第21回【詳報】入信、数カ月で5千万円献金、つぼ購入 山上被告の母親証言
安倍晋三元首相銃撃事件の第7回公判は13日午後、奈良地裁で開かれました。安倍氏の妻の昭恵さんの上申書が読み上げられ、旧統一教会(世界平和統一家庭連合)に入信した山上徹也被告(45)の母親も出廷し、証言しました。タイムラインで詳報します。
17:05
母親の尋問 18日も
母親の証人尋問は午後5時過ぎに終わり、この日の裁判は終了した。母親への尋問は18日の第8回公判で再開されることになった。
16:20
「夫が家で酒を飲む姿を見て、イライラ」
弁護側から母親への質問が続いた。
弁護側「徹也さんが4歳のとき、何がありましたか」
母親「夫が自殺しました。仕事の関係で、アルコール中毒とうつ病のようになって、自宅療養していました。家で酒を飲む姿を見て、自分もイライラし、子どもにつらく当たりました」
「朝の集会に行くようになり、イライラが浄化されました。夫にも子どもにも優しくできた。しかし、子どもを置いて集会に行っていることや浄財(献金)がわかり、夫が反対するようになりました。他の家族も反対して、私は悔しかった」
弁護側「朝の集会でも献金をしていたのですか」
母親「はい、50万円です。夫としゅうとめは献金に反対していた。父もそうだったと思う。腹が立った」
――夫の自殺について
弁護側「どんな気持ちでしたか」
母親「なんでそういうことをするんだと腹立たしかった。私がもっと優しくしていればこんなことにならなかったという後悔もありました」
――当時の山上被告の兄について
弁護側「健康状態はどうでしたか」
母親「腫瘍(しゅよう)があり、1歳の時に首が大きく腫れて手術をしました。小学2年生の時には、眼球の後ろに腫瘍ができました。友達とサッカーをしていて、ボールが目に当たった。病院に行くと手術をしたほうがいいと言われ、治療をしましたが、右目を失明しました」
「頭の中に腫瘍があって、はやくしないといけないといわれて、開頭手術をしました。週3日面会に行くんですけど、足首から白い管がだらだらといっぱいついていて、二度とこんな手術させたくないと思った」
――入信の経緯
弁護側「入信は」
母親「1991年7月ごろ、ビデオセンターで」
弁護側「入信のきっかけになる出来事は」
母親「家にいたら若い女性が訪ねてきて、『家族はお元気ですか』と聞かれ、長男のことをちらっと話した。その後、『姓名判断しましょう』『家系図を見たらいい』と言われ、3日以内に旧統一教会の施設に来てくれと言われた」
弁護側「施設でどういうことがありましたか」
母親「親族の命日や病気、離婚したとか、家系図に書き込まれました」「色々ありますねと言われました。白血病や胃がんになった親族もいたし、色々問題があるんだなと思いました」
弁護側「問題は何のせいだと思いますか」
母親「1番の先祖は神様といわれ、アダムとエヴァが創造され、間違いなく成長したらよかったが、堕落によって神様の救済がうまくいかなくなった」
弁護側「堕落というのは家系図で誰のことですか」
母親「人類全部」
――献金について
弁護側「8月に入信して献金しましたか」
母親「はい。8月30日ごろ、2千万」
弁護側「7月に初めて会って、8月に献金したのは、どういった心の動きですか」
母親「夫が自殺してふさいでいて、長男の二度の失明、開頭手術で心を痛めておりました。夫も宗教や哲学の本を読んだりしてて、私もそういうのを読んだり、見たりして浄財してました」
弁護側「2千万の金額は誰に言われた」
母親「ビデオセンターの方。もともと、そのくらいしたらいいと思っていた。神様が電話したのかと思って不思議でした」
弁護側「次の献金は」
母親「92年3月の終わり。3千万だったと思う」
弁護側「入信から数カ月で5千万円献金したのはなぜ」
母親「恐れ、震えることもあって、もしかしたら献金かもしれないと思うようになった。長男が落球してしまって、夫と母に祈っていた。寝てしまったが、目が覚めたら母がにこっと笑っていて、これはしてもいいんだなと思った。見えない世界を否定するのではなく、こういうこともあると感じました」
弁護側「落球とはということですか」
母親「目玉が落ちることです」
弁護側「献金したのは長男の病気が大きかったのか」
母親「大変大きかった。長男の命がどうなるかわからないと思った」
弁護側「5千万払えば助かるかもしれないと思った」
母親「はい。命がなくなったらお金があってもどうしようもないと思った。他の子に申し訳ないと思ったが、あの子の命を守りたいと思いました」
弁護側「ビデオセンターの方に3千万円寄付したらどうかと言われたのか?」
母親「はい」
