狩人さんはアーク暮らしを夢見たい   作:風袮悠介

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16話-狩りを始めるらしい

 シュガーのバイクから降りた私は、肩を回しつつ首をゴキッと鳴らして準備運動を済ませておく。

 左手の狩人の短銃に込められた水銀弾を確認し、右手に握ったトニトルスの握り心地を確認、ぶんと一振りして使い心地を手に馴染ませた。

 私の様子を後ろから見ていたシュガーだが、どうやらバイクから武器を取り出したらしくガシャコンと音が鳴った。振り返ると、どうやら銃の弾丸を込めて装填したらしい。

 

「シュガー」

「私もやるわよ。社長から言われてるし」

 

 なるほど、マスタングの命令で私と一緒に戦うつもりか。彼女の顔から冗談ではなく、すでに臨戦態勢なのはわかった。

 私の持っている散弾銃よりも洗練された造形の銃だが、私は首を横に振った。

 

「無駄だ。上位者を相手に、普通の重火器は通用しない。獣を、上位者を狩るべく作られた銃と弾丸でなければ通用しない」

「そう。でも、囮くらいにはなれるわよ」

「いらない。足手まといになるだけだ」

 

 私は再び研究所と呼ばれた建物を前に、外観へ視線を向けた。

 四角くて白い建物だ、内部構造はどうなってるのか想像もできない。研究、というからには学問施設ってことでビルゲンワースと似た内部構造か?

 いや、決めつけるのはマズいか。今回は、アメンドーズに辿り着くまで慎重に行かないといけない。

 

 ただでさえ、今の私は狩人の夢に戻って道具の補填ができない。

 

 ここと向こうの世界や夢が繋がっている保証はなく、あのマスタングたちとの初邂逅の際の言葉は脅しでしかない。この世界でも夢として蘇ることができる確証なんてどこにもないんだ。

 となれば、狩人の夢にあるチェスト……倉庫にある道具を引き出したり、夢の住人から血の遺志と引き換えに補充もできない。

 私の持っている水銀弾は、私の血を使ってある程度補填は可能だ。でも、血や体力そのものの補充はそうはいかない。

 輸血液すら手に入らない。残りの個数は、23個か。脳に刻んだカレル文字のおかげで多めに持ててはいるが、アメンドーズだけでなくこれから全ての戦いを23個の輸血液でなんとかしないといけなくなった。

 

 全ては私が迂闊だったから。この一言に尽きる。

 

 なれば、一撃ももらわず狩るのが最善だな。

 

「私は足手まといにならないわよ」

「……君の銃器では奴に痛打を与えられない。それどころか、下手したら上位者の子供を孕む可能性もある。付いてこさせるわけにはいかない」

「これは、社長は無視してもいいって話なんだけど」

 

 シュガーは溜め息を吐いてから言った。

 

「もし、本当に上位者というのがニケを妊娠させることができるのなら、赤子を数体確保して研究したい。だから、狩人の護衛としてニケを数体、同行させる。上位者を倒すのが最優先、妊娠すれば最善。それが中央政府の考えよ」

 

 私はバッと振り返ってシュガーの顔を見る。シュガーの顔に、冗談を言ってるような雰囲気はない。私は呆気に取られて動けないほどの衝撃なのに、彼女の顔に悲壮感は全くなかった。

 上位者の赤子を確保して、研究したい、だと?

 かの偽ヨセフカのように、ウィレームたちビルゲンワースが墓暴きをして赤子を取り出したように?

 こんな奴らを守るために、私は上位者を狩らねばならぬのか?

