両陛下 欧州5か国訪問を前に記者会見
<5/15 10:15>
天皇・皇后両陛下は21日からのヨーロッパ5か国訪問を前に14日、記者会見し、今年3月に腸壁からの出血のあった皇后さまの体調について初めて語られた。
天皇陛下は「私の健康面での心配に加え、前置胎盤で懐妊中の秋篠宮妃のことを気遣うなど、今思うと、随分心配の多い日々を送ってきたのだと思います」と話され、皇后さまは「少し不安もありましたが、十分な静養の時をいただき、元の健康に戻ることができました」と話された。
また、去年、オランダで静養をした皇太子ご夫妻について、天皇陛下は「私どもが私的に外国を訪問したことは一度もありません」と述べた上で「2人でよく考えて進めていくことを願っています」と語られた。 このほか、皇后さまは「お供も警護もなしに一日を過ごせたら何をされるか」との質問に対し、「隠れみのを使って透明人間になり、学生のころよく通った(東京・千代田区)神田や神保町の古本屋さんに行き、もう一度本の立ち読みをしてみたい」と答えられた。
日テレNEWS24
http://www.news24.jp/83913.html
両陛下がスウェーデンにご到着
スウェーデンに到着された天皇、皇后両陛下=21日、ストックホルムのアーランダ国際空港(代表撮影)
【ストックホルム=大島真生】天皇、皇后両陛下はスウェーデン、バルト三国、英国の欧州5カ国歴訪のため、東京・羽田空港を政府専用機で出発し、21日午後(日本時間同日夜)、スウェーデンのアーランダ空港に到着された。ご宿泊先はストックホルム市内のハーガ宮殿。 両陛下の海外ご訪問は、昨年6月のタイなど東南アジア3カ国以来。スウェーデンは平成12年5月以来7年ぶり、英国は10年5月以来9年ぶり。エストニア、ラトビア、リトアニアのバルト三国は旧ソ連圏で初めて訪れられる。 生物学者で「分類学の祖」と呼ばれるリンネ生誕300年を記念して、出身地のスウェーデンとリンネ協会のある英国で行われるセレモニーに出席される。ご帰国は30日。ご訪問中は、皇太子さまが国事行為の臨時代行を務められる。 搭乗に先立ち、羽田空港で出発行事が行われ、皇太子さまをはじめとする皇族方や安倍晋三首相ら政府関係者のお見送りを受けた天皇陛下は「このたびのそれぞれの国に対する訪問が、日本とそれぞれの国との相互理解と友好関係の増進に資することを願っております」と述べられた。
(2007/05/22 03:02)
http://www.sankei.co.jp/shakai/koshitsu/070522/kst070522000.htm
両陛下がエストニアに到着 独立の歴史に「深い感慨」
欧州五カ国を歴訪中の天皇、皇后両陛下はスウェーデンをたち24日昼(日本時間同日夕)、第2の訪問国エストニアの首都タリンに到着された。天皇陛下の旧ソ連圏訪問は初めて。 大統領官邸で開かれたイルベス大統領夫妻主催の昼食会であいさつした天皇陛下は、自分が即位した1989年にバルト三国をつなぐ“人間の鎖”ができ、その後、三国が旧ソ連からの初の独立を果たしたことに触れ「歴史の大きな流れに深い感慨を覚えたことを思い起こします」と述べた。 その後、旧ソ連時代の1988年に各地から集まった25万人以上の市民が、民主化や独立のスローガンを掲げて合唱を続けた「歌の広場」を訪れる。(共同)
(2007/05/24 21:30)
http://www.sankei.co.jp/shakai/koshitsu/070524/kst070524003.htm
天皇、皇后両陛下、帰国の途に
【ロンドン=大島真生】欧州5カ国を歴訪していた天皇、皇后両陛下は29日夜(日本時間30日早朝)、政府専用機で英国のロンドン・ヒースロー空港を出発し、帰国の途に着かれた。 日本時間30日午後、東京・羽田空港に到着される予定。 これに先立ち、両陛下はバッキンガム宮殿に招かれ、エリザベス女王主催による宮中晩餐(ばんさん)会に出席された。 両陛下がエリザベス女王と会われたのは1998年以来、9年ぶり。 晩餐会では華やいだ雰囲気の中、笑顔のエリザベス女王と夕食を囲みながら和やかに言葉を交わし、皇室と英国王室の旧交を温められていた。
(2007/05/30 12:16)
http://www.sankei.co.jp/shakai/koshitsu/070530/kst070530000.htm
Meine Sache ~マイネ・ザッヘ~: Assertive Japan
http://meinesache.seesaa.net/article/43131755.html
