おぼろづき

夢河蕾花

つきかげよ

 戦の音が遠い。

 交通の要衝でもなければ、物流においてもさしたる旨みがあるわけでもない。詰城と言えるような堅固な作りでもないし、そも、俸禄を与えられて城主の座についているのはさしたる武勲のない、平凡な男──。


 己の父を平凡と言ってのけるのもいかがなものかと、葉切子はきりのこの刻風ときかぜりょうは思った。

 城の作り自体は、山そのものを要害と見立てたもの。惣構はこの小山の半分の土地に及び、己が住まう本丸御殿は、地上からおよそ二百丈|(およそ六百メートル以上)ほどはある。

 詰城というには防備の工夫が少ない。平時の城というには不便。つまるところ、「手柄を立てられた手前褒美はやらねばならぬが、さして使い物にならぬ家臣へ投げあたえる僻地」であった。


 凉はしかし、日々、戦のことに気を揉んで、頭が変になるような思いを感じて暮らすよりは、ずっとましだと思っていた。

 未だ九つの己に、人の世の常などわからぬ。知りたくもない。

 すでに縁談があり、己にそれを跳ね除ける力はない──しかし、相手は悪い男ではなかった。


 ある武将の次男坊であるが、すでに初陣で首を三つ奪る武功を挙げている。顔立ちは平凡で、身丈も低いが──しかし周囲を思う気配りがよくでき、穏やかな顔つきで、とても武人と言われて想像がつく風貌ではない。いっそ、茶の湯でも極めたらどうだろうとすら思ってしまうような、まろやかな雰囲気の青年であった。


 月を見上げる。吉備団子のごとく、金色の丸いそれは、次第に薄い雲に陰る。

 あやかしがくる。


 やつらは「境」からくる。

 神と人の間にたち──山と里、海と陸、あちらとこちらを隔てる川、辻、屋敷の普段使わぬ部屋、国境や、あるいは昼と夜の境目にも。

 このように月が陰る、光と闇の狭間にさえ。


 びょうと風が凪いだ。


「〈鎌威断かまいたち〉、父上に見つかれば、手討ちですよ」

 涼は風に向けて言った。

「それともわらわを討ちにきましたか」


 返事はない。だが、代わりに襖がすとん、と斬られ、ぱたりと倒れた。

 どうやら戯れているらしい。


 このようにあやかしとの逢瀬が始まったのは、半年ほど前から。

 武士の間では、妖怪、といえば悍ましい人喰いという認識で通っているが、涼はとてもそうとは思えなかった。

 もしそうであるならば、己は、とっくに食われているのが道理である。


 風はしばし滞留したのち、敵を撃ち下ろす石落としの隙間からするりと抜け、去っていった。

 勝手に〈鎌威断かまいたち〉と名付けているあのあやかしが、いつか己に姿が現す日は来るのだろうか。


 益体もないことを考え、涼は影っている月を見上げた。

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