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♪銀蝿ブンブン♪日本の危機ニダ♪

ヨン様と一緒♪で韓流ブログしてた通名トド子ニダ♪韓流の終焉であっちは放置したけれど♪新ブログはノンジャンルでやるニダ

12月16日(土)のつぶやき

2017-12-17 03:18:08 | 日記

そこまでして韓国に行きたいニカ?今上と皿婆

2017-12-16 07:37:00 | 日記

両陛下 退位までの訪韓願う、政治切り離し「象徴として」

2019年4月30日に退位することが決定した天皇皇后両陛下。残された時間を、これまでの日々を思い起こしながらお過ごしになるだろう。その中で、30年以上にわたって、両陛下の心に引っかかっているものがある。宮内庁関係者が明かす。

「両陛下は、退位までに韓国訪問を実現されたいと願われているようなのです」

 戦後50年(1995年)の節目を迎えて始まった両陛下の「祈りの旅」は、長崎、広島、沖縄に続いて、戦後60年(2005年)のサイパン、戦後70年(2015年)のパラオ、2016年のフィリピンと続いてきた。

 その旅の「空白地点」が韓国だった。陛下の学習院時代のご学友で、元共同通信記者だった橋本明氏は、生前、本誌・女性セブンの取材にこう明かしていた。

「皇太子時代の1986年、両陛下の韓国訪問が予定されていました。ところが、美智子さまが子宮筋腫の手術のため入院を余儀なくされ、取りやめに。それからというもの、両陛下は韓国訪問への思いを日増しに強くお持ちでした」

 また、2001年の誕生日会見で、陛下は次のように話された。

「私自身としては、桓武天皇の生母が百済の武寧王の子孫であると続日本紀に記されていることに、韓国とのゆかりを感じています」

 陛下は皇室の歴史に交わりを持つ朝鮮半島に関心をお持ちのようだ。それが垣間見えたのが、2017年9月20日の高麗神社(埼玉県)訪問だった。

「『百済』『新羅』と並んで、600年代中盤に朝鮮半島を支配した『高句麗』にゆかりのある神社を参拝されたことは、日本だけでなく韓国でも大きく報じられました。それも両陛下のご意向があったようで、やはり“韓国とのゆかり”を大切にされていると感じられました」(皇室記者)

 高麗神社参拝の3日後、韓国の首相が「退位前に韓国に来て、これまで両国が解けなかった問題の扉を開いてくだされば、両国関係の大きな助けになる」と提案。翌10月にも、駐日韓国大使が「訪問していただければ、韓日関係に特別な意味を持つと思う」と期待感を示した。

 だが、現在の日韓関係を鑑みれば、実現が容易でないことは明白だろう。2015年末の慰安婦合意も、いまだに火種となって燻り続けている。

「陛下は、政治も外交関係とも切り離して、“象徴として訪問したい”というお考えのようです。美智子さまは、そんな陛下のお気持ちに寄り添われ、30年前の『約束の地』での務めを果たされようとしているのでしょう」(宮内庁関係者)

撮影/雑誌協会代表取材

※女性セブン2018年1月1日号

いっつもトド子は不思議なんだけど、記事に出てくる「宮内庁関係者」って皿婆以外にいないのでは?週刊新潮の「派手な退位を陛下が望んでいる」記事には即訂正を求めるのに、韓国に行きたいという記事には訂正が起きないニダ♪

そしてもう亡くなった今上の九官鳥、橋本明まで持ち出して「今上が韓国に行きたがっている」とか♪

だいたい歴史をきちんと勉強してたら、百済、新羅、高句麗の三国は現在の韓国と無関係だと解るでしょうに♪ そもそも『約束の地』ってヘブライ語の聖書にあった耶蘇の言葉♪ 何でここで耶蘇の言葉が出てくる訳?だいたい全斗煥にそそのかされて行こうと言う気になった当時の皇太子今上も相当なアホだと思うけれど♪ 皿婆の子宮筋腫云々が理由にされているけれど嘘ピーニダよ?韓国と北朝鮮の問題があって行けなかったニダ♪だいたい休戦しているだけで韓国と北朝鮮は戦争当事国ニダよ?

