君のトリセツ作成中

（肩を叩かれる）

すまない。
この書類の記載ミスと、こっちのデータの計算ミス、至急直してくれ。

それからこの間の測定データ、技研にも出さないといけないから、修正終わったら会議室に持って来てくれ。
確認したらコピーとって纏めるから手伝って欲しい。
先に行ってるから、よろしくな。

《ドアの開閉音》

来たか。

書類の修正、終わった？

じゃあ、そこ座って。

（渡された書類をチェックしながら会話）

調子、悪そうだな。
そろそろなんじゃないか？生理。

あんな凡ミス、普段の君は絶対しないからな…やっぱりそうだったか…。

今月は浮腫も出てきてるみたいだな。
その腕、バングルと時計。
落ち着く場所がいつもより手首寄りになってる。
もう怠いんだろ？

今、他に不調は？
頭痛も？
薬は？

他には？

そっか…なんだか気分が落ち込む、か。

うん…今月も今日から君の家に泊まるよ。

そんな不安そうな顔しなくてもいいだろ。

プロポーズ断られた後、約束したよな？
生理前から生理前半までの、君の言う「この世の終わりみたいな期間」。
これを毎回一緒に乗り越えられる確信は持てるのか、お互いに検証してみようって。

今日は定時で上がれよ。
効率も具合も悪いのに態々残る事はないから。
こういう時は無理は禁物。
早く帰って休むといいよ。

俺は会社引けたら君の家に行くから、そのつもりでね。

何か用意しようとか考えるなよ。
何もしなくてもいいから、ゆっくりして待ってて。

よし。
書類はこれでOKだから、そのままコピーとって、こっちのコレと纏めたのを20部作っておいて。
ノンブル振ってあるから、今日は特に順番に注意な？
確認は３回しろよ。

作業はゆっくりでいいよ。
こう言う軽作業的な仕事の方が1人になれるし楽だろ？

出来上がったら俺のデスクに置いといて。

《ドアが閉まる音》

（退社後、その日の夜）

《インターホンの音と扉の開く音》

やあ。
入れて。

（部屋の中に招かれたので、靴を脱いで上がる）

ああ、荷物ね。
ここ何回か泊まってみて、一旦俺の家に寄ってからここに来れば最低限の用意で良いって分かったからね。
コンパクトだろ？
定期使えるし、同じ沿線でラッキーだ。
俺専用に収納スペースも分けてもらったし、何も困ってないよ。

頭痛はどうなった？

良かったな、薬が効いて。

そうだ…これ。
浮腫に効くハーブティーらしいよ。
甘酸っぱい味だってさ。
クランベリー？かなんかが入ってるらしい。
お試しサイズがあったから買ってきたよ。
気が向いたらどうぞ。

机借りていい？
ああ…報告書。
ここで仕上げたいんだけど、使っていい？
サンキュ。

じゃあ、あとはお構いなく。
君のしたいように過ごしてて。
こっちも適当にしてるから。

《ノートパソコンの打鍵音と、時々タブレットのキーボード画面のカチカチした操作音。紙を捲る音など》

（彼女はベッドの上でだらっとしながらスマホで読書、彼はベッド横の机で仕事。2人は無言でそれぞれ過ごしていたが、ふと彼女から「ねえ…」と声が掛かる）

ん？
どした？。

「泊まりに来てるのに無視されてて平気なの？」？

…無視されてると思ってないから、別になんとも？

確かに今の君の「ねえ」まではお互いマイペースだったな。
俺は仕事してPC画面ばっかり見てたし。
でも2度ほど君の事、チラ見はしてたんだけどね。

「その程度？」って言えばその程度だけど、君を無視してはいないよ。

今月の君はちょっと鬱々としていて、不安感が強そうだから…かな。
頭痛もあるし、怠いし、今はそっとしておいて欲しいんじゃない？
かと言ってひとりぼっちに感じるのは嫌だから、俺の気配は近くで感じていたいんだろ？
「時々こっちを見て欲しい」って気持ちもあったみたいだし。

ビンゴ？
だったらこの位の距離感がお互いに丁度いいんじゃないかな。
まあ、もう少し気にかける回数は増やすよ。
２回は君には少なかったみたいだからね…。

それにしても、ホントに毎回症状って違うんだな…。

先月の君は怒りっぽくてイライラしてるのにムラムラもしてる状態だったから、俺は暴言のシャワーを浴びつつ、飛んでくる枕やクッションにも耐えた。
君を甘やかして、要望のまま毎日バックハグで添い寝してた。
起伏の激しい周期でしたよ。

