君は痛みを知ったんだから

　　（それは雨降りの日…）
　　《ドア開閉音》

あ、おかえり…今日早いね。

って、どうしたのその脚！

転んだの？どこで。
駅の改札出たとこ？

あー…あそこ雨降ると滑りやすかったよね…。

脚、痛む？

…って泣いてるの？…そんなに痛いの？

辛いなら今から病院行っとく？
確か駅の反対側の病院なら、まだこの時間でも受け付けてくれたはずだけど…。

　　（断る彼女。そして…）

違うの？
痛いの、脚じゃないの？

なんか…あったんだね？

ね…ソファで話そっか。

雨で濡れてるでしょ。
拭かなきゃ風邪ひくし、擦りむいた所は消毒しないとバイ菌入ったら大変だしさ。
絆創膏も貼ってあげたいから…ね？
そこに座って？

どれどれー……うん、これは痛いね。
絆創膏…1番大きいのじゃないとダメだな…。

　　（彼、ゆっくりと丁寧にケアをしながら話を聞く）

それでー…？

よし…貼れた。
何をそんなに落ち込んじゃってるの？

　　（「あのね…」彼女理由を話し始める）

「朝から怠くてどうしようもなくて…」？
…ああ、そういえば、珍しく朝から体調変って言ってたね。

そっか…会社着いたら生理だったんだ…。
そう言えばそろそろそういう時期だもんね…。

　　（「なんで知ってるの？！」）

なんで知ってるの、って…。

そりゃまあ…付き合い長いし、君って割と周期が安定してるからさ。
なんとなくそろそろだろうな…って…。

それに君の場合、始まる前からちょっとナーバスになるんだよね。
普段なら気にも留めないような事で落ち込んだり、悩んだり…。
いつもより少しだけイライラしやすくなったりもする。

ああ、それに…普段はそんなに好まないのに、やけに辛い物食べたがるよね。
ラー油とかタバスコとか、胡椒に豆板醤？
使う量が増えるし、外でも辛いメニューを積極的に選んでる感じ。

そういえば今まで君から「辛い」とか「痛い」って話は聞いたことって無かったよね。
もしかして今日辛かったの？

そっか初めて痛み止めをね…。

それで今日は帰りが早かったんだ？

じゃあ今も辛いんじゃない？
雨に濡れて身体も冷えただろうし…。

落ち着くまでお布団で横になっとく？
それともお風呂に入って身体温めてあげた方が楽なのかなあ…。

え…ちょっと…。
どうしちゃったの、また泣いて…。

え？

…僕だって出来る気遣いが、「私全然出来てなかった」…？

え、どういう事？

　　（彼女、理由を説明）

「生理痛が辛いものだって初めて知った」？

そっか…君って今まで生理で苦労した経験が殆どないのか…。

それじゃ今回びっくりしただろ…。
薬飲まなきゃいけないくらい痛いし気持ち悪いしで…。

「今まで全然みんなの辛さに気付いてあげられてなかった」かあ…。
心の中で「生理痛くらいでまたお休みするんだ」なんて思ってた？
「随分意地悪だったな…」って、情けなくて涙出て来ちゃったんだ？

まあ、『女の子同士でもお互いの生理の辛さはわからない』って、話は時々聞くからね…。

僕だって、うちの妹が生理重くてさ。
月に数日必ず学校休むような子だったから、ある程度気をつかえるだけなんだよね…。
ピンピンしてるタイプだったら、『女の子の生理は辛いものだ』なんて認識、持たないまま今日まで来てたと思うよ？

でも、そんなもんじゃないかな…。
実際のところ、他人の辛さなんてわからないよ…みんな…。
僕の花粉症、うちの妹の生理痛、君の弟のランナー膝…。
想像力働かせてくれる人はある程度「こんな感じだろうか」って気遣ってくれるけどさ。
それだって、100％理解して言ってる訳じゃない…。
経験がないと、本人じゃないと、真の辛さなんてわからない。
そういうの、『仕方ないんだ』ってわかってるんだけどさ…。

どうしても…なんか期待しちゃうじゃない。
信頼してる人、尊敬してる人、好きな人、仲のいい人…。
そういう人なら、自分の辛さをわかってくれるんじゃないか、って…。

勝手に期待して、期待と違う態度取られれば落ち込むしさ。
その癖自分も、相手の期待裏切るような無神経な声かけしてたって、後で知って落ち込んだりもするし…。
難しいよね…相手を思いやるって。

ま、しょうがないじゃない。
初めてまともに経験して、やっとわかったんでしょ？
生理痛の辛さ。

今まで軽く考えて、友達を傷付けてたかもしれない事。
無理を言ってたのかもしれない事。
…全部打ち明けてさ、「あの時はごめん」って伝えればいいと思うよ？

申し訳なかったっていう君の気持ち。
ちゃんと伝わるさ。

だってその人たち、君の今日の残りの仕事引き受けてくれて、定時で上がれるようにしてくれたんでしょ？
大丈夫だよ…。
きっとみんなわかってくれる。

ああ、ほらほら…涙は手で拭っちゃダメだよ。
摩擦！
お肌痛めちゃうでしょ。

ほら、ハンカチ貸してあげるから。
これで押さえて。

それから…。

　　《衣擦れ音》

ぎゅー…。

あんまり考え込むと、自分責めになりかねないよ。
反省は程々にして、まずはゆっくり休もう？
不安なら、まだ気になることがあるなら、全部僕が聞いてあげるから。
話しながら今の気持ち整理していけばいいと思う。

君はダメじゃないし、冷たくも意地悪でもない。

生理中で不安定だから、必要以上にそんな気分になってるだけだよ。

大丈夫…大丈夫…。

僕もみんなもわかってる。

君は痛みを知ったんだから、これからもっと優しくなれるよ。

【fin】