2025-11-16

知的障害者交流の後、ゴシゴシと手を洗ってしまった。あの時の罪悪感

投稿です。

最近「みいちゃん山田さん」という作品話題ですね。

私も少し読んでみましたが、過去体験と重なる部分があったので書き起こしてみたいと思います

私は現在大学一年です。障害者に対する理解社会通念は持ち合わせているつもりです。

小学生の時、知的障害者との交流目的とした特別授業がありました。

市内の特別支援学校に行き、同世代の障がい児と遊んだり、支援学校見学したりしました。

授業では、ペアとなる児童担任が決め、基本的にその子と共に行動します。

最初の授業ではその子と手をつないで支援学校を見て回りました。

ペアになったのは重度知的障害女の子

「みいちゃん」と違って会話も難しく、交流といっても手をつないで校内を歩くだけでした。

当時小学生だった私ですが、「配慮必要な人もいる」とか「障害を笑うのは許されない」といった事は理解していたと思います

でも、授業が終わったあと、私は真っ先に水道で手を洗ってしまいました。その時の罪悪感が今でも忘れられません。

昨今のSNSでは、差別的発言であっても共感されればいいねが押され、自浄作用が働いていないことも多々。

差別に限らず「福島」「津波」「原爆」「発達」……と不謹慎に溢れています。私はずっと「そういった発言をする人=救いようのない人」というレッテルを貼って処理してきました。

でも、自分のその一部なのかもしません。

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