ザ・クロマニヨンズ甲本ヒロトインタビュー①「喜び、怒り、興奮…曲を作る時のスタートはいつも高揚感」
18枚目のオリジナルアルバム『JAMBO JAPAN』発売
ザ・クロマニヨンズの18枚目のオリジナルアルバム『JAMBO JAPAN』が10月29日に発売された。9月17日に先行シングルとしてリリースされた「キャブレターにひとしずく」や、 映画『劇映画 孤独のグルメ』の主題歌「空腹と俺」、舞台『パルコ・プロデュース2025 東京サンシャインボーイズ復活公演「蒙古が襲来」』にテーマソングとして提供した楽曲を、新たにクロマニヨンズでレコーディングした「どんちゃんの歌」、さらに真島昌利(G)がボーカルを担当する「チャンバラ」「神様シクヨロ」を含む全12曲を収録。
今回もCDと完全生産限定盤のアナログ盤の2形態で発売される。ストレートなロックンロールは激しく強く、そして優しい。 聴き手の感情を掻き立て、一人ひとりの様々な思いを包み込み、解放してくれる。この瑞々しくも濃厚なアルバムについて、甲本ヒロトにインタビュー。もちろん話は多岐に渡り、アルバム同様瑞々しくも濃厚な一時間になった。
『フジロックフェス』に松葉姿で登場。「自分が一番びっくり」
――今年7月25日『FUJI ROCK FESTIVAL'25』のステージにROUTE 17 Rock‘n Roll ORCHESTRAのゲストでヒロトさんが松葉づえを手に登場して、びっくりしました。
甲本 (笑)自分が一番びっくりしたんですけどね。
――ケガをしたのは本番の直前ですか?
甲本 そうです。
――キャンセルの可能性もあったんですね。
甲本 それも頭をよぎったけど、なんか歌えるなと思ったから出ました。
『日比谷音楽祭2025』で「涙くんさよなら」を披露
――フジロックの前、6月1日には「日比谷音楽祭」のトリを飾りましたが、坂本九の「涙くんさよなら」一曲だけを歌ってステージを去るヒロトさんにもびっくりしました。
甲本 あの日の構成、選曲、アレンジは考えてくださった方がいて、僕はいち歌手として参加したんですよ。
――ヒロトさん自身、野音に強い思い入れとか思い出はありますか?
甲本 色々なライヴを観に行ったし、思い起こせば色々な思い出がいっぱいあります。
――気持ちがいい空間なので改修工事をしてもあの雰囲気は変わらないで欲しいですよね。
甲本 でも新しくなったらそこでまた何かが起きて、そこに惹かれる人も出てくる。それはそれでいいんじゃないですかね。
――今年はフェスやイベントへの出演が多い年だった印象がありますが、そういうモードだったんですか。
甲本 何にも考えないよ。僕は「こんな話ありますよ」って言われたら、「うん、行きます」って。
『JUMBO JAPAN』がこれまでのアルバムと大きく違う点
――風に吹かれるまま、という感じですね。新作『JAMBO JAPAN』もこれまでの作品同 様、風に吹かれるまま制作した、という感じですか?例えば前作と比べて違う気持ちで向き合った、気持ちが揺れ動いた事件があってそれに影響された、ということは…。
甲本 そういうのはないです。あったとしても意識はしてない。でも今までのアルバムと今回とでは物理的に違うところがあって、それはレコーディングしたスタジオが違います。 ずっとここ何枚もプライベートスタジオ、自分たちの場所、一つの部屋でずっとやってきたけど、今回久しぶりに外に出て、別のスタジオで録りました。
――その環境の違いは、大きいですね。
甲本 大きいと思う。当然ですけど音が違いますよね。どこでやっても一発録りは変わらないけど今回はそれぞれのブースがあって、環境が全然違った。
――環境を変えた理由は?
甲本 単純に久しぶりに違うところでやってみたかったから。ガラスで仕切られたボーカルブースがあって、ヘッドホンでみんなの音を聴きながら歌うという録り方は久々で、慣れなかったな。
『劇映画 孤独のグルメ』の主題歌「空腹と俺」。「いつもは作った曲がボツになっても全然いいんだけど、今回は使って欲しかった」
――1曲目から12曲目まで聴いてやっぱり気持ちがスカッとして、感動しました。でもその感動の先にあるものをヒロトさんに聞くのは野暮なことだと思うので、大きな話題を集めた一曲「空腹と俺」についてお聞きします。この曲は『劇映画 孤独のグルメ』の監督・脚本・主演を務めた松重豊さんからの熱烈なオファーから生まれたものだそうですが、作品に寄り添う主題歌ということで、いつもとは楽曲制作に向き合う時の心持ちは違いましたか?
