「こんなところか……」
「う、ぐ……ぐぞぅ……」
「お、前ぇ……何もんだぁ……?!」
アウターリムの一角。腐臭と誇りの臭いが漂い、天井の光が薄暗い場所に、狩人は立っている。
『リバティ』のアジトを強襲し、あっという間に仕事を終えた狩人は、ガラシャの拳にこびりついた血と肉と歯の破片を取り除く。
足下に転がるのは、『リバティ』の構成員。
全構成員の3分の2を潰したことで、狩人はひと息吐いていた。
これでサクラから任された仕事は終わりだろう、と。
「私が誰か知る必要はない。お前たちは、やり過ぎたから私が来た。それだけだ」
「お、お前……アンダーワールドクイーンの回し者か……!?」
「ふん……」
倒れている構成員が、私を憎々しげに睨み、悪態を吐く。
私はそれを無視し、さっさとここから離れようと歩き出した。
ここでサクラと接触するのはマズい。悟られてるだろうが、サクラとの関係性はギリギリまで隠すべきだろう。歩く度にコツン、コツン、と革靴が音を鳴らしている。
「この強さ……地上の記録にあった『トム』か……? でもあれは男だから発狂して失敗したはずじゃ……!」
「なんの話かわからんが、黙っていた方がいい。私に答えるつもりはない」
後ろで構成員の声が聞こえたので返事しておく。これが最後だ。このまま黙って去る。
――つもりだった。
「くそ……これじゃ、これじゃあの『娘』を守るための金が……足りない……!」
「あの綺麗なお嬢ちゃんは……俺たちが守ってやんねぇと……!?」
「おい」
不穏な単語が聞こえてきた。
踵を返した私は、近くに転がっていた構成員の胸ぐらを掴んで無理矢理引きずり上げる。
「な、なんだよっ」
「『娘』とは、なんだ?」
私は構成員の一人の瞳を覗き込む。
じーっと、その奥の深淵を見透かすように。
見えた。
構成員の瞳の中。
忌々しい『ナメクジ』が。
「お前……質問がしたい」
「な、なんだよ……?」
「『娘』とはなんだ? そして、今まで見えてなかったものが見えるようになってないか?」
私の有無を言わさぬ質問に、構成員は怯えながら答えた。
「あ、ああ……『リバティ』の中に見える奴と見えない奴がいるけど……俺たちは『娘』さんが見えるから、守らねぇとって」
「その『娘』とやらはなんだ? 幼い女の子か?」
「ち、違う。いつの間にかそこにいて、ずっと悲しそうなんだ。悲しそうで、美しい姿で、憐れで、可愛いお嬢さんで、思わず守ってやりたくなって」
ごっ! と私は構成員の顔を殴ってから立ち上がり、すぐに携帯端末を取り出す。
操作して、えっと、耳に当てる。んだったよな?
鈴の音が何度か鳴ったあと、相棒の声が聞こえた。
『お前、なんでこの番号を知っている?! 私への直通連絡なんて』
「久しぶりだな、ドバン。話がある」
『聞け!! 話を!!』
相変わず騒がしい男だ、ドバンという奴は。
耳元でギャンギャン文句を言い続けてるが、時間が無いので割り込んで話す。
「文句はあとでいくらでも聞いてやる。連絡先はマスタングに頼んだら、エニックとか言う奴からBlaBla? で送られてきた」
『エニックだと!? 何故エニックが私の番号を貴様に教えるんだ!!』
「メッセージには『戦友の番号を送ります』と書いてあったが?」
『エニックぅ!!』
ドバンが怒りのあまり叫び続けていた。
私は耳元で騒ぎ続けるドバンに苛立ちながら、落ち着いて話す。
「そんなことはどうでもいい。話がある」
『私にはない!! お前のせいで私は中央政府の中で、化け物退治ができる副司令官という扱いだ! お前に関わっていたら』
「俺たちが戦ったアメンドーズ……それに連なる『上位者』を発見した」
ピタ、と端末の向こうの声が静かになった。
『……なんだと?』
「アウターリムにいる。しかも、アメンドーズなんかよりも厄介な『上位者』だ」
『アウターリムにいるだとぉ!? ふざけるな、すぐに軍を派遣してアウターリムを灰にしてやる! 狩人、お前はそいつの足止めを』
「それは止めておいた方がいい」
私はアジトの外側に繋がるほうへ視線を向けた。
外から音が聞こえてくる。聞き慣れた、男女の声だ。
一人は指揮官、もう一人はサクラだろう。
「ここに、アンダーワールドクイーンの一人がいる」
『はぁ!? 何故だ!』
「桜祭りの公園でナワバリを定めてしショバ代をせしめようとした奴がいた。『ルール』違反ということで、サクラが出張ってきている」
私の説明に、端末の向こうでドバンが呻いていた。
