「私が見た未来とは違う未来を歩みだしているようだ、先生」
そんな言葉から始まったセイアとの対話。
私は今夢の中にいる。明晰夢とでも言おうか、きっとここの記憶は現実世界でも残る……そんな夢の中での邂逅。
目の前にいるセイアは語った。今は知らない未来だ、と。
「君は本来、あの場面で錠前サオリによって撃たれていた……それが私が観測した未来だったんだ」
しかしどうだ、セイアは言った。
私に撃たれた形跡などなく、今はただ疲労によって一時的に意識を手放しているだけに過ぎない。
昏睡状態にあるわけでもなく、瀕死状態にあるわけでもなく、ただ眠っているだけ。
どちらかと言えば隣で寝ているヒナの方がダメージが大きいくらいだ。
私はただスーツが汚れただけ。セイアの語る未来とは程遠い、ほぼ無傷状態。
「君は無傷で、その代わりに名も知らぬ生徒が命の危機に瀕している……いや、もう手遅れなのかもしれない」
「あの時助けてくれた風紀委員の子?」
「そう。だが私は彼女を知らない。でも、彼女が特殊な生徒であることはわかる。それも、相当な」
セイアの能力を持ってすれば、一方的に他人を知ることが出来るはずだ。それなのに、セイアは彼女のことを知らない。
例の風紀委員の子の実力をヒナから聞いていた。だけど、その活躍を耳にすることは一度も無かった。
まるで自分を隠すかのように、探してもどこにもいない。まるで透明だと勝手に思ってたりもした。
けど、今は違う。
「彼女は知っていたんだ、先生が撃たれるのを」
「知っていた……それは、セイアと同じみたいに未来を観てってこと?」
「いいや。おそらく『知識』として、最初から認識していたんだろうね」
「それは……どういう」
「彼女の行動を観察して気がついたんだ。彼女は私達の物語を知っている。どんなプロローグで私たちの物語が始まり、どんなエピローグで幕を閉じるのか」
だから自ら先生の身代わりとなった……セイアはそう言い、ティーカップを置いた。ふぅ、と一息つき、俯く。
明らかな疲れの様子が見えるセイア。夢の中ですらその様子ということは、現実でも同じ状態だろう。
「私は彼女を探るため、なんとか過去の事象へ介入して彼女を探った」
「そんなことできたの?」
「未来予知ができるんだ。その応用でなんとかしたよ」
「もしかして……明晰夢で?」
「そう。意識を保ったまま夢に入ることで、過去の出来事に観測者として介入できた。おかげで最近の私は夢と現実の区別が……そう言いたかったんだがね」
まるで違うような言い方。セイアは自らが見たのを語り始めた。
それはあまりに平凡な人生だったと。
人の過去を無許可で知るという行為は、本来罪悪感が伴うものだと前置きをしたうえで、セイアは風紀委員の子の人生をこう評した。
「平凡そのもの。普遍的で凡庸、類型的であり陳腐。なんの面白みのない、至って普通の生徒だ」
「ちょっと言い過ぎじゃない?」
「先生にも見せてあげたかったね。あぁそうだ、恋愛に関しては非常に経験が乏しいようでね」
「高校一年生に何求めてるのセイア? 途中から面白がってない?」
「そうだが? ……いやすまない、あまりにもつまらないから、つい」
「ことが全部済んだら謝り行こうか? 私もついていくよ」
「冗談でもやめてくれ。フィジカルで彼女には勝てない」
肩を竦めて笑うセイア。人の過去を笑うのは先生として咎めるべきなんだろうけど、夢の中の出来事を告発したところで信じる人はどれだけいるだろうか。
少し話が脱線したことにセイアが謝罪を入れて、話が本線に戻る。
「つまり彼女の過去には何もなかった。だからこそわからないんだ。物語を端から端まで知っているのであれば、いくらでも悪用できるはずだろう?」
「それはそうかもしれないけど……良い子ならしないんじゃない?」
「先生は喉から手が出るほど欲しい物が目の前にあって、それが簡単に手に入るとしたらどうするんだい?」
「……」