トド子が古いブログ「♪ヨン様と一緒♪」で書いた韓流なんて最初からマボロシニダ♪何を今更?記事にもあるけれど、上場詐欺に使われた映画の「あなたを忘れない」の試写にも今上と皿婆は来ているニダ♪

広告塔になった訳♪ あの詐欺映画の♪でそれを報じているのが「ChristianToday」という耶蘇のHPなの♪

日韓合作映画「あなたを忘れない」両陛下、目頭押さえ鑑賞:社会:スポーツ報知
東京のJR新大久保駅で2001年、ホームから転落した人を助けようとして電車にはねられ死亡した韓国人留学生李秀賢さん=当時(26)=を題材にした日韓合作映画「あなたを忘れない」の試写会が事故から丸6年に当たる26日、都内で開かれ、天皇、皇后両陛下が李さんの両親らとともに鑑賞された。
映画は韓国人留学生の主人公が、東京で出会った日本人の少女と愛をはぐくむ青春の日々を主題に、日韓の人々の間にある複雑な感情などにも触れている。主人公が死亡するラストシーンでは、両陛下も目頭を押さえていた。映画は27日から全国で公開される。
両親は試写会後に両陛下と懇談。皇后さまは「会うのを楽しみにしていました。素晴らしい作品で時間の長さが感じられませんでした」と語りかけた。同席した花堂純次監督によると、両陛下は「日韓の橋渡しの良いスタートになることを願っています」と激励。皇后さまは「李さんの思いが皆さんに伝わればよいですね」と話したという。
李さんの両親は事故後の2001年11月、警察官らの殉職者慰霊祭に参列するため来日。皇居を見学した際、皇后さまが偶然通り掛かり「残念なことになってしまいましたね」と二人の手を握ってなぐさめたという。
両陛下の退席後、会場で李さんの「しのぶ会」も開かれ、新大久保駅に移って慰霊碑やホームで両親らが献花した。(2007年1月26日23時04分 スポーツ報知)

>皇居を見学した際、皇后さまが偶然通り掛かり「残念なことになってしまいましたね」と二人の手を握ってなぐさめたという。

こんなこと、偶然であり得る話じゃないニダね♪ 何で皇居の見学コースに皿婆が出て来るニダ?トド子、皇居は何回も行っているけれど皿婆も今上も正月の参賀以外に見かける事なんて無いニダ♪ 手を握って慰めたとか明らかに変でしょう?この話♪

さらに亡くなった李秀賢さんだけ妙に取り上げるけれど、日本人のカメラマンの関根史郎さんも亡くなっているのよね♪皿婆や今上は関根さんに触れた事あったニカ?

だいたい李秀賢さんの通っていた語学学校の「赤門会」自体北朝鮮系の学校と言うのは知っているニカ?今、ミャンマーで日本語学校作っていて、そこで働いているのは朝鮮学校卒業の、日本人なりすましニダだって言うの♪トド子は誰が動いているか知っているニダよ♪ 朝鮮大学校閨閥ニダよね♪

1985年のバブル時期に開校♪ 何故かいつも何かしらの善行でニュースになる不思議な語学学校♪ 

この新井という理事長が何故か民団新聞で絶賛されている不思議さ♪

しかも「やはり」の通名ニダ♪

超不思議ニダよね♪ アメリカンドリームならぬジャパニーズドリーム♪ 廻りがいつもいつも勝手に宣伝してくれて「赤門会」という名前で東大と関係がある学校ねと錯覚させる学校名♪

都内に住んでいたら解るけれど、荒川区自体朝鮮人街が多い場所ニダ♪荒川区、文京区は東京大空襲で焼け野原になって、そこを朝鮮人が住み着いた因縁の地ニダ♪

戦後のどさくさで乗っ取った土地ニダね♪

この学校自体が李秀賢さんのお陰で学校法人化されたところ♪

ぶっちゃけ言っちゃうと李秀賢さんは不法就労してたニダよ♪新宿のゲームセンターで♪亡くなったから有耶無耶にされたけれど♪

彼の善行は認めるけれど、彼の死によって儲けた連中や、上場詐欺した連中もいた訳♪

その詐欺映画の広告塔にすすんでなったのは今上と皿婆♪ 耶蘇絡みで「慈愛のミテコさん」丸出し♪

それなのにまだ「韓国行きたい!」と妄言を撒き散らすニカ?今上は♪ 間違っても韓国訪問なんて許してはいけないニダ♪

何が悲しくて超反日国の韓国に税金を湯水のように垂れ流して、今上と皿婆を政府専用機で行かせなきゃならないニカ?

