辛い日はお姫様の日

《PC打鍵音》
（ある日の残業中）

すいません、先輩。
こっちの資料の確認お願いしたいんですけど…。

（斜め後ろの席に座る先輩に書類の確認をお願いする彼）

ん？
どうかしました？

（一瞬表情が歪んだように見える。けれど「ううん、なんでもない」という先輩）

…いえ、気のせいならいいんですけど。

で、この部品の製造元なんですけど、もらった資料ではこうなってるんですよね。
…でもこれ、違いません？
ですよね？
これとこれ、逆で間違いないですよね？
分かりました…訂正しておきます。

（彼、自分の席に戻る）

さっき…なんか様子変だったよな…。
夕方、頭痛薬飲んでたし…。
体調、良くないのかな…。
うーん…。

（少し疑問に思いつつも、席に戻り仕事を再開する彼。しばらくして再びミスのようなものを発見して先輩に確認を取りに行く）
《PC打鍵音、紙を捲る音など》

すいません。
なんかこっちもミスっぽいんですよ…。
これ…ここと、ここと、それからこっち、確認したんですけど番号ズレてますよね…？

やっぱりそうか…ここも訂正ですね…。

ん？

（ここで何かに気付く彼）

ところで…あの…。
先輩…。

（周囲に聞こえないよう耳元で小声で尋ねる）

怒らないで聞いてね。
今、女の子の日なんじゃない？

（「えっ…！」と驚き動揺する先輩に優しく）

しっ…周りに聞こえる。
そのまま仕事の話してる風で、且つ小声で話して…。

離席しないでずっと仕事してるみたいだけど、もしかして立ち上がれなくなってる？

（「…え？」と引き攣り笑いの先輩）

他の人にはわからないと思うけど、今、微かに血液っぽい臭いがしてる…。
これ女の子の日の時の臭いだよね？
さっき…一瞬だったけど、様子おかしかった。
これはカンなんだけど…スカート、既に汚れてるんじゃない？

（「…」先輩赤面）

やっぱりね…。

大丈夫。
今ならまだ駅ビルの量販店が開いてる。
夜食仕入れるついでに行けるから、俺、着替え買って来れるよ。

そのままだと立ち上がるどころか家に帰るにも困るでしょ？
閉店まであと30分だけど、どうする？

（流石に少し悩む先輩。けれど背に腹は変えられず…「ごめん…お願い出来る…？」）

了解。
必要な物とサイズ教えて。一走ひとっぱしり行って来る。

（先輩、手近な付箋に買い物メモを書いてお金と共にこっそり渡す）

分かった、これとこれね。
買って来る。
待ってて。

（彼、徐々に普通の声の大きさで会話）

分かりました。先輩！
ここ、修正ますね。
でもその前に…。

（少し大きめの声で、周囲に声をかける）

すいませーん。
俺、お腹すいちゃったんで、夜食買いに席外せきはずします！
留守中なんかあったら宜しくお願いしまーす。

（暫くして。買い物から戻って来た彼。手にはレジ袋と紙袋が…）

先輩。
これ、さっき下でお友達の人から先輩に、って。
「渡して欲しい」って頼まれて預かってきました。
どうぞー。

（小声で）

この中に、頼まれた着替え類、入ってる。
1番上の黒いの、ロングカーディガンね。
それ羽織れば隠して移動出来ると思うよ。
スカートなんかはその下にある。
今使ってるシートクッションが入るサイズのビニールショッパーも貰ってきた。
中に入ってるから、それ使えばバレずにクッション持ち帰れるよ。

（「ありがとう…」と先輩。彼、声の大きさを元に戻す）
《レジ袋の音》

あ、それとこれ、差し入れです。
ピーチミックス。
このジュース好きでしたよね？
見つけたんでどうぞ。
日頃お世話になってるお礼、って事で。

（再び小声で）

鉄分大事でしょ？
これで1日分、たっぷり補給してね。

（それから暫くして、職場の人々が次々帰宅。人がいなくなったのを見計らって席を立っていた先輩が着替えて戻ってくる）

おかえりなさい。
着替えられた？

（「うん…助かった…。男の人にこんな迷惑かけてごめんね…」とお礼と感謝を伝える先輩）

お役に立てて良かった。
これで外に出られるね。

（「私…臭かったかな…その臭いが…。ごめんね…」）

ん？臭におい？
うーん…至近距離まで近付かないと分かんないと思うよ。
他の人には…女の人は分かんないけどさ…男の人にはバレてないんじゃないかな。

そもそも俺、嗅覚が人より鋭いらしいんだよね。
たまにいるでしょ？
女の人見ただけでスリーサイズ当てちゃうような人。
そんな感じで女の子の日、わかっちゃったって言うか…。
その…困った事になってそうだなっていうの、ね…。
って、これじゃ変態か…（笑）

