「何が……起きたの?」
今日はエデン条約締結の当日。私は車で古聖堂へ向かっていて、もう目の前まで来ていた。
締結したところで意味の薄いこの行事に対する大儀さ、そして彼女への心配を胸に抱えたまま、私を乗せた車は会場入りを果たした。
何か聞き覚えの無い妙な音が聞こえた──その瞬間だった。
轟音が鼓膜を突き破る勢いで響き渡り、衝撃が車ごと私達を吹き飛ばした。
状況把握すらも許してくれず、間髪入れず飛んでくる瓦礫から必死に身体を守るが、大きい物、小さい物問わずとてつもない勢いで飛んでくるそれに傷を負う。
車体が破壊されて放り投げられる私は何度も転がり、瓦礫の山の頂上で突っ伏した状態になる。
服もところどころ破れて、飛んできた瓦礫のせいか頭も切ってるみたいで頬に血が流れてる。
吹き飛ばされて何度も打ち付けられたせいで体中が痛いし、もう起き上がりたくも無い。
でも……ここには先生もいる。
……先生が!?
「く、ぅう……先生……」
重い体を持ち上げる。銃は……大丈夫、使えそう。
辺りを見渡すと、ここは地獄。あたり一面は炎に包まれて、周辺の建物すべてが破壊されてしまっている。
私の立っている場所も、元は建物だったのだろうか……いや、どうでもいい。
状況整理だ。
あの妙な音、思い返せば飛行音。高速で何かが飛行するときに聞こえる音……エンジンの音。ジェットエンジン?
空からジェットエンジンの音、そして爆発……ミサイルか。
しかしあの音は複数の方向から聞こえていた。
……まさか複数発が撃ち込まれた? だとしたら、この規模の被害も……いや、それにしては大きすぎるし、過剰すぎる。
「ひ、ヒナさん……まだ立ってますねぇ……」
独り言が聞こえた。声の方を向くと、大きな背負いものをした緑髪の生徒。その周りには、ガスマスクを装着した生徒が十何人。
彼女たちが着けている腕章……見覚えのあるマーク。
骸骨。
「……アリウス」
「あ、あなたを行かせないように言われてるので……えへへ」
「……ありがとう」
「……ふえ?」
「自らノコノコ出て来てくれたから、探す手間が省けたわ」
銃を向けて刹那の瞬間も無い、引き金を引いて弾丸がばら撒かれる。
反撃する暇もなく撃ち抜かれた数人の生徒が倒れるが、どうやら仲間たちはお構いなしらしい。
そういう戦い方をするということは、全員がプロというわけね。
彼女を連れ去ったアリウス生は、聖園ミカと行動を共にしていたガスマスクを着けたアリウス生と様子が違ったと聞いた。
もし今、目の前にいる緑髪のアリウス生のような類だとしたら、おそらく幹部級。
プロの中でもプロ……そう考えても、美食研を一人で制圧できる彼女がアリウス生一人に負けるとは思えない。
今のこの状況を作り上げた人物が彼女を攫う計画を立てたのだとしたら、おそらく彼女は縛りプレイを強いられたに違いない。
状況を作り出す計画力。そして、アリウス生自体の戦闘力……二つを考慮すれば、彼女が負けたのも納得だ。
「ひぃ! こ、こわいです!」
「一つ聞かせて頂戴。あなたたち、風紀委員を一人拉致したでしょ」
「え? あ、はい……サオリ姉さんが」
「何をした?」
「えっと……それは、その」
「……言いたくないなら結構」
いつもならこんな動きはしないのだけれど……そんな前置きをしながら翼を広げる。
常に駆け回りながら戦っている今、私の翼はこの場にいる中で唯一の立体戦闘を行える装備として活きる。
大きな銃身を振り回しながら飛んでくる銃撃を避け、瓦礫を蹴り、飛ぶ。
「い、今です!」
「当たると思う?」
翼で空気を叩き付け、瞬間加速。
飛び交う弾丸を目視で避け、人の足では到底たどり着けない超高速を以てアリウス生徒の腹に銃口を突き刺す。
「ヴッ……!」
「寝てなさい」
そのまま引き金を引き続け、アリウス生徒の身体が衝撃で躍る。ガスマスクが外れた。泣いていた。
何を泣いているのか? アナタたちが彼女にしたことは見当がついている。
であれば、だ。
「……あと、四人かしら?」
