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ふくらく通信

東北人が記す、東北の良さや震災の事、日々のなんだりかんだり。
他所で見る東北の足跡や繋がり、町の今昔や輝きを発信。

うまい福島の桃とお福分け:2012年8月17日の記録

2017-11-18 12:20:55 | 東北被災地の歩み:福島

先月(2012年7月)に再び福島へ行った折、道の駅で桃を買った。

光センサーで、一定の糖度のものを揃えた美味しい桃だ。

果肉も果汁も多く、実に満足。



もぎたての硬い桃を好む人もいるが、私らはやはり、桃は追熟した柔らかいのがいい。

北東北では、かりりと噛んで音がする果実なら、旨いリンゴがたくさんあるもの。

桃ならば、あのとろけるような柔らかな食感で、果汁たっぷりに甘いのが美味しいと思うのだ。

 

 

食卓に新聞紙を敷いて、桃を真ん中に乗せる。


ちなみに、この新聞紙は、なかなか重要な任務を負っている。

たっぷりの果汁は、うっかりすると後々、べたべたと人を机や床にくっつけさせるが、新聞紙作戦でこれを阻止できる。

しかも、食べた後の皮や種は、これに包んで始末でき、見事に美しく片付くのだ。



さてさて、新聞紙の真ん中で、素晴らしい香りを放って桃が鎮座している。


追熟して柔らかい桃は、手で果皮がするりと剥がれ、白く淡い紅のさしたビロードみたいな実が現れる。

これに、丸ごと噛り付いて食むのが、本当に旨い。


「桃だ、桃だぞ」と、体中をちび桃太郎が走って伝達し、頭に灯りがつくがごとく、かぶりついて目を張り、旨い旨いと喜んで食べた。


さらに、到来物もあった。


嬉しいことに、今年はその後も、幾人かの心温かき知人から、立派な桃を頂戴したのだ。

よって、我が家では度々桃を食み、満ち足りた夕餉を得ている。



福島の生産者は、震災後の原発事故による風評被害で、随分と泣かされた。


安全が確認されたにも関わらず、「福島産」というだけで売れなくなったという。

それまでの3分の1ほど、桃の売り上げが減った農園もあったそうだ。

そんな報道を知るたび、胸が痛んだ。


福島の桃は、丹精して作られ、とても良い出来だった。

そうした良さを、正しく認められる世の中でありたい。


一巡り 桃と笑顔の お福分け 



馬九行久その2・浪江の太っちょ:2012年7月19日の記録

2017-11-17 14:16:05 | 東北被災地の歩み:福島

「何事も馬九行久(うまくいく)」と、袋の赤い縁取りに書いてあった。

願いを込めた言葉も、語呂合わせで面白みを忘れないところがいい。


旭屋の「太っちょ」が、道の駅「南相馬」で売られていた。

「太っちょ」は、浪江名物の「なみえ焼きそば」である。

一袋に、麺と特製ソースを一組にして三食分入っていた。


この「なみえ焼きそば」には、ちょっとした決まりがある。


具は、もやしと豚肉だけというのが、基本の「なみえ焼きそば」である。

もやしが、麺の量より少なくてはいけない。



何しろ、「なみえ焼きそば」は、「安くて旨くて腹持ち良く」と思って作られたというから、簡素で力強いわけだ。仕上げに一味唐辛子をかけるといいらしい。



「太っちょ」は名前の通り太麺で、もやしと同じくらい太い。

だが、うどんとはまた違う味わいだ。

見事に、そばの滑らかさと、うどんの弾力とを併せ持っているのである。


もやしの多さも、食べて「なるほど」と思う。


もやしの歯切れ良い食感とみずみずしさが、太っちょ麺の弾力や、肉とソースのコクとも調和して旨いのだ。ソースも、程よい甘味とコクがあり、酸味が穏やかで良く合う。


色々試したが、少し肉に下味をつけて作ると、好みの味になっていい。


浪江の人々は、原発事故によって町を離れることになってしまった。

けれども、ふるさとで培った産品は大事に守り、作り続けている。


旭屋は今(2012年)、郡山に仮事務所を置き、仙台に生産委託しているそうだ。

どうにか、浪江名物として人々に親しまれた「なみえ焼きそば 太っちょ」を作りながら、相馬や双葉地区での操業を目指しているという。(2015年から相馬の新工場にて製造再開)