「そういうことだよ先生。人は欲望に抗えない。それが人間の本質なんだ……このエデン条約も、結局は人の欲望に壊された」
人は愚かな生き物とはよく言ったものだと諦観の念を見せつつセイアは言った。
その言葉の意味を汲み切れるわけではない。だけど……
「最初から無理な話だったんだよ。エデン条約なんていうものは。仮にここにアリウスの介入が無かったとしても、きっとエデン条約は破綻していた」
「……それはどうだろう」
「? 先生、どういう意味だい?」
「楽園の証明は信じるしかない。私は以前そう言ったよね」
会話の繋がりを微妙に捉えきれないセイア。それに少しだけ笑みを作りながら、私は続けた。
このエデン条約に纏わる物語は、憂鬱になるだけの物語だと、後味の悪いだけの物語だとセイアは言った。
結果だけを見ればそうかもしれない……いや、セイアは途中で見ることを放棄していた。
嫌な物語だと切り捨てながらも、それをただ見捨てることができないでいる。
だから、セイアに掛けるべき言葉はなんだろうか。
「このエデン条約は確かに、凄惨な結末を迎えるかもしれないね」
「私の見た未来通りのことが起きれば、そうなるだろうね」
「でもセイアは、このエデン条約という物語を、結末までちゃんと見たかい?」
「……いや」
「ふふ、どんなクソ映画でも最後まで見るべきだよ。エンディングだけやたら良い場合もあるからね」
「……先生は、何が言いたいんだい?」
そっと椅子から立ち上がる。
もしこのままエデン条約が壊されてしまったとしても、そこには信じた生徒たちがいる。
どれだけ糾弾されようと、爪弾き者にされたとしても、折れずに信じた生徒たちがいる。
なら私のお仕事は、その生徒たちを信じて、そのお手伝いをすること。
「未来は誰にもわからないってことだよ。セイアにも、私にも……そして、あの風紀委員の子もね」
「……私の未来予知に変動が起きることはある。だが、彼女は違うだろう」
「同じだよ。だって彼女は、ずっとこのエデン条約の為に動いてたんだから」
「……あぁ、やっと君の発言の意図がわかった」
セイアが強張った顔を破顔させる。たったそれだけのことだったかと、肩の力を抜いた。
その顔を見て安堵した。これで心置きなく、ここを去ることができる。あまり長居もできない。
時間が無いのは、きっとどこの陣営も同じ。
「……私は行くよ」
「もう行くのかい?」
「助けないといけない生徒がいるから」
「……そうか。では、私はもう少しここで見守らせてもらうよ」
意識を意図的に覚醒させようと、目を瞑る。
視界が暗転しようとする。徐々に暗くなっていく視界の中、セイアの言葉が最後に聞こえた。
「ひたむきにハッピーエンドを目指す、彼女のルートをね」
ウルトラぽんぽんぺいん。
どうも脱糞寸前モブ子です。ド直球すぎるって? ごめんて。でもマジでお腹ヤバいんだ。
腹痛がヤバすぎるおかげで飛んでた意識が戻って来るくらいには痛いんだ。ホントに洒落にならない。
うおお胃腸が破裂しそう……それ以前に穴が……アッアッ……
「おはよう」
「……おはよう、アツコちゃん」
「顔色悪いね。大丈夫?」
「ふふ、全身骨折して顔面ボコボコなのに顔色心配してくれるの嬉しいよ。顔色わかるの?」
「ううん」
「どうして聞いたの?」
「……なんとなく?」
天を仰ぐ。仰ぐ天は無いんですが。
すっかり忘れてた、アツコちゃんて結構茶目っ気のある子だったね。てっきりエデン条約編が終わった後からお茶目アツコちゃんになったんだと思ってたけど、元からそういう気質があったんだね。
てか、ここカタコンベじゃん。
「なんでカタコンベに?」
「戒律を書き換えにきたの。ユスティナ聖徒会のミメシスの操作権をスクワッド全員に分布するように……でも、できなかった」
できなかった……戒律の書き換えの失敗? いや違うな、多分このタイミングだと、書き換えの横取り。
このシチュエーションから導き出されるのは……あぁ、ブルアカ宣言終わっちゃったのか。
……ブルアカ宣言見たかったァ~ァア!!!