「ひぃっ!!! ぜ、全員! 煙幕弾を!」
倒れていないアリウス生が煙幕弾を地面に叩きつける。起爆したそれが、辺り一面を煙で隠してしまった。
上がっている煙も含めればもうアリウス生たちがどこにいるかなどわからない。
「……はぁ、面倒ね」
銃をアリウス生たちがいるであろう前方に向ける。
神秘を意図的に銃口に集中させて、散らばる光を出現させる。一点に集中させるイメージにより高速で集う紫の光は玉となり、銃口前で完全に収束した。
引き金を引く。放たれるは、扇状に広がる光の弾丸たち。
無数に飛来する実態の無いはずの弾丸たちは煙幕を突き破り、霧散させていく。
銃身が徐々に赤熱していくころ、煙幕が完全に晴れる。
そこには、ただ一人意識を保ったまま立っていた緑髪のアリウス生。
「えっ、えっ……な、何がどうなってるんですかぁ……?」
「煙を吹き飛ばしただけ。それがどうかした?」
「あ、ありえないですぅ! なんでそんなことができるんですか!? い、意味がわかりませんっ!」
「さぁ? 知らないわね。それに、アナタたちに説明する義理は無いわ」
真っ赤になったままの銃口を緑髪の生徒に向けたまま、翼を大きく羽ばたかせた。
ブォンブォンと空気を何度も何度も叩き付ける音に、彼女は怯えている。
そうだ、怯えろ。そして竦め。
何もできないまま、そこで眠っていなさい!
少しだけジャンプして、それに合わせて翼を更に大きく、そして高速で動かす。
瞬間、私の身体は弾丸のように放たる。
「ひ、ひぇぇぇぇっ!」
銃口が彼女の腹部にめり込み、焼け焦げる臭いと彼女の悲鳴が同時に発生するが、気にする必要は無い。
瓦礫のせいで姿勢を崩した彼女を翼が発生させ続ける推力の勢いのまま、地面に押し付け、引きずり続ける。
数十メートル進んだところで大きな瓦礫へぶち当たり、これ以上進むことができなくなった。
彼女は、完全に伸びきっている。
「……あなたも寝ていなさい。私は先生の下へ行かないといけないから」
銃口を引き抜くと、彼女の服は焼け焦げていて、露出した生身の腹部に真っ赤な痕がついていた。
移動時に受けた風で赤熱した箇所が冷えて火傷程度で済んだのだろう。
ともかく、移動しないと……そう思っていた時だ。
シュゥゥゥゥゥゥゥゥ────
ふと空を見上げる。さっきと同じ音。だけど遠い。
空には万魔殿の飛行船。地上から上がる黒煙から逃れようと移動している。
「……マコト!」
私の言葉が届くわけも無い。数秒後、姿が見えた。巡航ミサイルだ。
思わず目を伏せる。爆音。
「……っ」
飛行船が、爆発四散した。
中にいた万魔殿のメンツは無事だろうか……ここで彼女たちの安否を確認することは叶わない。
今は、できることをしなければならない。
「……先生、今行くからっ!」
へぇい、モブ子です。
バカでかい音と衝撃でお目目がパッチリ! いやぁ最悪な寝起きだよね?
結局アツコちゃんが部屋から出て行ったあと寝ちゃったんだ。痛すぎて最初は寝れなかったけどさ、普通に眠くて寝ちゃった。永眠しないで起きれてよかった。
置き去りにされていたランプは電池切れ寸前なのか妙に点滅している。
多少でも部屋が見えれば十分だと立ち上がると、小鹿みたいになってた脚はちゃんと動いてくれてた。
吊られてた片腕も血が巡ってきたのか色も普通に戻ってるし、感覚もあれば動かせもする。人体が神秘だよね。
ただし折られた腕は相変わらずバカ痛い。動かそうとするだけでも泣きそうになる。
部屋の隅には小さな机。その上にはカロリーバーが2本と白い丸。
プレーン味が一本、イチゴ味が一本……それと、ちょっと潰れてるマリーちゃんお手製おにぎり。冷たいけど温かいよマリーちゃん……アイラブマリーチャン。
さてどうやって脱出すべきか? そう考えていたら、また大きな音に大きな衝撃。
日時もなにもわからないけど、もしここが古聖堂付近だとしたら? それはつまり、もう始まってるってこと。
だけど待って? なんで2回も? 原作だとミサイルって一本だよね?