 

今日の一言

今上と言う耄碌爺を操る皿婆が行くのは韓国じゃないニダ♪閻魔様のところだと思うニダ♪


12月15日(金)のつぶやき

2017-12-16 03:19:16 | 日記

美智子さん皇室破壊の記録ニダ♪

2017-12-15 10:24:14 | 日記

皿婆セブンが案の定、皿婆持ち上げアゲアゲ記事を出してきたので、トド子がツッコミ入れてみるニダ♪赤字がトド子のツッコミ♪

皇室を国民にとって身近なものに変えた美智子さまの歩み

天皇の生前退位が報道されて久しいが、ついに2019年4月30日をもって退位されることが決定した。皇后・美智子さまも退かれることとなる。美智子さまは、日本ではじめて民間から皇太子妃そして皇后となられた。半世紀以上歩んでこられた道は、どんなものだったのだろうか。

 美智子さまは、雲の上の存在だった皇室を身近なものへと変えられたといわれている。 結婚翌年の1960年2月、浩宮さま(現皇太子)がお生まれになると、美智子さまは「自分のお乳で育てたい」として、皇室に1000年以上続いた乳人(めのと)と制度を廃止された。

 はい♪ここで宮中で必要不可欠だった乳母制度を廃止♪おたあさま、おもうさまとかの宮中言葉に赤ん坊が触れる機会を奪ったという事ニダ♪皇室男児は雲上人で祭祀王の義務が伴うと言う基本を解っていたら、普通の子育てをしてはいけなかったニダ♪ だいたい皿婆、虐められていたはずなのに乳母制度を全廃出来るってどれだけ高飛車で高慢ニカ?

 それから4か月後に完成した東宮御所には、美智子さまたっての希望で約3坪の調理室が設けられた。皇室ジャーナリストの神田秀一さんが語る。
その調理室がこれ♪ 昭和35年にオープンキッチンをわざわざ作る意味もトド子には不明♪オープンキッチンの前のリビングで食事を取るような作りに東宮御所はなっていなかったはず。しかも作っている姿を公開したのはジュースを絞るところだけ♪何でモダン(古語)なエプロンしてバッチリポーズ決めてジュース作りニカ?リンゴやバナナをジューサーにかけたら作れるし、料理という範疇に入らないけれど写真映えするものを選ぶ狡猾さ♪皿婆陰険ニダね♪


「当時の皇室では、乳人制度の廃止や御所に台所を設置して皇太子妃が料理をするなど前代未聞でした。伝統を重んじる皇室の中には美智子さまの“改革”に批判の声を上げる人は少なくなかったはずです」

 非難を浴びながらも美智子さまは前例なき道を歩まれた。毎朝5時に起床し、御所の庭を40分ほど散策した後、大急ぎで割烹着を着て台所に立ち、浩宮さまのお弁当を作られた。 そのお弁当について、日本の家庭料理の第一人者であり、美智子さまと親交の深い辰巳芳子さん(93才)は過去に本誌にこう明かしている。

「お弁当を開けられたお子さまたちは、お弁当を通して、お母さまとの絆をお感じになりながらお育ちになったと思うのです。また、女官さんは『そのお弁当は思わず見とれてしまうほど、きれいでした』とおっしゃっていました」

はいはい♪誰も見たことの無い皿婆の手作りお弁当ね♪本当に作っていたなら皿婆持ち上げ提灯記事にその画像くらい残っていないニカ?

どう見てもポットに入れた紅茶に、籐の籠に入ったサンドイッチ?そんなもの「手作りお弁当」ニカ?サンドイッチなんてトド子が小5の家庭科で初めに調理実習で習った基本中の基本♪そもそもサンドイッチという名称自体がサンドイッチ伯爵がギャンブルに夢中で片手で楽に食べられる軽食だったからとかだったような?これが手料理?