甲本 いつもは勝手に僕が作って、使いたければ使ってください、ダメならボツで構いません、何の遠慮もなく捨ててくださいって言うんです。ボツにされても僕は傷つかないんでって言います。本当にボツった曲もあるしそれは全然いいんです。いつもはそういうスタンスなんです。だけど今回は使って欲しかった。
――やっぱりヒロトさんと松重さんが40年の時を経てタッグを組むという事実が、この楽曲が生まれる大きな要素になりましたか?
甲本 大袈裟に語ることもできますけど、あまり大袈裟に受け取られると照れます。
――いえいえ。
甲本 でも40年だよなっていう。
――あの歌詞も、当時お二人が出会ったあの頃の雰囲気や空気感みたいなものをつかまえてきた感じですか?
甲本 具体的に楽曲と歌詞に直接反映したかどうかわからないけれど、どうだろうな……まずは高揚感ですね。豊が僕に曲を頼んでくれたっていう高揚感。それが一番大きかった。曲を作る時のスタートはいつも高揚感です。
「『空腹と俺』のスタートは、(松重)豊が僕のところに来てくれたっていう喜びの高揚感」
――高まる思いが着火点になる。
甲本 興奮だったり、色々なパターンあると思うんです。何かに怒っている時もやっぱり高揚してるんですよね。何か嬉しいことがあったり、きっかけは何でもいいです、そういう意味では。「空腹と俺」のスタートは、豊が僕のところに来てくれたっていう喜びの高揚感。それは反映されてます。内容はもう、ロックンロールです。
――お二人のスペシャル対談が話題になりましたが、あの対談見ていると、お二人のナチュラルな空気感から親友という関係が伝わってきました。
甲本 あれね。取材の場所も俺たちが初めて出会った場所、洋服もその時着てたものなんです。
――そうだったんですね。
甲本 下北沢の「珉亭」で出会って、お店の白衣を2人で羽織ながら自己紹介して。「どっから来たん?」「福岡」「俺岡山から来たんよ」って話をしたあの時に引き戻されるシチュエーションが全部あったんですよね。あんなことは普通ないですよ。それでお店に一歩踏み込んだら、タイムカプセルじゃないかと思うくらい何にも変わってない。壁の色もなにもかもが。でもテレビがなくなってた。
――お二人が初めて「珉亭」出会ったのはお幾つのときですか?
甲本 二人とも確か19歳だったかな。
――当時お二人が抱いていた夢というか、目指したものをちゃんと実現させているというところは共通してますよね。
甲本 それはそうとも言えるし、あの瞬間、もう叶っていたとも言えます。
松重豊との忘れられない福岡旅行
――対談に出てくる松重さんが持ってきた8ミリフィルム、あれは貴重ですよね。
甲本 あの中の一本のラッシュを数分間観たことがあるんです。よく撮れてたんだよな、いい色で。豊と2人で吉祥寺で待ち合わせして、鈍行を乗り継いで福岡まで行って。夜、ガタゴトガタゴトしながら乗り継いで乗り継いで福岡に着いたけど、出発してから24時間以上経ってた。
――一生忘れられない旅ですね。
甲本 福岡に着いてそこから豊の昔の悪友たちとドンチャン騒ぎして。豊が東京から友達連れてきたぜ、飲も飲もって一升瓶抱えてみんなでワーワーやって。朝起きて、どっかの島に渡ったんです。足もないのに島に渡って、島で作業してるおじさんの車をヒッチハイクして移動しながらロケをして。それをラッシュで見たけど、いい色で撮れていて、またどこかで観たいな。
――対談でもヒロトさんが、きれいな画像はいくらでも撮れるけど“リアル”がないっておっしゃっていて、まさにそうだなと思いました。フィルムにはその時の空気感がそのままパッケージされています。
甲本 そうなんですよ。そう思わせてくれるんですよ。何か思いを馳せられるんですよね。
「『ひどい目にあいながら下北沢』は、昔からあった曲。でも今回この曲を入れようと思ったのは、もしかしたら豊とのことで色々やってる中で、もう1回こいつが浮かび上がったのかもしれない」
――アルバムのラストが下北沢に風景を描いた「ひどい目にあいながら下北沢」ですが、やはり 「空腹と俺」を収録することになっての流れですか?