「太っちょ」に添えられた、「何事も馬九行久」の願いも広がるだろう。

その願い、きっと叶えたいものだ。


馬九行久その1・福島の踏ん張り:2012年7月19日の記録  

2017-11-16 13:19:54 | 東北被災地の歩み:福島

「馬九行久」は、躍動する馬の力にあやかり「うまくいく」ということを表した言葉らしい。

福島でこの言葉を目にした。


江戸時代、相馬大堀村の武士に半谷仁左衛門(はんがいにざえもん)という人がいた。

左馬(さま)という使用人が陶器作りをし、これを村の産業にしようと半谷が動いた後、相馬藩がこの焼き物を保護し、奨励して藩の特産品としたらしい。


これが「大堀相馬焼(おおぼりそうまやき)」であり、今も伝承されている。


藩で窯業が盛んになり、相馬の城下では、「相馬駒焼き」と呼ばれる馬の絵付けの物も、贈答品や土産物に作られていたそうだ。


今の「大堀相馬焼き」は、見事な貫入や二重構造が特徴で、中には躍動感のある馬の絵付けの器も多くある。

見事な馬の絵付けは、将門が野馬を捕らえて神前に奉納したのが由来という、「野馬追い」を思わせる。

 

(参考:大堀相馬焼協同組合「大堀相馬焼の歴史」)



さて、7月19日(2012年)に再度訪れた相馬は、折りしも野馬追いが間近で、町中のあちこちに旗が飾られていた。


南相馬市の鹿島駅付近も、旗が飾られた。

鹿島駅を通る常磐線は、亘理~相馬と原ノ町~広野は途切れたままだ。(2012年7月19日時)

けれども、相馬から鹿島を経て原町へと列車が走っている。



鹿島駅から道をまっすぐ進んで辻へ出ると、左右(南北)に伸びる通りがあるが、これが陸前浜街道だ。


この街道を北へ進むと横手地区があって、歴史民俗資料館のある辺りが野馬追いの「北郷本陣」であるという。

さらに北に永田地区があり、そこが総大将を迎える「永田本陣」とのこと。

(参考:相馬野馬追 北郷騎馬会「野馬追日程」)

 

南相馬市の鹿島区も、東側は津波に襲われ、国道の右と左で景色が違う。


昨年の3月11日、海岸線にたなびく雲のように、大きく長い水煙が押し寄せる、その時の写真を見た。

南相馬市が、「写真で見る東日本大震災」として公表している。


野馬追いも、震災で昨年は行えなかったが、今年は7月28~30日にかけて行われ、伝統を再び繋いだ。


原発の被害に、風評被害までも起こって被災地に追い討ちをかけたが、地元はただ負けてはいない。

伝統を守り、町の産物を絶やさずに、精一杯の努力を続けている。

 

足りない公益のための思慮(加計問題)

2017-11-14 11:13:29 | 雨だれ石を穿つ(意見)

選挙に勝ったら早速忖度かと、腹立たしさ、失望感を噛みしめる昨今である。


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客観的に、素朴な疑問を口に出せば、なぜ、今治市で獣医学部新設なのだろうか。

畜産農家数や家畜頭数が多いのは、北海道、九州沖縄、東北、関東。
全国比率から見て四国は少ない。(参考:農水省畜産統計調査)


本当に、より高度でより実情に応じた獣医の育成を考えるならば、畜産の課題がより切実で、畜産の盛んな場所を選定する方が良いのではないか。

 

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実際に、日本の獣医学は臨床実務教育が弱く、国際水準に達していないため、知識技能を有した人材や実践資料などを分散せずに、統合して指導するよう尽力している最中だという。


参考:日本獣医師会「国家戦略特区による獣医学部の新設に係る日本獣医師会の考え方について 」)

その考え方は理解できるし、間違っているとは思えない。

 