何やら悩んでいるのだな。私は裏口の方へ向かい、サクラと鉢合わせないように気を付けて動く。
「ドバン、ここは少数精鋭だ。君と……シュガーを要請したい。三人なら、秘密裏に狩れるだろう。確実に、狩れる」
『私はもうしないと言ってるだろう!! お前一人でも狩れるはずでは!?』
「確かに私一人でも狩れる。間違いなく。ただ……」
私は苦虫噛み潰した顔になった。ギリ、と奥歯を噛みしめる。
「おそらくここにいるのは『星の娘、エーブリエタース』だ。こいつはアメンドーズと同じく光線を吐く。しかも触れた者を発狂させる血を撒き散らし、巨体と鞭の如き多数の触手を操る高次元の敵。ここで暴れさせたら、光線と触腕で周囲は破壊し尽くされ、発狂の血でここらの水源全てが汚染される危険性がある。さすがにアウターリム嫌いのドバンとしても、そこまで被害を広げた状態は良しとしないだろう?」
『それでもい……っ。い、いや、ダメだ……! アウターリムを滅ぼせても、影響がアークに来るのか?!?』
「確実に影響がある。……エーブリエタースは戦闘能力以外にも影響力が強すぎる。秘密裏に狩るしかない。それに、すでにアウターリムではエーブリエタースの影響が出ているぞ。ここにいるものたちはアレを
端末の向こうでドバンが息を呑む音が聞こえる。
あぁ、そうだ。エーブリエタースは
人外の存在に
思わせるだけの存在力の高さが、アレにはある。
「……ドバン、お前となら」
『今は……ダメだ。アウターリムどころかアークにまで影響がある可能性が僅かでも存在するなら、私は副司令官として判断しなければならんっ!』
「お前と二人なら影響なく狩れる!」
『判断を急くな!! 今は許可できない!! 私からは以上だ!!』
ぶつん、と端末の音が鳴る。ドバンとの連絡が途絶えた。
私は端末を懐にしまうと、大きく溜め息を吐く。
「全く……アルフレートの頃の失敗を引きずっているのか」
私がヤーナムにいた頃……アルフレートの行動は結果として師ローゲリウスの覚悟を無駄にすることだった。無駄にしたのは主に私だが。
だから、今度は後悔しないために考えて行動してるんだろうな。
仕方が無い。
「相棒の尻を拭うのも相棒の仕事だ……」
私は武器を取り出す。ノコギリ鉈と、獣狩りの短銃。
最初の頃に使っていた、オーソドックスな狩りの装備。
立場に縛られ、アルフレートであった頃の後悔をするドバンのために、動かねば。
なに、持っているものを全て使えば影響はなく狩れるだろう。
リバティのアジトを出て、私はエーブリエタースがいそうな場所を探るために周囲を観察する。
「ふむ……どこにいるか、探し回らねばならんか」
「その必要はないよ」
バッ、と私は身を翻しつつ、声がした方から距離を取る。さらに短銃の狙いをそちらに定め、警戒する。
そこに立っていたのは、黒い服に身を包んだ美少女だった。また美少女か。全体的に威圧感を与えるような服装だ。
だが、何故だろうか。この娘からは私と同じ何かを感じる。
「……お前は?」
「エキゾチック部隊のクロウ」
クロウと名乗った娘は、リバティのアジトの壁に背を預けて立っていた。ちょうど私からは見えにくい位置にいたのか。
視線を周囲に巡らせつつ、クロウへの警戒は解かない。銃の先を降ろすことはしない。
油断できない空気がある。
「……それで、必要がない、とは?」
「アタシたちはシュエンのところの部隊でな……アウターリムの中で、反抗勢力がいないか、異変がないかの調査をするのがアタシたちの仕事だ」
「異変を見つけている、と?」
そうだ、とクロウは答えた。
「アウターリムの一角で、新興宗教が生まれている。なんでも、偶像崇拝を基本とするものだそうだ」
「偶像崇拝?」
「何もないところで信者たちがひざまずき、『この美しい娘の嘆きを止めるために』といろいろなことをしている」
間違いない。エーブリエタースだ。すでに影響が出てしまっている。
私は眉をしかめながら聞いた。
「質問がある。君は見えてないのか?」
「数日前、初めて現場に向かったが何も見えなかった。アタシはな」
「……他の部隊員には見えたと?」
ククク、とクロウは笑いを漏らした。
「ジャッカルという名前の仲間が、なんかきれーな子がいる、と騒いでいた。もう一人のバイパーって仲間は見えてないようだがな」
これはまずい。ジャッカルという娘には、すでにナメクジが取り憑いている。
放っておけばナメクジの感染が広がってしまう!