甲本 曲作りとは関係ないです。「ひどい目にあいながら下北沢」はずいぶん前からあった曲で、歌詞の中に<古い駅の 名残が燃える>ってありまけど、そこで歌われてる古い駅というのは、みんなが思ってる古い駅じゃなくて、もっと前の下北沢駅。
――東口に伝言板があった頃の。
甲本 そう。僕が下北が変わっていくなって感じたのは遥か前で、オダキューOXができた時点でそう思いました。まず当時下北には一軒もコンビニがなかったんですよ。夜は真っ暗だった。それがオダキューOXができたときに変わったなと思ったんですよね。
――当時は小田急線のホームも寂しい感じでしたよね。
甲本 映画のセットみたいな、変なホームだった。「ウルトラQ」に出てくるような立体交差になった不思議な感じ。それでその頃作った歌が、発表するでもなくずっと手元にあったんです。よくあるんですよ、昔の曲を知らない間にアルバムに入れてることが。これが初めてじゃないです。色々なアルバムに昔書いた曲が入っています。でも今回この曲を入れようと思ったのは、もしかしたら豊とのことで色々やってる中で、もう1回こいつが浮かび上がったのかもしれない。
すっかり変わってしまった下北沢の街と駅。「でもそれによって新しい人がいっぱい来てて、その人たちにとっていい街であればそれでいいと思う」
――そういう曲達は、生まれてきたからにはいつか陽の目を浴びさせなければという思いが強いですか?
甲本 ないない。そんなのは成り行きです。常に意識してるわけではないです。ここ数年で下北沢がまた大きく変わって、それを見て余計<古い駅の 名残が燃える>っていう言葉が自分の中でリアルに感じたのかもしれない。
――大変貌を遂げていますよね、下北沢。
甲本 でもそれによって新しい人がいっぱい来てて、その人たちにとっていい街であればそれでいいと思う。
「『珉亭』だけ映画のセットみたいにそのままあって」
――「珉亭」だけは時が止まったように変わらない姿でポツンと立っています。
甲本 何にも変わってない。
――取り残されている感じがしますよね。
甲本 不思議だよね。本当にあそこだけ映画のセットみたいにそのまんまあって。何十年も前の話だけど、昔再開発が始まってその流れで北沢タウンホールとかできて、その前は銭湯があって裏が公園だったですよ。ブランコがあって、酔っ払ってブランコに乗るもんだから 何回かゲロを吐いた記憶がある(笑)。そんな公園とかも全部なくなって、ゲロの上にタウンホールが建って(笑)。
――(笑)
甲本 そんな時代ですね。「珉亭」の隣の銭湯もなくなって、漬物屋もなくなった。団子屋の「伊勢屋」は頑張ってた(笑)。そうやってどんどん変わっていくのはいいんだけど、つい最近行ったときに、まるっきり違う街になっていてびっくりした。
――僕も以前下北沢に住んでいましたけど、びっくりするくらい変わりました。
甲本 そうか、それでか……それでもしかしたら本当にこの曲を思い出したのかもしれな い。色々と変わって踏切もなくったけど、交番はまだあるでしょ?
――あります。
甲本 今急に思い出したけど、交番の横が土佐屋さんっていう会社のビルで、そこの鉄の外階段を上がってオカモチを持って出前に行くんですけど、雨の日は滑って怖かったなあ (笑)。土佐屋さんは今も続く老舗だから、あの階段も健在だと思う。
――下北沢に行く機会はあまりなかったですか?
甲本 なかったです。最近行けてないけど「フラッシュ・ディスク・ランチ」っていうレコー ド屋さんが好きで。でも最近あんまり行ってない。「イエローポップ」っていうレ コード屋も、「ダーウィンルーム」もなくなった。あそこで変な本見て、上でお茶飲んで、 そんな時間が好きだった。
【後編】に続く
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