吉田拓郎からVaundyまで。その「最上」を切り取った新たな通史!
●『結婚しようよ』
吉田拓郎の代表作として知られる1曲である。
シングルは約40万枚を売り上げた。そして次の『旅の宿』は70万枚を売り上げ、チャートの1位へと昇りつめる。
71年の夏に開催されたフォーク系の大規模フェス「第3回全日本フォークジャンボリー」における『人間なんて』の熱唱によって、フォーク界の頂点の座を岡林信康から奪った吉田拓郎(ちなみに2人は同い年)。
『結婚しようよ』は元々、その71年秋発売のアルバム『人間なんて』に収録。ただこのアルバムはエレックレコードという76年に倒産するレコード会社からの発売。しかし翌年早々に出た『結婚しようよ』のシングルは大資本・CBSソニーの発売。この鞍替えが、70年代前半に起きた吉田拓郎の特大ブームの背景になっている。
もっとも話題を呼んだのが歌詞だろう。結婚と言えば「家と家」による人生最大の儀式と思われていたときに、「♪髪が伸びたら結婚しよう」と歌ったことが、いかに鮮烈だったか。また歌詞における社会的メッセージ性の希薄さも、フォークファンから当時「体制的だ」「商業主義だ」と大いに批判されたものだった。
批判が、賛同の火に油を注ぐ。頑なな守旧派フォークファンの男性から批判を浴びるのに比例して、ライトな新規フォークファンの女性から熱狂的な支持が高まることとなる(余談だが、当時の吉田拓郎は、なかなかに美しくかわいい)。
メロディは先述の通り、「ド・レ・ミ・ソ・ラ」という五音しか使わないペンタトニック・スケールで出来ている。『イメージの詩』(70年)もそう。シンプルかつ土着的で、鼻歌で作ったような人懐っこさがある。筒美京平が脅威に感じたというのも無理はない。
さらにはコード進行も一筋縄ではいかない。《♪結婚しようよ whm……》のところの「Am→C」(キーE♭をCに移調)というところは、かなり珍しい(単なる思い付きかもしれないが)。
アレンジを担当したのは加藤和彦。加藤はザ・フォーク・クルセダーズでのブレイクが早いため、吉田拓郎の先輩と思いがちだが、実は生年は1年遅い(ただし同学年)。ちなみにこの曲のレコーディングは、松任谷正隆、そして林立夫(椅子を叩いている!)が参加していて、彼らの実質的な初仕事となった。
6年前、渡辺プロダクションを訪問し、門前払いのような対応を受けた若者が、72年、まったく新しい音楽を伴って、音楽シーンのど真ん中に分け入っていく。時代はこのとき動いた。
『日本ポップス史 1966-2023 あの音楽家の何がすごかったのか』では、
・第1章「1966-1979」で、かまやつひろし/加藤和彦/細野晴臣/財津和夫/矢沢永吉とジョニー大倉/井上陽水/荒井由実/中島みゆき/桑田佳祐/ミッキー吉野/小田和正と鈴木康博を、
・第2章「1980―1994」で、佐野元春/忌野清志郎/大滝詠一/山下達郎/浜田省吾/氷室京介と布袋寅泰/甲本ヒロトと真島昌利/岡村靖幸/奥田民生/小室哲哉/小沢健二を、
・第3章「2016―2023」で、宇多田ヒカル/米津玄師/Vaundyを、
それぞれ取り上げて日本のポップス史を辿ります。
吉田拓郎からVaundyまで。その「最上」を切り取った新たな通史!
スージー鈴木
1966年、大阪府東大阪市生まれ。音楽評論家、ラジオDJ、作家。早稲田大学政治経済学部卒業。昭和歌謡から最新ヒット曲まで、邦楽を中心に幅広い領域で音楽性と時代性を考察する。著書に『沢田研二の音楽を聴く 1980-1985』『大人のブルーハーツ』『中森明菜の音楽 1982-1991』『80 年代音楽解体新書』『サザンオールスターズ1978-1985』『桑田佳祐論』『幸福な退職』など多数。
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