でもエデン条約編はまだ折り返し地点なんです。
「セナ! なんであの子を置いていったの!」
トリニティ。救護騎士団の会議室。
ミサイルの爆撃の被害に遭った先生の検査をしてもらうために、一時的にトリニティに身を寄せた。
糾弾の中、救護騎士団の生徒により門をくぐりここに来ることが出来た。私の体力も既に限界を迎えていたが、渦巻く様々な感情が身体を突き動かす。
あの時、あの子が助けに入ってくれなければ、私はどうなっていただろう?
あの時、あの子が銃撃を中断させてなければ、先生はどうなっていただろう?
助けてもらった。一年生の中で一番頼りになる生徒だった彼女。
私の前に駆け付けてきた時、前が見えているか怪しいほど顔が腫れあがっていた。
腕は折れていることがすぐにわかるほど異常な揺れをしていて、逆方向に揺れる度に彼女が苦悶の表情を浮かべているのは、気づかないふりをした。
彼女が「大丈夫」と言ったから。彼女の強がりに、私は甘えてしまった。
彼女は一年生だぞ? と自分に言い聞かせるが、どうしても大人びている彼女の背中ばかりが脳裏に映る。まるで先生の後姿のよう。
そして逃げおおせた私達。彼女を一人戦場のど真ん中に置き去りして、私たちはここいいる。
そんな自分が許せなかったし、彼女の言う通りに逃げたセナが理解できなかった。
理解を拒んだ。
「セナ! 答えなさい!」
「……彼女は後で迎えに行きます」
「そんなこと聞いてるんじゃないわよ! なんで見捨てたか聞いてるの!」
「見捨てた? ヒナ、あなたはそう思っているのですか?」
「そうじゃないなら何だって言うのよ! 私たちは……私はあの子を見捨てた! どうして! ……どうして……」
理不尽に怒鳴り上げている自分に嫌気がさす。
抱えている黒い物を吐き出したせいだろうか。体から力が抜けて膝を突いてしまう。
こんなことをしても彼女は助からないし、セナに嫌な思いをさせるだけだって……わかってる。そんなこと、わかってるのに。
セナが車を走らせた理由だって、考えなくてもわかる。
あそこにいたのは私、先生、そして彼女。三年生で立場のある私。重要人物の先生。そしてただの一年生。
もし一年生が身代わりになると宣言したらどうするか。私たちのような人間はそれに頼るしかなくなる。
それがたまらなく情けない。肩書ばかり大きくなって、守りたいもの一つ守れていないじゃないか。
一年生の一人すら守れない委員長など、存在する意味はあるの?
「……ヒナ。今は休みましょう。よろしいですか、救護騎士団の皆さん?」
「はい! 風紀委員長、こちらのベッドで横になってください! 救護を開始します!」
「よろしくお願いします。私は彼女を迎えに……ッ!? 今の爆撃は!?」
促されるまま、私は先生の隣のベッドに横たわる。煤だらけ血だらけになったコートを脱ぎ、あらゆる場所に包帯や絆創膏を張られる。
消毒液が染みて目をきつく閉じる。こんな些細な瞬間でも、頭には置き去りにしてしまった彼女の姿が浮かぶ。
彼女は今どんな目に遭っているのだろうか。きっと痛い目に遭っているに違いない。
だけど今の私は手の届かない……いや、私が手を伸ばせない場所にいる。
考えるだけで罪悪感に苛まれて、自分が恨めしくって、そんなことを考える自分が傲慢で嫌だ。
救護騎士団の生徒に被せられた布団の温かさに遠くなっていく意識の中、確かに聞こえた。
あの市街地のある方向。とてつもない爆発音。
彼女のいる場所で無いことを、祈ることしかできない。
「……逃げたか」
「どうするリーダー?」
「構わん。奴に居場所はない。それより今は……こいつを運ぶ」
少し離れた場所にはトリニティの残存兵とゲヘナの予備軍がいる。
ここが二つの勢力がぶつかる位置なのだろう。両者共に迫撃砲による爆撃合戦が始まろうとしていた。
次々と降り注ぐ爆撃に、そろそろ動かなければならない。
先ほどまで私たちに歯向かってきていたアズサは爆撃に乗じてこの場から姿を消した。
また私たちの下へ戻ってくるだろうが……今は別のことをやらなければならない。
空崎ヒナと先生を逃した風紀委員。
今は地面に血だまりを作るほど血まみれの状態で意識を失っており、怪我はここに現れた時とは比べ物にならない程増えている。
アズサが私たちを見つけるまでの数分、こいつはたった一人で私達三人と無数のユスティナ聖徒会を相手取り、空崎ヒナたちを完全に逃した。
敵ながら驚嘆に値するタフさだった。
しかし。全てが虚しいというのに、何故何度も何度も立ち向かってくるか理解できなかった。
