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日本霊異記12  百済の僧、円勢の奇蹟


日本霊異記・上巻 12


日本霊異記・上巻

百済の僧、円勢の奇蹟


訓み下し文


ニ 百済の僧、円勢の奇蹟
 又、藉法師(しやくほうし)の弟子円勢師は、百済(くだら)の国の師なりき。日本の国大和国(やまとのくに)の葛木(かづらき)の高宮寺に住みき。時に一(ひとり)の法師有りて、北の坊に住みき。名を願覚(ぐわんがく)と号(い)ふ。其の師、常に明旦(あした)に出(い)でて里に行き、夕(ゆふべ)を以(も)て来(きた)りて坊に入りて居り。以(これをも)て常の業とせり。時に円勢師の弟子の優婆塞(うばそく)見て師に白(まう)す。師言はく、「言ふこと莫(なか)れ、黙然れ(もだあ)」といふ。優婆塞、窃(ひそ)かに坊の壁を穿(うが)ちて窺(うかが)へば、其の室の内、光を放ちて照り炫(かがや)く。優婆塞見て復(また)師に白す。師答へて言はく、「然(しか)有るが故に、我汝を諌(いさ)めて言ふこと莫れといひしなり」といふ。然して後に願覚忽然(たちまち)に命終(みやうじゆ)しぬ。時に円勢師、弟子の優婆塞に告げて、「葬(はぶ)りて焼き収めよ」と言ふ。即(すなわ)ち師の告を奉(うけまつ)りて焼き収めおわる訖(をは)りぬ。然る後に、復其の優壊塞、近江(あふみ)に住みき。時に近江の有る人、「是(ここ)に願覚師有り」と言ひき。即ち優壊塞往きて見るに、当(まさ)に実(まこと)の願覚師なり。優婆塞に逢ひて談(かた)りて言はく、「比頃(このころ)謁(つかへまつ)らずして恋ひ思ふこと間无(ひまな)し。起居安からず」といふ。当(まさ)に知れ、是れ聖の反化(へんげ)なりといふことを。五辛を食(くら)ふは仏法の中の制にして、聖人用ゐ食へば罪を得る所无(ところな)しからまくのみ。



注釈
・大和国(やまとのくに)の葛木(かづらき)
現在の奈良県南部を指す地域
・高宮寺
奈良県御所市鴨神に高宮廃寺跡があるが、高宮寺がいかなる寺であったかは不明
・優婆塞(うばそく)
在家信者
・五辛(ごしん)
五辛は「五葷」(ごくん)とも呼ばれ、仏教において僧侶が食べることを禁じられている「にんにく・ねぎ・ニラ・たまねぎ・らっきょう」などの強い辛味・臭みを持つ5種類の野菜を指す


現代語訳


ニ 百済の僧、円勢の奇蹟

 また、藉法師の弟子・円勢師は、百済の国の法師です。

この法師は、日本の大和国の葛木の高宮寺に住んでいました。

その頃、一人の法師がいて、北の僧坊に住んでいました。名前を願覚といいます。

その願覚法師は、毎日早朝、寺を出て里に行き、夕方帰って来て僧坊に入っていました。これを日課としていました。

この時、円勢師の弟子の出家せず俗世の中で生活しながら仏道を修行する者がこれを見て、師にこのことを告げました。

師は、
「このことを話してはいけません。黙っていなさい」といいました。

この修行僧は、密かに僧坊の壁に穴をあけて、そっと覗いてみると、その室の中は、光を放って照り輝いていました。

修行僧はそれを見て、再び師にこのことを告げました。

師が答えて、
「だから、私はお前に注意して、話してはいけないと言ったのです」といいました。

そうしてから後に、願覚は、突然に亡くなりました。

この時、円勢師は、弟子の修行僧に、
「火葬にして葬るように」と命じました。

すぐに、修行僧は、師の命に従い、火葬し埋葬し終えました。

そのようにした後、その修行僧は、近江国に移り住んでいました。

この時、近江のある人が、
「ここに願覚師がいます」といいました。

すぐに修行僧は、行って見たところ、まさに本当の願覚師でした。

修行僧は会って、語りかけて、
「この頃、お目にかかることができず、恋しく思うことが途切れることがありませんでした。不安でした」といいました。

まさに知るでしょう、これが聖が仮に人の姿となって現れたということを。

強い辛味・臭みを持つ5種類の野菜を食べることは、仏法で禁じられていますが、聖の僧侶がこれを食べた場合は、罪を得るということは、存在しないでしょう。



続きます。

読んでいただき
ありがとうございました。




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