「あの男は誰だ? 何者だ?」
私の疑問に対して、メイデンが私が見ている方向を見てから答えてくれた。
「あれ? あれはドバンという男です。元々はアウターリムの出身で、エンターヘブンの情報と引き換えにアーク市民権を得て、治安維持に貢献したことで史上最速で副司令の座に上り詰めた小物ですよ」
「ほぅ。エンターヘブンとは?」
「簡単にいうとテロ集団ですよ。えーっと、過激な犯罪者の集まりですね。アウターリムの人権保護を目的にしてますが、やってることは破壊活動とかの重犯罪になります」
「そこの情報を渡して副司令、か……」
男…ドバンはずっと扉の前で怒号と悪態を吐いているが、内容は聞くに耐えない罵詈雑言の類だ。本来は私の目にも留まらず、気にするほどのものでもなかった。
「自分のキャリアの汚点になるからと、自分がいたアウターリムを嫌悪している小物です、小物」
「メイデン、そこまで言うのはマズイですよぉ」
「いいんですよポリ。こんなこと、中央政府所属のものなら誰だって考えるんですから。自分のかつての所属をあそこまで口汚く罵るなんて……最初からそういう場所だって知ってたでしょうに、何を今更。開き直って頑張るならまだしも、あんな醜態を晒してる時点で何も知らないのとおんなじですよ」
メイデンの言葉に、私は心の底から震えた。
そうか、ようやく出会ったな……。
まさか貴公もこの世界に来ていたとは……。
あの時、私は意識を失ってこの世界に来た。何かを失ってこの世界に来るなら、命を失った者はどうだろうか?
「ドバン……貴公の生まれ変わりなのだな……アルフレートの……!」
『師よ、ご覧あれ! 私はやりました、やりましたぞ!』
私の脳内に溢れ出す、かつてのアルフレートの姿。
『この穢れた女を、潰して潰して潰して、ピンク色の肉塊に変えてやりましたぞ!』
「穢れた血族」を狩る医療協会の狩人、その部隊である処刑隊の一員だった彼は、血族の女王たるアンナリーゼ様を肉塊になるまで潰し、狂ったように笑っていた。
自身の師たるローゲリウスをアンナリーゼ様を守る封印の要から解放し弔い、祀るために。
だが、その行いは全くの無駄だった。
ローゲリウスは自身の血を全て抜き、穢れた血に侵されないようにした。血がなければ獣化できない。
そこまでして彼がしたのは、アンナリーゼ様を外の世界に出さないようにするためだ。
アンナリーゼ様はすでに血族として不死を手に入れている。殺すことができず、その血が外に出て蔓延すれば取り返しの付かないことになる。
血の女王を外に出さないために、ローゲリウスは自分を封印と為したのだ。
だが、その封印を私が解き、アルフレートがしたことは血の女王を殺した。
不死の相手を殺しただけだ。
その行いは、全くの無駄でしかない。
私は星の娘の元に肉塊を運ぶと、さっさとアンナリーゼ様を復活させた。あと血の契約を結んだ。意味があったのかはどうでもいいし効果はよくわかんない。
しかもアルフレートはローゲリウスの遺品を協会の祭壇に祀り、その前で自害していたのだ。
……これは私の推察でしかないし、アンナリーゼ様も言葉を濁していたのでよくわからないが、アルフレートは血族の係累だった可能性がある。
アルフレートの金髪とアンナリーゼ様の金髪は、どこか似ていた。名前の響きもだ。
ローゲリウスたち処刑隊による粛正は血族のみに適用されるが、アンナリーゼ様と契約を交わした血族達の紳士録には全ての血族の名が記されている。
カインハーストの民であれど、契約を交わしていなければ血族ではない。
血族ではないカインハーストの民、その係累はどこかで生き残っていたのではないか?
そして、アルフレートがアンナリーゼ様の前で言ったこと。
『如何にお前が不死だとて、このままずっと生きるのなら、何ものも誑かせないだろう!』
誑かすって、誰のことだ?
ローゲリウスがもし、誑かされていたのなら、アンナリーゼ様はさっさと封印から解かれていたのではないか?
しかしローゲリウスは封印としての役割を十全に果たし、アンナリーゼ様を外に出すことはなかった。穢れた血が蔓延することを防いでいたのは間違いない。
誑かされたのがローゲリウスではないのでは、誰が誑かされいた、と? いやそうなるとローゲリウスを狩って封印を解いた私が誑かされてることになるんだけどそこは無視だ。
もしかしたら、アルフレートはアンナリーゼ様から『お前は血族の係累』だと言われていたのではなかろうか?
