狩人さんはアーク暮らしを夢見たい   作:風袮悠介

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閑話-戦後処理と秘密の話があるらしい

――――

 

 

 アメンドーズ討伐後。

 M.M.R研究所跡にて、十数人の研究員とシュエン、イングリッドが戦後処理と調査を行っていた。

 全員が特殊な防護服を着ており、研究所に潜んでいるであろう寄生虫と軟体生物対策を施している。

 もしもの備えではあるものの、常識の外のものであるため、イングリッドの横に立つシュエンは明らかに嫌そうな顔を浮かべていた。

 

 現在、彼女たちがいるのは戦闘が行われたM.M.R研究所の中枢、アトラスケージがある場所。

 研究員たちも恐怖で体を震わせながら、アメンドーズが放った光線跡や破壊痕、狩人が持つトニトルスが放った雷光による焦げ跡、さらには二人の飛び散った血痕の調査を行っている。

 

 イングリッドもシュエンも、この場にいる全ての研究員が、この場所から一秒でも早く逃げたい衝動を抑えて、仕事に励んでいた。

 

「やってられないわっ!!!!!!」

 

 励んでいたが、唐突にシュエンが持っていたタブレットを床に叩きつけてキレた。

 

「何よ、この戦闘跡!! 血痕だらけだわ燃えた跡があるわ床はへこんでるしアトラスケージは歪んで開いてるしカプセルは壊されてる!

 これらの備品を買い直して設置したり修理するのにいくら掛かると思ってるのよ!!!

 しかも血痕からはまた寄生虫や軟体生物が夥しい量検出されてるし!!!

 ここはミシリスのM.M.R研究所よ!!! なのにここで戦うとか正気じゃない!

 ここを閉鎖して破壊して焼却して滅却して処理しないと、危なくて仕方がないわ!!!!

 ただ建物を閉鎖して封鎖しても、どこから寄生虫や軟体生物が漏出するかわからない!!! アークに甚大な被害を及ぼす可能性があるのよ!!!

 研究がどれだけ滞ると思ってるのよ!!! どれだけお金が飛ぶと思ってるのよ!!! 株価が暴落してどれだけ被害が出ると思ってるのよ!!!

 狩人に損害賠償しても許されるでしょ!!!」

 

「気持ちはわかるが……落ち着け」

「落ち着けるわけないでしょ!? イングリッドの目は節穴なの!? こんな戦闘をアーク内で、しかも研究所で行うなんて頭がおかしいでしょ!!」

 

 ガンガンと地団駄を踏みながら喚くシュエンではあるが、イングリッドも落ち着けとしか言えないし慰められない。

 もしもこの戦闘がエリシオンが保有する工場で行われたとしたら、どれだけの被害と莫大な補償が必要なのか想像もしたくない。

 気持ちがわかるからこそ、自分たちのCEOがブチ切れる様子を見ても研究員たちの誰もが納得した顔で作業してるのだ。

 

 ひとしきり騒いで喚いて怒鳴ってキレて、ようやく落ち着いたシュエンが息を整えながら作業風景を見る。

 

「とにかく……こんなバカみたいな戦いをアーク内でやられたら、ミシリスだけじゃなくて三大企業の全てが何かしらの被害を受けるわ」

「それは間違いない。実際……この戦いはすでにアーク内で報道されてしまった」

 

 イングリッドは溜め息を吐いた。

 

「ある程度の情報封鎖はしたものの……『アーク内にラプチャーが一体侵入した』とまで報道を抑えても、混乱は酷い」

 

 もともと、狩人の言う上位者との戦いは一般人に知られないように配慮はしていた。

 実は狩人とシュガーが研究所内に入ったあと、周囲は三大企業全ての出撃できるニケが配備され、とことん誰も入らせない措置は取られていたのだ。

 なのに、アメンドーズとかいうバケモノが放った光線が、M.M.R研究所の天井をぶち破り、あやうくエターナルスカイを破壊する寸前までいった。

 

