(写真:Shutterstock)
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 今回は「仕事との距離」についてあれこれ考えてみようと思う。

 まずはある会社員が吐露した不安からお聞きください。

なぜだか、会社に行ってしまった

 「社内失業とか、自分とは全く関係ないと思っていました。それなりに忙しかったし、それなりに責任ある仕事も任されてるって思ってましたから。でも、自宅待機の指示が出されて、上司からも『必要がない限りは出社しないように』と言われ、自負心が揺らぎ始めてしまったんです。

 社内会議は当然ながら中止になりました。社外の方との打ち合わせも延期。どれもこれも必要だと思っていたのに、改めて精査すると、別に今やらなくても困らないことのオンパレードです。スケジュール帳にびっしり書き込まれていた仕事は、全て不要不急でした。

 要するに、私の仕事は全て、重要でもなければ、急ぎでもなかった。これまで忙しいと思っていたのは幻想だったのかなとか、ひょっとして、これは社内失業しているってことなのかとか。何だかどうしようもない気分になりましてね。完全に自信喪失です」

 実はこれ、12年前の2011年4月28日に、本コラムで書いた内容の一部だ(「オレってただ乗り?」 震災で広まった“不要不急”症候群)。

 その1カ月半前の3月11日、東日本大震災が起き、たくさんの命が奪われ、たくさんの人が家を失い、仕事を失い、故郷を失った。被災した人たちはもちろんのこと、日本中が未曽有の自然災害に震え、放射能におびえ、電力危機により街から光が消えた。

 そんな中、繰り返し使われたのが「不要不急」という言葉だった。
 不要不急の外出を控える、不要不急のモノを買わない、不要不急の車の使用はご遠慮ください、不要不急のエネルギーは使わないでいただきたい……。

 そして、多くのビジネスパーソンに言い渡されたのが、「不要不急の仕事しかない場合は、自宅待機せよ」との会社からの指示。「計画停電に伴う通勤困難と節電」が理由だった。博報堂、電通(現電通グループ)、ソニー(現ソニーグループ)、富士フイルムホールディングス、鹿島、武田薬品工業、楽天グループ、ノエビアなど、名だたる大企業が、続々と「自宅待機」や「出社見合わせ」を命じていた。

 でも、そんな企業側の思いとは裏腹に、なぜか、会社に向かった人たちがいた。

 冒頭の男性もその1人だった。いつもよりゆっくり自宅を出たし、いつもよりラフな服装だった。が、「なぜだか行ってしまった」と言う。

 「はってでも来い!」と言われれば、「休ませてくれよ!」と思うのに、「来なくていい」と言われると不安になる。それまで当たり前だった日常が変わることは、それだけで大きなストレスになる。当たり前にあったものを手放さなければならない不安を、「不要不急」という4文字がかき立てたのだ。

 なぜ、12年も前の話を今してるのか?
 「育児休暇中の学び直し問題」である。先の男性が震災時に感じた「来なくていい、と言われたことによる不安」が、育児休暇中の女性(男性)が打ち明けた“複雑な心情”と重なるのだ。

 ご承知の通り、1月27日の参院本会議の代表質問で、自由民主党の大家敏志議員が、「産休・育休中のリスキリングによって、一定のスキルを身に付けたり、学位を取ったりする人々を支援できれば、子育てによるキャリアの停滞を最小限にし、逆にキャリアアップが可能になることも考えられる」と提案したのに対し、岸田文雄首相は、「育児中など様々な状況にあっても、主体的に学び直しに取り組む方々をしっかりと後押ししていく。提案を参考にしながら取り組んでいく」と答弁し、“一億総たたき状態”になった。

「子供のためよ。しっかり育休を取りなさい」

 1月30日の衆院予算委員会では、自民党の鈴木貴子議員が、育休を取得した男性の3分の1は育休中の家事・育児が2時間以下だとする調査結果を紹介し、「誤った育休の認識を持つ人たちこそ学び直しが必要」と苦言を呈するなど、岸田首相は弁明に追われた。

 私自身、なんでもかんでも「リスキリング、リスキリング」と呪文のように繰り返し、「育児休暇」を学び直しだの、キャリアップだのと結びつけ、育児を「個=母親」の問題にするのはあるまじき行為だと思う。ましてや、大家議員の「キャリアの停滞」「キャリアアップが可能」というケア労働軽視丸出し発言には、絶望しか感じなかった。一体どこまで母親を追い詰めるんだ? これが異次元の少子化対策なのか? とあきれ果てた。

 が、一方で、育児休暇を取る女性たち(男性たちも)の中には、仕事を手放すことに不安を抱えている人は決して少なくない。というか、とても多い。

 以前、某企業の女性活躍のお手伝いをさせていただいた際、社員参加のディスカッションで冒頭のコラムが話題になったことがある。
 「子供を産んで、会社から『しっかり育児に専念してください』と言われた時、コラムに出てきた男性と同じ気持ちになった」と1人の女性社員が話し、他の女性たちからも「不安で不安でたまらなかった」という声が相次いだ。

 「仕事がやりたくてたまらない自分は、子育てに向いてないのかも、と悩んだ」という女性もいたし、「仕事をしたいと思う自分は、育児から逃げてるだけ、母親失格なのかと思うことがあった」「子育て中も、仕事を気にしてばかりで、子供に申し訳ないと思った」という人たちもいた。
 中には「子供のためよ。しっかり育休を取りなさい」と言われ、しんどかったと漏らす人もいた。

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