大変な労作。
間違いの指摘は、本当に「労多くして益少なし」の典型ですからね(非難されるおそれさえあります)。
しかし、ここには単なる間違いにとどまらない重要な問題があるように思えます。
同じ教養系YouTuberとして、他人事とは思えませんでしたので、ちょっと思うことを書いておきます。
われわれはみな、自分でも信じられないような間違いを平気でやらかしますからね。
さて、数学史を語るには、もちろん数学に詳しいことが必須ですが、
それと同時に、歴史の語り方(自分の語り方は正当なのか?)を理解していることが必要なのでしょう。
語り方の正当性とはたとえば、当時の問題意識を理解するとか、現代の概念や枠組みを持ち込まないとか。
これやっちゃうと、マジで進歩史観(いい線史観)にしかなりません。実際、ヨビノリさんの講義はだいぶ進歩史観的になっており、誇張していえば「ソクラテスはいいこと言ってるけど、キリストを知らないから今は煉獄です」みたいな話をしてしまっている。(古代ギリシア人は作図が解けなかった、などという説明がそれに当たりそう)
noteでは、講義内容の多くが俗説の無批判な受容と再生産にすぎないことが指摘されています。
こんなことになった理由はおそらく、自らの歴史の語り方についてほとんど注意が欠けていたためではないでしょうか。
「ここ、ちょっとヤバいかな。編集でカットまたは補足しておくか」といった感度が低かったかもしれません。
これは数学史にかぎらず、哲学史を語るにあたっても、まったく同じことが求められます(さもないとヘーゲルの哲学史みたいになります。)
誤ること自体は人間本性上、避けられませんが、せめて語り方に気をつけることなら、多少はできます。
・参考文献に書かれていることを説明する
・自信がなければ、ことわりを入れる
このあたりを少し気をつけておくだけでも、だいぶ印象は違うのかなと思います。
※いやほんと私だって、きのうオリゲネスについて、ひどい誤読したばかりですから、ほんとに他人事ではありませんよ……
Quote
古代ギリシャのヘルメス
@kodaigirisyano
「間違いだらけのヨビノリチャンネル《数学の歴史》」という記事を書きました.全文無料で公開しておりますので,数学史にご関心のある方は是非お読みください.
note.com/greekmathemati