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2025.11.13

中国共産党の悲願と台湾統一の虚構

中国共産党にとって最大の悲願は台湾統一である。その理由は単純な領土的野心にあるのではなく、台湾が国民党の亡命政権である点に根ざしている。1949年の国共内戦後、国民党は大陸から台湾へ敗走し、以降「中華民国」として存続してきた。法的には中華民国は中国全土の正統政府であると主張し、共産党が支配する中華人民共和国はその対極に位置する。この二つの政権は互いに相手を「匪賊」「偽政権」と呼び、自己の正統性を相手の否定によって支えてきた。共産党にとって台湾は「分裂国家の象徴」ではなく、「自らの正統性を脅かす鏡像」そのものなのである。つまり、統一とは、相手の存在を消滅させることで初めて自己の絶対性を証明する儀式に他ならない。この構造が、台湾問題を単なる地政学的争点から、共産党の存亡を賭けたイデオロギー闘争へと昇華させている。

李登輝勝利がもたらした歴史的転換

この対立の歴史を転換させたのは、1996年の李登輝総統選挙である。これは、中国にとって決定的な敗北となった。当時、台湾は初めての直接総統選挙を実施する段階にあり、中国はこれを阻止すべく軍事的圧力を最大限に発動した。1995年から1996年にかけて、台湾海峡危機と呼ばれる事態が発生し、中国は台湾近海にミサイルを乱射し、戦艦を展開して実質的な封鎖状態を作り出した。演習名目とはいえ、ミサイルは台湾の主要港湾近くに着弾し、国際社会に衝撃を与えた。しかし李登輝は動じなかった。彼はミサイルなど屁でもないとし、選挙戦を続行して圧倒的勝利を収めた。

この勝利は単なる選挙の結果ではない。人類史に残る転換点である。なぜなら、それまで両岸を縛っていた「国民党対共産党」という虚構の対立構造が、台湾市民の手によって終焉したからである。国民党は大陸時代の権威主義的体質を脱却できず、台湾化(本土化)を進める李登輝に批判を集中していた。しかし市民は李登輝を選び、国民党を「過去の遺物」と位置づけた。中国共産党が自らの手で終わらせなければならなかった相手を、台湾の民主主義が代行して葬ったのである。この瞬間、そして中国共産党は「中国を支配する唯一の権力構造」から「ただの一政党」へと転落した。国際法上の中華民国は存続するが、実態としては台湾島内の政権に過ぎなくなった。共産党の「一つの中国」原則は、台湾市民の選択によって、実は内部から空洞化されたのである。

ウクライナ戦争が変えた力学

現下の強行な中国の対応だが、これは20年をかけたバックラッシュである。戦後、中国は台湾有事で一度も勝てなかった。冷戦期から21世紀初頭にかけて、米国の軍事優位と台湾海峡の地理的障壁が、中国の野望を封じ込めてきた。しかし近年、勝算が見えてきた。

その背景には2022年以降のウクライナ戦争がある。米国はウクライナ支援に巨額の資金と兵器を投入した。2025年時点で、米国は約2000億ドル以上の支援を約束し、HIMARSやパトリオットミサイル、ATACMSなど先端兵器を提供している。しかしウクライナは、そもそも米国の核心的利益ではない。欧州の安全保障は重要だが、直接の国益ではない。結果、米国は消耗戦を強いられた。議会では支援疲れが広がり、2024年の大統領選挙では「アメリカ・ファースト」が再び台頭した。

他方、ロシアはこの戦争を仕掛けた時点で、西側世界との長期戦を前提に準備していた。だから、エネルギー輸出による外貨収入、BRICS諸国との経済連携、国内の戦時経済への移行——これらによって、それまで強力と見られた米国の制裁を耐え抜いた。

中国はこの構図を詳細に分析したのである。米国は短期決戦を得意とするが、長期戦では国内政治の分断が弱点となる。ネオコン主導の介入主義、共和党と民主党の対立、アフガニスタン撤退(2021年)の失敗——これらが国家戦略の連続性を損なっている。ここから、中国は「時間は味方ではない」と誘惑を生じさせた。台湾有事は数週間から数カ月で決着をつけられる短期決戦でなければ意味がない。今なら米国が本格介入する前に制圧可能である。こうした認識が、中国指導部に「今度こそやれる」という誘惑を生んでいる。習近平政権は3期目に入り、国内の権力基盤は安定しているか見えるが、内部権力対立は圧力を増している。そうしたなか、「統一」は中国共産党の「国是」でもあり、内部でのトロフィー獲得合戦の圧力は確実に高まっている。

負け戦の設計こそが鍵である

現時点で台湾有事が起これば、単独対応では日本・米国・台湾側が敗北する可能性が高いと見られる。これは軍事バランスの現実である。

中国は2025年時点で、空母3隻、駆逐艦50隻以上、潜水艦70隻以上を保有し、対艦弾道ミサイル(DF-21D、DF-26)による「接近阻止・領域拒否(A2/AD)」戦略を完成させつつある。米軍の空母打撃群が台湾海峡に近づく前に、無力化されるリスクは無視できない。日本も自衛隊の増強を進めているが、憲法上の制約と装備の量では対応が不十分である。

そうなると、戦わずして負けかとも思えるが、問題は「勝つか負けるか」ではない。大事なのは「相手に勝たせないこと」である。たとえ軍事的に敗北しても、現時点ではSF的な構想ではあるが、台湾の人的資源と先端技術を日本へ移転し、「空っぽの島」を残せば、中国の「統一」は無意味なものとなる。TSMCは世界の先端半導体の50%以上を生産しており、その技術者と設備の移転はすでに日米台で協議されている。人口3000万人のうち、高度人材の相当数が日本や米国に避難すれば、中国が手に入れるのは半導体工場跡地と老齢化した島に過ぎない。

台湾有事という枠組みの勝利の定義を領土から人口・技術へと転換することで、中国の正統性を再び揺さぶる戦略は成立する。これは李登輝が民主主義で成し遂げた「フィクションの終焉」を、現代の技術と人的資本で再現する試みである。

もちろん、日本は米国との連携だけでは不十分である。アジア全体と手を組み、中国を多層的に牽制する枠組みが必要となる。インドはクアッドの一員として中国と国境紛争を抱え、ASEAN諸国は南シナ海で領有権問題を抱えている。フィリピン、ベトナム、インドネシアはすでに米国との共同演習を強化している。

とはいえ、石破政権が提唱した「東アジア版NATO」といった硬直的な構想は愚策である。NATOは冷戦期の欧州で成立した集団防衛機構だが、アジアには歴史的トラウマと経済的相互依存が複雑に絡む。中国は「反中包囲網」と宣伝し、国内結束を高めるだけとなる。必要なのは軍事的な包囲ではなく、柔軟で現実的な抑止網である。経済的デカップリング、技術移転の加速、サプライチェーンの多元化、これらを組み合わせた多層的戦略が対中戦略に求められる。それが求めるものは、最終的には、中国市民の利益となるものだ。

 

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