びたんびたんと暴れていた私ではあったが、ラピの後頭部打撃によって鎮圧された。
なかなかに痛かったが、脳に来る衝撃で落ち着くことができた……いかんな、冷静にならねば。
「ニケの攻撃でケロッとしてるあなたはなんなのよ……?」
アニスには気持ち悪そうなものを見るような目で疑問を持たれたが、わからん。死んだって夢を見ていた感覚で復活するんだ、そんなもんだ。
私が床に突っ伏して落ち着いている間に、三人は私が来る前の会話をしている。どうやら、ラピの体が熱くなってきたことに関することだな。
「あれが何だったのか、説明してくれないんですか?」
「体を蝕むけれど、最後の切り札みたいなものよ。よくある話よね」
「超音速で物が投げられるようになる最後の切り札なんて、そうそうないと思います!」
ネオンからの詰問に対して、ラピは言い淀みながら沈黙するのみ。
どうやらこの娘にとって、あの熱さみたいなものは簡単には口に出せないものらしいな。
熱い、か……ローレンスの類いか? この娘にも、獣のそれが関係しているのか……。
正直、私の目にはこのラピという少女が、先ほどと同類のソレとは思えなかった。
というのも、今目の前にいるラピは普通の、なんというかそこにいるネオンとアニスと変わらない存在に思える。実力差はあるだろうが、三人の中で一番ってだけだろう。
だが、さっきまでの熱や気配は違う。時計塔のマリアに匹敵する、強者の匂いを感じとっていたんだ。
まるでいつでもこちらの喉笛を噛みちぎれる、赤い狼がそこにいるかのような錯覚。
あれはなんだったんだ? この娘の中に、獣が潜んでいるのか?
獣といえど私が見てきた、理性を失って本能と狂気に染まった獣ではない。
野生に生きる気高く美しい赤い狼。
私の中で、不思議と想像が湧いていた。
「師匠、今日戻って来るんですって!」
おっと、ネオンの声で現実に引き戻された。結構な量の三人娘の話を聞き逃していた。とりあえず耳を傾けよう。
「何? ええ? 何その回復力……本当に人間なの?」
「ふふ。師匠はですね、人間を超越した存在なんです!」
「なんであなたが得意気なのよ?」
ふむ? 先ほどから『指揮官』、『師匠』という誰かを指す言葉がちょくちょく現れる。
これは、同一人物かな。ふむ、これから私が会う相手になるのだろう。
「マリアンは?」
一気に部屋に沈黙が降りる。
気まずい空気がこの場を支配した。
……マリアン。この名前は、とても重要なものか。
親しい相手なのか、仲間か。
しかし、私の思考は一気に引き戻される。
「侵食が脳に直接作用したみたい」
……は? なんといった?
脳? 侵食? 直接作用?
「脳の洗浄をした後に、この分隊に配属されるって」
脳を? 洗浄?
「……そして、その決定は指揮官様が下したらしいわ」
決定を? 指揮官様、いや、指揮官がした、と?
「師匠、大丈夫でしょうか?」
「さあ……わからない」
ふざけるな。大丈夫だと? 何を言ってる。
脳をいじくる奴がいて、脳を洗浄するといって開く奴がいて。
それを決定する奴と実行する奴がいる?
確定したな。ここにはビルゲンワースの学徒か医療協会のものが潜んでいる。
しかもこの所業、あの漁村でやらかした以上のことだ。しかもビルゲンワースか医療協会にいた頃よりも知識も技術も身に付けているのだろう。
かの実験棟にて会ったアデライン、彼女にした悪辣な実験とその結果を、ここでもやらかしたか! しかも、ここにいる娘たちが当たり前のように受け入れられるほどに、卓越した技術として確立したと!
そして、こんなことをする奴は決まっている。
「……どうやらミコラーシュか偽者のヨセフカがいるのだな……!」
これほどのことができるビルゲンワースか医療協会の関係者なぞ、この二人以外に私は知らない。
あるいはロマか? いや、あの異形がここにいるとは考えたくない。
さすがにウィレームはここまでのことはしないというか、奴とはすることの方向性が違う気がする。
「殺してやる。殺してやるぞ、ミコラーシュ、偽者のヨセフカ……!」
「さっきからあの人は何をブツブツ言ってるんです?」
「気にしない方がいいわ。付き合ってらんない」
ネオンとアニスが私を冷たい目で見るが、私は気にしない。
安心したまえ、少女たちよ。私が必ず、あの邪知暴虐なビルゲンワースと医療協会を殺してやろうぞ!