私は銃を降ろした。
「クロウ。そのジャッカルという娘を連れて、治療しろ」
「いや、今はまだいい」
「なんだと?」
何を、言っている。
「見えるようになってから、ジャッカルが少しだけ、ほんの少しだけ頭が良くなった。ニケにインストールされる常識パックのデータ以上の、頭の回転と言う奴か? あれが良くなったから、まだ直さなくてもいい」
「ふざけない方がいい」
ギリギリギリ、とノコギリ鉈を握る音が鳴る。
「ナメクジの、上位者が与える知識が、啓蒙が、良いものだと思うのか?」
「思うとも。知らない方がいい幸せはあるが、知って理解できる能力はあった方が幸せになれる。鈍感すぎちゃ、アタシの役に立たない」
「良くわかった。どうやら貴公は私にとっての敵のようだ」
覚悟は決めた。こいつはここで狩る。
ノコギリ鉈を振るい、ノコギリから長大な鉈へと武器を変形させた。
「そこにいろ。この鉈で、貴公の脳を一撃で割ってやろう」
「まぁ待て待て。時期を見てちゃんと直すさ……あと、お前の言う星の娘とやらは、今は狩らない方がいい」
「やはり脳を割ってやろう」
「お前が言った通り影響が大きすぎる。あと……あんなのでも、ここでは救いになっているんだ」
止めろ。止めるんだ、クロウ。
お前の考え方は誰も救わない。
その言い分は問題の先送りに過ぎない。
目を背けてしまっては、あとあと大変なことになる。
「ここを見ろ。地上から逃れてもアークからは見捨てられ、人として認められない人間たちのどん詰まりなんだよ、アウターリムってのは。そこに少しでも心の救いがあるのは素晴らしいと思わないか?」
「思わぬな。あれは救いにならない」
「泥中の蓮、という言葉を知ってるか? こんなアウターリムにも、すがれるほど美しいものがあると思わないか? おかげで救われるものがいると思わないか?」
「思わぬ、繰り返すがあれは救いにならない!! あれは聖歌隊が残した厄災、上位者だぞ!! いるだけで災いを振りまくことになる!! 犠牲になるのは誰だ、お前か、仲間か、アウターリムの住民か!?」
「アウターリムには人間はいない、アークの結論はそうだろう?」
「現実にここに人間はいる!! このままだと上位者の啓蒙が感染していくぞ!! 最後にここは地獄になる!!」
「はっ……アークから見れば地上もアウターリムも、地獄じゃないか。地獄から地獄とは……変わらないってことだな」
「さっきから屁理屈は止めろ、論点をずらすな、上位者は速く狩らねば周囲に甚大な被害を及ぼす!! 人間の全てを蝕む、獣の病と双璧を為す災いに違いはない!! 災いの形が違うだけで、災いは災いだ!! 悪夢は悪夢だ! 人を苦しめるという結論に前提や過程を考慮する必要はない!!」
「そうは言うがな……ジャッカルは言ってたぞ。人がたくさんいるのに、ずっと祈ってて大人しいって。人を襲わないものを無理矢理殺すのか? お前は」
「襲わないのは敵と見なされてないだけだ、敵と見なされれば、力の全てを使って周辺を破壊し尽くすんだぞ!!」
「では敵となるお前はさっさとここから出て行くべきだな。お前が出て行けば、少なくとも星の娘とやらは暴走しない」
「その引き金を引くのは誰だ、住民か、それを知らぬ誰かか!? 銃口を向ける先を、無くしておけば済む話だ!!」
「だからアークから見たらアウターリムには何もないって――」
「屁理屈は止めろと言ってる!!!!」
ダメだ、限界だ。こいつと話していると、苛立ちが募る!
私はクロウに対してノコギリ鉈を振るったが、クロウはサッと躱してしまう。怒りのまま振るった武器の軌道は読まれやすい。
クロウの頭があった位置に、ノコギリ鉈が叩きつけられた。ゴシャ! と壁を破壊する。
「おお、怖い怖い」
クロウは私に向けて、笑みを浮かべた。
目が、瞳孔が開ききっている。
私は見た。
その瞳孔に、ほんの小さな『線状の何かが』いるのを。
確認した瞬間、私の頭が怒りで染まる。
「貴公っ」
「凄いな、これは……頭の回転が良くなる。今まで知らなかった知識も流れ込んでくる。理解はできないが、ここで生き抜くのに困らないだけの知識だけ理解できればいい」
「それに意識を委ねるな、眷属になるつもりか!」
ダメだ、クロウの目はすでに蕩けそうになっている。
このままだとかの英雄、ルドウイークのように導きを見ることになってしまうぞ。
導きはクロウに何をさせる? 感染拡大か? 別の上位者の降臨か?
