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ふくらく通信

東北人が記す、東北の良さや震災の事、日々のなんだりかんだり。
他所で見る東北の足跡や繋がり、町の今昔や輝きを発信。

松川浦名物の青海苔コロッケ・ほっきコロッケ:2012年5月16日の記録

2017-11-12 18:34:33 | 東北被災地の歩み:福島

相馬の「松川浦」は、青海苔やほっき貝の産地だ。

だから、「道の駅そうま」に行くと、青海苔やほっき貝を使った品が色々ある。

中でも、手軽で美味しく食べられ、手土産にもなるのが

「青のりコロッケ」

「ほっき貝コロッケ」だ。



それぞれ、香りや旨味がお芋に馴染んでいて美味しい。


ほっきコロッケは、具の中に刻んだほっきが見え、 貝のだしがしみている。    


青海苔コロッケは、色合いも香りも良い。

 

どちらも、お芋の粘りや甘味と調和し、いい味だ。


道の駅の中にある食堂で、お母さんたちが元気に働いている。

笑顔と、はりのある声で応対し、揚げたてのコロッケを手渡し、見送ってくれた。


美味しかったコロッケとともに、明るい笑顔を思い出す。

また食べたい。


相馬 松川浦の今:2012年5月16日の記録

2017-11-10 16:24:12 | 東北被災地の歩み:福島

仙台から福島の相馬へ向かう。ふと気になったのが、人通りの少ないこと。

仙台は人が多いから、その差が目に付くのは当然だが、それだけではない。


実際に、福島の人口は減っているそうだが、(福島県の人口調査より)訪れる人も少ないような気がして残念だ。

人の少なさとは反対に、震災がれきが多く積み上げられたままなのも。


松川浦は、福島の北東で宮城との県境にも近い。

石巻の万石浦も、普段は湖のように静かだが、松川浦も同じく、穏やかな海が柔らかに波を輝かせる、美しい入り江である。



そんな静かな海も、あの日は陸に乗りあがり、重くのしかかって建物を壊しながら進み、帰っていった。

今、その痕が鮮明に残っている。


海辺には、一階が空洞になっている工場や店が残っている。

転がった建造物と、下が破れた紙のようになった工場に驚きつつも、その向こうに見える松川浦大橋を眺めた。

松川浦大橋は、それは素晴らしい橋だ。

渡ると、海の中を進むみたいに爽快な気分を味わえるのだが、今は車での通行を止めている。


それでも、港には船が戻り、 海辺の旅館も修復され、再開した店もある。

地元の人々は、再びふるさとを取り戻そうと、精一杯に努力している。

訪れる人を、もてなす努力もしている。


この気持ちを、温かな思いを、汲み取れる者でありたい。

人はみな境遇が違い、同じではないが、温かな思いを分け合うことはできるのだから。


生まれ変わる被災地~山元町坂元駅~:2017年3月1日の記録

2017-11-06 18:56:22 | 東北被災地の歩み:亘理・山元

西側に移設し、高架化された常磐線。

 

坂元駅は、国道6号線近くに設置。

駅前は道路の舗装も新しく、駐輪場も整っている。

 

↓2017年3月1日の坂元駅前

 

高架下から、東側の光景が見える。

↓2017年3月1日駅から東方面

かつては、この方向、左側に見える橋より奥の海寄りに坂元駅があった。

海岸は堤防工事中で、坂元川も河岸工事の最中。

  

新しい坂元駅は、すっきりとした形。

↓2017年3月1日坂元駅

 

かつて、県道120号線を真っ直ぐ進むと、坂元駅があった。

 

↓2012年6月の県道120号線坂元停車場線にて

 

震災後、津波によって駅舎は消えていた。

↓2012年6月の坂元駅前

  

坂元駅のプラットホームに上ると、線路が途切れていた。

北側を見ると、がれきと化した町の破片の山。

 

↓2012年6月

 

南側を見ると、途切れた線路の奥に、被災した中浜小学校。

 

震災前は、温かみのある可愛らしい駅舎があった。

↓2007年11月の坂元駅

 

 

 

これからは、新しい場所の新たな駅舎、新たなプラットホームが、人々の往来を見守る。

↓2017年3月の坂元駅プラットホームにて


駒形と陸奥 どじょう釜神 本石米

2017-11-05 14:54:53 | 食べ歩記


お江戸の昔から、仙台藩の米は江戸っ子の味。

今は豊かさのみならず、まことに美味い陸奥の米。


繁盛な駒形の老舗にも、実り豊かな登米の米。

どぜう鍋の芳ばしう、飯も芳ばしう。




舌鼓を打つ客の顔。

釜神様も見てござる。


生まれ変わる被災地~山元町常磐線沿い:2017年3月の記録~

2017-11-04 16:44:57 | 東北被災地の歩み:亘理・山元

仙台駅から岩沼駅を抜けると、車窓からの眺めが変わる。

線路が高架化され、高い位置から景色が見えるため、視界が広がった。

 

うっすらと、堤防工事中の海辺が見える。

かつての海岸は、びっしりと緑の松林が縁どっていたのに。

 

↓2007年3月1日

常磐線車窓から海岸方面の眺め(山下~坂元の間)

 

あの日の記録映像を目にしたことがある。


初め、沿岸部の緑の向こうに煙が見えた。

やがて、びっしり並ぶ木々が動いたかと思うと、濁流が姿を現した。濁流は、木々をなぎ倒して押し寄せる。

 

津波の第一波だった。

 

建物が動く。濁流に家々が流されていく。

猛スピードで何台もの車が走り去る・・・

 

今思えば、木々がなぎ倒されている間が、逃げる時を稼ぐ状況だった。

 

濁流はさらに集落へと、じわじわと迫る。

田園地帯は大河のようになり、やがて干潟のようになった。

 

その後、第二波が来る。

今度は、沿岸の木々も住宅も無くなって、高く上がった白波が押し寄せるのが見えた・・・

 

 

現在、常磐線は西側に移設。

山下駅も新しくなった。

 

新しい山下駅前には、スーパーマーケットと薬局ができ、新たな集落作りが進められている。

↓20017年3月1日山下駅ホームから駅前

 

駅の東隣には、建設中の大型建物が見える。

おそらくこれが、建築中の地域交流センターか。

 

↓2017年3月1日山下駅東