だからアルフレートは自分自身を誑かせないだろうと、あんなことを言ったのではないか? と。
自分の師、所属していた組織の思いも理解せず、
産まれた意味や系譜を知ろうともおかまいなし、
自分を誑かす、自分の道に暗雲をもたらす自分の起源を滅ぼそうとする。
まさにアルフレートじゃないか!!
故にドバンよ、お前はアルフレートだ!
私は感動のまま、ドバンことアルフレートに近づいた。後ろからポリ達が止めてくるが、完全無視だ。
「ん? なんだお前は、どこから来た!」
ドバンことアルフレートが私に威圧してくるが、それも微笑ましい。
彼もこんな風に、私が攻撃したら怒ったものだ。
「大丈夫だ、ドバンよ」
「何故私の名前を知ってる!? お前は誰だ、というかなんでそんな親しげな目をしているんだ!!」
「安心しろ、この狩人。再びお前に出会うことができたぞ……」
「いやお前は誰だ!?」
全く……騒がしい男だ。アンナリーゼ様を潰したときもこんな感じで騒がしかったな。懐かしい。
お前は間違いなくアルフレートだ、ドバン!
「思い出せ、お前が潰した女王のことを、師ローゲリウスのことを……お前はアルフレートの生まれ変わりだ、ドバン」
「な、なんなんだ、なんなんだお前は!?」
私はドバンに近づき、優しく手を背に回すようにして抱きしめた。ドバンの体が震えている。アンナリーゼ様を肉塊に変えたときと同じような震えだ。
お前はアルフレートなんだな、ドバン。
「は、は、はな、離せ、貴様……っ」
「お前はアウターリムを滅ぼしたいんだな?」
私がドバンアルフレートから離れると、ドバンアルフレートの顔が強張った。
「何を」
「前は無駄だったもんな……産まれを否定して師の思いを踏みにじって祭壇の前で師の遺品を祀って自害しても、私が復活させたもん」
「……」
アルフレートドバンは黙ってしまった。顔が真っ青になっている。すまんな、ほんと。
「すまない……だが、今度こそ、お前の思いが成就するように手助けをしよう。ほら、手を出しなさい……」
私がドバンの手を優しく取ると、その手に獣血の丸薬を握らせた。たっぷり十錠もだ。
「これがまず、獣血の丸薬だ……覚えてるだろ? 攻撃力を上げる薬さ」
「……貴様、何を……??」
「あと、これな。お前の得意武器」
懐から私が取り出して彼の前に出したのは懐かしきローゲリウスの車輪。
かつて数多くの穢れた血族を叩き潰したことで怨念を纏う、処刑隊の武器だ。
アルフレートはこの車輪を前にして、目を見張っている。
「これは、これはなんだ?」
「何って、ローゲリウスの車輪だよ。知ってるだろ?」
「知るわけがなかろうが!! あとなんだこの赤黒い跡! 血の汚れか!? 貴様、これで何をした?」
「したのはお前だろアルフレート。全く水くさいなぁ、あ、今の名前はドバンか」
ローゲリウスの車輪をドバンに押しつけ、私はさらに道具を取り出す。
カレル文字を刻むための秘文字の工房道具。
そうだな……今回はこれの中にある、獣でも刻むか。獣血の丸薬を渡したことだし。
ドバンは明らかに恐れた顔をしている。
「何を、する気」
「あ、動くなよ。そこだ!」
私は工房道具……焼き印みたいなやつ……をドバンの頭に押し当てた。
ジュ、と謎の音がなる。焼いてないのにね、不思議だね。
「が、ぎゃああああああ!? の、脳が、脳が焼ける、何かが頭の中にいいいいぃぃぃいい!?」
「あーあー動くなって……よし、これでいいな」
私が工房道具を離すと、ドバンは涙を流して涎を垂らしながら私を睨んだ。
「何を……した……!? あ、頭の中が……頭の中に何かがある……! 妙な感覚が目に……!」
「すぐに慣れるって。いつものことじゃん、文字を脳に刻むなんて」
「脳に刻む!?」
「だが、これで大丈夫さ……」
私はドバンの肩に手を置いて、優しく言った。
「今度こそ、自分の生まれ故郷というか起源を滅ぼせるし、師とかの思いも踏みにじらずに済むって。今回は私だって誰も生き返らせないしできないし。な? 良かったろ?」
「貴様ぁ、銃殺刑に」
「あ、もう行く」
私はドバンに背を向けて、親指を立てた。
「思い出したら、いつでも私の所に来てくれ……また、一緒に獣を狩ろう……あの夜にようにな……」
そのまま私はポリたちの所に戻る。
ドバンはきっと、私の所に戻ってくる。
あいつは、狩人だからな……。
ドバンファンのみんな、このままドバンの良いとこなしは不安よな。
狩人、動きます。