国の名誉守りたい 稲田衆院議員 「百人斬り裁判」を本に
5月17日午前10時29分
「百人斬り裁判から南京へ」を出版した稲田朋美議員
稲田朋美衆院議員(自民、福井1区)が、初当選以前から弁護人としてかかわってきた裁判に関する著書「百人斬(ぎ)り裁判から南京へ」(文春新書)を出版した。南京攻略から70年。稲田議員は「節目に合わせ、裁判のことを知ってもらうとともに、活動の原点でもある国の名誉を守るということを問いたい」と出版の狙いを語った。
裁判は、日中戦争の南京攻略の際に「百人斬り」競争をしたと報道され、処刑された旧日本軍少尉2人の遺族が、記事は虚偽として朝日、毎日新聞、ジャーナリストの本多勝一さんらに対し、名誉棄損の損害賠償と出版差し止めを求めた。 2003年4月、東京地裁に提訴。原告側弁護人として参加した稲田議員は「南京虐殺の象徴とされる百人斬りは虚偽だと立証できたと思っていた」と振り返るが、06年12月、最高裁が上告棄却し敗訴した。
「全くの虚偽と認められないということだが、控訴審判決では、殺傷数など信じられないとされたことを知ってもらいたかった」と、裁判の経緯や証言を求めて関係者を訪ねた様子を記した。 現在、弁護士活動は休止。政治活動の中で、東京裁判や従軍慰安婦問題、靖国問題に取り組んでいる。「負けて裁判の限界を感じ、政治家として取り組むことだとあらためて感じた」。その再出発の思いも本に込めた。 近く発足する「中国の抗日記念館から不当な写真の撤去を求める国会議員の会」に発起人として名を連ねる。「事実と異なることはきちんと反論することで遺族や国の名誉を守りたい。それと日中友好は両立できる」 遺族を招いての出版記念パーティーを6月16日の福井市ほか、東京、大阪で予定している。
http://www.fukuishimbun.co.jp/modules/news2/article.php?storyid=782
日本童謡の“伝道師” 英訳しコンサート活動の米国人歌手グレッグ・アーウィン
2007年5月18日 朝刊
「日本の童謡は世代を超えて楽しめる」と話すグレッグ・アーウィン
日本の童話や唱歌に英語訳を付けてコンサート活動をしている米国人歌手グレッグ・アーウィンが、CD絵本「グレッグ・アーウィンの英語で歌う、日本の童謡」(ランダムハウス講談社、2500円)を出版した。童謡を歌い続けて約十三年。日本人よりも日本の童謡に詳しい“童謡の伝道師”に、童謡の魅力、英訳の苦労などを聞いた。 (吉村智佳)
「童謡には、優しい気持ちを取り戻す力がある。聴いたり歌ったりすれば、歌の中に自分の弱さや優しさを感じ、原点に戻れる素晴らしい音楽」。流ちょうな日本語で童謡の魅力を語る自称「童謡の伝道師」は、一九五六年、米ウィスコンシン州生まれ。小学生の時、歌舞伎役者の写真に魅せられて日本に興味を持つようになり、八二年にホームステイで初来日。その後、ハワイ大学で日本語を学び、九〇年に再来日してからは童謡コンサート以外にも、ラジオやテレビ出演、声優と幅広く活躍している。
童謡との出合いは、九四年。教材用に「七つの子」や「赤とんぼ」の英訳を依頼されたのがきっかけだった。「カラスはごみをあさる汚いイメージがあるのに、『七つの子』では優しい親子の愛の歌になっている。『しゃぼん玉』は、亡くした子どもを例えた美しい歌。日本の歌は本当に詩的で美しい」
今回出版したCD絵本はA4判六十四ページ。「春の小川」「うみ」「七つの子」「しゃぼん玉」など全十三曲を自身が英語で、童謡歌手の雨宮知子が日本語で歌っている。絵は、TBS「まんが日本昔ばなし」も手掛けた、しもゆきこさんをはじめ、五人の作家が担当。ほのぼのとした歌の世界を表現している。
英訳は「絵を描くように」がモットーで、決して直訳はしない。例えば、「花」の歌詞「眺めを何にたとうべき」は「Heaven here on earth」と、「赤とんぼ」の冒頭の「夕焼け小焼けの赤とんぼ」は「Dragonflies / As red as sunset」とした。
曲の雰囲気を損なわない気遣いをしつつ、韻を踏む、語感を楽しむといった工夫もしている。
「あめふり」では、「ピッチピッチ チャップチャップ」を英語の雨音「splishy, splashy」で表現。「ランランラン」は、そのままだと英語の「run(走る)」になってしまうため「Happy am I!」と変え、楽しい雰囲気を伝えた。
これまでに英訳したのは百曲以上。童謡、唱歌には古い言い回しも多いため、苦労は尽きない。