 幸い、エターナルスカイの一部が破損したで終わったものの、これを見た多くの一般人が心神衰弱状態に陥って病院に運ばれ、しかもアーク内でラプチャーとの戦闘があったと憶測を呼び、限りなく真実を隠して報道した侵入した小型ラプチャー一体を処理したという内容ですら混乱が発生。

 

 結果、この事態を防げなかった三大企業に対する不信によって株価が下落、戦闘場所となった研究所がミシリスが保有するものであったと知られるとミシリスの株価が暴落してしまった。

 

 エリシオンとテトラによるミシリスへの手助けで最悪の事態は避けたが、それでも楽観視できない。

 

 この後始末に、イングリッドすら疲労感を覚えるほど忙殺されていた。

 

「タレント部隊と777部隊、ハッピーズー部隊、メイド・フォー・ユー部隊でアーク市民への慰撫が行われたおかげで、混乱は早く収まりそうだが」

「『大変なことがあったけど大丈夫だから!』みたいな触れ込みでイベントを開催して、そっちに目を向けさせてるんでしょ? まさか鉄くずにあんな有用性があったなんてね……」

「その間に、我々は事の次第をきっちり調査して処理しないといけないがな。で、結局どうだったんだ。何かわかったか、今度こそ」

 

 イングリッドの質問に、まずシュエンは天井を指さした。アメンドーズが放ったとされる光線によって開いた、天井の穴だ。

 

「まずあれだけど、あの光線とやらは熱みたいなものじゃないわね」

「熱じゃない?」

「ええ。カット&ペーストのカットだけみたいな感じかしらね。開いた穴は切断面からして『もともとそこに何もなかった』みたいな感じよ。最初から穴が開いたような形であの天井は作られた、みたいな」

「ただの切断じゃないってことか」

「命中した瞬間『夢のようになかったことにされる』ってこと。狩人風に言うなら」

 

 とんでもない攻撃を前に、よく狩人は生きてたなとイングリッドは嘆息する。シュエンは説明を続けた。

 

「あと周囲の破壊跡だけど、アメンドーズとかいうのは従来のニケの腕力を遙かに超えた存在ね。どのニケにだって、ここの床をあんな風に、腕力だけで破壊するなんてできないわ」

 

 次にシュエンは周囲の焦げ跡を指さした。

 

「焦げ跡だけど、あれは雷のようだわ。報告にあった狩人の武器、トニトルスの雷光が当たった場所よ」

「凄いな……手で持って振るう近接武器で、あれほどの電を発するものがあるとは」

「もしこれで持っただけで発狂しないとかなら欲しいわよ。……メティスの強化に使える」

 

 シュエンは目を細めて言った。

 現在、ミシリス最強の部隊であるメティスは、とある任務で受けた侵食被害によって冷凍保存されている。

 侵食だけを取り除く方法を開発し、それをメティスに施す。シュエンの目標の一つだ。

 シュエンの栄光、CEO就任の立役者、権力の象徴たるメティス部隊。

 その喪失は、シュエンにとって立場を危うくする。

 

 さらに、狩人の持つ雷光を生み出すトニトルス。

 メティス部隊がコアと電力の二重動力を採用している関係上、本当の意味で無から電力を生み出すトニトルスは喉から手が出るほど欲しい。

 原理を解明しメティスに組み込むことができるなら、電力不足による戦力低下を解消できる。

 もっと研究が進めば、地上で活動するニケたちの道具に電力を必要とするものがあった場合、それらのアップデートだって可能だろう。

 

 ただし、持っただけで発狂しない、という確認は必要だが。

 

「あと、床の液体は絶対に触っちゃダメね。採取しようにも検査キットが溶けたわ」

「溶けた? 酸のようなものか」

「揮発した気体を分析しても、酸を含む成分は検出されないわ。ただ、試しに実験用マウスを近くに放ったら、触れただけでマウスが死んだ。未知の毒ね……はぁ……もう、処理するのも手間取るわ……キレる体力すらないのよ……」