ブルルル――
何かの音が鳴り、何かがここに入る音が聞こえた。
顔を上げると、そこにはベッドと謎の器具がある。
なんだ、この……まるで病室で使うような――
「指揮官様、そのベッドは何? それに、隣のその機械は何?」
「この指揮官室を病室として使います」
「何?」
「……指揮官がそれを望んでいますから」
「これ大丈夫なの?」
「もちろん大丈夫ではありません。感染のリスクも高くなりますし、非常時の対応策も限定されます」
「指揮官様。帰って。帰って、完治してきて」
「やることがある」
一連の会話の内容が頭に入ってくる。目線の先には、まるでヨセフカ……? が着ていたような服を来た美女と、一人の青年がいた。体中に傷を負ったらしい彼は、辛そうな足取りだ。
ということは、こいつが? こいつがあの、指揮官?
マリアンという子の脳をいじくることに同意した、指揮官と!
私には難しいことはわからぬ。何があったのか知らぬ。
だが、この男を許すわけにはいかぬ! 人の脳をいじくる許可を出すような奴は――!
「マリアンが来るはずだ。迎えに行こう」
立ち上がろうとした私の体を、まるで油壺を投げつけられたかのような衝撃が奔る。
青年――指揮官の声は、どこまでも優しかった。
優しく、悲しげで、後悔に塗れた声だ。
マリアンという子に対する、深い深い愛情を感じるような。
『夢の月のフローラ。小さな彼ら、そして古い意思の漂い。どうか狩人様を守り、癒やしてください。あの人を囚えるこの夢が、優しい目覚めの先触れとなり…また、懐かしい想いとなりますように…』
そうだ。これは。優しさ、愛おしさ、祈り、想い。
あのとき、普段の場所にいなかった人形が、人知れず私の無事を祈ってくれた、あの優しさに似ている。
ダメだ、私は指揮官を殺せない。
ビルゲンワースのように脳をいじくる狂人とわかっても殺せない。懐に手を伸ばして握っていたガラシャの拳で殴り殺すなんてできない。
こんな優しい想いを持つ、獣ではない人を、私は殺せない……!
「う、うぅ、うぅううぅぅぅぅ……!」
涙が溢れる。指揮官がマリアンを想う気持ちの重さが、たった一言でわかるから。
「それと、あの、そこで泣いている? 人は連れて行きますね」
「……誰だ!?」
「え? 指揮官様も知らなかったの!? なんかミルクたちからここに来るように言われてたみたいだけど」
「いや、ああ、そういえばアンダーソン副司令官が言葉を濁しながら、地上で重大な発見があったとかなんとか……」
「あの、この人はなんで泣いているんでしょう? ラピ、わかりますか?」
「……知らない」
ガバ、と私が起き上がると、そこにいた五人がビクッと驚いた様子を見せた。
涙でぐしょぐしょになったまま部屋をギョロリと見渡し、一人の青年を見つける。
どうやら、彼があの声の主か。私は彼の手を取り、両手で包み込んだ。
「安心したまえ、青年。いや、指揮官殿。あなたの悲しみ、祈り、愛しさ、優しさは全てわかったとも」
「は?」
「私が必ず、かのビルゲンワースと医療協会のものどもを殺し尽くそう! 君の思いは、確かに受け取った!」
「あの、この人、なに? なんなの? 怖い!」
その後、私は美女に引きずられながら連行されることになった。
書いといてなんだけど、脳を開くとかミコラーシュはやるかな?
ミコラーシュはなんかイメージと違うような気がしてる。
やるとしたら偽フカだと思います。許さねぇぞ、せっかく助けた人にあんなことをしやがって!
多分、本物ヨセフカもやる気がする。でも血を抜くだけかな?
他の医療協会関係者っていましたっけ?
いいぞぉ、啓蒙が高まってきた……!
とりあえず落ち着くためにヤーナムの影をしばいてきます。