カリンのドジっ子は、イヴリンならきっともれなくカバーできるんじゃないかというイメージで描きました。
この二人はいい関係になると思う、多分。
カリン・ウィクスは一見気弱そうな幼い少女だが、背中にでかいチェーンソーがあるという、かなりいかついギャップがある。俺とそんなに歳が変わらなそうに見えるけど、なんとヴィクトリア家政の従業員である。
メイドとしての仕事は一通りこなせるらしいけれど、どこか自信が無さげでオドオドとしている。その理由は恐らく、何かとドジを踏みまくってしまうからだろう。
「ひゃあぁあぁっ! ごめんなさいーっ!」
初対面の日に謝られた回数で言ったら間違いなくトップと言える。ちなみにこのセリフはビデオの陳列棚がドミノみたいに倒れそうになった時である。ライカンさんが脚で止めてくれなかったら大損害だっただろうな、とアキラが滝のような冷や汗を流しながら語っていた。
そんな彼女なんだけど、俺が最初に店で会った時に『あ、あの時の……お元気そうで、良かったですっ』って言われた。こんなインパクトのある娘だったら一度会えば忘れないはずなんだけど、どこで会ったんだろう。わからん。
「よいしょ……あわわっ!」
なんて事を思い返していたら、彼女が何もない所で躓いてしまった。近くにはまだ並べていないビデオの山が。危ない!
「っと……大丈夫か?」
「は、はいっ。ありがとうございます……」
転びそうな所をスマートに支えて助けたのは、なんとイヴリンさんである。カリンを優しく抱き起こした後、イヴリンさんが足元をじっと観察する。
「今の躓き方……カリン、靴のサイズは合っているか?」
「へっ? あ、そういえば最近ちょっと歩きづらいような気がしていました……」
「ライカン殿に話を通しておこう。ミスにつながる話なら、すぐに対応してくれるだろう」
「は、はいっ!」
2人のやり取りを遠巻きに見ていた俺は、伊達に敏腕マネージャーをやっていないな、と改めて感心した。
今日は何故この組み合わせになったのか、理由は常識人グループにライカンさんがとある相談をしたからだ。
『本日はうちのカリンがサク様の手伝いをさせていただくのですが……、やはり一人で行かせるのは少々不安が残ります』
『今日なら私の手が空いている、任せてくれ』
『大変恐縮にございます。イヴリン様、埋め合わせは必ず致します故』
『気にするな』
という訳で今日は俺と実質2人の店番になったのである。何度もミスをしてしまうカリンに、何一つ嫌な顔をせずカバーするイヴリンさんほんと人格者だわ……。
「む。すまない、仕事の電話だ。少し出てくる」
「了解です」
スマホで通話を始めながらイヴリンさんは裏口から出ていった。彼女の後姿に羨望のまなざしを向けるカリン。その後ろにはなぜか誇らしげなアストラさんが立っている。
「イヴリンさん、とてもかっこいいです……」
「ふふん、そうでしょう?」
「なんでアストラさんが得意気なんですか」
「だって、自慢の相棒が褒められているんだもの!」
イヴリンさんが来るときに、なんかアストラさんもついてきた。来るのはいいんだけど、如何せん彼女が店にいると知られた際、街中大騒ぎになっちゃうという心配が先に来る。せめて来るならもうちょっと変装頑張ってほしいんだよね、グラサンだけじゃダメなんですってだから。
ほらもう外にはアストラさん目的の人がだんだん集まってきちゃってるもの。オマネキボンプの立つ瀬が無さすぎて、心なしかションボリしている気がする。
カリンが黙々と掃除を再開して数分後、アストラさんがさて、と声をあげた。
「楽しい時間はあっという間ね! それじゃあ次の予定があるから、またね!」
「あ、はい」
俺にウインクをして裏口から出ていくアストラさん、ただイヴリンさんの自慢だけして帰っていった。結局何しにきたんですか。ただの店番しているだけの光景に、楽しい要素なんてあったのだろうか。
「あの、サク様。お掃除、終わりましたっ」
「あれいつの間に」
