06/02/02 13:38
年末になると、新聞や雑誌に「惜別」とか・・・
年末になると、新聞や雑誌に「惜別」とか「墓碑銘」という特集記事が載る。今年逝った各界の人たちをしのぶ企画だ。あの人、この人、それぞれの光と影を伝えて、読む側に何かを残していく。
中には、生前の活躍に比べ忘れられたような人もいて、ふと歳月の非情さを思ったりもする。何度か来日した往年のドイツの大歌手ハンス・ホッター氏も、そんな一人だろうか。暮れに入り訃報(ふほう)が届いたが、一部の新聞に載った程度だった。94歳、現役を退いて長かったせいかもしれないが、寂しい扱いだった。
20世紀後半を代表するバス・バリトンで、かつてバイロイト音楽祭の常連だった。長大な4部作「ニーベルングの指環(ゆびわ)」で大神ウォータン役を務めたのをはじめ、一級のワーグナー歌手だった。録音でしか接したことはないが、その重く深い声の響きは忘れ難い。ゲルマンの森や風の音を聞くふうだ。
歌曲も得意とした。とりわけシューベルトの「冬の旅」は何枚かの名盤を残してくれた。さすらう旅人の魂の揺らぎが、やがて静かに暗転していくあの歌だ。ひそやかに語りかけるような旋律に、端正な声が重なり合う。一世代下のフィッシャー・ディースカウ氏とはまた違った、しみじみとした味わいがある。
年末恒例のバイロイト音楽祭の回顧が、今年もFMラジオで始まった。それを聴く傍ら、かつての主役の古いレコードにも針を落としてみる。いかにもドイツの歌手らしい、骨太の歌心を再発見した。
天地人
2003年12月29日(月) 東奥日報
カテゴリー:Music