弁護側「夫の生命保険金はいくらだったのか?」
母親「6千万円」
弁護側「そのうち5千万円を献金したのか?」
母親「はい」
弁護側「何かもらえたりする?」
母親「その時は何ももらえなかった」
弁護側「盾やメダル、つぼなどを買った?」
母親「つぼは買った。あと絵画、絵です」
弁護側「いくらくらいだったか」
母親「絵は100万くらいだったかと思います。70万円かもしれない。ちょっと覚えていない」
弁護側「つぼはいくら?」
母親「多分70万円くらいかと」
弁護側「5千万円とは別にということ?」
母親「そうです」
――事務所を売却して献金しようとしたことについて
弁護側「不動産にしたことは?」
母親「東大阪の父名義の事務所を売ったらどうかと思って、不動産屋を訪ねた。父に言う前に事務所の人が『社長、家売るんですか』と言って大騒ぎになり、売ってはない」
弁護側「何のために?」
母親「献金するためです」
弁護側「いくらか?」
母親「1千万円台かと思います」
弁護側「お父さんは会社を経営していた?」
母親「はい」「トンネルを掘る下請け会社を」
――山上被告が高校生の頃の献金について
弁護側「山上被告が高校の頃献金はしていた?」
母親「どこら辺かはわからないけど、夫の供養ということを言われて1千万くらい出した」「自殺しているので、あの世では苦しいと聞いていたので、できればそうした方がいいと思いました」
弁護側「1千万円献金しないとどうなると?」
母親「覚えていないが、供養はお金の額よりその人が何に苦しんだかとかを探し求めて本人の遺志を慰めて私の心も慰められるのが本当の供養だと思った」
――韓国への渡航について
弁護側「韓国にはどのくらいで行ったか」
母親「93~94年に修練会で3回、うろ覚えだが行ったと思います。その他はあまり覚えていないです」
弁護側「長男15歳、山上被告14歳、長女10歳で子どもを置いていったのか」
母親「はい」
――母親の父が死亡後の献金について
弁護側「98年に父が亡くなりどんなことをした」
母親「(父の)会社の事務所や住んでいる家を売って献金しようとしました」
弁護側「両方でいくら」
母親「4千万円ちょっと献金しました」
弁護側「その額は指定されたのか」
母親「いいえ、自分で。住んでいる家を売るときはためらいがありましたが、長男が『死にたい』と言い出して、献金しないといけないと思いました」
弁護側「長男は19歳、被告は18歳、長女は15歳。進学など子どもたちの将来がなくなってしまうとは思わなかったのか」
母親「何か道があるだろうと思いました」
弁護側「自身も夫も大学を出ているが」
母親「そこまで価値があるとは思いませんでした。夫も亡くなりましたし、学校よりも生きる意味を感じて元気に明るくなってほしいと思っていました」
16:15
母親の周囲にはついたて
山上被告の母親が、証人尋問のために出廷し、証言を始めた。
母親の周囲にはついたてが設けられ、傍聴席からは姿が見えないよう配慮がなされた。
弁護側から「最初に言いたいことがあるんですよね」と促された母親は、「本来はすぐにでも謝罪しなければならなかったのですが、なかなかそうはいきませんでした。今日はその謝罪をしたいと思います。次男が起こしたことについておわび申し上げます。安倍前首相、昭恵夫人、そしてご遺族の方々に心よりおわび申し上げます」と、ややうわずった調子でゆっくりと述べた。
さらに弁護側から現在の信仰について尋ねられると、母親は「今も世界平和統一家庭連合を信仰しております」と答えた。
山上被告は一瞬ついたての方向に目をやったが、終始ななめ下に顔を向けて聞いていた。
15:55
安倍氏のビデオメッセージ 流れる
弁護側は、安倍氏が2021年9月に韓国で開かれた旧統一教会の友好団体のイベントに寄せたビデオメッセージを流した。
ビデオの一場面を切り取った画像が山上被告の携帯電話に保存されていたという。
山上被告は、時折小さくため息をつきながら、モニターをじっと眺めていた。
14:15
「子どもに投資せず、宗教に投資して家計を食い潰した」
弁護側は、山上被告と母親や妹とのメールの一部を証拠として提出、読み上げた。また、渡航記録から母親が30回以上は韓国に行っていたことも明かした。
メールの読み上げは休廷を挟んで2時間近くに及び、別の期日にも行うことになった。
メールのやり取りからは、母親が旧統一教会の活動のために韓国にたびたび渡ったことや、山上被告や兄らが、母親の宗教活動に反対したり経済的な不満を持ったりしていたことなどが明らかになった。
2012年4月18~20日に交わされたメールには「愚かなことをし続けるなんてありえないどころじゃない。老後どうするつもりなのか」「経済問題は家族を築いていくのに切り離せない」といった生活への不満や被告の兄の様子などがつづられていた。
