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男澤惠一・家系と先祖のBLOG

「先祖を知れば未来が見える」著者、日本家系調査会の男澤惠一が読者様の幸福を願って書いております。

珍しい名字 神奈川県

2020年06月17日 | この名字のルーツは?
一寸木
「ちょっき、いっすんぎ、いすき、いとき、いすぎ、いちすんぎ、ちょっとぎ、ますき、ますぎ、まつき、ちょうぎ」等いろいろな読み方があるのは意味があります。全国約1,300人で、神奈川県小田原市に集住。信濃の氏族の「増城」からきていて、増城は「城を増やせるように」という願いを込めて、武田信玄が臣下に賜ったようです。武田氏が滅んだ後、その関係性を隠すため「増城→増木→寸木」というように換えています。

大仏
これで「おさらぎ」と読みます。全国約170人。相模国鎌倉(現鎌倉市)発祥。大仏は「更木(さらき)」で作るのでそのように読んだと思われます。

諸星
「もろほし、もろぼし、もろほじ、もろはし、おせ」。全国約7,900人。甲斐国山梨郡諸星村発祥説や室伏姓の異形という説もあります。

芥生
「あざみ」で、全国約50人。阿佐美や浅見という姓が関連するという説や、横浜市青葉区の町名である「あざみ野」に由来するという説もある。

三廻部
「みくるべ」。全国約240人。相模国足柄上郡三廻部発祥と思われます。
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珍しい名字 茨城県

2020年06月14日 | この名字のルーツは?
小圷(こあくつ)
 茨城県で多く特に水戸が多いです。圷とは川沿いの低湿地のこと。小字で圷は多い。圷は阿久津とも書きます。

五百城(いおき)
 全国約60人の少数姓。五百旗頭の略。むしろ兵庫県姫路市亀山に多いか。

加部東(かぶとう)
 全国約100人の少数姓。甲頭姓も同じか。茨城県東茨城郡大洗町大貫町発祥か。

舟生(ふにゅう)
 茨城県に多いようですが、栃木県にも多く同級生にもいました。下野国塩谷郡船生村(栃木県塩谷郡塩谷町船生)発祥と云われます。

名雪(なゆき、なせつ)
 千葉県、茨城県に多い苗字です。
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珍しい名字 群馬県

2020年06月13日 | この名字のルーツは?
八月一日(ほずみ)さんは約100人。職業由来で穂積ホヅミの異形と言われる。群馬県吾妻郡東吾妻町原町では9月中旬にあたる旧暦の8月1日頃に稲の穂を摘む行為からと伝える。

砂盃(いさはい)さんは約200人。諫早イサハヤの異形で群馬県高崎市京目町発祥。

和南城(わなじょう)さんは約300人。群馬県利根郡昭和村糸井。滋賀県東近江市和南町にあった和南城から。同城は南北朝時代に和南氏が築城したと伝える。和南ワナミ。

書上(かきあげ)さんは約400人で群馬県伊勢崎市三和町(旧:書上)発祥。江戸時代に記録のある地名。埼玉県行田市本丸が藩庁の忍藩士に江戸時代にあった名字。

そのほか、拝詞(はいし)さんは約30人。雲越(くもこし)さんは約100人。喜楽(きらく)さんは約200人。
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珍しい名字 埼玉県

2020年06月12日 | この名字のルーツは?
遊馬
読み方は「あすま、あそま、ゆうま、ゆうば、ゆま、ゆば」。お客様にも同名の方がおられました。
現神奈川県北部の武蔵国足立郡遊馬村が起源とされるが、全国約1,200人のうち埼玉県に多く約700人。

道祖土
読み方は「さいど、さやんど」。全国約690人。
武蔵国足立郡道祖土村が起源。

煙草
読み方は「たばこ、えんそう、えんぐさ」。
全国におよそ110人。
煙草を扱っていた職業由来の名字。

女部田
読み方は「おなぶた、おんなべた」。群馬県にもおられました。
全国約390人。埼玉県秩父市に特多い。

鯨井
読み方は「くじらい、くじい、げいい、ほげい、けいい」。
全国約4,300人。武蔵国高麗郡鯨井村という地名はあるが地名由来かどうかは不明。
埼玉県が一番多く約2,100人。
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珍しい名字 栃木県

2020年06月11日 | この名字のルーツは?
生田目(なばため、なまため、いくため):青天目・青田目・那波多目・那波田目・天生目・生畑目・天女目・矢生目・生天目など。

大豆生田(おおまみゅうだ、おおまめうだ、他):栃木市及び周辺地域にみられます。豆生田、小豆生田も。

五百部(いおべ、いよべ、いほべ):下野国足利郡足利庄五百部郷から。

阿久津(あくつ):窪地を意味する。圷、堆」も。

宇賀神(うがじん):農業の神様。

高実子(たかじっこ/たかみね/たかみこ/たかじつこ):佐野市葛生町水木に集住。

倭文(しとり/しずり/ひとり):古代の倭文部の居住地から。倭文部は倭文(しずおり)を織る職や工人。

竹之木進(たけのきしん/たけのぎしん):これ名字です。進さんじゃありません。
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なんじゃい!