「(『夏の思い出』に登場する)ミズバショウは英語で skunk cabbage っていうんです。美しく香る花がスカンクのキャベツじゃあねって思い、flowers in bloom turned to colors of the sun って変えました。これが一番強烈な印象として残っている」と笑う。
ほかにも、「いろり端」を、butter なのかと勘違いしたり、「浜辺の歌」の「あした浜辺に」の“あした”を、朝だとは知らなかったりしたという。
「童謡は、日本では子どもの歌という認識が強いけど、世代を超えて楽しめるヒーリングミュージック。子どもと一緒に見て歌うという時間を持つことは、心のゆとりにもつながるんじゃないかな。童謡の魅力を見直してほしい」
現在は「海外にも日本の童謡を伝えたい」との思いも強く、米国やオーストラリアの教育機関で働く友人らにアプローチしているという。「例えば、滝廉太郎の曲は西洋音階で作られている。だから、英語の歌詞を乗せても、とても自然。海外にも広がる可能性はあるし、広げたい」と夢は膨らむ。
二十二日には三年ぶりの単独コンサートが、めぐろパーシモンホール・小ホール(東京都目黒区)で開かれる。午後二時と午後六時半からの二回公演。問い合わせは、(電)03・3728・3130か、ウェブサイト=www.akuamusic.com へ。
http://www.tokyo-np.co.jp/article/entertainment/news/CK2007051802016992.html
http://www.akuamusic.com/
【台湾/コラム】日本の神道がインターネットの援助で復活している★2[05/19]
http://news21.2ch.net/test/read.cgi/news4plus/1179627677/-100
インターネットの援助を得て、神道(日本の古代宗教)熱が日本人の中で緩やかに上昇して いる。「より沢山の方々が見えられるようになりました」と、東京中央にある明治神宮の 神主は話す。
「これまでより多くの結婚式も行われています。天恵を得たり、祈りによって災いを取り除い たり、事業に成功したいといった様々な願いの為に赤ちゃんを連れて来られる方も増え、 七五三のお祭りにも多くの方々が参加するようになりました。」七五三とは7歳と3、5歳に なった子供を祝う祭りである。
陽気の良い土曜日、頭からつま先まですっぽりと白い絹に覆われた15組の結婚式の花嫁が中庭の群集の中を通り結婚式のホールへと導かれる。同じ中庭では近隣地域と日本の南に ある鹿児島からやって来たダンサーたちが踊っていた。
雨が降っていた週の中ごろの日にも、お祈りにきたり見物に来たり、またはその両方の 訪問客たちの一定の数の流れがある。老いも若きも、”サラリーマン”と呼ばれるオフィスワーカーやおしゃべりをする学生、家族連れ、それに外国人の散策ツアーの集団なども 混ざっていた。
「神の道」を意味する神道への関心が増してその為に巧みな説明も示されているが、どの日本人も第二次世界大戦終結の1945年、大きな乱流の後に書き換えられた同一性意識や、伝統に 対する国家のプライドや感謝の復活を反映するのではないか、という事に対しては筋の通った 話をすることは出来なかった。
神主は「多くの日本人はそういったことは意識していません。」と言い「神道とは日本人の 一部なんです。」と付け加えた。
明治神宮(www.meijijingu.or.jp)のインターネットウェブサイトは、他の神社と違いが顕著で この”霊的な家”を訪問する人々の好みに合わせて、一年間の中でのイベントや結婚式でどこ をアレンジできるか、特殊な災いの為の祈祷の要求などの方法を記載している。 閲覧者は「美しい日本の心とはなんですか?」と熟考するよう問い掛けられた。
全国いたるところに存在する参拝客教会のメンバーは23万人。彼らは伝統を促進し、家族関係 を改善し、若年層を導き、休日に国旗を掲揚するよう人々に促す取り組みをまとめている。 その教訓には他人への善き行いの為に自らを注ぎ、世界平和を祈り、皇室を尊敬することを 含んでいる。
別にも明治神宮のアピールの理由は、恐らくそれほど貴重ではなく有罪宣告を受けた戦犯を 含む日本国の戦死者が合祀されている靖国神社のような政治議論からは自由という点があげ られるのだろうか。
日本の左翼や、おびただしい韓国人や中国人は靖国を訪問した日本の政治家を批判した。 だが対照的に日本の内閣総理大臣 安倍晋三は「これは立派な神社です。家が近いので私は しばしば、ここを訪れるんです。」と言って一月に明治神宮を訪問している。
