狩人さんはアーク暮らしを夢見たい   作:風袮悠介

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21話-最悪の敵がいるらしい

「さて……そろそろか……」

 

 楽しい気分でアウターリムを進んでいたのだが、唐突に空気が変わる。

 一歩踏み込んだ瞬間、臭いがするのだ。

 この空気の変化はドバンたちも感じたらしく、突然周囲をキョロキョロとし始めた。

 

「なんだ? 急に空気が……?」

「不思議ね。まるで……別の建物に入った気分」

「これは……何か匂いますね……」

 

 ……私は背筋に怖気を感じた。

 この臭いは、嗅ぎ慣れた血のものではない。一歩一歩進むごとに、徐々に足下の地面に湿り気が増えているのを察知した。

 というより、周囲の湿気の濃さが増した、と言ってもいいだろう。

 私の服も湿気を吸って重くなる。

 

 進んでいくと、建物の曲がり角に誰かの背中が見えた。

 シュガーが私の前に出て銃を構え、警戒する。私も、ドバンも、サクラも続いて武器を構える。

 誰かの背中は動かない……というより、よく見たら座り込んでいるな。

 まるで祈るために伏せているような……。

 

「そこにいるのは誰?」

 

 シュガーが問いかけるが、背中の主は何も答えない。

 サクラが手で何かを示すと、慎重に前に進み出した。背中の主と一定の距離が離れるように注意しつつ、手に持つ長銃で狙いを定めたまま歩く。

 

 サクラが一定の距離を進むと、唐突に構えを解いて背中の主を見た。

 いや、正確には……曲がり角の向こう側を見てるのだろう。

 

「なんですか……これは……?」

 

 サクラの口から恐怖を交えた声が漏れる。

 私は思わずドバンの方を見ると、首を横に振った。

 

「私は知らんぞ。……情報によると、確かここら辺は広場がある、比較的治安がマシなところだぞ」

「情報というか経験則じゃない? ドバンは昔、アウターリムにいたから」

「えっ」

 

 ドバンが、アウターリム出身? いや、初めて出会ったときにアウターリムへ悪態を吐いていたような気がするが。

 ドバンはそれを言ったシュガーを睨んでから「ふんっ!」と鼻を鳴らして顔を背けてしまう。

 溜め息を吐いたシュガーは、サクラに近づいて話しかけた。

 

「どうしたのサクラ」

「あの、これを……」

 

 私もサクラの近くに行き、サクラが指さした先を見た。

 そして、私の眉間にシワが寄る。

 

「クソが」

 

 思わず悪態が口から漏れた。

 

 たくさんの人々が、伏せて頭を垂れ、何かに祈る姿があった。

 それが遙か先まで続いている。

 

 まんじりともせず祈り続け、ずっと黙ったままの姿が何十人といるのを見るのは、いっそ壮観でさえあった。

 

「なんだこれは、何をしている!?」

「上位者、というものに祈ってるのかしら」

「それにしたって……これは異様すぎでは……」

 

 ドバン、シュガー、サクラがそれぞれ感想を述べるが、私はそれをどこか遠くで聞いてる気分であった。

 私は見たことがある。この光景を。

 私は踏んだことがある。この濡れた地を。

 私は嗅いだことがある。

 

 この、潮気を含んだ海の匂いを。

 

「ありえん……いるのか……? ここに……」

 

 私は思わず駆け出した。祈る住民の背中を蹴り、躓いてなお、走る。

 後ろからドバンたちの声が聞こえてくるが、無視した。

 最悪だ、まさか、まさか!?

 最後の曲がり角を越えて、その先にある光景を見て私は絶句した。

 

 そこには、巨大な上位者とそれに寄り添う人の姿をした人外がいた。

 

 巨大な上位者は全身が白く湿り気を帯び、その下半身はまるで魚のひれのようであり、上半身はまるで女性のような体躯をしていた。長く細く艶美な両腕だが、顔は目がなく口と歯の間から触手が数本生えている。

 口の奥には、女性の顔が見えた。穏やかな母のような顔。

 

 寄り添う人外は全裸であり、全身が白くのっぺりと湿っている。人の肌はしておらず、まるで魚類の肌のよう。私よりも少し高い背丈に、側には内蔵のように蠢くピンク色の肉塊の如き巨大な曲刀があり、腹のヘソの緒と繋がってる。

 私の記憶にあるそれよりも遙かに若く、まるで青春期を迎えた若者のような顔つきだった。

 その顔もまた、穏やかで微笑を浮かべて目を閉じていた。

 二体とも、心からの平穏を得ているかのよう。

 

「ありえん……死んでいない……」

 

 絶望のあまり、私は膝から崩れそうだった。何十人、何百人もの信者の中心にいる上位者。

 星の娘と呼ばれるエーブリエタースは、そんな信者たちの最前線で頭を垂れていた。

 

 ビルゲンワースの冒涜の罪、その最初。

 一つの漁村を破壊し、冒涜し、陵辱し尽くして得ようとした、上位者。

 本来であれば殺され、偉大なる神秘の三本目のヘソの緒を奪われていたはずの存在。

 

 戦った中で最も手強く、二度と戦いたくないと思った存在。

 

「ゴース……と……その遺子……」

 

 死んでいないゴース、あるいはゴスム。

 本来の形で生まれたその遺子。

 そして、エーブリエタース。

 

 最悪の組み合わせが、そこにいた。

 

「……」

 

 私は見た。

 遺子の目が開かれるのを。

 

 遺子の目と、私の目が合う。

 

 昔戦った老いた赤子では無い。

 赤子で生まれ、青年に育った存在。

 

 私はこいつを殺した。

 てっきりと、憎しみのままここで戦闘になるのかと思った。

 すぐにノコギリ鉈と短銃を握った私を見て。

 

 遺子は、穏やかに笑った。

 

『母の仇を討ってくれて、ありがとう』

「あああああああああああああああああああああ!!!???」

 

 唐突に響く声と、激しいなんて言葉では形容できないほどの頭痛と全身の強張りと痛み。

 武器を落とし、体中が固まってバラバラにされるほどの脳から全身へと伝わる痛みに私は倒れて痙攣し、痛みに耐えきれず暴れる。

 脳に響いた声、これが遺子の声か!

 上位者の言葉か!

 

 これが本当の、啓蒙か!!!

 

 遺子が穏やかに笑い、信者は身じろぎもせずに祈り、エーブリエタースは祈ったまま動かない体勢。

 

 その異常な空間の中で、私の悲鳴と絶叫が響きわたった。 

この後のエピソードでNIKKEのサブイベントを盛り込んでも良いかどうか?

  • サブイベントも書いていい
  • メインストーリーだけ進行して欲しい
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