 

 大きく大きく溜め息を吐き肩を落としたシュエンに、イングリッドは軽く肩を叩いて労う事しかできなかった。

 未知の攻撃方法に未知の毒、これを調べなければいけないM.M.R研究所の研究員たちに同情する。

 シュエンは顔を上げて、イングリッドを睨んだ。

 

「で? そっちは何かわかったの?」

「一応、ある程度はな」

 

 イングリッドは脇に抱えていたタブレットを取り出す、操作した。

 画面に映ったのは、ここの監視カメラだ。狩人たちとアメンドーズによる戦闘が全部撮影されている。

 

 ただし、アメンドーズの姿だけが見えない。

 

「これを見ろ。アメンドーズの姿とやらは見えない。戦ってる最中だが、狩人が一人で吹っ飛ぶし、トニトルスをぶん回して、シュガーから受け取った武器をドバンが振り回してるだけにしか見えない。ただ、何も無い宙空から血しぶきが舞ってることから、そこに何かいるはずなのは確かだ」

「デタラメな存在ね……赤外線にも引っかからない」

 

 でも、とシュエンは続けた。

 

「死体はその場に残ってたのだけは、僥倖だわ」

 

 アメンドーズは死体になったあと、誰の目にも見えるようになった。残された死体はミシリスによって持ち出され、別の場所にある研究所で厳重に保管されている。

 もちろん、体内に潜むだろう軟体生物といった未知の存在を漏出させないように、厳重に密封されて、だ。

 不安は尽きないのだが。

 

「狩人曰く、本来上位者をYOU HUNTEDした場合に死体は残らないらしい。煙のように空気に溶けて消えるそうだ」

「YOU HUNTEDってなによ?????」

「狩りが成功したこと……らしい……私にもわからん」

 

 わからんことが多いな、とイングリッドは現実逃避するしかなかった。

 

「で、戦闘内容は良くわからない」

「わからないんじゃない、結局」

「聞け。こっちは別の映像記録だ」

 

 呆れるシュエンをよそに、イングリッドはタブレットを操作して別の映像記録を画面に映した。

 誰かの一人称視点の映像だ。

 

 そこにはハッキリと、アメンドーズの姿が映っていた。狩人と死闘を繰り広げる姿がばっちりと。

 

「は? なんでこれには生きてるアメンドーズが映ってるのよ?!」

「これはシュガーの視界から見た映像だ。NIMPHを使って、この記録を脳から取り出した」

「そういえばあの鉄くず、車輪に触ったって言ってたわね……! そのせいってこと!?」

 

 ここでシュエンがハッと気づく。

 

「ちょっと待ちなさいよ。シュガーが車輪を触ったのは、この映像だともっとあとのはずよ。なんでこの時点でアメンドーズが映ってるのよ?」

「狩人曰く、『啓蒙を得たことで脳に瞳を得たから』らしい。私にも……わからん。憶測だが、目で見る世界を、少し違う視点から見える方法を知ったから……なのかもしれん」

「わからないことは良いわ。それで? その映像記録からわかることはなによ?」

「確実にわかることはある」

 

 イングリッドはまさに、アメンドーズと正面から戦う狩人の映像を見て言った。

 

「狩人は頭がおかしい」

「そんなものはわかってるわ!!!!!」

 

 シュエンはキレた。

 

「あいつがおかしいのはわかってるから、他のことはないの!!??」

「いや、おかしいのは……ここだ」

 

 タブレットを操作して映像の再生を遅くする。

 狩人の体にできた傷が、狩人が浴びた血によって修復される、その瞬間。

 

「何よこれ……どうなってるの……」

「おそらく狩人は、己の体に傷を負っても短時間内で敵の血を浴びれば治癒する能力がある」

「人間じゃないわそんなの……それも寄生虫と軟体生物の働きかしら……?」

「そうだろうと私は思ってる。そして、この能力があるからこそバケモノを相手にこうやって正面から戦うことができるんだろう。傷を負っても、傷を負わせれば大丈夫だからな」