出ないと状況がわからないから、とにかくカロリーバーを二本加えて出口へと向かうことにするよ。
口がパッサパサだからお水が欲しいよね。
アツコちゃんが扉をちゃんと閉めておくって言ってたから頑張って扉を壊す覚悟だったんだけど、なんかすんなり開いた。
外に出てみると、南京錠と鎖で取っ手をグルグルにしてたんだろうね。取っ手ごと吹っ飛んでるよ。
どういうことだってばよ……
「……んー?」
少し離れたところに見えるのは、おそらく古聖堂であろう建物。めっちゃ燃えてる……原作通りだね。
でも待って、万魔殿の飛行船が爆発四散してるんですがそれは???
原作だとサオリちゃんが自爆スイッチポチーして燃えながら沈没やろ? なんで爆散しとるねん……
もしかしてだけど、ミサイル二発飛んできてない? 飛行船をミサイルで落としたんか? 戦争じゃないんだからちょっとは加減しようよサオリちゃん?
……ごめんサオリちゃんにとっては報復戦争だったねこれ。
じゃあ、止めないとね?
古聖堂に向けて歩いてる最中、逃げ惑う市民を誘導する正実の生徒と風紀委員がいた。
よかった、こういう所では協力できてるみたいだ。
「! そこの風紀委員、大丈夫ですか!?」
正実の生徒がトテトテと歩み寄ってくれた。私、そんなにひどい状態なの?
顔を触ってみると、なんか凸凹してる。サオリちゃん殴りすぎだよ。乙女の顔は狙っちゃいけないんだからね!
「私は大丈夫。それより、あれは?」
「わかりません……先輩たちは『多分ミサイル。それも三発も』って無線で話してました」
「ミサイルが……三発?」
うおマジか。いやマジかサオリちゃん。
三発はいくらなんでも過剰火力だってば。カタコンベごと吹っ飛んじゃうよ?
「あの現場にはまだいっぱい人がいますけど……多分ツルギ委員長とかハスミ先輩がなんとかしてくれます」
「ヒナ委員長もいるんですけど!? 正実ばっか贔屓しないでくれない!?」
「いっ、今はそんなこと言ってる暇ないでしょ! もっとちゃんと誘導してよ!」
「やってるじゃんか! あんたもその子と喋ってないでやってよ! てかあんたは早く避難しなさいよ!」
こらこら、二人とも泣きそうになりながら言い合うんじゃないよ。そういう状況じゃないってわかってるでしょ。
「二人とも。市民が怖がってます。言い合いは後で」
「……そう、ですね」
「……ごめん。てか、あんためっちゃ怪我してるんだから逃げてよ」
「いえ、私は行かないといけないので」
まだ目の前で燃え続けてる古聖堂を眺める。あそこには、この物語の主人公がいる。
主人公が死ねば、物語は終わる。主人公無き物語に、続きは生まれないからね。
「正実の君、その銃を貸してもらえませんか?」
「え、これですか……?」
「そう、そのウインチェスター。これからあそこに行かないといけませんので」
「あそこって……古聖堂ですか!? 無茶です! 何が起きてるかわからな──」
「だから行く必要があるんです。私、風紀委員ですから」
ボコボコの顔で格好つけてみるけど、絶対私の顔キモイでしょ。
そんなことを思いながら正実の子からウインチェスターと予備弾帯を受け取っていると、後ろから帽子を被せられる。
正実の子と言い合いをしていた風紀委員だ。
「行くなら帽子くらい必要じゃない?」
「……ですね。ありがたく借ります」
「ヒナ委員長によろしく頼むわ。外の誘導は任せてくださいって」
「了解。それじゃ、行ってきます」
「「気を付けて!」」
二人から敬礼をされ、私も小さく敬礼を返す。
古聖堂の方を睨み、人混みをかき分けて古聖堂へと向かって走る。
ポケットのマリーちゃんおにぎりを落とさないようにしながら、とにかく突っ走る。
拷問の痛みは尾を引いたままだけど、それでも十分に休んだからね。
「先生……まだ撃たれるシーンまで行ってないでよね!」
エデン条約編見直しながら書いてるけどマジでおもしれぇよエデン条約編…しゅき…