赤ん坊を手に入れるべく行動するか?
「はっ……眷属か。少し理解できるぞ。アレと似た存在になるんだろう? なるつもりはないさ、利用しきってやる」
「できるわけがない!!」
「まぁまぁ、聞け……今は星の娘を殺すのはマズい。アークへの影響が大きいからな。
だから、アークへの影響を考えなくて良い時を作ってやるって言ってるんだ」
ピタリ、と私の動きが止まる。
「いずれアウターリムを気に掛ける暇がない時が訪れる。アタシが作ってやる」
「……私一人でなくてもいい、ドバンとシュガーが来てくれれば」
「そのドバンはここに来ない、そうだろ?」
クロウは私に指摘しながら、後ずさりしながら距離を離していく。
「勝手に狩ればアークに影響を及ぼす危険があるなら、影響について考えなくていい状況ができればいい。それまで、アタシたちエキゾチック部隊がアレを抑えてやる」
「……抑えることができるのか?」
「できる。アタシたちはアウターリムの中じゃ有名人だ。アタシたちの命令に従う奴は多い」
……私は思案する。思案して、決めた。
「関係ないな、ここでお前もエーブリエタースも狩り、ジャッカルを連れて治療させればいい。お前の言葉を考慮する必要は――」
「そろそろ、指揮官とサクラがここに来るんだろ?」
クロウはニヤニヤしながら私に言った。
目を見開きながら、リバティのアジトの方へ聞き耳を立てる。確かに建物の向こう側で話をする声があった。
こいつ、知ってるのか。私がそもそもなんでここいるのか!?
「貴公……!」
「さっさと逃げないと、お前と指揮官とサクラとの関係がバレるだろう? それは避けたいはずだ、指揮官のために。アタシはここでエーブリエタースを抑える。お前は指揮官とサクラにバレる前に逃げる。いい話だと思うが?」
考える。思案する。ここで強行突破するか、それとも去るか。
何が正解で何が間違いか、どうすればいいのか。
私の脳に、ぶつん、という音が鳴った。
「あー、考えるのは後でよいと判断した」
「……何?」
がちゃり、と短銃に灰を詰め込む。弾を装填し、撃鉄を起こす。
銃口をクロウに向け、引き金に指をかけた。
私の対応を見て、クロウは引きつった笑みを浮かべる。
「おいおい、地上に出て人類のために戦う兵士が、こんなところで」
「下手なことを考えるなど、私らしくない」
にちゃり、と嗤った。
「邪魔をするなら殺す。邪魔をしなくても必要なら殺す。一番てっとり早い方法だ」
バァン!!
「そうだろう?」
私が放った弾丸はクロウの胴体を貫き、その背後にあった壁をも粉砕した。
一瞬遅れてクロウは口から真っ赤な血を吐き出し、出血する腹を押さえて膝から崩れた。
クロウは爛々とした目を、ワタシに向けていた。
「お、まえ……ハッ、どうやら、会話が、通じる相手ではなかったらしい」
「会話? 通じてるだろう? 結論として話すのは無駄、邪魔をするなら殺す。私は素早く判断した。それだけだ」
「ふ、ふははっ……お前は、英雄じゃ、ないな」
「当たり前だろう。私は狩人だ、英雄じゃない。……さて、こっちか?」
私はクロウの横を通り過ぎ、その先の道を進む。クロウはさっきからこっちへ通ろうとするのを、さりげなく邪魔をしていたからな。
しかし、クロウが私に投げた言葉が、再び私の足を止めることとなる。
「代わりに……老婆のことを……教えて、やる」
「……なんだと?」
「大事なのは、殺す、順番だ……」
「ここにいる奴から殺す。その方が手間がない」
「老婆を先に……する、なら、面倒がないように、手を、回してやる……」
無視。話すに値しない。
私は振り返ってクロウの胴体に向けて、再び発砲。背中の真ん中へ着弾した。
ばちゃ。
そのままクロウは前のめりで倒れ、血だまりの中で倒れて動かなくなった。
私はクロウが動かないのを一瞥したあと、再び歩き出す。
目指すはエーブリエタースを狩ること。
邪魔するものは、いつも通り全て殺して先に進めば良い。
なんで私はこんな簡単なことを、忘れていたんだろうな。
この後のエピソードでNIKKEのサブイベントを盛り込んでも良いかどうか?
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サブイベントも書いていい
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メインストーリーだけ進行して欲しい