そろそろ君が眠る頃

（天気の良い週末の午前中。ポカポカ暖かい日差しが降り注ぐ。ベッドで眠っている彼女の顔には直接光が当たらないようにカーテンが引かれている。何かを調理している音と共に、一緒に居て1番安心出来る人の鼻歌や歌が聞こえてきて、彼女が目を覚ます)

《彼の鼻歌や歌←※アドリブでお好きな物をお願いします》

あ、おはよう。
起き上がれた？

うん。来てたよ。
合鍵使った。
そろそろ君が眠り姫と化す時期だなって思ってね。

3日前辺りから連絡が減って来て、昨日は丸一日途絶えたしね。
日数的にも来たかなーって。

ちょっと失礼。

…あーあ、下瞼のとこ、真っ白だね。
今月、鉄分サプリ、ちゃんと毎日飲んでた？

…ほらー、サボるからこうなるし頭痛も出てくるんだよ？
今月はキツイんじゃない？

今は目の奥が痛い…ね。
しょうがないな、もう。
ちゃんとサプリはサボらず飲もうね。
薬に頼りたくないなら尚更だよ。

今、朝ご飯の用意してたんだけど、お腹に入りそう？

良かった。食欲は今月も問題なさそうだね。
座って待ってて。
これから並べるから。

（テーブルには彼の用意した食事が並ぶ）

冷蔵庫に茹でたほうれん草あったから使わせて貰ったよ。
胡麻和え好きでしょ？
ウチにあった昆布の佃煮と、今日の卵焼きはね、取引先から貰った鰻を入れて鰻巻きにした。
ピクルスは僕が作った物だから酸味は抑えめで食べやすいはずだよ。
名付けて「鉄分強化貧血定食」。

名前、ヘン？
じゃあ今度代わりにいいの考えて。

それじゃ、頂きます。

（2人揃って、もぐもぐタイム）

食べてても眠そうだね。

「起きていたいのに、ぼーっとして辛くて…」？

仕方ないって。
生理の時はそうなるんだって、ちゃんと分かってるから。

学生だった頃はさ…よく学校休むし、就活始まったら始まったで「就職はしない」って言い出すし、大丈夫なのかってとても心配した。
でも月の4分の1をこうして生理で体調崩してたらさ、学校休むのもフリーで家で出来る仕事についたのも納得だった。
車の免許も悩んで結局取らなかったけど、それで正解。
怖くて運転なんてさせられない…。

黄体ホルモンの影響って凄いよね。
今起きてる眠気って、ベンゾジアゼピン系睡眠薬飲んだ時と同じ程度の眠気なんだよね、確か。
有名どころだとハルシオンとか？がソレなんだけどさ。
そんな強い眠気で起きてろって言う方が無理だよね。

何で知ってるのかって、調べたからだよ。
付き合ってる彼女の不調の原因、彼氏だったら気になるだろ？

なんとか出来ないかなって思って調べたんだけど、…民間療法とか、婦人科で相談とか、漢方とか対処法はあるみたいなんだけどさ、調べてるうちにそこまでする事でもないのかなって思った…。

ベンゾジアゼピン系睡眠薬ってさ、抗不安薬でもあるんだって。
元々生理の時の眠気は、身体と心をリラックスさせる為のものらしいんだよね。
だったら、無理に改善しようと考えなくていいんじゃないかと思って。

しかも君は貧血持ちじゃない。
溶けるくらいぐっすり眠った方が、身体に良いような気がするんだよね。
実際生理が終わっちゃえば、人一倍元気だろ？
1ヶ月の残り4分の3の為の休息だと思えばいいんじゃないかなって。

