「私をここから出せぇ! ふざけるな、私を誰だと思っている!! 中央政府の副司令官だぞ! これはどういう扱いだ!」
「シュエン、どうなってる?」
「どうもこうもないわよ」
ミシリスの研究所。そのカプセルの中に、ドバンが封印されていた。
封印、という言葉の通りで、本来このカプセルはニケの整備や治療に使われる類いのもので、人間相手に使うものじゃない。淡く薄緑色のガラスの向こうで、ドバンは解放を求めてガラスを殴り続けていた。
その周辺で研究員が忙しなく動く。研究員の中に、シュエンとイングリッドの姿があった。
「まずだけど……脳みそに、印があったわ」
「印?」
「MRI検査とレントゲンの結果を見た方が早いわね。これよ」
シュエンは封筒をイングリッドに渡した。
その中の書類をイングリッドは取り出し、中を見て……目を見張る。
脳みそに、明らかにあるはずのない【印】が確かにあった。
まるで獣の爪と尻尾を模した、謎のくぼみのようなものが。
イングリッドの様子を見て、シュエンは大きく溜め息を吐いた。
「私もそれを見て、同じ反応だったわ。こんなの、脳科学的どころか医学的、人体学としてもありえない」
「それで……これは、なんだ? 焼き印か? くぼみ、か?」
「わからないわよ」
イングリッドの質問に、シュエンは頭を抱えた。
「わからないの。くぼみのように見えるし、焼き印のように見える。さすがに頭を開いて調べるわけにもいかないからわからない、としかいいようがないのよ」
「そうか……それで、これは……厳密にはどういうものだ? 何か人体に効果があるもの……とか」
「……それは、そうね、あの車輪を触っても発狂しない、とかかしら」
シュエンが視線を向けた先には、アトラスケージと呼ばれるアーク最硬の檻があった。あの中には、狩人がドバンに渡したとかいう車輪が封印されている。
あの車輪を封印するために運んでいたニケが四人も発狂して脳洗浄するハメになった。
NIMPH(二ンフ)による操作すら受け付けない、原因不明の発狂現象。脳洗浄を念入りに行うことで、ようやく落ち着いたほどだ。
「何、あれ? 触っただけで発狂するって……しかもこいつが狩人から聞いた話だと、仕掛けを解放すると怨念によって威力が増すけど、その代わり使いすぎると使用者は死ぬって……そんなもん、扱えるわけないじゃない」
「具体的にあの武器はどういう仕掛けが施されてる?」
「なんかグルグル車輪が回る程度ね」
「なんかグルグル車輪が回る程度」
なんかグルグル車輪が回る程度。
あまりにもマヌケすぎるとふふ、と笑ってしまうんだなとイングリッドは思ってしまった。
だが、イングリッドが思わず笑みを浮かべた瞬間。
シュエンがキレた。
盛大にキレた。
持っていたタブレットを床に叩きつけてぶっ壊してキレた。
「なんっなのよアレ!! 詳しく調べてみようにも下手に触ろうものなら謎の発狂現象! ただの発狂じゃなくて獣みたいな毛が生えて理性がなくなる奴! 鉄くずの体になんであんなものが生えるのよ! アトラスケージに入れる前になんとか成分検査とかしても、普通に木と鉄が使われるだけの車輪!! 表面の赤黒いあとは血痕! しかもその血には謎の寄生虫と軟体生物が夥しいほどにこびりついてて使った検査機は全て焼却処分!! 鉄くずに生えた獣の毛と軟体生物と寄生虫を採取してはみたけど怖すぎて検査したくない! あんなの、狩人ごと滅するべきよ!!」
シュエンの独白に、周りの研究員たちもギョッとした顔を浮かべていた。
しかし一部の研究員が疲れた顔をして頷いて納得してる。
これらの様子を見て、イングリッドは呆然とした。
「それで……どうするんだ? これらの処置は」
「封印よ封印! アトラスケージにぶち込んで封印! 武器も、寄生虫も、軟体生物も、獣の毛も! 何もかも!! ドバンごと封印よ!!」
「ふざけるな! 私は平気だ、さっさとここから出せ!!」
カプセルの中で騒ぐドバンだが、さっきから殴る強さが増しているような気がして怖いなとイングリッドはちょっと退いていた。