 

狩人の能力である『リゲイン』。

敵から受けた負傷をやり返すことによる興奮状態によって負傷を癒す、異端の技。

だが、イングリッドは眉を顰めて言った。

 

「これはニケに活用できない」

「なん……ああ、ラプチャー共に有用な戦法ではないわね」

 

 リゲインはニケに転用できない。

 転用しても意味が無い、が正しいか。

 ラプチャーとの戦闘は基本的に銃器による撃ち合いであり、白兵戦は避ける節がある。

 仮にニケがこの能力をどうにかして得たとしても、ラプチャーとの戦闘で受けた傷をラプチャー相手に白兵戦でやり返すなどできない。

 ヘレティック相手になどもっと無理だ。あんな強敵相手に白兵戦など、正気の沙汰ではない。

 ニケの基本的な戦闘スタイルは銃を用いている。相当近づかないといけないのに、遠距離戦闘をするニケが近距離でないと活用できない能力を得ても宝の持ち腐れでしかないだろう。

 

「そして、狩人の戦闘はこの回復能力を基礎として、やられたらやり返す形で武器を振るってるんだ。持っている銃だって私たちが持っているものよりも遙かに旧時代然とした代物で、アサルトライフルやサブマシンガンどころか、下手したらハンドガンよりも射程はない。自然と敵との距離は3メートル以内になるわけだ」

「そんな近くでこんなバケモノと殴り合いみたいな戦いをしてたってわけ? 頭おかしくない?」

「カフェ・スウィーティーが目撃した内容と同じだ。だから、間違いないだろう」

 

 さらに、とイングリッドはタブレットを操作する。

 シュエンはタブレットの中を覗き見ると、ギョッとした。

 

 中は狩人の戦闘映像でいっぱいだ。

 

 とはいえども、狩人の戦闘はカフェ・スウィーティーとの共闘と、ここでの戦闘だけだ。

 カフェ・スウィーティーのNIMPHを使って得た初戦闘の映像と、シュガーが目撃した戦闘映像を、アップしたり切り取ったりと、解析しようとした痕跡が山ほどある。

 

「あと、トドメに使ったこの技だが」

「うぇ……内臓を引きずり出しながらタックルって……」

「普通の神経ならこんな無茶苦茶な技はしない。奴の体液は人体にとって猛毒なんだろう? そんな顔面に手を突っ込むなど、正気のさたじゃない」

「自分の体のことを何も気に掛けない技なわけ? これ、鉄くずが使えるの?」

 

 シュエンが一通り映像を見て、イングリッドの顔を見た。

 天井を仰ぎ、深呼吸で大きく息を吸った後。

 

「使えるかこんなものっっっっっ!!!!!!」

 

 イングリッドはキレた。

 タブレットを床に叩きつけてキレた。

 それはもう盛大にキレた。

 

「既存の白兵戦とも違う、自分の体を顧みない能力頼みの近距離戦闘だと!?!? タクティカルとはほど遠い!!!! 個人の技量どころか特異能力にかまけた戦い方など、他に転用できるわけがないだろうが!!!

 しかも持ってる武器は旧式の銃と謎技術によって作られた仕掛け武器、骨董品と一点もののオーダーメイドなんて気軽に用意できん!!! こんなものを使うくらいなら主武装にアサルトライフルと副武装でハンドガンを持たせる今までの方法が一番安定するに決まってるだろうが!!!!

 しかもなんだ、ラプチャーに接近して体内に手を突っ込んで中身を引きずり出すだと????? バカか!!! そんなに近づいて仕留め損なったら死に際の反撃で逆に殺されるに決まってる!!! 下手したら侵食を受けるのは想像に難くない!!! そこまでのリスクを背負ってコアを引き抜いて倒したって、遠くから銃弾浴びせて機能停止を確認してからコアを回収した方が安全だろう!!!!