うち、姉がやたらオープンな上に、女の子の日の男の態度に恨みあるらしくてさ。
男こそ生理についてちゃんと知っておけ！
彼女が出来たら、この『魔の期間』は心身共に支えてあげるべし！って、
そりゃもう厳しく躾けられたんだよ。
「私が未来の妹ちゃんの為に、あんたを理想の彼氏に育ててやるわ！」なんて言ってさ（笑）

なので…まあ、なんというか…。
多い日困った事になった時の事も、なんか知ってた。

前にデートを中止した事あったじゃない。
「自分は生理が重くて多いから、外でもしもの事があったら嫌なのでごめんなさい」って。
それ聞いてたから、会社にいる時ってどうしてるんだ？って気にはなってた。

あなたの事だから、仕事に集中しすぎて休憩取るの忘れたんでしょ。
俺が声かけた時にドッと来て、ようやく「失敗した…」って気付いたんじゃない？

焦って不安だったよね。
気付くの遅れてごめん。
もっと早く助けてあげたかった。
ショップの営業時間に間に合ってホントに良かったよ。

（「うん、ありがとう…」）

…男の俺に言われて嫌じゃなかった？女の子の日の事。
不快な思いさせてたら、ごめんね…。

（「あ、謝らないで。ホントにその…助かったから…」と先輩）

「助かった」？
ホント？
良かったー…。
やっぱり、ほら、デリケートな話じゃない。女の子の日の事ってさ。
嫌われたらどうしようって心配だったから、少しホッとした…。

そう言えばさ…夕方、頭痛薬飲んでたでしょ。
あれって単なる頭痛？それとも生理痛対策？

…両方なのか。
そんなんで残業なんかして、大丈夫なの？

「まぁ、なんとか…」って…。

体調楽になるまでは、俺に出来る仕事はバンバンこっちに振っていいからね。
遠慮なく、もっとこき使ってよ。
で、出来るだけ残業しないで早く帰れるようにしようよ。
こう言う時こそ、ちゃんと休まなきゃでしょ。

「気ばっかり使わせてごめんね…」？

全然！
『困ってたら助ける』
いつもあなたが俺にしてくれてる事でしょ？
…まぁ…俺だけじゃなく、あなたは他のみんなにもしてるけどさ。

それにさぁ。
…まだ内緒とは言え、俺、あなたの彼氏だよ？
こんな時に頼ってもらえないんじゃ、男が廃るよ。

あーあ。
早くこんな辛い時も堂々とそばで支えられるようになりたいな。
女の子の日はもちろんだけど、病気の時や精神的に弱った時にもさ…。
あなたの手を握って、肩抱いて「大丈夫か？」って。
コソコソしないで『彼氏』らしくあなたを支えて甘やかしたい…。

（「…隠すの、やめる？」と先輩）

ううん…今はまだ隠したままでいいよ。
態々オープンにして目付けられるの嫌でしょ？
女の人の方がリスク高いし、仕事の邪魔になりたくないし。
立場上、周りから色々言われるのはあなたの方だからさ…。

俺がもっと仕事頑張って、社会的にあなたのプラスになるまでは内緒にしとこう？
一刻も早くそう出来るように精進するよ。

（手を取って、手の甲に口づけ）

これ、誓いのキスね。
王子様がお姫様にひざまづいて忠誠を誓うヤツだよ。
「ずっとあなたを守ります」って。
俺がそばにいる限り、ずっと大事にする。
だから、困ったら「助けて」ってすぐに言ってよ？

さて…そろそろ帰ろっか。
施錠せじょうは俺がして鍵返却しておくから、先に下に行ってて。

今日から暫く、家まで送るよ。
だるいし眠いし、痛みもあるでしょ？
貧血も心配だしさ…急に倒れる事あるって聞くし…。
帰り道、途中で何かあったらいけないから、送らせてよ。

（「そんな…悪いよ…」と遠慮されるが…）

俺が安心したいだけ。
遠慮されると寂しいよ…送って行きたい。
お願い。

（「こんなに気遣ってもらうのはじめてだよ…」少しうるっときちゃった先輩）

え？
初めてなの？
女の子の日に家送られるとか、差し入れとか？

ねえ？
こういうの、されて嬉しい？

そっか。

じゃあこれから毎月この期間は、生理が来るのが楽しみになる位、もっと色々してあげる。

普段姉にシゴかれてるから、こっち方面は自信あるよ。
残念ながら不調を取り除く事は出来ないけど、傍に居て甘々にする事は出来るから。

俺の彼女になったからには『女の子の日』は『辛くて大変で憂鬱な日』になんて、もうしない。

『お姫様みたいに大事にされる日』に変えてみせよう。

任せといて。

ね？

【FIN】