「まるで冬眠だね」？
いいんじゃない？冬眠で。
動物っぽいけど、より自然で原始的な感じがしない？

眠いなら思う存分眠ればいいんだよ。
気にしないで、ぐっすりね。

あ、ご馳走様？
綺麗に食べてくれてありがとう。

寒くて怠い？
貧血の方の症状かな…。
座ってるのが辛いならすぐ横になりなよ。
お布団に入ってあったかくしていれば楽になるから。

「そばにいて」？
いいよ。
今日はどうする？
手を握って見守ってもいいし、添い寝でもいいし、何でもするよ。

…歌、歌って欲しい？

さして上手くもない、素人がカラオケで緩く楽しむ程度の歌唱力だけど、平気？

なに、その緩いのがいいの？（笑）
「さっき目が覚める時に聞こえてきて、ほっとして心地良かった」から？

…歌ってって改めて言われて歌うのは照れ臭いけど、まあいいや。
何歌って欲しい？

（彼女から○○がいい、とリクエスト）

いいよ。
では、一曲。

（彼女が横になっているベッドの横で、顔を見ながら優しく歌う。彼女は聴きながらすぐに眠ってしまう）

…早いな。
まだ君の好きなサビの前なのに。

《キスの音》

やっぱりこれじゃ起きないか。

（頭を撫でながら）

何度見てもこの寝顔、慣れないな。
顔面蒼白で、このまま何処か遠くに消えそうだ…。

これだけぐっすり眠って、何かあったらどうする…？
火事とか事件とか地震とか…何か起きても気付けなくて逃げられないだろ…。

「分かってる」って言ったけど、毎回駆けつけずにいられないくらい心配なんだぞ…。

《キスの音》

（再び彼女が目を覚ましたのは夕方。彼はベッドに保たれかかって、タブレットで読書中）

ん？起きた？

今？夕方だよ。
よく寝てた。

起き上がって大丈夫？
「重力が倍に感じる」？
だったらまだ横になってなよ。
これから準備するからさ…ご飯になったら起こすから。

え…どうしたの？
どこか痛い？

「お歌、最後まで聴けなかった…」？
え、泣かないでよ…。
どうしたの…そんな泣くような事じゃ…。

「折角そばに居てくれてるのに、すぐに眠って分からなくなる自分が嫌だ」？
「見捨てられて居なくなっても、それに気付かず寝てそうで嫌」？
「次に起きたらひとりぼっちかもしれないし、眠ったまま、もう起きれないかもしれない」？

はい、そこで一旦、ストップ！
自分で言っててどんどんネガティブになってるよ。
全く…ホルモンの影響って凄いね…。
普段なら絶対思わないような事で落ち込むんだから…。

（ぎゅーする）

ねえ。
眠いのと、僕がそばに居ないのと、どっちがより不安？

後者？

だったらさ…。

うん…。

提案するから、よく聞いてね？

一緒に住まない？

僕としては結婚を前提っていうか、いつ籍入れたって構わないと思って言ってるけど、あまりに急で君は戸惑うだろうから、それは追々考えてもらうとして！
同棲から…でもいいし、なんならただのルームシェアって事でも構わない。
合理的に考えて、移動の時間が省けてコストが削減出来る。
その分一緒の時間が増える。
同居によるコストカットで浮いた家賃や光熱費は、他の事に使うなり将来に向けて貯蓄に回すことも出来…って、何言ってんだ、僕は…。

（大きくため息）

えっとね…。

1人にしておくの、ずっと心配で色々考えてた。
月の4分の1の事だけど、そろそろ君が眠くなる時期だなって思うと気掛かりで、いつにも増してそばに居たくなるんだ。
幾らでも時間が自由に出来た学生時代とは違うから、離れてる時間がある辛い。

そんな風に考えてる僕が、君に愛想を尽かしたり居なくなったりするわけないでしょ。

合鍵はあるけど、家が別で離れてるとこの距離がもどかしい。
いちいちカレンダー見なくてもいいように、そばで様子を確認していたい。
心配なんだ。
だから同居を提案します。

急いでないから、生理が終わってからでいい。
ゆっくり考えて答えを出してもらえると嬉しい。

「夢ならこのまま寝ていたい」？

言っとくけど、夢じゃないからね。
今、君は起きてます。

君の涙その他で冷たく湿気った僕のシャツが、その証拠ね。

【ＦＩＮ】