1985年の現代ギター誌にスケール練習の特集があったので読んでみた。
そこに書かれていた解説の中で最も印象に残ったのは、前回の記事で触れたのと同様、やはり「音を完全に聞き取る」ということであった。
解説者は「例えばパコ・デ・ルシアなどのレコードを聴いて、パコの弾くあるスケールを教材にして音の1つ1つが聴き取れるまで何度も繰り返して聴き、聴覚を鍛える」、「そして自分で弾く時も、1つ1つの音を確実に聞き取るように心掛けなければならない」と述べている。
確かにパコ・デ・ルシアの演奏を聴くと、あの猛烈なスピードのスケールでも1音1音が不明瞭になっていない。パッセージをひと塊で弾くのではなく、1つ1つの構成音を明確に確実に弾いていることが分かる。
ロドリーゴの3つのスペイン風小品の「サパテアード」に出てくる高速スケールのようなパッセージも、どんなに速くても1つ1つの音が明確に分離して聴こえてくる演奏が聴き手からすると望ましい。(このように弾けるようになるのは至難なことではあるが)
スケールを練習する際には、ただ漫然と惰性で弾くだけでは何の効果も無い。
スケール練習も慣れてくると潜在意識に記憶させた自動操縦ロボットが動作するようになり、指が勝手に動いてくれるようになる。
しかしこれが1番怖いのである。その理由は前回の記事で書いた。
顕在意識下で、最初はゆっくりと1音1音の音を聴きながら、左指の動き、ポジションをはっきりと確認しながら弾いていく。
1音1音の発音が地に着いたような確実さで弾けている感覚を感じながら。
潜在意識に出来るだけ覚え込ませない。
そして徐々に速度を上げる練習をしていく。決してあせって速く弾こうとせず、1つ1つの音が明瞭に聴こえ、地に着いたような確実さで安心して弾ける感覚を維持できるまでは速度は上げない。
そして右指はバリエーションを変えてみる。普段やっていない組み合わせの運指で弾くと、連動して左指の動きも悪くなって普段通り出来なくなることに気が付く。何故ならば、右指の運指を変えたことで顕在意識での作用が加わり、潜在意識下での自動操縦ロボットの動きが遮断、抑制されたためである。
だからあえてこのような練習もやってみる。潜在意識下での自動操縦ロボットの動きに依存しなくても確実に弾けるように意識しながら練習してみるのである。
スケール練習の意義として他にはローポジションからハイポジションまでの効率的な左指、左手の動きをマスターする、特定の調の各構成音のギターの指板上のポジションを覚えるなどが考えられる。
あと私が考えるのは、テンポを感覚的に覚えるというもの。
音階練習をメトロノームで行う意義は、正確な速度(途中の移動、跳躍等で遅くなったりしないために)で淀みなく弾くことにあるのだと思うのだが、それ以外にこんなことを考えている。
それは、「テンポを正確に記憶する」ということ。
例えばメトロームの速度を♩=100に設定してその刻みに合わせてスケールを何度も弾いてみる。
果たしてこの練習を何度も繰り返したところで、テンポ♩=100を常に思い出せるほど速度感が身に付くであろうか。
メトロームが音を出して刻むテンポは正解である。この正解を聴きながら同時にスケールを何度惰性で弾いて練習したところで、いざメトロノーム無しでテンポ♩=100の速度で正確に弾こうとしてもテンポを明確に思い出せないのではないか。
だからテンポを掴む練習をするためには、まずはメトロノームの音に合わせて弾いても、ある程度に回数に達したならば時間を置いて指定のテンポを「自分の感覚」で弾いてみる、そして次に指定テンポでのメトロノームを鳴らしてみてメトロノーム無しで弾いたテンポとの乖離を測定する、といった練習方法が必要なのではないかと。
このような練習を積んでいかないとテンポ感というのはなかなか身に付かないのではないかと思う。とくに中庸ないしやや速度の速いテンポは他の速度に比べてつかみにくい。
楽器を使用せず、口に出して歌ってみるのもいいと思う。意外に歌という手段はテンポ感を脳に記憶させやすいものである。
ギターのスケール練習の教材としてはセゴビアのものが有名であるが、私もこのスケールを確か大学時代に京本輔矩編「クラシックギターの技巧法」という教本に出ていたセゴビアの運指で練習していた。


オリジナルは下記の出版社による。


セゴビアの運指の欠点は1つの調で1種類の運指だけだということ。
私は鈴木巌さんの下記の教本に出てくる音階練習の方が効果的と思い、こちらの方で練習している。
1つの調で2、3パターンの運指が付けられている。