アストラさんを見送っている間に、カリンの掃除が完了していたようだ。今はイヴリンさんも出ているので店には俺とカリンだけになる。
「サク様、少しよろしいでしょうか?」
「え、別にいいけど」
何の話を切り出されるのだろう、と身構えていると、カリンは遠慮がちにゆっくりと口を開いた。
「エレンさんが、ある日から急に強くなったんです。何か知っていますか?」
「そうなのか? うーん、ごめん。心当たりは無いな」
「そうですか……」
エレンがある日から急に強くなったわけを知りたがっていたらしい。ただ、俺はそもそもエレンが戦っている所を見たことが無いので、強くなったとかも全然知らない。自慢とかするタイプでもなさそうだし、同僚のカリンにも話していないのだろう。
エレンの大幅強化、その理由は恐らく神のみぞ知る。知らんけど。
「それで、何か困ったことでもあったのか?」
「あ、いえっ! ……エレンさんが強くなったのを見ていたら、私も強くならなきゃって、思ったんです」
「成程なー……」
「けど、今日も私失敗ばかりで……うぅ」
今日のドジ回数が前回よりも多かった気がしたのは、焦りがあったのかもしれない。早く一人前になろうとすればするほど、逆に遠ざかってしまうというやつだ。よく知らないけど、それほど一人前のメイドへの道のりは険しいんだろうな。
落ち込むカリンにどう声をかけたら良いか悩んでいると、突然バンッと扉が開いた。そこにはアストラさんの目撃情報によって集まったであろう人々が押し寄せてきていた。何でわかるのかって、みんな大量のグッズを身に着けているからだ。圧が凄い。
「アストラさんがいるって本当ですか!?」
「ぜひ会わせてくれ! あとサインも!」
「こ、今度こそは……グボァッ!」
「ひゃあっ!?」
扉の前に待機していた多くのファンたちが、まるでゾンビ映画のワンシーンみたいになだれ込んできた。驚いたカリンが驚きの声を上げながら背中の電動ノコギリを構えだした。あれ、これファンの命があぶな――。
ぎゅいいぃいぃいーん!
今にも突撃してきそうなファンたちだったが、電動ノコギリの音が鳴り響いた所で全員ピタリと動きを止めた。各々が目線を動かして、アストラさんがここにはいないことを確認する。カリンがそっと回転を止めると、しばらく場が静まり帰った。
「あ、あの……」
「し、失礼しましたーっ!」
これはまずいと理解したファンたちは、カリンが何か言う前に脱兎の如く一斉に店を出ていった。
店に静けさが戻った事で俺は一安心したんだけど、カリンはなぜかまた落ち込んでしまった。
「うぅ……私のせいで今度は、お客様を帰らせてしまいました……」
「いや、今のはあれで良かったんじゃないか?」
「えっ?」
カリンは俺の言葉を聞いて、とても不思議そうに見上げてくる。こうみると本当に小動物っぽいな。
「だって、今の人たちは絶対ビデオ目的じゃないからな。追い返してくれて寧ろ助かったよ」
「は、はい……それは何より、です?」
まだ飲み込み切れていないカリンだったが、裏口の扉が開いた音で会話は中断された。
「遅れてすまない。ついでにお嬢様を送って来たのでな……カリン、武器を構えて一体どうした。何があった?」
「は、はい。店に入ってきた方々にお帰りいただいたら、感謝されました……?」
「待て。全く意味がわからん」
うん、そこだけ聞いてもわかんないですよねそりゃ。ウミガメのスープみたいになっちゃった。
この後俺が一からイヴリンさんに説明したら、納得してくれました。
「事情は飲み込めたが……。カリン、厄介な輩をもっと穏便に抑え込む方法を教えてやろう」
「お、お願いしますっ!」
なにそれこわい、イヴリンさんがちょっと悪い顔してる。……俺は聞かないでおこうかな。
単独だとコメディ話が作りづらいなーというキャラが数人いたのですが、こういう形なら作れるかもしれません。
遅れましたが、お気に入り1000突破ありがとうございます!
想定していた以上に高評価も頂けて嬉しい限りです。