「さすがにドバンは……止めた方がいいんじゃないか?」
「あれを見てまだそんなこと言える?」
シュエンがドバンを親指で示すと、ドバンが宙空を見て騒ぎ出した。
「いつの間にそこに置物を置いたんだ!! 腕が何本もある奇妙な巨大人形なんて、気味が悪いだろう! しかも蠢いているじゃないか! さっさと動かせ!!」
「奇妙な巨大人形……?」
ドバンの視線の先を見ても、何もない。イングリッドは目を細めて観察しても、普通に研究所の天井があるだけだ。ドバンはさっきから同じようなことを言って騒ぎ続けている。
まさか、とイングリッドは顔を真っ青にした。
「あの脳みその印は……!?」
「そうね、なんかオバケが見えるようになる効果もあったんじゃない? さっきからあんな感じなのよ。何かしら、美しい女の子がこっちにいるとか、変なババァが瞬間移動しながら迫ってくるとか言って騒ぐのよ。もちろん赤外線にも引っかからないわよ。頭がおかしくなってるんじゃない?」
シュエンが疲れ切った顔をして溜め息を吐いた。
確かにこれはどうしようもない。狩人がもたらす武器から新しい功績を手に入れようとしたシュエンだったが、実態は発狂をもたらす厄災。謎の寄生虫に軟体生物付き。
本人は脳みそに印を刻む謎道具で、他人に気楽にこんなことができるときた。
どう考えても、厄ネタのそれだ。イングリッドも大きく溜め息を吐いた。
「狩人から話を聞いた指揮官から連絡が来た。狩人は今も寄生虫と道具を持ったままだと」
「取り上げなさい今すぐ!! そして廃棄しなさい!! こんなものがアークに広まったら、すぐにアークが滅びるわ!!」
「そうだな。しかし……エニックからは『新しい可能性のため、狩人のやることに関与しない』と連絡が来た」
イングリッドの言葉にシュエンは目ん玉をまん丸に見開いて驚いた。
これにはイングリッドも驚いた。てっきり、エニックから狩人への殺害命令が出ると思っていたから。
エニックは人類存続のための計算を行う。だから、多少アウターリムで組織犯罪が起きても、アーク内で凶悪事件が起きても、これといって関与しない。
だが人類が滅びるような事態ともなれば動く。それがエニックという存在だ。
なのに、とんでもない厄ネタを抱え込んだ狩人に関しては新たな可能性のために放置を決定した。
シュエンは再びキレた。
「エニックは壊れてるんじゃないの!? サンプルや調査結果をデータにして、これでもかと危険性を伝えたのに放置ってなんなのよ!! 何を考えてるのよ!!」
「私にも正直わからない。わからない、が……エニックは多分、指揮官なら狩人の危険性を抑えることができると判断したんじゃないか?」
「できるわけないでしょ! あんな頭のおかしい奴!」
「そうなんだが……」
正直、シュエンがここまで狩人の危険性を訴えるのもわかるし、実際に危険だし、どうしたもんかと悩むのもわかる。イングリッドとしても、さっさと狩人を地上に追放してしまった方が早いと思うほどだ。
だが、エニックが新たな可能性のため、というほどに現在のアークは詰んでいるとも言える。
劇物のような狩人に新たな可能性を見いださないといけないほど、このアークは袋小路に追い込まれているのか、と思えば致し方ないのかとも。
イングリッドは狩人へシージペリラスを送るべきかどうか、迷ってしまっていた。
「あとさぁ……マスタングはどうしたのよ。あいつはなんでここにいないの?」
「マスタングは狩人の元に向かったようだ。今回の事態を受けて、直々にアークの事情と注意事項を伝えるらしい」
「止めなさいよ!? マスタングまで発狂するじゃない!? 護衛は!?」
「カフェ・スウィーティーの面々が。初対面で出会って会話をした彼女たちと一緒なら、狩人も下手なことはしないだろうと」
「初対面のドバンにあんなことしたのよ!? なんの保険にもならないじゃない!」
イングリッドはぐぅの音も出なかった。
2024/10/15
二度目の更新。筆がノっちゃった。