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また、現存する獣医師が不足しているわけではなかった。

獣医師のうち、小動物診療(いわゆる町の動物病院)に就労する人が多く、家畜診療、家畜・公衆衛生分野で不足しがちな傾向があった。


感染症が発生した時、家畜診療獣医師が不足していることが問題となったが、以降は各地で人員確保に努めている。



(参考:日本農業新聞2017年2月28日付『獣医師不足 深刻 防疫業務 増すばかり 家畜伝染病を警戒』

/朝日新聞2010年6月17日付『公務員獣医師が足りない』

/農水省H21年「公務員分野における適切な獣医療の提供体制の整備を図る上で留意すべき事項について」 その他、地方自治体の取り組み文書など)


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現状を見れば、獣医師の数が足りないのではなく、就労場所に偏重があるということ。

獣医学部を新設して人材を増やしたいという主張は当てはまらない。


さらに、国が主導して獣医学部を新設するならば、より必要性のある地域を吟味すべきだったのではないか。

 


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今治市では、獣医学部を新設したいと熱望してきた。

一方、既存の獣医学部では、知識や技能の共有をして内容の充実を図る努力をしていたため、新設はそぐわないという考えだった。


それでもなお、国が獣医学部の設置を推し進める形となった。

 

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しかも、「広域的に獣医学系大学のないこと」という「空白地域」を、後から規制条件に入れたということも報じられた。

(NHKクローズアップ現代「波紋広がる特区選定」)


そのため、今治以外に京都が採用希望で提案書を用意していたのに、選択地から外れることとなったという。

 

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こうなると、先に今治市の要望と、個人的に結びつきのある加計学園が名乗り出たため、国家戦略特区として獣医学部新設という運びになったと見える。


真に国民にとって有益な獣医学の在り方は、吟味していないように思えてならない。

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本当に、公益のために必要な獣医学部の新設を進めるのであれば、地域選定は果たしてこれで良いのだろうか。

全国から適した設置地域を選定し、打診するという手順があって然るべきではないのか。


獣医学会の取り組みを無視してまで、国益として獣医学部の新設を推し進めるのであれば、なおのことである。



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たとえばの話だが、もしも獣医学部新設に適した地域を提案するならば、福島県を推薦してもいいのではないか。


現在、復興のために尽力している福島は、家畜衛生についても力を入れている。

東北の畜産数の多さ、規模や土地の広さに対して、獣医学系大学は岩手と青森のみ。


東北での新設置となれば、家畜数が多く畜産も盛んなため、家畜診療や公衆衛生分野の実践を行うに適し、必要性も高いだろう。

 


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だが、今回の新設置は、全国的な検討がない。

そして、昨今の獣医学や獣医師の現状を、十分に理解しないままに進んでいた。

  

特区という名のもとに限定的に進め、今治市と加計学園で獣医学部新設という運びになったのは、やはり釈然としない。


公正さ、誠実さに欠けるという思いが、どうしても湧き上がってくる。

そういう国民の思いを一つも汲み取ることなく、
「正しく進めた。説明もした。」と言い張る政府に、不信感しか残らない。

 



見つければ 嬉し懐かし 郷の味

2017-11-13 15:05:40 | ゆるゆる歩き:旧跡

ずらり並んだ国中の品々。

つい探してしまうのは、ふるさとの品。

 


明治神宮にて見つけた。

献上品である。


折しもその日は、鎮座記念祭であった。(大正9年11月1日の明治神宮御鎮座の日を記念 )



東北の品を見つけては嬉しく思い、故郷の日々を懐かしく思う。

 

もちろん、他所の物にも興味を持つ。

だが、馴染みの場所や思い出の味は、真っ先に探してしまうのが人情だ。



好物の一つを見つけて立ち止まった。

相馬きゅうり漬けだ。

絶妙の味加減と歯切れ良さで、うまい。


隣で同じように見ていた女性がいたので、このきゅうり漬けは美味しいと声をかけると、彼女はとても喜んだ。

相馬の出身だという。

やはり、献上品にふるさとの味を見つけ、嬉しく思ったようだ。


中には被災地で踏ん張って作った品もある。

その味は格別にうまい。