 

「ふざけているのか? 上位者の赤子を手に入れるだと? それがどういう結果をもたらすのか、わからないほどバカじゃないはずだ。アークの中央司令部というのは、そこまで愚かなのか?」

「マスタング社長も、イングリッドも、シュエンも、エニックでさえも反対してる。アンダーソン副司令官も反対してるわ。でも、バーニンガム副司令官は反対も賛成もしない中立の立場ってところね」

「……そうか。そのバーニンガムとやらは、あとでガラシャの拳でぶん殴る」

 

 溜め息が出る。上位者の赤子を欲しがるなんて……あれを求めれば、自然と乳母も現れる可能性もあるのに。そこも説明しないとダメだろうな。

 私は頭を振って、研究所に向けて足を進めた。同時にシュガーへ言葉を投げかける。

 

「それなら、ますます中央司令部の思惑に乗る必要はない」

「それだけじゃないわ。正直、私たちにも考えがある」

「考えとは?」

「パートナーとの間に子供が欲しいと思うニケもいるの。上位者の研究を進めてそれが可能なら私もそうしたい」

 

 再び私は驚きのあまり、振り返ってシュガーを睨んだ。

 

「さっき、あなたを囲んでいたニケたちの中で、サクラって子がいるの。着物を着た子よ、わかる?」

「……」

「あの子は、一族の組織を守るために力を求めてニケになった。術式成功率が低いニケ化手術を乗り越えて、組織を率いて守れる力と永遠の若さを手に入れた。その結果、老いることができず、子供を産めない体になったの。

 でも、上位者の研究を進めてニケも妊娠して子供を授かれるというのなら、サクラの救いになるわ。あの子はパートナーとの間にできる子供を欲してると思うし。

 子供を、跡継ぎを授かることができれば、あの子の苦しみもいくらか拭えるんじゃないかしら」

「止めておけ。上位者は、そこまで人にとって都合の良い存在じゃない。そして、人は上位者を都合の良いように扱おうとどこまでも理性をなくした獣になりうる。

 私のいたヤーナムがそうだった。ヤーナムが、そうなってしまった。アークもそうなって欲しくはない」

 

 ニケは子供を妊娠できない。

 兵器として生まれ変わった彼女たちは、どこまでも人間を守るための武器であり奴隷としてしか存在を許されないというのだろう。

 だから子供だけは。好きな人との間に授かる子供という幸せだけは、守りたいのか。

 

 私の背中に力が籠もる。

 

「都合良く子供を授かる幸せに肖れる、なんて妄想は止めろ。上位者は、人間じゃない。どこまでも神秘的な存在で人間とはズレた存在だ」

 

 幸せな妄想を、夢を見るという自由は尊重しよう。

 だが、幸せな妄想を実現するという妄執のために、今という現実を汚すことは許されない。

 だから私は断言した。眉に力を込めて、ハッキリとだ。

 

「……止めておけ。子供がおらずとも、愛する人と共にいるという幸せは手にできる。共にある時間はいずれ無くなるかもしれないが、愛した幸せな時間は、永遠に夢の中に残る」

 

 私はかつて、聖杯の地下遺跡から持ち出した婚姻の指輪をアンナリーゼ様に捧げようとしたことがある。あのときは、なんとなくというか、アンナリーゼ様の孤独を癒やせればいいとか、好奇心でやったことだ。

 しかし、アンナリーゼ様は悲しげに答えた。

 

『……やめておきたまえ。今はよい。だが、我が伴侶となるのであれば……おぞましい未来を見るだろう。

 貴公、私は貴公が大事だ。もう、失いたくないのだよ……。

 分かるだろう? この話はもうおしまいだ』

 

 今となっては、私は残酷なことをしたと思う。

 たった二人の血族で、生きる時間も生物としての在り方も異なった者。

 アンナリーゼ様の鉄面の下にある顔は、どれほど悲しい顔をなされたことだろう。

 処刑隊によって血族のほとんどを失い、永遠に近い時間を生きる彼女の伴侶となっても、私はいずれ夢から醒めてしまうだろう。

 人の温もりを再び知ったアンナリーゼ様が、再びそれを失う苦しみを知るなど、辛すぎるだろう。

 本当に、私は申し訳ないことをした。

 

 好奇心で三回も求婚して、他になんか言われるかなと思って何十回も同じように求婚した私を、最終的にアンナリーゼ様は鉄面と穏やかな声色の下で激怒してたかもだけど。

 

「……あなた、頭のおかしい人かと思ったけど、案外まともなことも言うのね」

「その言い分は酷いと思うが、何十回断られても好奇心で婚姻の申し込みを繰り返した私としてはぐぅの音も出ないな」

「おかしいというか最低だし気持ち悪いわ」

 

