あなたにそばに居て欲しい

（ある平日の深夜。2人は通話中…）

…そっか…今月キツいんだ。

でも良かったじゃない、生理休暇取れて。
3日間だっけ？そっちの会社。
ゆっくり横になって休みなよ。
休みが終わる頃には元気になるんだろうからさ…。
そしたらまた仕事頑張ればいいじゃない。

ん？何。

「1人で居ると寂しい」？

珍しいね。
そんなこと言うの。

え？
「うちに来て」って…。
いつも辛い時は「1人にして欲しい」って俺を寄せ付けないのに、どうしたのさ。

（「明日、会社の帰りにうちに来て欲しい……会いたいよ……」）

明日？
……明日はちょっと無理だよ。
だっておまえの家ってさ、会社から俺の家と反対方向じゃない。

今、納期迫ってる仕事2本あってさ…どっちも進捗遅れてて毎日帰り終電なんだよね。
とてもじゃないけど、おまえん家に寄って会うなんて無理だって…。

いや…俺だっておまえには会いたいよ？
心配だし、顔見に行ってやりたいけどさ…。
スケジュール的に無理だって…。

（生理の為情緒不安定気味な彼女、電話の向こうで泣きだす）

ちょっと……そこで泣かれてもさ……。

（「有給って、取れないの？）

は？有給？
おまえ…俺に有給取れって言ってんの？
おまえの生理で？

（友達の彼は、有給取ってそばに居てくれたって言ってた……」）

「友達の彼」？
その人、自分の彼女の生理に有給使ったの？

ふーん…。

その彼は簡単に有給取れる環境なのかもしれないけどさ。
うちはそういう訳にはいかないんだって。

さっきも言ったけど、今、俺は仕事詰まってんの。
「時間足りない」って思いながら必死に残業してるんだよ？
いっぱいいっぱいなのにさ…有給なんて取れる訳ないだろ…。

そんな他人と比べられても困るって。
いくら生理で情緒不安定って言ったってさ…。
こっちにだって出来る事と出来ない事があるじゃん。
勘弁してよ…。

（「……そんな冷たく言わなくてもいいと思う」）

は？

あのさ、今「冷たい」って言った？

（疲れている彼、イラッとする）

その言い方はないんじゃないの？

今、俺、疲れてクタクタで気分悪いんだけど、おまえの電話の相手してるよね？
生理痛とかさ…なんだっけ、PMS？
諸々事情があるのは分かるけど、ちょっと言い方酷くない？
まるで有給取らない俺が悪いみたいじゃない。

いくら相手が俺だからってさ、思いやりなさすぎだし我儘も度が過ぎてやしないかな。

（「……ごめん」謝る彼女。けれど彼は苛々がおさまらず…）

こっちの気持ちも考えないでさ…無神経だよ。

（ため息）

……相手すんの、嫌んなった。

今日はもう、電話切るから。
話ししたくないの。

不毛な会話で貴重な睡眠時間、減らしたくないからさ。
俺、もう寝るね。
切るから。

じゃあ、おやすみ。

（通話終了）

…ったく。
なんでああ言う訳分からん事、言い出すんだろ。
よく知らないどっかの『友達の彼』と比べられたって、同じ事出来るわけないじゃん…。

気分悪いな、もう…。

はぁぁ……イライラする。
早く寝よっ。

（イラッとしながら横になる彼。真っ暗な部屋の中で寝ようとするが…）
《布団衣擦れ音》

（何度も寝返り）

あいつ、今頃どうしてるんだろ。
また変な汗滲ませてお腹抱えて「痛い」って半べそかいてんのかな……。

痛み止め……家にあるのかな…飲めたのかな……。

生理の時に「来て」なんて言ったの初めてだったよな。
いつも「会えないし来ないで」って言ってるのに…。

友達の彼の話、引き合いに出してまで我儘言うなんて…あいつらしくないよな……。

さっきの訳わかんない我儘もホルモンバランス崩れたせいなんかな……。

今回そんなに辛いのか……？

（寝返り）

泣いてたもんな……。

（寝返り）

まだ泣いてんのかな……。

（寝返り）

あぁもぅ！
気になって寝られないじゃん…。

《衣擦れ音》

駄目だ。
無理。

気になる。

ったく……！

（翌日早朝。彼女は生理の痛みで熟睡出来ず、お腹を抱えながらベッドで蹲っている）
《ドアの鍵開錠音→ドアが開く音→足音》

……起きてたの？

本当に今回キツイんだな。
顔が死んでるよ…。

（「なんで……？」）

「なんで」って、おまえ、俺に会いたかったんだろ？

電話切ったの俺だけどさ…。
ああ言う通話の終わり方じゃ心配で寝られやしねーよ…。

「出来ない」「無理」で思考停止しておまえと険悪な雰囲気のままでいるくらいならさ。
今出来る事して歩み寄った方が健全だって思ったの！

だから。

（持ってた荷物をドサっと床に置いて）

始発使って泊まりに来た。
ドアは勝手に合鍵使わせてもらったから。

おまえは具合が悪くて動けない。
俺も忙しくて会社帰りにこっちに寄れない。
でもおまえは俺にそばに居て欲しい…って言うならさ…。
俺が帰る家をこっちにすれば、少しは一緒に居られるだろ？
3日分の荷物持って来たから、ここ置くよ。
今日から俺は、この家から会社通う事にする。

あーあー、泣きすぎだって……。
涙もだけど…おまえ、鼻水エラい事になってんじゃん。
美人台無しだぞ。
ったく、しょうがねーな…。
ティッシュ、ティッシュ……。

ほら、顔。

拭くから、こっち向けよ。

（ティッシュを引っ張り出して彼女の顔を拭く）
《ティッシュの音》

1人で、そんな心細かったの？

「どうしてなのか自分でも訳わかんない位寂しくて、無茶苦茶言ってるって分かってても言葉が止まらなかった」？

そっか…。

さっきの電話、いつものおまえらしくない事ばっか言ってたもんな。
今月はそう言う月なのかもしれないね……。

お腹痛いのはどうなってる？
痛み止めは？飲めた？

（「飲んだけど……痛い……」）

飲んでそれなのか……。
髪の毛…しっとりしちゃってるの、これ脂汗だよな……。
キツそうだ…。
これじゃメンタルやられてもしょうがねーか……。

今日、病院ってどうすんの？
行かずに寝てる？

その様子じゃ夜、眠れてなかったんだろ？
眠れる時に寝なよ。
後でコンビニで食べ物とか飲み物仕入れてくるからさ。
今日はとにかく安静にしてな？

（「うん……」）

ほら、来たんだから、そろそろ泣き止めって。
目、腫れるだろ。鼻も真っ赤だし。
このままだと朝の買い出しリストにティッシュも要るじゃん。
ヤダよ？
朝から買い物、山になるの。

早く涙止めろってば。

（泣き止もうとする彼女）

ん。

（…の、おでこにちゅっ）

一応来たけどさ……多分今晩も俺、帰りは終電になると思う。
おまけに今日は寝てないから、帰って来たらすぐ沈没すると思う。
本当に『居るだけ』だよ。
何もしてやれない。

それでもいい？

（「居なきゃヤダ……」）

分かった。
明日も明後日もそんな感じかもしれないけど、俺…おまえのそばに居るよ。

（「うん……」）

寂しいのだけは取り除いてやるからさ。

安心しな…。

ね？

【FIN】