 今のニケの戦術論でバカみたいに前に出て戦う奴なんていたら邪魔でしかない!!!! 役に立たん!!! こんな情報!!!!」

 

 人は、自分が怒りそうなときに他の人がそれ以上に怒ってる姿を見ると、逆に冷静になるという。

 まさかこんな形で体感するとはね、とシュエンは冷えた頭で考えるハメになった。

 

「……大変ね、おばさん」

「うるさいぞ、ミサイルス」

 

 いつもより反論や口喧嘩の勢いが弱くなった二人は、目の前の戦後処理とこれからの仕事を考えて憂鬱になるのだった。

 

 

 

 

――――――――――

 

 

 

 

 アークの外に存在する、暴力と無法が支配する街アウターリム。

 もともとはゴミ捨て場だったところを、アークに住むのに必要な認識チップをなんらかの理由で喪失した徐々に人が集まり規模が大きくなった結果、街となった。

 電力を始めとしたインフラは通っておらず、アークとは隔壁で分断された、犯罪都市。

 無法であるがゆえの歓楽街があり、金持ちや中央政府の幹部すら出入りしている。

 

 ここに、とある部隊が活動していた。

 エキゾチック部隊。

 公式には中央諜報管理室所属分隊。その職務は「アウターリム内部を調査し、情報を得る」ことを主として、時として犯罪に対応することもある。

 アウターリムの住人にとっては神のような存在で、ここで生活している。

 

「……で? アークの方で騒ぎがあった、と」

「そう。なんでも小型ラプチャーが一体、侵入したのを処理したみたい」

 

 街の片隅、建物の壁に背を預けた女性と、その前で通信端末をイジる少女。

 エキゾチック部隊の隊長であるクロウと、隊員であるバイパーが話をしていたのだ。

 

「へぇ、アークで……どこからラプチャーが入り込んだのか」

「そこまではニュースになってないの。M.M.R研究所で戦闘があったらしいよ」

「は……シュエンがワードレス部隊に捕まえさせたラプチャーが逃げようとしたか? くだらない」

 

 クロウは興味なさそうだった。シュエンが困ってるだろう姿は痛快であるが、すぐに処理されたのならもう終わった話だ。視線を落としてよそ見する始末。

 だが、バイパーは妖しい笑みを浮かべて通信端末をイジった。

 

「それがねぇ……実際は違うみたい」

「違う? 何があった」

「アークで『仕事』をして帰ってきた住民に聞いたんだけど……M.M.R研究所の屋根を破ってエターナルスカイの一部を破壊する光線が見えたんだって」

「光線? ラプチャーなら珍しくないだろ」

「あとね、直前にドバンが拘束されてM.M.R研究所に運ばれてたって」

 

 クロウの視線がバイパーに向けられる。

 

「ドバン……ここを潰したがってた中央司令部の副司令官だな。それがどうし……待て、ラプチャーとの戦闘があったらしい研究所にドバンが拘束されて運ばれていた? なぜだ?」

「ふふ、あとね……ニケが発狂して妊娠したって情報もある」

 

 今度こそクロウの顔が跳ね上がり、バイパーの顔を見つめた。顔は信じられないという感情が浮かんでいた。

 バイパーは艶美な笑みのまま、続けた。

 

「凄いよね、ニケが妊娠するんだよ。まだ出産してないみたいだけど、どんな子供が産まれるんだろうねぇ?」

「……フフフ」

 

 とうとうクロウが耐えきれなくなったように、口元を押さえて笑い出した。

 目はギンギンに見開き、瞳孔は収縮を繰り返す。極度の興奮状態だ。

 

「今まで人間の道具だったニケが妊娠する。産まれた子供は、ニケ側か? 人間側か? アークはどういう選択をするんだろうな? 受け入れるか排除するか?」

「面白くなってきたねぇ、クロウ」

「そうだな」

 

 クロウは口元から手を離した。

 

「あの指揮官は、産まれた子供をどう受け止めるんだろうな?」

 

 脳裏によぎる、クロウが絆されかけた英雄。

 共に任務へ向かい、英雄然とした姿にアークの希望を見た。

 ニケのため、仲間のためと体を張って戦える人間の指揮官。

 あの指揮官を破滅させたらどれだけ甘美な記憶になるのだろうか?

