第3回女性だけが「見せしめ」になる日本 助け求める権利教えるフランス

大貫聡子

連載「買春は暴力」③

 今年7月、東京・新宿の大久保公園周辺で「事件」は起きた。売春の目的で客待ちをしたとして、20代の女性4人が売春防止法違反容疑で逮捕され、一部メディアにより、名前や顔とともに「(女性たちの)立ちんぼ行為が社会問題化」などと報じられた。

 売春の状況にある女性たちを保護・支援してきた団体が「性搾取された女性たちをさらし者にしている」と抗議する事態となった。

 日本の売春防止法は第3条で「何人も、売春をし、またはその相手方となってはならない」と売買春の禁止を宣言している。しかし違反した場合の罰則はない。処罰の対象となるのは、売春行為から他人が利益を得た場合や、あっせん行為などが認められた場合に加え、公衆の目に触れるような方法での勧誘などで、実態は売る側ばかりが問題視されている形だ。

 防止策も売る側を問題視する。「立ちんぼ」の一斉摘発やパトロール、客待ちが多い道路を黄色に塗装する――。

 2016年の法制定で買春行為への処罰が導入されたフランスでは何がどう変わったのか。

 売る側の客引き行為に対する罰則は廃止され、買う側には1500ユーロ(約26万円)の罰金が科され、再犯すると金額は倍増。未成年や障害のある人、妊娠中など弱い立場にある人を買春すればさらに厳しい罰が科され、罰金は売春の状況にあった人を支援する団体の活動資金にあてられる。再犯防止の講習を受けさせられることもある。

 法施行の80年近く前に売春の当事者が設立し、売春の状況にある人たちの保護や売春から抜け出すための支援を続けているパリの公益団体「巣のムーブメント」のブノワ・ケルモルガンさん(36)は、「売春の状況にある人からの相談は爆発的に増えた。彼女たちに、助けを求める権利があるということが周知されたためだ」と話す。中には「客を訴えたい、だから手伝ってほしい」という人もいるという。

 フランス政府が24年に出した「売春に関する暴力と人身取引に対する取り組みに関する報告書」も指摘するが、売る側が女性に偏る一方で、客は男性が圧倒的に多い。

幼少期にトラウマ、弱さを利用するあっせん業者

 さらに、売春の状況にある人や過去に経験した人のほとんどが、子どもの頃や若い時に性暴力の被害にあっているという。「トラウマから自らの身体の価値を投げ出すような行動に出ていること、暴力から身を守ることが難しくなっている」とケルモルガンさんはいう。

 売春を始めたのは未成年のときであるケースが多いといい、「それは今も昔もフランス人も外国人も同じ」とも。「売春の状況にある人は未成年のときに性暴力を受けていることが多い。あっせん業者や客はその脆弱(ぜいじゃく)さを見抜き、利用するのです」と話す。

 どうすれば防げるのか。

 ケルモルガンさんは、幼少期から予防教育に取り組むことが大切だと話す。16年の買春処罰法以降、中学と高校で買春の現状と体を商品化することの危険について学ぶことが教育法に明記された。同意というのは金銭では買えないこと、同意はお互いに欲求していることであると学ぶ。「意義は大きい」とケルモルガンさんは強調する。

 同団体で10~20代の被害者を支援するルイーズマリー・ジャコムッツォさん(24)も「法律は人々のメンタリティーも変えつつある。特に若者への影響は大きい」と話す。

 学校など教育現場に行くこともあるが、学生たちとは「性的同意は『買える』と思うか?」という視点から議論を促すという。

「性的同意」は買えるのか? 教育現場では

 最初は「そういうこともあるのでは?」と答えていた学生たちも、「体と人格は切り離せるのか?」「性暴力の被害者の多くは女性。売春の状況にある人も多くが女性であることをどう思うか?」などと問いかけるうち、徐々に考えが変わってくるという。

 同意とは何かについても考える。

 頭が「いいんじゃない?」と言っていても、体が欲求していない時は同意といえるのか。「同意は人と人が関わるなかで、最低限の土台として必要なもので、他者に対する尊重がいかに大事かを理解するようになる」とジャコムッツォさんは言う。

 22年から同団体で働くジャコムッツォさんは、活動を通じて「売春は女性に対する暴力の交差点」と感じるようになった。性売買の現場では、「売る側が心理的にも肉体的にも暴力を受けていたり、白人より有色人種の方が値段が安かったり、不平等や不正義がまかりとおっている」という。「大切なのは自尊心を育てること。自尊心を育てる教育をしていれば、買わないし売らない、いじめにあったり、搾取されたりもしない」

 日本で売る側ばかりが問題視され、摘発されている状況を記者が伝えると、「すでに被害を受けている女性にとって二重の被害を与えることになる。売る側を問題視することは、女性のスティグマ(否定的なレッテル)を増やすだけ。売買春を減らす方法としても非生産的だと思います」と語気を強めた。

     ◇

 国は11月12日から25日まで「女性に対する暴力をなくす運動」を実施している。

●配偶者暴力相談支援センター ☎#8008(はれれば)

●性暴力・性犯罪被害者のためのワンストップ支援センター ☎#8891(はやくワンストップ)

 年齢や性別を問わず相談できる。

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この記事を書いた人
大貫聡子
くらし報道部
専門・関心分野
ジェンダーと司法、韓国、マイノリティー
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    津田正太郎
    (慶応義塾大学教授・メディアコム研究所)
    2025年11月16日14時0分 投稿
    【視点】

    仕事柄、新聞記者や研究者の方々から「実名報道の必要性」について話を聞く機会がよくあります。その論理には納得できるものも多く、私自身、実名報道についてはある程度まで支持しています。 ただ、それが反発を呼ぶ理由の一つに、実名かそうでないかの基準が不透明だということがあるのではないでしょうか。よくわからない理由で容疑者の名前が報じられないことがある一方、この件のように名前が大して重要だとも思えないのに報道されることもある。「報道は歴史の最初の1ページなのだから、実名が必要だ」とも言われるのですが、この件は「顔写真と名前があったほうが読者の下賤な好奇心に応えられ、クリック数が稼げるから」が正直な理由なのではないでしょうか。大学生の違法薬物使用に関する報道でも同じように思うことがあります。 こういうことを繰り返していると、いくら美しい言葉で実名報道の必要性を語ったところで、誰にも相手にされなくなってしまうように思います。

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    太田啓子
    (弁護士)
    2025年11月16日14時7分 投稿
    【視点】

    20代の女性4人が売春防止法違反容疑で逮捕され、一部メディアが女性たちの名前や顔を流し「(女性たちの)立ちんぼ行為が社会問題化」と報じたことはつくづくひどい人権侵害だった。  報道の翌日に記者会見を開き、警察と報道機関への抗議を表明したのは、買春処罰をずっと求めてきた一般社団法人Colaboである。 女性たちをかえって危険に追いやるという理由で買春処罰に反対する人達も、売春の状況にある人達の処罰やこのようにメディアが晒し上げることには反対であるはずで、このような報道加害に対しては一斉に抗議行動が起きておかしくなかったはずだと思う。今後の課題であろう。 ただ買春行為を処罰するだけでは女性たちの環境の危険が増すというのはその通りだと思う。フランスの例からもわかる通り、必要なのは、「買う側」を処罰するのと同時に「売る側」を処罰せず被害者と位置づけて保護し、性売買からの脱出を支援すること、性教育を強化することだ。 売春の状況にある女性たちの安全と尊厳を守りたいという一点で一致できるのであれば、様々な点で意見が異なる人達どうしでも、今必要なことを一丸となって求め、実現できればと願う。

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