山上被告が「また韓国へ行くつもりか。金はどうするつもりだ」となじったり、「子どもに投資をせず、宗教に投資をして家計を食い潰したあなたはいったいなんなのか」と批判したりする内容のメッセージもあった。
宗教に傾倒する母親の状況を伝える12年春ごろの兄とのメールのやりとりが読み上げられると、山上被告は左足を揺すりながら聞いていた。
13:50
昭恵さんの上申書、読み上げ
この日の公判では、検察官が安倍晋三氏の妻・昭恵さんの上申書を約10分かけて読み上げた。
上申書は一周忌の後に書かれたもので、安倍氏の当日の様子や事件を受けて駆けつけたときの状況やその後の心情が明かされた。
事件当日の午前8時ごろ、安倍氏は「行ってきます」といつもの様子で自宅を出た。だが数時間後、安倍氏の事務所から昭恵さんの元に「撃たれた」と電話があった。
昭恵さんは新幹線に飛び乗り、搬送された奈良の病院へ行き、医師から容体の説明を受けた。
病室で安倍氏と対面し、耳元で「しんちゃん、しんちゃん」と呼ぶと、少し手を握りかえしてくれたような感じがしたという。安倍氏は、それから間もなく息を引き取った。
「ずっと頭の中が真っ白でした」
上申書は「ただ、夫に生きていてほしかった。長生きしてほしかった」と結ばれた。
13:20
科捜研研究員に尋問
山上被告が使ったとされる手製銃を鑑定した奈良県警科学捜査研究所の主任研究員に対して、裁判員や裁判官からの尋問があった。
裁判員の男性は、鑑定の際の試射方法や結果の誤差について尋ねた。
裁判官からは、発射時の気温や銃の持ち方が、弾の広がり方に影響するかどうかについての質問があった。
13:10
開廷、山上被告は落ち着いた様子
山上被告の裁判員裁判の第7回公判が開廷した。
山上被告は黒いシャツとベージュ色の長ズボン姿で入廷した。検察側の証人として、第6回公判にも出廷した奈良県警科学捜査研究所の主任研究員の尋問が始まると、斜め下に視線を落とし、落ち着いた様子で聞いていた。
11:45
傍聴希望 初公判に次ぐ多さ
奈良地裁は、この日の公判の傍聴希望者が341人だったと明らかにした。
10月28日の初公判の727人に次ぐ多さで、母親の出廷に対する関心の高さがうかがわれた。
9:30
「信仰についてどう話すのか」
裁判を傍聴しようとこの日朝、傍聴券の列に並んだ奈良市内に住む予備校講師の男性(71)は、大学時代に母親と同じクラブに所属していたという。
当時の印象について、まじめで理知的だったと話す。「母親はまだ信仰を続けているのかや、信仰についてどう話すのか。山上被告ら子どもとの関係や子育てを振り返り、どう思っておられるのかを聞きたい」
母親と同世代の大阪市内のパート従業員の女性(72)も、傍聴券の列に加わった。「母親と向き合ったときの山上被告の様子、表情や動き、態度をしっかり見たいと思う」
9:00
信者の男性も列
旧統一教会の信者らも傍聴券抽選の列に並んだ。
奈良県内の70代男性もその一人。抽選の列に並んだのはこの日で5回目という。母親が教団への高額献金を重ね、家族が困窮を強いられたことについて、「母として息子(山上被告)にどう感じているのか。家族への申し訳なさがにじむのか、教団の活動をアピールするのかも気になる」と話した。
母親の証人尋問のポイントは
旧統一教会に入信した母親が出廷し、被告の犯行と「宗教的背景」の関係について審理される。
弁護側の冒頭陳述によると、母親は1980年に次男の山上被告を授かった4年後、夫を自死で失った。大病を患っていた長男は、生死をさまよった末に片目を失明した。
そんな母親の自宅を、教団の信者が訪れたのは91年7月。被告が10歳のときだった。
すぐに入信した母親は、教団に財産を投げ出すことが「息子や家族を救うこと」だと信じ、夫の生命保険金のほぼ全額にあたる5千万円を献金した。教団の行事に参加するため、子どもたちを残して韓国に行くこともあった。
献金をめぐって衝突した祖父が亡くなると、母親はその遺産も教団に差し出した。進学校に通っていた被告は大学進学を諦め、母親は2002年に自己破産した。献金は1億円に上った。
山上被告は05年に自殺を図り、献金を恨んでいた長男は15年に自ら命を絶った。それでも母親は信仰を続け、そのことが犯行のきっかけだったとされる。
自身の信仰が与えた影響について、母親は何を語るのか。関係者によると、母親は大阪拘置所の被告に面会を申し入れてきたが、被告は応じていないという。
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