 

「それでぇ? どうするの、隊長?」

「まずは産まれた子供がどうなるかの確認はいるな。人間の姿をしてたら都合が良いが……それと、他にもやることはある」

「わかったわ……あと、これは嘘くさいんだけど」

 

 バイパーは薄ら笑いだが、目は疑わしいものを見るように通信端末の画面へ意識を向けた。

 

「地上から人間が来たんだってぇ……公式発表で地上での生還者はいないってことなのに……どう思う?」

「それは無視でいい。私の目的には関係ないだろうさ」

 

 アウターリムの中で、悪意が蠢く。

 

 

 

 

――――

 

 

 

 

 前哨基地。

 そこにあるカフェ。ここはテトラ最強の部隊、カフェ・スウィーティーがよく集まっている建物だ。

 どういう建物かというと、そのまんまカフェではあるが、カフェ・スウィーティーの面々が用意したコーヒーを買える店だ。

 

 彼女たちが作った缶コーヒーを買える店だ。

 別にここで焙煎したコーヒーを飲む店ではない。

 

 ここでシュガー、ミルク、プリムが集まっていた。

 カウンター席に座っているシュガーとミルク、椅子を並べてプリムが寝ている。

 話題は、シュガーが経験した戦いと、彼女の体調に関してだ。

 

「……つまり、妊娠してないし特に怪我はないし体の変化はない。ただ、見えなかったものが見えるようになったってことか?」

「そうね」

「スピリチュアル?」

「違うと思うわ」

 

 シュガーはいつもと同じ様子だった。

 外見はいつもと変わらない。

 

「ただ、見え方が変わったんだと思う」

「見え方?」

「今まで横から見てたものを、上からも見えるようになった、とか?」

「なんで疑問形なんだよ」

 

 呆れた様子でミルクはカウンターにもたれかかり体を反らした。

 

「しっかし、あとでリペアセンターで調べたら体中に寄生虫と軟体生物がうじゃうじゃいたから、慌ててボディ交換したんだろ? でも脳みその中にも残ってたから脳洗浄するはずが、しなかったと」

「ええ。不思議なことに、NIMPHのおかげで二つの生物の動きを抑えることができたから」

「NIMPHと寄生虫と軟体生物が拮抗して、脳の働きが安定した、か……他の奴は発狂して妊娠してたのに、なんでシュガーだけ大丈夫なんだろうな?」

 

 さぁ、とシュガーは答える。

 実際、何が原因かはわからないのだ。NIMPHと寄生虫と軟体生物が互いの動きを安定させた理由が。

 そして安定したとは言っても、どこでこの三つの働きの拮抗が崩れるかわからないのだ。

 だから、現在のシュガーは定期的に検診を行っている。

 

「無事。それでよし」

「プリムの言う通りだな。アニキもシュガーが戻ってきて安心してたぜ。会ってきたか?」

「まだよ。社長がパートナーと狩人のところにいるらしいから」

 

 

 

 

――――

 

 

 

 

 アウターリムの奥で、その『娘』は目を開いた。

 襲いかかってきたものによって、自分は殺されたはずなのに。

 目を見開き周囲を見たら、いた場所とは違う。ここはアウターリムという場所だと理解した。

 同時に自分の体がかつてのものより縮んでいる、とも。

 『娘』は大きな視座で物事を『見る』。すぐに自分の状況を理解した。

 見捨てられたのだ、自分は。

 再び祈るようにして蹲り、嘆き続ける。

 

 私を見捨てないでください。

 

 『娘』は祈り続ける。嘆き続ける。

 『娘』にはそれしかできなかった。

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