── 小泉が開けたパンドラの箱 ──
政府が今国会への提出を目指す「女性・女系天皇を認めるための皇室典範改正案」に対する風当たりが日に日に強まり、今国会での成立どころか提出すら危ぶまれている。
小泉純一郎は「国民の理解は得られると思う」と自信を示してきたが、男系継承維持派は勢いを増しつつあり、対応を間違えると今まで盤石に見えていた小泉政権の足元を大きく揺るがしかねない波乱要因として浮上している。
一月上旬、昨年十二月に内閣官房に設置された皇室典範改正準備室の担当者らが、衆参の議員会館を回って主要議員に改正案の説明を行った。それによると、改正案の骨子は、(1)皇位継承資格者に、皇統に属する皇族女子及びその子孫の皇族を含める、(2)皇位継承順序は、直系の長子を優先、(3)その他、皇族の範囲等について所要の改正を行う??の三点。これが実現すると、現在は皇位継承資格がない皇太子夫妻の長女、愛子内親王が将来の天皇となり、さらに愛子内親王の長子(第一子)が次の天皇となる。
愛子内親王は父方に天皇の系統を持つ男系女子。男系の女性天皇は過去に十代八人がいるが、愛子内親王の子供が即位すれば、男女を問わず歴史上初めての女系天皇となる。これは、二千年間にわたり例外なく男系継承を続けてきた皇室伝統の大転換を意味する。
今のところ、各種世論調査では約七割が女性・女系天皇を容認しており、男系継承の維持は二割強にとどまっている。常に世論の支持を背景に党内の抵抗勢力と対決し、郵政政局では造反組を党外に追い出すことに成功した小泉は、今回も党内の反対論・慎重論は抑え込めると踏んでいたようだが……。
党内の苛烈な反発にたじろぐ小泉
小泉は「日本の伝統・文化よりも、経済合理性ばかり追求する」(自民党長老)といわれ、もともと皇室への尊崇の念が薄いとされる。皇室典範改正についても、「郵政改革の次は皇室改革だ」といった単純な発想で手をつけたとみられる。かつて栄華を極めた権力者である足利義満も織田信長も徳川家康も「天皇家の血の重み」の下に反対勢力が結集することを恐れ、皇室の相続方法を改めたり、皇統を変えたりなどと“不遜”な行為は試みなかった。歴史小説好きの小泉は、この教訓からは何も学ばなかったらしい。小泉が皇室典範改正を強行しようとすれば、党内に郵政政局のとき以上の亀裂を生む可能性が高い。
「象徴天皇制度は、国民の間に定着しており、皇位が将来にわたり安定的に継承されるよう、皇室典範に関する有識者会議の報告に沿って、皇室典範の改正案を提出いたします」
小泉は一月二十日、衆参両院で行った施政方針演説で皇室典範改正案の提出に言及したが、自民党議員席からもほとんど拍手は出なかった。それどころか、小泉チルドレンと呼ばれる衆院一年生議員が放った「反対!」の声が議場に響き渡り、九月に退陣する小泉の求心力低下をうかがわせた。
この問題は、政争の具として利用された側面が大きい郵政民営化とは違い、議員個々人の思想・信条や国家観と直結することを、小泉をはじめ政府側は当初、甘く見ていたようだ。
施政方針演説の四日後の衆院代表質問での答弁では、小泉は「有識者会議報告書に沿って、所要の法律案を今国会に提出する予定」と述べ、「予定」という言葉を付け加えて発言を目立たないように後退させた。「一度こうと決めたら意地になって引かない」(周辺)ことでは定評がある小泉が、揺れ動いているようにみえる。
その理由としてはまず、政府内で皇室典範改正案を担当し、国会審議が始まれば答弁することになる官房長官で、ポスト小泉の最有力候補である安倍晋三や内閣府政務官の山谷えり子が、この改正案の最大の眼目である女系天皇容認に反対の立場だということがある。小泉内閣の閣僚をみても、やはりポスト小泉候補で外相の麻生太郎や農水相の中川昭一は改正案に慎重だ。小泉に改正案提出の見送りを進言した閣僚も複数いるといい、政府が予定している三月上旬の改正案閣議決定もすんなりいくとは限らない。
党側をみても、総務会長の久間章生は皇室典範改正に慎重姿勢を表明した。党総務会は法案の最終審査を行う党の最高意思決定機関である。久間は、国民や国会議員の間で女性天皇と女系天皇の区別がまだついていないことや、皇位継承順位一位の皇太子と二位の秋篠宮がまだ若いことを理由に、「通常国会でやらなければならない緊急性はない」と主張している。小泉の後見役である元首相の森喜朗も、神社界と関係が深いだけに「拙速な改正には反対」(森派議員)だ。
また、参院側も、参院幹事長の片山虎之助は「議員、国民に理解いただいた上で結論を出したほうがいい。少し時間をかけたほうがいい」と指摘。参院議員会長の青木幹雄はこの問題で表立って発言していないが、本心では慎重だとされ、周辺は「参院執行部はみんな反対だ」と明言している。
さらに、前官房長官として皇室典範に関する有識者会議の会合にも出席し、典範改正を推進する立場とみられていた国対委員長の細田博之も、ここにきて「非常に反対論が大きくなっている。今後の展開は予断を許さない」と改正慎重派に転じた。一方、改正推進派は政調会長の中川秀直や、元官房長官の福田康夫ら党内のリベラル派がいるが、「何が何でも成立させたい」というほどの意欲は持っていない。