また外国のリーダー達も眉を吊り上げることなく、神社を参拝する。 2002年にアメリカ大統領のジョージ・ブッシュも東京に滞在したときに神社に案内されている。
明治神宮で、日本人は当時の日本国を近代世界へと導いた一人である明治天皇(1868~1912年 まで在位)と昭憲皇后を崇敬している。それはキリスト教の大聖堂と同じくらい同種の数多く の神宮より際立っている、もしくは帝国の神殿だと言えるだろう。
要するに日本国には8万に及ぶ神宮から、簡素な神社が片田舎の近くにまで存在しているのだ。
日本国そのもののように、神道は神話の霧の中から発生している。2つの古代のテキストが それらの神話を記録しているが、神道にはどのような”聖書”も存在しない。 ユダヤ教やキリスト教の聖書や、イスラム教のコーランもないのだ。
神道の神々はアマツオオミカミと呼ばれており、太陽神に率いられ総勢八百万にも及ぶという。 湖や川、山や田んぼにも彼らは存在し、日本人を眺めているという。しかし、キリストの神や ヤハウェ、アラーのいずれの力にも帰するものではないのだ。
しかも、一つの宗派に属す欧米人とは違い日本人は双方の信仰や主義に従う際に闘争を全く 見せず、中国から仏教を取り入れた後も神道と仏教は共存している。
神道は1930年代と1940年代に日本を動かした軍国主義者によって選び出され、超国家主義の 為にその力を変えている。しかし第二次世界大戦後、進駐軍が憲法上で政教分離を命じ神道も 個人的な領域へと戻っていった。
とはいえ、幾つかの方策を経てイギリス女王が英国国教教会の代表として残ったように、天皇 も神道の主要司祭として残ったのである。
その伝統は昨年、悠仁王子(三番目の王位継承権をもつ)が生後まもなく皇宮の理由で祝福 されるために連れていかれた3つの神社のうちの1つで、日本人によって拍手喝采で迎えられた ことにより広く受け入れられているように思えた。
By Richard Halloran
Japan's ancient religion attracts new following
http://www.taipeitimes.com/News/editorials/archives/2007/05/19/2003361587
是川調査委が「漆の道」報告書
八戸市と市教委、東奥日報社などで組織する「是川遺跡ジャパンロード(漆の道)調査実行委員会」(会長・中村覺光星学院理事長)は、三年間にわたってアジアの漆文化の起源や広がりに迫ったジャパンロード・プロジェクトの報告書を刊行した。調査研究成果や、国内外の第一級の研究者によるアジアシンポジウムの詳報など多彩な内容で構成。日本の漆文化が独自に発生した可能性も提示するなど、漆研究を進める上での貴重な資料となっている。中国、韓国、ベトナムを含め国内外合わせて約三百の研究機関・研究者などに寄贈する。
同プロジェクトは、二〇〇四-〇六年度に実施。縄文漆文化の最高峰と称される是川遺跡(八戸市)の出土品などを手がかりに、考古学、植物学、民俗学の視点から中国、韓国、ベトナムでの海外調査をはじめ、漆遺物が出土している国内の遺跡の調査や情報発信事業を展開してきた。
プロジェクトの集大成として〇六年十二月に八戸市で開いたアジアシンポジウムでは、考古遺物の比較研究やウルシ植物のDNA解析などにより、日本の漆文化の起源は中国の長江以南にあるという定説に疑問を投げかけ、日本で独自に発生した可能性もクローズアップされた。
報告書は、A4判上製本・フルカラー二百五十七ページ。第一部は三年間の事業報告、第二部はアジアシンポジウムに参加した中国、韓国、ベトナム、日本の研究者たちの論文と当日の討議内容、第三部は是川遺跡の縄文漆工芸や同遺跡から出土した木製品の樹種、浄法寺塗り、縄文漆器の復元製作などをテーマとした研究論文、第四部は一連の報道関係資料で構成した。近く中国社会科学院考古研究所(中国)、国立光州博物館(韓国)、ハノイ国立歴史博物館(ベトナム)など国内外に送付する。
報告書は希望者に三千円で頒布し、益金は八戸市是川縄文の里整備基金へ寄付する。販売先は東奥日報社読者センター調査出版部、同八戸支社、八戸市のカネイリ、伊吉書院、木村書店。問い合わせは同八戸支社(電話0178-70-2222)へ。
http://www.toonippo.co.jp/news_too/nto2007/20070530155109.asp
07/05/16