 ごめんなさい。

 

 

 

 

 気持ちを盛り返した私は、研究所に足を踏みいれた。

 後ろからはシュガーが散弾銃を手に付いてきている。結局、彼女は付いてきてしまったわけだ。透明な鏡の扉を潜り、誰もいなくなった建造物の内部で私は溜め息を吐く。

 

「結局、帰らないんだな」

「言ったでしょ。被害に遭うのも任務の一つだって。それに、その、アメンドーズとかいうのが見つかった場所まで案内するのも任務なのよ。あなたの戦闘記録を、きちんと残すのも含めて」

「そうか、もう好きにしてくれ。私は止めたからな」

 

 私は正面玄関を抜け広間に出る。

 誰もいなくなった建物内は耳が痛くなるほどの静寂に包まれていた。人っ子一人もいない。

 足下に散らばった書類へ視線を落としつつ、周囲を観察する。

 幸い、眷属や獣のようなものもいない。アメンドーズの元まで一直線に行けそうだ。

 

「それで、アメンドーズはどこにいる?」

「ここからエレベーターに乗って向かうM.M.R研究施設の中枢部、アトラスケージがあるあたりよ」

「アトラスケージ……というのは、確か私が渡した武器を封印した場所だったな?」

「そうよ。そこまでの道にあるセキュリティは解除してあるから、そこに向かうだけでいいわ」

 

 シュガーは私の前を歩き出した。どうやら案内してくれるということか。私もその後ろへついて行く。

 が、そこでふと気になったことがあった。

 

「なぁ、これから行くところにはアトラスケージがあるんだよな?」

「? そうよ」

「武器はそのままなんだよな?」

「ええ。取り出して移動する暇なんてないもの」

「……ドバンは?」

 

 私の質問に、シュガーの足が止まった。

 ……まさか。

 

「もしかして……置いてけぼり、か?」

「……私は何も聞いてないわ」

「置いてったんだな??」

 

 まさかここで目的にアメンドーズを狩るだけじゃなくてドバンの救出も加わることになるとは……。

 再び、平然とした様子でシュガーは歩き出した。

 

「私は何も聞いてないわ。行くわよ」

「なぁ、本当に何も聞いてない? ドバンはどうしてるんだ?」

「さぁ?」

「……そうか」

 

 ドバン、生きててくれ。

 

 

 

 

 シュガーの言う通り、目的地まで一直線に行くことができた。

 最後の扉の前で、私は水銀弾と輸血液の確認を行う。トニトルスよし、副武装もよい。

 発火ヤスリを使っても良いなら使うのだが、補充方法がない。ここは使わずに狩るべきだろう。

 シュガーは私へ視線を向けて、頷いて答える。扉の横にある仕掛けを操作すると、扉が開いた。

 

 中は静かだった。

 

 ガラス製の筒が数本と、奥には堅牢な箱が数個ある。広い空間に誰もおらず、静かだった。

 私が先に中に入ると、倒れたものの割れてないガラス筒の中に誰かいるのが見えた。

 

「ドバン! ドバン、大丈夫か!?」

「やっと助けに来たか、さっさと助け貴様か!? 来るな! こっちに来るな!!」

「なに?」

 

 ガラス筒の中で横になりながら叫ぶドバンの言葉を聞き、私はふと思い出す。

 アメンドーズとの初戦のことを。あのとき、アメンドーズはどう現れたのか。

 

「!! 上!」

 

 シュガーの言葉が私の耳に届く前には、私は右へ転がるようにして回避する。

 

 そこへ振り下ろされる、巨大な腕。ドバンの入ったガラス筒の目の前で叩きつけられた。床が衝撃で歪む。

 

「ひっ!!」

 

 ドバンの口から引きつった悲鳴が出るのを横目で確認しつつ、私は体勢を戻す。

 

 そこに、いた。

 

 複数本の腕、網目状の何かに覆われた複眼を持つ頭部、だが、私の記憶の中にあるソレよりも小柄な体躯をした上位者。

 憐れな落とし子。

 