2020年05月10日 | この名字のルーツは?
「なんじゃい」駅名、地名、名字が有ります。群馬県の人はおどろかないけど。それが、なんじゃい!・・・なんてね。富岡市南蛇井。
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桓武平氏秩父支流 高山氏 小林氏

2020年05月03日 | この名字のルーツは?
治承4年(1180)に源氏の勢力が平氏を討つために兵を挙げると、東国の武士団も挙兵しました。当時の上野国(群馬県)を本拠にしていた武士である、武藏の秩父氏から分かれた高山氏とその分流小林氏も挙兵しました。源 範頼軍の中に小林次郎・三郎と高山三郎の名があります(一ノ谷の合戦)。さらに文治5年(1189)大軍を率いて奥州討伐に向かった中に高山・小林両氏の名があります。源 頼朝が30年ぶりに上洛時の一千騎の中に、小林次郎の名があります。
鎌倉幕府成立後の嘉禄2年(1226)5月には高山・小林両氏が高山御厨(藤岡市)周辺地域の地頭になっていました。
鎌倉幕府成立時に功績のあった有力な御家人達が次々に滅ぼされていくなかで高山・小林両家はこの後も存続して、新田義貞とともに幕府を滅ぼすことになります。
高山氏は武藏国秩父地方を領地としていた秩父氏の分家の一つで、秩父重綱の三男重遠が武藏国高山村(飯能市高山)に住み高山姓を名乗りました。その後上野国緑野郡高山御厨(藤岡市高山)の守備のため移住して来ました。そして高山御厨を本拠とした地方武士団となりました。最初に居を構えたのは現在の美九里地区高山下組であったといわれ、その近くの興禅院(曹洞宗・藤岡市高山288)には高山氏の墓所があります。
小林氏は高山重遠の三男・五郎重幸が緑野郡小林村(藤岡市)に居を構え小林氏を称しました。そこから天文年間(1532~54)以前に緑野郡中大塚(藤岡市)に移りました(中大塚城・駒形の砦)。建武元年(1334)の書状に「上野国大塚地頭小林孫五郎重政」の名があり、中大塚城の外郭にある墓地には「天正9年(1581) 小林美作守重勝」の銘を持つ墓石があります。永禄10年(1567)5月に武田信玄は小林氏に対し「ほみの村」(藤岡市保美)、森之郷(藤岡市森)、中嶋(藤岡市中島)など109貫文を給付しています。
江戸期は、代々五郎兵衛を襲名し、緑野郡中大塚村の名主、組頭等の村役を勤めました。
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石川県の南氏 

2020年05月02日 | この名字のルーツは?
県内15位 全国190位
南姓は文字通り、方位由来の苗字である。本家から分かれた分家のことが多いが、本家や庄屋から見て、南の方位に住んだというものもある。
東西南北の苗字のうち県内では南姓が一番多い。他に方位由来の苗字が多い地は、紀伊半島、九州南部、大阪府南部、奈良県吉野地域等に多い。
石川県内では加賀に多く、特に旧辰口町(能美市)、川北町に集中している。他、旧鳥越村(白山市)や旧高松町(かほく市)にも多い。
方位由来の典型的な南氏は石川県能美市下開発町の南姓である。村落の中央から北側に北さんが多く、西側に西さん、東側に東さん、南側には南さんといった具合です。石川県能美市下開発町の南姓は明治新姓と言われています。
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長~い名字

2020年04月30日 | この名字のルーツは?
これはなんでしょうか???実は名字。ドイツに「Ottovordemgentschenfelde」という名字があるそうです。なんて読むのかわかりませんが、子供のころ覚えるのがたいへんだったでしょうね。

日本では「勘解由小路」さんという名字があります。先祖が公家だったとか聞きます。長い名字はえらい先祖がいそうですね。京都の小路の名称、勘解由使庁の所在地からきていると云われています。
「左衛門三郎」さんも五文字です。埼玉県発祥で豪族の名前から所領に地名がつき、それを子孫が名字として使ったそうです。左衛門尉などの職業にも由来すると思われます。
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中信の高木氏2

2020年04月26日 | この名字のルーツは?
 諏訪郡下諏訪町の来迎寺はかなり大きなお寺で山の斜面を利用し多くの墓がありました。そこには数基の高木氏の墓があり、ほとんどが「丸に違い鷹の羽紋」(桔梗紋高木家も少数あり。)でした。同家紋、松本市内の高木氏の一つは「諏訪から来た」という伝承がありますが、ご先祖居住地はここの来迎寺周辺と思われます。
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