ヒトもお尻から呼吸できる-。ブタの肛門に酸素を含む液体を注入すると、血中酸素濃度が高まることを突き止めた東京科学大学と大阪大学の武部貴則教授(38)らの研究グループは、動物実験にとどまっていた「腸換気法」の安全性をヒトで確認したと発表した。「ブタの尻呼吸」は、人を笑わせ、考えさせる研究に贈られる2024年のイグ・ノーベル賞を受賞。そんなユニークな研究が、呼吸不全患者の治療法の開発につながることが期待されている。
武部教授によると、実験は20~45歳の健康な成人男性27人の腸に、酸素を多く溶かすことができるフッ素系の液体「パーフルオロデカリン(PFD)」を肛門からカテーテルで投与。PFDの酸素濃度を高めることなく安全性を確かめた。
25ミリリットルから段階的にPFDの量を増やしたところ、1500ミリリットルまでの安全性が確認できたという。腎臓、肝臓などへの影響は見られず、腹部膨満感や腹痛、便意などは確認されたがいずれも軽微で自然に消失。結果的に、PFDを大量に投与した人の血中酸素濃度は約1%上昇している。
いわゆる尻からの呼吸は「腸換気法」とも呼ばれ、泥の中で生息するドジョウが、酸素濃度の低い環境下で腸から酸素を取り込む「腸呼吸」から着想を得た。
武部教授らは、呼吸不全のブタやマウスに酸素を溶かし込んだPFDを肛門から投与すると、血中の酸素濃度が高まることを発見し、2024年イグ・ノーベル賞の生理学賞を受賞。今回の実験でヒトへの安全性が確認されたことは、動物実験にとどまっていた「腸換気法」が、さらに応用できる可能性が広がったことを示した。今後は酸素を多く含んだPFDをヒトに投与する実験などを行うとしている。
武部教授は「まずは呼吸が十分にできない新生児の治療に使いたい。すでに臨床の現場で使われている機材などを用いるので、それほど時間はかからないと考えている」と見通しを語る。
将来的には、新型コロナウイルス禍でクローズアップされたエクモ(人工心肺装置)や、人工呼吸器の機能に代わる治療として確立される可能性もあるという。
研究が進めば、水泳などのスポーツや、空中で激しく機動する戦闘機の操縦、宇宙空間での生存など、「さまざまな分野で利用できるかもしれない」(武部教授)としている。(中野謙二)
イグ・ノーベル賞 ノーベル賞のパロディー的位置付けで米の科学ユーモア雑誌が1991年に創設した。世界中のさまざまな研究や発明の中から、「人を笑わせ、考えさせる」ユニークな研究などを通じ科学や技術への関心を高める貢献をした人に贈られる。