「アメンドーズ……!」

 

 私は短銃をアメンドーズに向けて様子を見る。

 しかしこいつ、本当に小柄だ。私の持つ小アメンの腕と同じくらいの大きさの腕を持つ個体。

 だが、見慣れないものにとっては巨大と言ってもいいだろう。人ならざる怪物、人を超えた上位の存在。それがアメンドーズだ。

 だが、困った。

 

 私はこの体躯のアメンドーズを見たことないし、戦ったこともない。

 

 習性は同じかもしれないが、攻撃の間合いが異なるために苦戦する可能性がある。

 しかも、こいつは光線を放つこともあり得る。こんなところで光線を放たれたら、大変なことになるのは間違いない。

 

「なに……!? 変な音と一緒に勝手に床が……そこに何かいるの……!?」

「シュガー! 隙を見つけてドバンを救出して逃げろ! ここからは私の狩りだ!」

 

 今、アメンドーズはガラス筒の中にいるドバンを観察している。こちらへ意識を向けていない。ドバンは恐怖に染まった顔をして震えていた。

 やるしか、ない。私は駆け出した。

 

 医療教会の変人、アーチボルドの手によって作られた独特の仕掛け武器。

 雷光ヤスリを使わずとも、鉄球の鎚を擦るだけで黒獣が纏う雷光を再現する。

 鉄球を地面に接触させて擦ると、先から青い光がほとばしった。

 

「おおおおぉおぉおおお!!」

 

 右腕に力を込め、アメンドーズの元まで走り跳躍、一気に振り下ろすようにしてアメンドーズの頭部に叩きつける!!

 

「■■■■■■■■!!」

 

 悲鳴のような、名状しがたき鳴き声が周囲に響く。アメンドーズはたたらを踏みながら怯み下がった。

 頭部から体液が漏れ、雷光によって焼かれた匂いが立ちこめる。

 

 だが、怯みながらもアメンドーズは私に向かって腕を振り回していた。

 腕を潜って回避しようとして、私は自身の失敗を悟る。

 

 この個体は私よりも少し背丈が大きい程度だ。それでも一般人よりも大きな体躯はしているが。

 だからこそ、個体として小さいがために、振り回される腕は私の記憶のそれよりも速い!!

 

「ぐっ!」

 

 左肩口に受けたアメンドーズの腕の威力に押され、私はアトラスケージの元まで吹っ飛ばされて叩きつけられた。

 がおん! と背中から衝撃音が響いた。背中から肺にまで痛打が響いて呻く。

 

「ぐ、がは……! はぁ……! くそっ……!」

 

 見誤った、一撃ももらわずに完封するつもりが、油断からこのザマだ。

 個体の大きさが異なれば、速さも重さも異なる。当たり前の認識を忘れていたが故に、攻撃をもらってしまったわけだ。

 だが、速くても重さはそんなにない。かつて戦ったアメンドーズの攻撃よりも、キツくはない。小柄だからだろう。

 私はアトラスケージから背中を離し、体の各所を確認。左肩、大丈夫。背中、無事。呼吸、問題なし。筋肉が裂けたような痛みがキツいが、骨は折れてないし内臓は破裂してない。

 つまり、軽傷ってことだ。

 アメンドーズは頭から流れる体液と痛みに腕で抑えていたが、私の方へ頭部を向けた。

 どうやら私を敵と認識したらしいな。

 

「はぁ……ふぅ……」

 

 こっちに向かってアメンドーズが歩いてくる。私もアメンドーズに向かって歩き出した。

 トニトルスの先を地面で擦り、再び雷光を生み出す。青い光が鉄球からほとばしり、周辺へと向かう。

 

 7秒。

 

 トニトルスの先に雷光を留められる時間は、たった7秒。

 

 この7秒で、決着を。

 

 長期戦は、私もトニトルスもこの施設も保たない。

 

 殺されるし、トニトルスは壊れるし、施設の崩壊に巻き込まれるだろう。

 

 だからこいつが光線を吐く前のこの7秒で、狩りを終わらせる。

 

「ひゃはぁ」

 

 私の口から、喜悦の声が漏れた。 

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