その前は関節痛が酷いって寝込んでて、些細な事で泣いちゃう泣き虫周期。
更にその前は過食症か？って思うくらい食べまくって、やたら怒りっぽかったな…。
目は吊り上がってるし、声荒げて怒鳴るしさ。
あんな君を見たのは初めてだったから、流石の俺もビビったわ…。

それに比べると、今回は穏やかに過ごせるかもしれないな（笑）

《椅子のキャスターがガラガラ言う音》
（椅子に座ったまま、その椅子ごとキャスターで彼女が横になっているベッドに近付いて台詞）

PMS…だっけ？
君から聞くまで全く知らなかったけどさ…。

決死の思いでしたプロポーズ断られて理由訊いたら、泣きながら「性格が変わって別人みたいになっちゃうから、一緒に生活するなんてとても無理です」だろ。
もう、訳分からないからさ…。
PMSって何だよ！って色々調べて、大変なんだなって初めて知った。

今まで会社で苛々したり、怒りっぽかったり、無気力だったり…。
時々あったおよそ君らしくないと思う振る舞いの原因はこれのせいかって、1つ謎が解けたよ。

連絡して来なくなったりデート断るのもこれのせいだったんだって思ったら、気も楽になったしね。
だって毎回、俺が何かやらかしたのか？って思ってたからさ。
ホッとしたよ、俺のせいじゃなくて。

こんな心や身体の急激な変化を、毎月自分でコントロールしようとしてるんだもんな。
君は偉いよ。
ホントに。

元の自分とは全然違うって分かってるのにどうにもならないなんて、不安にもなるよな。
そんな状態なのに、外では他人に迷惑かけないように変化を最小限に抑えようとしてる。

偉いよ。
もっと何か気の利いた事を言ってあげたいんだけど、適切な言葉が出て来ない。

今さ、運動とか食事とかで症状を緩和しようとしてるじゃない。

え？
知ってるよ。
薬に頼らず何とかしたいんだろ？

ああいう対策が、早く目に見える効果として現れるといいな。

それはそれとして、だ。

1つ気に入らないのは、連絡くれなかったり、デートしてくれなかったり、プロポーズ断ってきた1番の理由がPMSが原因で『いつか俺が君の事を嫌いになるから』って事なんだよな…。
なんでそこが前提なんだよ、って思うんだけど。

色々断ってくるけど、俺とは別れたくなさそーだし。
じゃあ、どうするって思うじゃない。
俺も別れる気ないし。
だったら検証してみればいんじゃね？と思った次第ですよ。

まだ今月で検証4回目だけどさ。
結構色々分かってきた気がする。

持ってたスマホをマットレスに置く音、ため息のつき方、寝返りの頻度、椅子からの立ち上がり方、ドアの開け閉め、メイクの仕方、その他諸々…。
これは不安、これは苛立ち、これは怒り、これは無力感。
この動きをしてる時は頭痛かな、この服着てるから身体が重いんだろうな、っていうのもだんだん分かってきた。

分かった部分に関しては、もう察知するのは簡単だよ。
君よりも早く気付ける。
して欲しい事もして欲しくない事も、迅速に対応可能になった。
天才だよね、俺。

観察して、やってみて、データ取って、検証して、比べ、考える。
この問題の正解は何か。
そこにたどり着くまで己の技術とセンスを武器に前へ進む。
これぞ学問だよ。

こうして俺の中には着々と君に関するデータが蓄積されてってる。
今は電動歯ブラシの取説レベルのデータだけど、分析器のマニュアル位の情報量は欲しいかな。
君が俺と結婚して一緒に暮らすようになっても無駄に不安にならないように、PMS程度の豹変じゃ動じないし気持ちは揺るがないって証明しなきゃならないからね。

どんな時だって仲良くしていたいだろ？
大好きな相手だからサ。

「こんな面倒な人に付き合い良すぎる」？

何泣いてんだよ、バカだな。
難解なほど解けると達成感あるんだよ。問題ってのは。
腕が鳴るの。
分かる？

…研究者、舐めんなよ？

（おでこにちゅっ←なくても可）

【ＦＩＮ】