皇族からも反対の意向
こうした政府・自民党の「厭戦ムード」に大きな影響を与えているのが、皇室典範改正の当事者である皇族の意見表明だ。政府の有識者会議は「(皇族に意見を)聴いてはいけないという政府の判断だった」「意見を聴くことは憲法に反する」などと言い張る。しかし、皇族からただ意見を聴いたり、皇族が自らの「家」の相続のあり方について意見を述べることが憲法四条が禁止する「国政への関与」に当たると考えるほうが無理がある。
これまでも拙速な皇室典範改正を批判していた?仁親王は団体機関誌「日本の息吹」二月号のインタビュー記事で、「三笠宮一族は、同じ考え方であるといえる」と語り、父で昭和天皇の弟である三笠宮崇仁親王と、母の百合子妃も同意見であることを明らかにしている。これも「?仁親王だけならともかく、温厚で学者肌の崇仁親王まで反対なのか」(政府関係者)と政界に大きなインパクトを与えた。
このほか、「現天皇陛下の弟である常陸宮正仁様や故高円宮様の久子妃も周囲に、女系を認める皇室典範改正に疑問を示されている」(宮内庁関係者)という証言もある。皇族の多くが反対ということになり、これではなおのこと、政府が一体何のために法改正を急ぐのか理由がわからない。
また、有識者会議の結論が女性・女系天皇を認めただけでなく、長子優先としたことへの違和感も大きい。これは、「仮に愛子内親王に弟が生まれ、男系継承が可能になっても何が何でも愛子内親王に皇位を継がせるという最も過激な案」(皇室研究者)。女系容認派の議員も抵抗感を覚えるといい、政府内でも「国民感情になじむのか」(内閣府幹部)と賛否が割れる内容だ。
このため、皇室に対して適応障害を起こし、皇太子との離婚説まで表面化した雅子妃の精神状態を安定させるため、「宮内庁サイドが愛子内親王の将来を早期に確定させようと画策し、それに小泉首相が乗ったのではないか」(自民党筋)との噂も流れている。雅子妃が病気のために宮中祭祀や宮中行事を次々とキャンセルされているため、天皇、皇后との間に立たされた皇太子も疲れ気味だという。
女系容認は皇族の意向という嘘
そんな中で一月十二日、歌会始の儀(雅子妃は欠席)で、秋篠宮夫妻が詠んだ次の歌が波紋を広げている。
《人々が笑みを湛へて見送りしこふのとり今空に羽ばたく》(文仁親王)
《飛びたちて大空にまふこふのとり仰ぎてをれば笑み栄えくる》(紀子妃)
これは昨年九月、秋篠宮夫妻が兵庫県豊岡市の「県立コウノトリの郷公園」での放鳥式典に出席した際の思い出を詠んだもの。とはいえ、コウノトリといえば、皇太子が愛子内親王の誕生前に何度も「子供の数は(赤ちゃんを運んで来るという)コウノトリのご機嫌に任せて」「あまり周りで波風が立つとコウノトリのご機嫌を損ねるのでは」と言及したことが当然、思い起こされる。紀子妃はまだ三十九歳で健康状態にも問題はないことから、「秋篠宮夫妻が皇位継承者となる男子を産む決意を示されたのではないか」(皇室研究者)との憶測を呼んだ。
もう一つ政府を悩ましているのが、政府の皇室伝統軽視の姿勢に怒った右翼によるテロの可能性だ。現在でも、?仁親王の発言を「どうということはない」と言い放った「皇室典範に関する有識者会議」座長の吉川弘之の自宅には脅迫状が多数届いているとされ、SPが身辺警護をしている状態だ。
すでに警察庁は「右翼がテロを準備している」との情報を掴んでおり、今後、皇室典範改正案が国会に提出され、本格的な審議が始まると不測の事態が生じかねない。これまで「左翼過激派に比べおとなしい」(公安筋)といわれた右翼としても、さすがに事態を看過できなくなってきたというわけだ。
政府や自民党幹部の一部はこれまで、「今回の皇室典範改正は天皇陛下のご意思だ」とほのめかして反対派の翻意を促してきた。しかし、天皇のいとこでもある?仁親王が雑誌などで、繰り返し「絶対にありえない」「(女系だとか長子優先だとか)具体的におっしゃるわけがないことは声を大にして言っておきたい」などと否定したことでこれも怪しくなった。
有識者会議のメンバーの一人は「われわれの議論は皇族方のご意向を踏まえたものだ」と強調していたが、多くの皇族が改正案に反対しており言い分は矛盾する。宮内庁などから有識者会議に、間違いか、または誇張した情報が伝えられていた可能性もある。
有識者会議は昨年九月の衆院選での小泉・自民党の圧勝を受けて議論を加速させ、わずか十カ月の密室での議論で「皇統の断絶を意味する」(旧皇族)女系天皇容認を打ち出した。有識者会議を主導したのは、「古川貞二郎前内閣官房副長官と園部逸夫元最高裁判事」(メンバーの一人)とされるが、自民党長老は「同じ結論を出すにしても、三年かけていればこんなに反発を受けなかった。急いで進めれば議員の目も国民の目もごまかせると考えた官僚的な浅知恵だ」と批判している。
いずれにしろ、事を静かに運ぼうとした政府の意図とは逆に、議論は沸騰状態になっている。小泉は今のところ、皇室典範改正案提出の意欲を捨てていないが、周囲からは「首相は『皇統』という開けてはならないパンドラの箱を、それとは知らずに開いてしまったのではないか」(森派議員)と懸念する声が出ている。
(敬称略)
06/02/07