系譜です。
ウルトラマンのデザインの24年後、バンダイの依頼で新しいウルトラマン(グレート)をと引き受けた絵が、「ウルトラマン神変」として残されました(個人蔵)。
ウルトラマンはこれ以上どうにかすることは出来ないので、金と黒に色を変えたものです。
ただ、個人的に思うのは、もし本決まりになったら別のデザインを出したんじゃないかと言う事。
ネクストのシリーズをその頃描いたり作ったりしていました。そして晩年までネクストのデザインにこだわっていた事を考えると、ネクストこそ、成田さんの究極なんだなと想像します。
ウルトラマンのデザインの謎を考える関係図を作ってみました。
右上は、成田さんの思惑とは関係のないもの。
シュレンマーの仮面と隣り合わせのウルトラマンは、日本人のパクリをまとめたユーチューブの動画です。興味ある人は検索して下さい。
ネクストの彫刻を見ると分かるんですが、成田さんの美的表現は、フォルムの追求に尽きます。とくに鋭角をもった卵の頭部。
ウルトラマンのフィギュアやレプリカのようなものを頼まれてゼロから作る時、まず成田エッグを再現出来るか、いつも留意します。
ぼくは彫刻家ではないので彫刻の人と違うのですけど、美しい形を出す事でフォルムが出て来る。シュレンマーのマスクに美しい要素はありません。
成田さんに味方したのは、好い造型家がそばに居た事です。後輩だった佐々木さんの力量が本当に大きいと思います。怪獣では高山良策が外せません。機械、電飾を仕掛けた倉方茂雄も不可欠でした。
また、ウルトラマンのスーツアクターにどうしても起用したかった古谷敏の存在。面長の古谷さんのライフマスク(石膏で型取りし、石膏で複製したもの)に粘土を盛りつける。つまり、成田エッグは古谷フォルムから始まっている。丸顔の人だったらどうなっていたか。
パズルのようにさまざまな要素が折り重なった。その上でも成田さんの力がなくては有り得ない企画でしょう。
成田さんも佐々木さんも原型は1つというので、私見で同じ原型から、Aタイプ、ノアの神、Bタイプ、ニセウルトラマン、Cタイプの順になっていったのだと思います。
試着時に撮影されたシワの寄ってないマスクが、その時点で出したウルトラマンの答えでした(中央)。これを樹脂で作っていたら、B、Cの登場はなかったかもしれません。
佐々木さんの述懐では、口を動かすのがかなり大変だったと。実は樹脂になった、BタイプもCタイプも、唇を外した跡があります。
ウルトラセブンでもしつこく唇を動かそうとするんですが、結果的にすべて巧く行かず、使われていませんでした。
喋らせるためと佐々木さんは言いますが、飯島監督の発案であろう「ウルトラヨード」の注文があったためと思われます。
ヨードというのはヨードチンキ、ヨウ素のヨード、殺菌作用です。
発想の原典は、俵藤太秀郷の故事。例の平安のUMA、大ムカデ退治で、藤太が矢を放つ時に唾をつける、に由来したもの。
現代の俵藤太、ウルトラマンの唾、それがシルバーヨードでした。
ソノシートの第2集「ウルトラマン危機一髪」(さいとうたかを)で使われています。
シルバーヨードは使われなくて正解でした。
シワが頬に寄った事で人間的な表情が出たのは皮肉です。人間味を出来るだけなくすことに力を費やしたのですから(でもそれが子供には受けました)。
楳図かずおのマンガのウルトラマンはシワをモールドにしています。
本人の絵かどうか、少年マガジンの背表紙で色分けされて人間の肌が露出したマスクになっていました。「まぼろし探偵」のような少年ヒーローの常識から自然な発想かもしれません。
マルサンからは、シワの下側をカットしたゴム製のマスク、ヘルメットが出ていました。珍品です。
シワがひどくなって、なんとかならないかの円谷さんの要望から、同じ粘土原型をいじって、Bタイプが生まれます。すぐ、ニセウルトラマンが出る事になって、また原型をいじります。
この時の不敵な不思議な笑みが、成田さんのお気に入りのアルカイック・スマイルになりました。しばらくして、アルカイック・スマイルを採り入れたCタイプが生まれ、これが現在まで続くウルトラマンの基本型になります。
撮影終了後、67年4月に佐々木さんが、古谷さん、成田さん、自分の分と3つ、記念にマスクを抜きました。
古谷さんのマスクは原型のそのままです。
成田さんのマスクは、目の位置が角度がきつくなり、唇の際も深いです。佐々木さんが意図的に変えたように思えますが、成田さんがいじったような気もします。
Cタイプよりキリッとしています。1年がかりの完成型と見て良いでしょう。
近年、劇場作品にウルトラマンの赤ちゃん?が登場して、アッと思うのは、それこそシュレンマーのマスクにそっくりなんです。これ、シュレンマーを参考にしたの?と造型者に聞いたら、シュレンマーを知らないかもしれません。
ところで、この項を書くきっかけは、氷川竜介さんが、安井尚志さんに送ってもらった「アメージングストーリーズ」の表紙などを集めた野田昌宏さんの著書「図説ロボット」のページを紹介していたからです。
安井さんはソノラマの取材で、それまでなかなか捕まらない成田さんを見つけ出して画集まで出しました。画集は他社で企画され、横やりが入って頓挫したそうです。
個人的に成田さんをバックアップし、バンダイのレーザーディスクなどの仕事と成田さんを結びつけたのも安井さんの尽力です。
成田さんと近しい関係にあったので、もしや、ぼくなぞの知らない事も聞いているかも?と思ったのです。
その表紙はシュレンマーと同じ時期、1920年代なんです。
ロボット、たしかにウルトラマンのようです。
ただこれは、金属を叩きだして人間の顔を作るとロボット風になっていく収斂の範疇でしょう。
宇宙、未来、金属、鉱石、それらに人間を加えたもの。それを、意識してかしなくてか、意匠にしていくとウルトラマン的な風貌になっていきます。アイアンジャイアントなんかマンマですよね。
そのロボットのもう1つの特徴の耳のちょこちょこ。成田さんのデザインでもアンテナ付いてますねぇ。どうなんだろう。
ウルトラセブンの初稿は、どう見てもロボットです。
大伴昌司が図解したウルトラマン、関節が金属です。だからアントラーが吐いた磁力光線に引き寄せられるんでしょうか。
その大伴さんがやったセブンの図解は完全に機械仕掛けでした。
円谷さんは、内部図解までするのはあさましい、と言う感情で(昔の人の感性なんでしょう)大伴さんを出入り禁止にしたそうです。
円谷家と和解するのは一さんの著作「特撮のタネ本」や「写真集円谷英二」の時までかかったそうです。
もっとも円谷さんは、当時のマスコミの表現には口を挟まないので、真意は別にあったかもしれません。
「特撮のタネ本」は英二さんが書くはずだったそうです。急逝して一さんの著作ですが、大伴さんが代筆しているとか。
その大伴さんの「写真集円谷英二」は、竹内博さんが実質丸ごとやっています。
最後に、「ウルトラマン前夜祭 ウルトラマン誕生」で怪獣博士が観客へ向けてこんな事を言うんです。
「 ウルトラマン、ウルトラマンとは何者か? 宇宙人かロボットか!?」。