銃撃を受けて倒れても立ち上がり、ロケット弾頭の直撃を受けて倒れても立ち上がり、ユスティナ聖徒会に包囲されて四方八方から撃たれても立ち上がった。
まるでゾンビだ。ミサキも姫も途中から引いていた。
血で濡れていない箇所の方が少ないほど真っ赤になっているから触りたくも無いが、そういう命令なのだ。
こいつを起こすために腕に触れた時に気が付いた。恐ろしいほどに体温が低くなってきていて、小刻みに震えていることを。
ああ、こうなってしまえばもう、長くないだろう。
あまりの大量出血。それに加えて全身骨折にロケット弾頭直撃による大やけど、そして裂傷も無数にある。
ヘイローを破壊するには、十分なダメージだ。
「……一度拠点に戻る。コイツを保護する」
「保護する意味ある? もう死ぬでしょ」
「マダムの命令だ。死にかけでもいいから生け捕りにしろ、とな」
「なら仕方ない。でも私は持ちたくない。血まみれで汚いし」
「……二人はヒヨリを」
「わかった。行こう姫」
ミサキには汚物のように扱われてしまっている。ボロ雑巾のようになってその通りの扱いを受けるとは、虚しいな。
骨折が多すぎるせいで全身が揺れすぎる。担ぐにも面倒だ、そう思っていた時。
「さおり、ちゃん……」
寝言だろうか。こんな状況で腕を掴まれたから、もしかしたら助けてくれると思ったのかもしれない。
そんな希望などありはしない。お前に待っているのはマダムによる最期の審判だけ。
しかしこれが遺言ならば? 空崎ヒナを揺するには十分な武器となるだろう。
そんなことを期待して、話だけは聞いてやると耳を傾けた。
「……遺言くらいなら聞いてやる」
「……たすける、から……ね」
「……なんだと?」
「ぜったい……たすける。さおりちゃんも、ひよりちゃんも、みさきちゃんも、あつこちゃんも」
奴の腕を私が掴んでいたはずが、もう片方の腕で逆に掴まれた。
振り払えない程の握力で掴まれた腕には奴の血が付着して、痛みが走る。
これほどのダメージを受けて、なお意識を取り戻したというのか。驚きで声が出なかった。
「ッ!?」
「ぜっ対に……助ける……ッ!」
血まみれで、あらゆる骨が折れているはずなのに、奴は自力で起き上がろうとして、私の腕を更に掴んで来た。
私によじ登ろうとしてくる奴を振り払おうとしたが、振り払えない。引き離れない。
白目を剥いていた目に、黒目がギョロリと現れた。
「ひっ……」
「リーダー!」
ヒヨリを回収したミサキがリボルバー拳銃を抜き、全弾を放つ。
吸い寄せられるようにその全弾が目の前のゾンビ……いや風紀委員の頭に命中する。
今度こそ意識を失ったようで、ヘイローの気配が完全に消えた。死んではいない、ただ意識を失っただけ。
「リーダー、無事?」
「あ、あぁ……私は大丈夫だ。それより、ヒヨリは」
「武器が完全にお釈迦なだけで他は特に。武器の予備は戻らないと」
「……早急に撤退するぞ。これ以上ここに居座る意味はない」
「だね。行こう姫」
今度こそ完全に意識が無くなった風紀委員を担ぎ、ミサキたちと共に市街地を後にした。
ユスティナ聖徒会も姫の一声で姿を消し、残ったのアリウス生は私達だけ。
他のアリウス生はその辺で伸びているか、どこかの勢力に捕らえられてしまっているかだ。
「一度基地に戻って補給を済まし次第、カタコンベに向かう」
「了解。次のターゲットはトリニティ本校舎?」
「そうだ。別動隊と合流し、戦力補充を行う」
「姫はどうする?」
「例の兵器を使えるようにしてほしい。それが終わったら合流してくれ。頼めるか、姫」
「……」
「頼んだ。それと、こいつの面倒を頼みたい」
「……」
「すまない。延命程度でいい。どうせマダムの食事だ」
姫が無言で頷く。あまり乗り気な様子では無いが、当然だ。誰がこんな血まみれで死にかけを世話したいか。
とはいえ、命令に背くわけにもいかない。
マダムいわく、この風紀委員の生死が計画のその後に影響するそうだ。
私にはよくわからないが、とにかく生かさなければならない。
「そんな姿でも生かされなければならないとは……虚しいな」
もし命令が無ければ楽にしてやれたのにと、少しの同情を胸に、私たちは基地へと向かった。
ゾンビモブ子大丈夫かなぁ。
申し訳ないけど明日は投稿できないかもしれない。
毎日書いては投稿書いては投稿って繰り返してたら流石に体力がもたん…
みんなに少しでも楽しんでもらいたいんだけどね…毎日夜中の3時前まで書くのはまずいって()