あのシーンは気づいたら大人になってしまっていた私達大人が忘れかけた物を思い出させてくれる非常に心に刺さりまくるシーンだったんだけどあそこで注目したいのはそんなことじゃなくってヒフミちゃん自身の心情と心意気にまつわる生き方やモットーとかそういうお話でその全部を否定しようとするサオリちゃん達スクワッド組に決して折れない覚悟を真正面からアズサちゃんを隣にしながら全力で突きつけてやるシーンなんですつまり死ぬほどカッコいいわけなんですねエデン条約編3章とかいう濁りに濁りまくっていたドロドロを一気に透き通らせた超絶ヒッフッミイケメンシーンでエデン条約編以降のサオリちゃんたちにも少なからず影響を与えたブルアカというゲーム内では屈指の名シーンなんですよ。
見逃したらもう死刑でしょ。
「……はぁ」
「どうしたの?」
「いや、上が気になってさ……さっきからドンパチしてるし」
「サッちゃんたちが戦ってるの。先生も来てるみたい」
「先生か……じゃあ、無事だったんだ」
「うん。あなたが邪魔したからね」
「そりゃ外の人撃ったら死んじゃうし」
「知ってるよ。だから撃ったんだし」
当たり前のこと何言ってんの? みたいな顔で見てくるじゃん……ごめん顔見えなかったね。でも声色でわかるよ。
本当に先生を殺す気だったんだね。スマホのちっちゃい画面で文字だけ見てたってわからなかった。目の前でその言葉を聞いたから、今わかったよ。
「……アツコちゃんはさ、どうして殺そうって思ったの?」
「? 命令されたから。エデン条約を乗っ取るのに邪魔だし」
「それは誰からの命令?」
「……ごめんね、言えない」
「マダム。本名はベアトリーチェ。今アリウスの実権を握ってる大人だよね。困るね、悪い大人はさ」
アツコちゃんがゆっくりこちらを向く。当然だよね、知るはずの無いアリウスの内情を、それもトップシークレットを知ってるんだから。
でもごめんね? 私の最終目標はそこだから。
アツコちゃんが銃口を私に向ける。これ以上撃たれたら本当にヘイロー割れるって! てかもうヒビ入ってるって!
「……なんで知ってるの?」
「知識として知ってるってアツコちゃん言ってたじゃん? それだよ。知ってるものは知ってるんだもん」
「……そっか、知ってるんだね」
銃を下ろしてくれるアツコちゃん。助かったよ……これ以上のダメージは本当に命にかかわるから。
全身骨折で生きてるのも奇跡レベルだけどね?
「じゃあ、私たちがどうなるか教えて?」
「やだ」
「撃つよ?」
「撃たれても教えないよ?」
銃口を再び向けてくる。洒落にならないって言ったじゃんか! あ、それはお腹のお話か。
……せっかくお話して紛らわしてたのに! お腹が鳴ってるよ! お腹空いてるの方じゃない意味で凄い音鳴らしてるよ!
ちょっと待って無意識に我慢してたせいで意識した瞬間に暴発しそうになってる。
これは流石にマズい。乙女の尊厳もマズい。
「アツコちゃん」
「なに?」
「お花摘みに行きたい。漏れそう」
「教えてくれたらいいよ」
「じゃあここで出すね。多分凄いべちゃべちゃだと思うけど」
「後ろだったの? 先に言ってよ、汚いし」
なんか妙なリズムで罵倒された気がする。我々の業界ではご褒美です。
アツコちゃんは「ちょっと待ってて」と言って少し離れた場所に移動して、なぜかお祈りポーズをし始める。
もしかして私が漏らさないようにって祈ってくれてるの? やっぱ優しいじゃんねアツコちゃん。
……なんて思ってると、とんでもない地響きが私の身体を襲う。
アツコちゃんが走って戻ってくると、私を米俵のように抱えて走り出した。
「これでトイレ行ける。危ないから走るね」
「ちょ、ちょっと待ってアツコちゃん! 何したの!?」
「アンブロジウスを起動させたの。私の権能で、アリウス生徒以外を襲うようにした」
「アンブロジウスって……あれ?」
「うん。お人形さんが作ってくれた未完成品。動くから、もう使う」
カタコンベの中を駆け抜けていく。米俵持ちされてる私の目には、確かに見えてる。
這うように地上へ向かっていくヒトガタ。黒い外套のようなものを被っている黒い大型モンスター。
ヘイローのようなものを背中に浮かべているそれは、色違いだし形は結構違うけど、明らかにアレだった。
忘れもしない。ストーリー読むのがどれだけ遅くなったか……許さんぞ。
「ヒエロニムスの未完成体か……!」
黒い巨大化け物が、地上へと顕現する。
3章はもうすぐ終わりだね。
許さんぞヒエロニムス。