 料理研究家のほりえさわこさんが言う。

「皇太子妃でありながら、お子さまがたのお弁当を作られる姿は、皇室の慣例に流されるのではなく、子供を育てるひとりの親として、母の深い愛情を感じました。その姿が世の女性たちに子供にとって食育がいかに大切かを伝えるメッセージとなったのでしょう。美智子さまが切り開かれた『食育』は、現代の母親にとっても目指す理想の形となっています」

この記事書いてて思い出したけど、浩宮とか礼宮、紀宮が皿婆の手料理で「◯◯が好き」とか発言したことあったニカ 誰かその発言があったら教えて欲しいニダ♪ちなみにトド子の母親の味と言えば色良く使ったぬか漬けニダね♪ぬか床貰ってもどうしても茄子が綺麗に漬からないニダ♪味も微妙に違うし♪そういうのが「おふくろの味」なのでは?

 料理だけでなく、子育てにおいても美智子さまは多くの女性に影響を与えられた。浩宮さまが生後7か月の時、公務で渡米を控えた美智子さまは、侍従や看護師に子育て方法を記したノートを残された。それは、浩宮徳仁親王の「徳」の一字から『ナルちゃん憲法』と名づけられた。

〈自分で投げたものは、なるべく自分で取りに行かせるように〉
〈お食事は山盛りより軽くよそい、「な~い」になったらたくさんほめてあげてください〉

 こんなふうに優しい言葉で書かれたおよそ50項目に及ぶ子育てノートに感銘を受けたのは、美容家の佐伯チヅさん(74才)だ。

「『1日1回くらいはしっかりと抱いてください。愛情を示すためです』という項目から多くを教わりました。『抱いてください』とは、『ハグしてください』ということ。それまで日本には“ハグする”という概念はなかったと思います。美智子さまによって、“ハグする”ということを日本人は知ったわけです。

 当時、私と同じように美智子さまから“ハグ”を学んだ女性は多いはず。彼女たちはみんなわが子を抱きしめ愛を伝え、親子関係をはぐくんだ。残念ながら私には子供がいませんでしたので、夫への愛情表現としてハグをしていました。夫がひげを剃っている時に後ろから抱きついたり。そのおかげでいつも仲がよくて、けんかをしたことがありませんでした。言葉がなくとも愛情は伝わるのだと強く実感しました」

これもおかしいニダね♪赤ん坊を抱きしめるとか幼児を抱きしめるなんて戦前から普通に日本人はやっていたはずニダ♪皿婆の世代なら弟や妹をおんぶして子守するなんて特別なことでも無かったニダよ?あとド庶民の家ですら子守のねえやくらいいたニダ♪赤とんぼうの歌詞で「15でねえやは嫁に行く♪」という歌詞があったくらいだし♪



 特別な道具や知識は必要なく、誰でも簡単にわかり、実践できるナルちゃん憲法は多くのママたちの育児バイブルとなった。

要するにベビーカーとか洋式の育児ってだけよね?そんなものがバイブルになることもなんだかねとトド子は思うニダ♪オープンキッチンでエプロンしてジュースを絞り、特別なベビーカーで育児に励む皿婆?ポーズだけは超一流ニダね♪



 1965年に礼宮さま、1969年に紀宮さまがお生まれになった後は、美智子さまの作ったお弁当を持ってお出かけする紀宮さまや、礼宮さまをカメラで撮影する美智子さまの姿が連日報道された。

 お忙しいご公務の日々を過ごしながらも子供たちに惜しみない愛情を注ぐ“ワーキングマザー”ぶりに励まされた女性も数多くいた。女優の中村メイコさん(83才)もその1人だった。

「学校行事に参加されたり、動物園へ行かれたり、母としての美智子さまのお姿を頻繁に拝見しました。私たちの生活とは違う、皇室ならではのお約束事とか、お立場上のお悩みがおありになったと思いますが、皇太子殿下を支え、お子さまたちを立派に育てるお姿を見ると『私も頑張ろう』と…。私も、子供の幼稚園や学校の行事は早めに知らせてもらうようにして、仕事を調整して必ず参加していました」

 当時は専業主婦が当たり前の時代。まだ少なかった働く女性たちは男性社会の中で、肩身の狭い思いをしながら、男性に負けないように闘い、さらには家庭も両立させるため、寝る間も惜しんで働き続けた。

 皇室という慣れない環境下で苦しみながらも母としての役目を果たそうとされる美智子さまの姿は、多くの女性の励みとなった。

 陛下との夫婦関係も日本中の妻の「お手本」となった。障害児の援助を通じて美智子さまと深い交流のある『ねむの木学園』園長の宮城まり子さん(90才)は、おふたりの夫婦愛が心に残っている。

「最初にお会いした時から仲のいいおふたりでした。肢体不自由な子供たちの描いた絵の好みについて、天皇陛下が『いいね』『かわいいね』とおっしゃると、美智子さまが『私はこれもです』と返される。何歩か下がって慎ましいたたずまいでありながら、妻が自分の意見をそっとお伝えになることのできる関係性が素敵です」

◆決して平坦ではなかった道のり

 夫に寄り添いながら、芯が強く進歩的な妻であり母である。そんな戦後を生きる日本人女性のお手本となるような存在が、美智子さまだった。

 両陛下のご関係を物語るのが1984年4月の銀婚式記念会見だ。「お互いを採点なさるとしたら何点くらいですか」との問いに、天皇陛下が「点をつけるのは難しいが、努力賞を」とおっしゃると、美智子さまはこう返された。

「私もお点ではなく、差し上げるとしたら『感謝状』を」

 この言葉に深く感銘したのは佐伯さんだ。

「ああ、こういう表現の仕方があったのか、と聞いているこちらまで品格が上がるような感銘を受けました。配偶者への思いを表現するには、『感謝状を差し上げたい』と言えばいいのだなと、お手本を示してくださった」

 だが、そこに至るまでの道は決して平坦ではなかった。

 一般的に見れば、これまで紹介したように美智子さまの“改革”は好意的に受け止められたが、慣例主義の皇室内部では“逆風”が吹き続けた。

 乳人制度を廃止すれば「伝統をなし崩しにする」と批判され、料理をすれば、「皇太子妃殿下ともあろうかたが台所に立って料理を作るとは」と非難される。やむことのない批判に、ご成婚パレードで見せた美智子さまの笑顔は次第に消えた。1960年秋、訪米前の記者会見では苦しい胸の内をこう明かされた。

「難しいと思うこともあるし、つらいこともあります。いつになったら慣れるのか、見当がつきません」

 その後も1986年に子宮筋腫を患い、1993年にメディアのバッシング記事によって精神的な苦痛から失声症となられた。前出の中村さんは、美智子さまの苦悩と自分の人生を重ね合わせる。

自分に不都合な記事が出ると「失声症」になる皿婆♪ 要するに言論統制を忖度させていた訳ね♪



「声が出なくなられたと知った時は私も倒れそうなくらいショックでした。美智子さまのご公務と一緒に考えるのはおこがましいけれど、どこへ行ってもカメラの目があるストレスは、筆舌に尽くしがたい。私は結婚後、20本以上あった生放送レギュラーを半分以下に減らしましたが、それでも家庭との両立は大変でした」

 時に苦しみながらも美智子さまが尽力されたことが少しずつ“菊のカーテン”と呼ばれ、閉鎖的だった皇室の姿を変えていった。佐伯さんが言う。

「美智子さまが私たちに見せてくださった新しい皇室の姿は、陛下にとっても理想的なものだったのではないでしょうか。自分が経験することのできなかった家庭生活や子育てをしたいという願いを、全部美智子さまがかなえてくださったように思えてならないのです」

埼玉の「私的旅行」と称する朝鮮神社にずんずん今上を従える感じで歩く皿婆♪これが皿婆流平成皇室ニダ♪下賤な皿婆が破壊した皇室のしきたりは二度と元には戻らないニダよ♪ 尿もれと雅子卑が天皇皇后に即位したら今度は上皇后で君臨するニカ?



撮影/雑誌協会代表取材

※女性セブン2017年12月21日号

今日の一言

皿婆が破壊したのは皇室だけでなく、日本の文化や伝統ニダ♪